はじまりの日
春の風が吹く四月。吹奏楽の名門、朝山中央高校の音楽室で、吹奏楽部入部式が執り行われていた。
上級生八十四名の前に並ぶ新入部員四十三名は、生き生きとした面持ちの者も居れば緊張を隠せない者もいる。
一人ひとりの決意表明が終わり、部長と顧問からの諸連絡、部則等の説明を終え、入部初日は終了した。
翌日。
部活動が決定し、浮き足立つ一年生の教室。
釧田ーー吹奏楽部に入部した男ーーの周りでは、こんな会話が繰り広げられていた。
「姫花ちゃんも吹奏楽に入ったんだね!第一希望に何書いた?」
「そうだよ〜えっとねぇ、中学校でもやってたからフルートって書いたよ!」
「へえ、そうなんだ!」
「そう言う櫻子ちゃんは何て書いたの?」
「ホルン!憧れてたんだよねー朝山のホルン!」
釧田は、ちら、と会話をしている女子の方を向いた。確か自分も、あの女子と同じホルンと書いたはず…。と思っていると、
「ねえねえ」
と、先程まで親しく会話を繰り広げていた二人の女子が、釧田に声を掛けてきた。
「君も吹奏楽に居たよね?あたし青木櫻子、同じ吹奏楽部だよ!」
「私は山田姫花。同じく吹奏楽部だよ〜」
キラキラとした笑顔に少し怖気付く釧田。同じ吹奏楽部と聞き、品定めをする様に二人を見渡した。
「俺は釧田真。よろしく。」
「よろしくね!そういえば釧田くんって第一希望の楽器に何書いた?」
予測して居たであろう質問に、少し躊躇いながら釧田は答えた。
「…ホルン、って書いたよ」
「え!ほんとに!?あたしと一緒じゃん!」
「よかったね〜櫻子ちゃん、早速同じパート希望見つけるなんて運がいいよ」
へへ、と笑う青木に、少し呆れた様な視線を向ける。
これは放課後が思いやられそうだ、と小さい溜息をついた。
「フルート、大元瑠奈、坂本圭奈、田川すず、中村謙也。オーボエ、大河美咲、古川美穂…」
次々発表されていく、一年生のパート割り。希望の楽器を担当できる者も居ればそうでない者、はたまた予想外の楽器になった者もいる。
緊張しながら顧問を見つめる釧田。その隣には、フルートを担当できなかった山田が少し震えているのが見える。反対側から軽く肩を叩かれ、
「なれたらいいね、ホルン」
と、小声で青木が話しかけてきた。小さく、うん、と頷き、顧問の声に耳を傾けた。
「…トランペット、井川ひろ美、上松広樹、平野美希、吉本怜奈、渡辺大輝。」
釧田も青木も、ぐ、と手に力が入る。希望通りになれます様に、と願う。
「ホルン。青木櫻子、刈谷紫苑、釧田真、仲野ゆめ。トロンボーン、斎藤慎也…」
互いに顔を見合わせ、くすりと微笑む。と同時に、釧田は、青木と三年間一緒に同じ楽器で音楽をするのだ、と改めて感じた。
「…山木涼太。ストリングベース、佐藤光希、山田姫花。以上、これが一年生のパート割りになる。希望通りにならなかった者も居る。それでも自分の楽器と共に音楽に向き合ってほしい。では順次、パート練習に取り掛かる様に。」
音楽室を出され、そのまま各々のパートの先輩の元へ行く。
これからが、彼らの吹奏楽部としての活動が始まる。
「こんにちは〜…えっと、この四人がホルンパート?」
晴れてホルンパートとなった釧田、青木、刈谷、仲野はそれぞれ返事をする。互いの顔をちらりと見る。
「はい、よろしくね!ウチはパートリーダーの遠山来知です。じゃあ楽器出して…パート教室行こっか」
遠山に促されるまま、一年生は学校の備品である楽器を準備し、教室に向かう。その途中、
「一緒になったね」
と、小さい声で青木が釧田に話しかけた。釧田は、そうだね、と言って頷いた。
「あれ、もう二人は仲良くなってる感じ?早いな〜」
と、遠山が笑った。
パート練習の教室に入った時、一年生四人はその人数の多さに圧倒された。
二年生と三年生合わせて、九人もの上級生が居た。
「みんな〜この子達がホルンパートの一年生です!」
と、遠山が明るくパートの人に言う。へえ、と興味深そうに一年生を見る二年生と三年生。一年生は少し気圧されてしまった。
「あ」
一人の上級生が声を上げた。
「釧田じゃん。うち来たんだね」
全員の視線が釧田に集まる。釧田は、その上級生の顔を見て、思い出した様に言った。
「武部先輩じゃないですか…お久しぶりです」
ぺこり、と頭を下げる釧田。えー、たけちゃんの知り合い?などと声が疎らに上がる。
「あー、同中なんすよねぇ」
武部は、はは、と軽く笑った。
釧田は苦笑いを浮かべたが、知っている先輩が居て少し気持ちが楽になった。
「折角だし自己紹介しちゃおっか!はい、じゃあ一番右端の子から!」
遠山の無茶振りに、少したじろいだ一年生だったが、自己紹介を始めた。
「はい。松島中出身、一年六組、刈谷紫苑です。朝山でホルンがやりたくて吹奏楽部に入りました。全力を尽くします。よろしくお願いします。」
いかにも優等生、と言うような自己紹介をした刈谷からは、プライドやオーラと言うものを感じる。
「じゃあ次〜!前の人終わったら話し始めていいよ!」
「は、はい!山内南中出身、一年四組の青木櫻子です!皆さんと一緒に演奏できるのを嬉しく思います!よろしくお願いします!」
深いお辞儀をする青木。ぱちぱちと疎らな拍手が起こる。
「え、えっと、川添中出身の仲野ゆめです!皆さんの足を引っ張らない様に頑張ります…よろしくお願いします!」
「山内中出身、一年四組の釧田真です。誠心誠意尽くしますので、よろしくお願いします。」
一年生の自己紹介が終わり、上級生の自己紹介を簡潔に済ませる。
釧田は、ある三年生の自己紹介に何故か注目して聞いていた。
「斉藤真緒です。ホルンは高校から始めました。パートでわからないことがあれば是非私に聞いてください!よろしくお願いします」
笑顔が可愛らしい、小柄の三年生だった。斉藤の笑顔に、少しだけ惚れてしまいそうになったかもしれない。
三年生は、遠山来知、斉藤真緒、清川智美、川端由美。
二年生は、田中和香、武部美玖、広川瑞季、園出拓真、丹羽穂乃果。
そして一年生四人を含めた十三人が、今年のホルンパートとなった。
彼らの青春は、始まったばかりである。