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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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3.死を告げる者、あるいは・・・ (その6)

 ルクレツィアがジェイに最期の攻撃を加えようとしたその瞬間、彼女の『衛星』の自動防御が働いていた。

 音速を超えて迫ってくる弾丸に反応し、自動で感応物質を反射するフィールドを作り上げたのだ。

 次の瞬間、あさっての方角から飛んできた弾丸は、鉄壁のフィールドによって弾き飛ばされた。


「何!?」


 ルクレツィアは驚いて、弾丸が飛んできた方角を見た。その方角は、先ほど半壊させたジェイの事務所に近いものだった。

 フィールドに弾かれたということは、『原初弾』などではなく、通常の感応物質の弾丸ということになる。ジェイとヴァニッシュがここにいる以上、そんなもので狙撃できる人物は、一人しかいなかった。


『よくやった! ジュージュー!』


 ジェイは心の中で喝采を上げた。そして、最後の行動に移った。


 ジェイはこの作戦の中で、ジュージューが最大のポイントだと認識していた。赤ドレスを倒すための直接的な攻撃は、この超長距離狙撃こそ最も可能性が高いと踏んでいたからである。

 だが、その狙撃も当然100%の精度ではありえない。万が一外した時のことも考えておく必要があった。

 だから、ジェイは電磁投射砲を2丁用意させ、別々のビルに設置していたのだ。

 まず最初はジェイの事務所から狙撃を行う。それが当たれば問題ないが、もし外れた場合は、速やかに事務所から脱出し、あらかじめもう一丁を設置していた少し離れたビルに向かい、チャンスを見計らって二度目の狙撃を行う。最初のビルに留まったままだと、反撃を受ける可能性が高く、非常に危険だからだ、

 こうした事前の取り決めのおかげで、ルクレツィアの攻撃で半壊した事務所には、すでにジュージューはいなかったのだ。

 通信機に流れた悲鳴はジュージューの渾身の演技で、ビルが崩壊する音はジムが流した偽のものだった。

 その後、急いで移動したもうひとつのビルから狙撃のタイミングを計っていたジュージューだったが、ジェイとルクレツィアの会話を聞いているうちに、赤ドレスを撃つことができなくなってしまった。ジュージューも根は優しい人間であり、敵の話を聞いて同情が沸いてきてしまったのだ。

 『原初弾』で狙撃した場合、頭を撃てば間違いなくルクレツィアは死ぬことになる。これは、ジェイもジュージューも望んだ結末ではない。

 それに、そのビルから今のルクレツィアの位置には射線が通っておらず、そもそも狙撃自体が不可能だった。さらには、ジェイの事務所ではないビルからでは、ジムの全機能を開放することができず、照準補正の精度も比べ物にならないくらい低下してしまう。

 だが、発射するのが『原初弾』ではなく、普通の弾丸だったとしたら?

 その場合は、射線が通っていなくても、発射後にジムの擬似感応力で軌道修正が行えるため、ルクレツィアを狙うことはできる。もっとも、ルクレツィアの『極衣』の自動防御で弾かれることも分かっている。

 ジュージューはそれを承知の上で、弾丸を発射したのだ。

 ルクレツィアを殺すためではなく、彼女に一瞬の隙を作らせ、あとはジェイに何とかしてもらうために。


 ルクレツィアは一瞬弾丸に気をとられたものの、自動防御が自分を守っていることを思い出し、もう一度ジェイに向き直った。だが、そこには誰もいなかった。


『馬鹿な!? あの足でどこに行った?』


 ルクレツィアは慌てて辺りを見渡した。だが、どこにもジェイはおらず、ジェイが身を隠せそうな盾もやや離れており、あの一瞬の間に怪我を負った足で移動するなど、考えられなかった。

 混乱しながらも、どんなわずかな動きも見逃すまいと集中するルクレツィア。

 ジェイは、そんな彼女の背後にふわりと降り立ち、『極衣』が外れてむき出しになっている首を、裸絞めの形でいきなり締め上げた。


 これはひとつの賭けだった。

 ジェイが考えた、『衛星』の自動防御のもうひとつの弱点と言ってもいい。

 自動防御は、高速で近づいてくる感応物質をフィールドで弾くか、『衛星』によって叩き落すものである。

 だが、近付く物体が高速でなければどうなるのか?

 例えば、『極衣』を着た者が、地面に落ちた武器を拾うために走っているとする。それは、地面に落ちている感応物質に、『極衣』を着た者が近寄っているということだ。しかし、見方を変えれば、感応物質が『極衣』に近付いて来ているとも言える。その状況で、拾おうとしている武器を自動防御で弾いたのでは、自動防御が逆に害になってしまう。

 だから、自動防御が働くのは、一定の速度以上で近付いてくる、ある程度のダメージを与え得る物だけが対象なのだと、ジェイは推測した。

 であれば、ある程度ゆったりした速度であれば、自動防御に巻き込まれることなく赤ドレスに近付くことができると踏んだのだ。

 ジェイは、ルクレツィアが目を離した一瞬の隙に、行動を起こした。

 怪我を負った足に関係なく、また、頭部の『極衣』を解除したルクレツィアの唯一の死角から近寄るために、空から。

 本来であれば、ジェイの感応力の大雑把さで自身の服を操作することで空を飛ぶなど、コツ自体はエミリア先生に習っていたとはいえ、不可能と言ってもよかった。

 だが、この生死の狭間で、極限まで集中力が高められていたためか、ジェイ自身が驚くほどの精度で見事に成功した。

 そして、ルクレツィアの頭上から、自動防御にかからない速度でふわりと背後に降り立ったのだ。


 ジェイの裸締めは完全に決まっていた。このまま頚動脈を圧迫したまま7秒待てば、ルクレツィアは意識を失うことになる。そうなれば、ジェイの勝ちだ。

 だが、相手は『極衣』を着たままである。その気になって『極衣』に感応力を通し、増大した筋力でジェイの腕を捻り上げれば、あっという間に解けるだけの話である。いや、解けるだけではなく、ジェイの両手は、容易くもぎ取られることになるだろう。

 ジェイはそんな恐ろしいシナリオを避けるために、あるイメージを、目の前にいるルクレツィアの感脳に向けて投射した。その直後、ルクレツィアの動きがピタリと止まった。

 しかし、それもほんの少しの間の時間稼ぎにしかならないことは、ジェイ本人が知っていた。最後の詰めには、ヴァニッシュの協力が必要不可欠だった。

 ジェイはヴァニッシュに大声で怒鳴った。


「ヴァニッシュ! お前は、アリアの姉まで死なせてもいいのか!?」


 その言葉と同時に、ヴァニッシュの脳裏には、アリアとの別れの場面が蘇ってきた。

『ありがとう』と告げて、小さく微笑んだアリア。そして、その後に、何か小さい声で告げていた。

 あれは何だったのか?

 脳裏に蘇ったアリアは、こう言っていた。


『あなただけでも、生き延びて・・・』


 その言葉を思い出したヴァニッシュの心は、突然奮い立った。

 ジェイの言うとおりだった。

 アリアを巻き込んで死なせたヴァニッシュが、その姉まで巻き込むわけにはいかなかった。


『私がここで生き延びれば、ルクレツィアも生き延びることになる』


 ジェイはルクレツィアを気絶させて、この戦いを終わらせようとしている。

 ルクレツィアを殺すのではなく、ルクレツィアの凶行を止めるために。

 アリアを救い、そしてアリアに胸を張ってもう一度会うことが、本当の願望なのだと、ヴァニッシュはようやく悟った。

 胸を張って再会するためには、彼女の姉であるルクレツィアを死なせるわけにはいかない。

 人殺しにさせるわけにもいかない。

 絶対に、彼女を救わなければならない!


 ヴァニッシュは感応力を極限まで集中させて、かけられていた『暗示』を一気に解除した。

 そして、そのまま戦闘モードに移行すると、あっという間に組み合っている二人の下に飛び込んだ。

 ルクレツィアは驚きで目を見張っていた。

 ヴァニッシュは、そのままそっと手を伸ばすと、ルクレツィアの腕を掴み、抵抗できないように封じた。同時に、赤ドレスの『衛星』を封じるために、自身の衛星を絡みつかせた。


 ここで勝負があった。


 ルクレツィアは反撃の手段を完全に封じられ、成す術なく7秒間が過ぎるのを待つしかなかった。

 彼女の涙は止め処なく流れ続けていた。流れ落ちる涙は、首に巻きついたジェイの腕も濡らしていた。

 そして、最後の力を振り絞り、一言だけ声を出した。


「ごめんなさい・・・」


 その言葉は、妹に向けたものなのか、ヴァニッシュたちに向けたものなのか、それは誰にも分からなかった。

 直後にルクレツィアは昏倒し、全身の力が抜け、持ち主からの感応力が途絶えた『極衣』もその動きを止めた。ここにようやく、誰も望まなかった長い戦いが終わりを迎えたのだ。

 ヴァニッシュは封じていた腕を解き、さらには自身の『極衣』の戦闘モードも解除した。そして、ルクレツィアに負けないほどの涙を流しながら、意識を失った敵の頭をしっかりと胸に抱きしめた。


「ごめんなさい・・・」


 ヴァニッシュの言葉とともに、彼女から流れた涙は、ルクレツィアの顔を濡らすことになった。

 そして、ヴァニッシュの涙はルクレツィアの涙と混じりあい、やがてひとつの涙となって地面に零れ落ちた。



 ルクレツィアが昏倒したことをもう一度確認し、ジェイとヴァニッシュは荒い息のまま、地面に座り込んだ。

 そこに勝利の達成感はなかった。


「ジェイ、ありがとう・・・」


 ヴァニッシュの突然の感謝に、ジェイは痛む足に気を付けながら、彼女の方を見た。

 ジェイは、首を振りながら、ため息交じりに答えた。


「いや、礼などいらん。俺は単なる卑劣な悪人なんだから」

「え? 悪人ってどういうこと? 私やルクレツィアの命を救ってくれたじゃない」

「まあ、話は後だ。まずは、ルクレツィアの『極衣』を脱がせて戦闘不能にして、すぐに彼女を蘇生させよう。落ちたままじゃ危ない」


 ヴァニッシュは小さくうなずき、ジェイの指示通りに作業を行った。ジェイは足を痛めているため、作業はヴァニッシュ一人で行った。もっとも、『極衣』の脱がせ方などジェイが知るはずもなく、ヴァニッシュに任せるしかないというのが実状ではある。

 その作業の間、ジェイは痛みを紛らせるためか、いつもより饒舌に話しかけていた。


「さっきの悪人ってのはな、文字通りの意味だよ。俺はルクレツィアの善良さにつけ込んで、卑しくも生き延びたってだけさ」


 ヴァニッシュが何か反論しそうになるのを、ジェイは身振りで止めて、先を続ける。


「彼女が善人だというのは、途中から分かってた。だから、無防備な人間をいきなり撃ったりしないだろうと、そう信じて、武器を捨てて彼女の前に姿を現した。そして、死に往く人間の『最期の願い』を聞き届けてもらって、彼女の『極衣』の一部を解除させた。あとは、彼女の良心を揺さぶって動揺させて、隙を作り出した」


 ジェイは自嘲気味に笑いながら、さらに先を続ける。


「極めつけは、最後の組み合いだよ。俺は、彼女の反撃を封じるために、彼女の脳にあるイメージを送った。・・・それは、五体をバラバラに引き裂かれた、俺の死体のイメージだよ。案の定、健やかなる善人の彼女はその映像に衝撃を受けて、一瞬動きが止まってしまった。『極衣』の力を振るえば俺がどうなるのか、恐怖したんだろうな」


 ジェイは頭上の偽の空を見上げた。そこには雲一つない、澄み切った青空が広がっていた。今のジェイの目には少々眩しいほどの景色だった。


「そう、彼女は本当に根っからの善人で、俺はそれを積極的に利用した、薄汚れた悪人なのさ」


 ヴァニッシュは一言も発することなく、黙々と作業を続けている。ジェイの言いたいことも分かるが、ただの悪人でないことも、ヴァニッシュにはよく分かっていた。


「・・・そうなのかな? ルクレツィアを救えたことは、胸を張るべきだよ。私だけじゃ、絶対に無理だったから。それに、ジェイが善人だろうが悪人だろうが、その行動で救われる人がいるなら、それは善行でしょ?」

「・・・そういうもんかね?」

「そういうもんだよ! さあ、辛気臭い話はおしまい! 生き延びたことを喜びましょうよ!」


 その言葉と同時にルクレツィアの『極衣』を脱がせ終えたヴァニッシュは、昏倒している娘の背中側に回り、ひざを当てて一気に活を入れた。ジェイは、ほぼ下着姿になってしまったルクレツィアのために、自分の上着を脱いで掛けてやった。

 ルクレツィアは一言うめき声を上げると、意識を取り戻した。だが、まだ意識が朦朧としているようだった。

 ヴァニッシュはルクレツィアを介抱しようと、彼女の正面側に回り込もうとした。


 その時、近くにもう一人立っていることに、二人は気付いた。

 それは、ルクレツィアと共にいた刑務官の姿だった。

 深くフードをかぶり、不気味なマスクまでしているため、その表情までは見えない。

 自身が仕立て上げたであろうルクレツィアが敗れ、どのような気持ちでいるのか、外からはまったく分からない。

 刑務官に気付いたヴァニッシュは、すかさず立ち上がった。

 予定外のことはいろいろあったが、ジュージューを含め三人が無事な今、残った懸念は、目の前の人物に攫われたエリザのことである。

 ヴァニッシュは刑務官に向かって、声を張り上げた。


「見てのとおり、私たちの勝利です! さあ、エリザさんを返して! 一体どこにいるの!?」


 ジェイは痛む足を引きずりながら、何とか立ち上がった。そして、手でヴァニッシュを制し、静かに後ろに下がらせた。

 ジェイの行動を不思議に思ったヴァニッシュが彼を見つめる中、ジェイは厳かな表情で刑務官に問いかけた。



「その前に、その仮面を取って、顔を見せてくれてもいいんじゃないか? ・・・なあ、エリザ」



 ヴァニッシュは驚愕した。ジェイが何を言っているのか信じられないと言う表情で、まるで未知の怪物でも眺めるかのような視線で、ジェイの顔を見つめるしかなかった。

 ジェイに問いかけられた刑務官は、しばらくの間、動きが止まってしまった。それだけ、ジェイの言葉は予想外だったのだろう。

 やがて、肩を震わせて小さく笑い始めた刑務官は、そのまま大声で笑い始めるまでに至った。


「そうですね。では、自己紹介をさせてもらいましょうか」


 刑務官はマスクを外し、その美しい顔立ちが現れた。


「私は、刑務官としてここに派遣されましたが、本職ではありません」


 刑務官はフードを外し、見事な髪が陽光に眩しく煌めいた。


「私は、30年前に失踪された、十二人委員会の一員であられたエミリア・フラッシュフォート様の後を継ぎ、」


 刑務官が羽織っていたマントが変形し、見慣れた衣装に変わっていく。


「十二人委員会の末席たる第十二席を占める、エリザベータ・デル・ファリアと申します」


 そこには、いつものスーツ姿で立つ、エリザの姿があった。


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