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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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3.死を告げる者、あるいは・・・ (その5)

 ジェイは懐に手を入れた。そして、無造作に『原初弾』を込めた銃二丁を取り出した。続いて、ズボンのベルトに挟んでいた、ブラスターとフォトンブラスターも取り出した。これが、ジェイに残された武器のすべてであった。

 ジェイは手元にある四丁の銃をジッと眺めた。

 これからジェイが行おうとしていることは、十中八九自殺行為となるものだった。ジェイの感応力操作が精密なものであれば、ほんの少しの望みでも出たかもしれないが、彼は自身の力にそこまで信頼を置いていなかった。

 だが、やらなければ、確実な死が待っている。ジェイは覚悟を決めた。

 ジェイはおもむろに、手にした武器をすべて壁の外に放り出した。投げ出された武器は、金属音を上げながら、地面に次々と着地した。

 その光景を見たルクレツィアの足が止まった。そして、次の瞬間には、『衛星』を一本伸ばし、地面に落ちた武器を、すべて彼方まで弾き飛ばした。『原初弾』はともかく、ブラスターなどは手元から離れていようが、感応力で操作できるため、ルクレツィアからすれば、地面に置かれた程度では危険性が無くなるわけではない。だからこそ、素早く弾き飛ばしたのだった。もっとも、『極衣』を着ている以上、ブラスターの一撃を食らっても、何一つダメージを与えられることはないため、この行動は万が一ための用心という以外の意味は無かった。


「・・・何のつもりだ?」


 ルクレツィアは、ジェイの意図を測りかねたかのように、やや困惑した声を上げた。


「降参の印だよ。いくつか確認させてもらいたいことがあるから、今から俺は盾から出る。俺はもう何の武器も持っちゃいない」


 ジェイはしっかりとした口調で答え、ルクレツィアの返答を待つまでも無く、そのまま盾の陰から姿を現した。その両手は空に掲げられており、これは古代から伝わる降参の合図だった。

 二人の距離は10メートルと離れていない至近距離だった。

 ルクレツィアは困惑した。ジェイが降参などしたところで、無事で済むはずが無い。ジェイの命こそ、ルクレツィアが欲しているものだからである。だから、このジェイの行動には何の意味も無かった。


「疑うなら、俺の体を走査して、武器を持っているかどうか確認してくれ」

「・・・よかろう」


 ルクレツィアは油断無くジェイを睨み付けながら、『衛星』の一本を再度伸ばし、ジェイの体中をまさぐらせて、武器を持っていないことを確認した。また、同時に感応力で武器の類を隠し持っていないか、ジェイの身体中を感応物質を走査した。それは、体内の走査にも及んだ。

 ジェイは確かに、何の武器も持っていなかった。

 ルクレツィアの困惑はさらに深くなった。彼女を油断させて、その隙に隠し持った武器で襲い掛かる、という筋書きなら理解できる。だが、ジェイの行動にどんな意味があるのか、『刷り込み』で得た記憶を総動員させても、皆目見当がつかなかった。

 だが、さらに用心するために、ルクレツィアは『暗示』をかけようと考えたが、ジェイの頭にはまだヴァニッシュの『極衣』が巻き付かれていることに気付いた。ならばその代わりにと、ルクレツィアは感応力を込めて、ジェイの足元の地面に命じた。

 次の瞬間、辺りにジェイの絶叫が響き渡った。

 ジェイの右足の裏から、直径2センチはある釘状の感応物質が現れ、そのままジェイの足を貫いたのだ。もちろん、ジェイは歩くことはおろか、まともに立っていることすら苦しくなった。ジェイは右足を抱えて、そのまま座り込んだ。


「・・・お前は、一体何がしたいんだ?」


 ルクレツィアは当然の疑問を口にした。

 ジェイは激痛をこらえながら、淡々と返答するよう努力した。


「いや、何。ひとつ確認させてもらいたいことがあってね。この至近距離から、あんたの顔を確認させてもらいたくてな。ヴァニッシュが言うように、本当にあんたがアリアの姉なのか、自分の目で確認しておきたかったのさ」


 ルクレツィアは目を細めてジェイを睨み付けた。

 考えられるのは、ルクレツィアがもう一度顔を見せた後に、ジェイが何らかの武器を使い、その剥き出しになった弱点を攻撃することだった。

 だが、ジェイは何の武器も持っていない。しかも、右足を封じた。

 狙撃地点は潰したし、そもそも今いる位置は狙撃地点から射線が通っていないため、狙撃のしようがない。

 そして、最大戦力のヴァニッシュは戦意を喪失して、身動きの取れない状況に追い込まれている。

 この状況で、ジェイにできることがあるとは思えなかった。


「最期の願いってやつを聞いてくれないか? もうどう抗っても、俺の命はここで終わりだ。だから、最期にあんたが本物のアリアの姉であるってことを納得してから、死にたいんだ。そうじゃないと、俺は偽者に殺された間抜け野郎、ってことになっちまう」

「・・・いいだろう」


 ルクレツィアはジェイの真意を測りかねながらも、ゆっくりと頭部の『極衣』を解除し、元の帽子に戻した。

 ジェイの思惑がどこにあるにせよ、あらゆる武器を失ったジェイにルクレツィアを害する手段があるとは思えず、ジェイの最期の頼みとやらを聞いたところで、何一つ危険はないと判断したのである。

『極衣』の下から現れた顔を見て、ジェイは小さく嘆息した。

 ヴァニッシュの言っていたとおりだった。

 ルクレツィアがアリアの姉であることは、疑いようもなかった。二人の美しさは、人の手によるものではありえないほどの輝きだった。まさに、初めてヴァニッシュを見たときに感じたことを、このルクレツィアからも、ジェイは受け取っていた。


「さあ、気が済んだか」


 ルクレツィアはゆっくりと右腕を上げた。ルクレツィアの周囲を漂っている『衛星』も、あとは合図ひとつでジェイを貫く無数の刃となって容赦なく襲い掛かるだろう。


「最後にもうひとつだけ、確認したいことがある。いや、お願いかな」

「くどい! 潔く死んでくれ!」


 痺れを切らしたルクレツィアが攻撃を加えようとする、その一瞬。ジェイの言葉のほうが早く発せられた。


「俺はここで死ぬが、なんとか美桜だけは、助けてやってくれないか?」


 うなだれていたヴァニッシュが、驚いて顔を上げた。

 そして、ジェイを攻撃しようとしていた、ルクレツィアの『衛星』の動きがピタリと止まった。ルクレツィアは唖然とした表情を浮かべ、ジェイを見つめていた。ほんの数瞬、信じられないといった表情を浮かべていたルクレツィアが、いきなり笑いを弾けさせた。その様子は爆笑と形容してもよく、目にはうっすらと涙を浮かべるくらいの勢いだった。

 ルクレツィアは涙をぬぐいながら、返答する。


「いきなり何を言い出すかと思えば・・・。あいつは、アリアの死の直接的な原因なんだぞ? 私にとっては仇も同然だ。なぜ、あいつを助ける必要がある?」

「いや、美桜が直接アリアを殺したわけじゃない。彼女が善かれと思って採った行動が招いた悲劇だろう? 彼女が悪いわけじゃない」

「違う!」


 今度はルクレツィアは激昂していた。その細い肩が小さく震えていた。


「違う! あいつは、嫌がるアリアに『暗示』をかけて、無理やり外に連れ出そうとして、戦闘に巻き込まれたんだ! どう考えても、美桜が直接アリアを殺したようなものじゃないか! 極悪人だ!」


 ルクレツィアの激烈な言葉に、ヴァニッシュは顔を真っ青にした。無意識のうちにアリアに『暗示』をかけていたという疑問は、ヴァニッシュ自身が感じていたものであり、それを消すことは到底できない。

 アリアの姉から、そのことを糾弾され、ヴァニッシュは魂が縮み上がる思いがして、身を震わせた。

 だが、ジェイの落ち着いた言葉が、ルクレツィアとヴァニッシュに投げかけられた。


「いや、そうじゃないだろう。あの二人は友達だ。仮に、意志を捻じ曲げられ戦いの場に出されたなら、そんな美桜を自分の意志で庇うか? 最後の最後で、美桜に『ありがとう』って言うのか!? 」


 ヴァニッシュとルクレツィアは、同時に息を呑んだ。

 そんな二人にさらに畳み掛けるように、ジェイの言葉が力強く続いた。


「ルクレツィア。お前は、アリアの友達と、俺という無関係の人間の命を犠牲にして、その上でアリアに再会して、何て声をかけるつもりなんだ? お前は平気なのか!?」

「うるさい、うるさい、うるさい!!!」


 ルクレツィアの声は震えていた。その目には大粒の涙が貯まっていた。先ほどまでの笑いの反動としての涙ではなく、純粋な悲しみの涙が、そこにはあった。

 ジェイの指摘は、ルクレツィア自身も感じていたものだった。だが、彼女は妹を救うという目的のために、すべてに目を瞑り、耳を塞いで、ジェイを殺すということ以外は意識的に考えないようにしていたのだ。

 自身の急所と呼ぶべき箇所を突かれたルクレツィアは、もはや冷徹な仮面を付けた刺客ではなかった。そこには、今のヴァニッシュと同様に、絶望に心を黒く塗り潰された一人の女性がいるだけだった。


「ああ、そのとおりだ! 他人の命を犠牲にして、妹を蘇らせるなど、どんな理由があっても許されることじゃない! だから、お前たちを殺したら、私も死ぬつもりだった。安心しろ! 私の罪は私自身の命で償ってやる!」


 ルクレツィアの絶叫が響き渡った。

 ジェイは痛ましい表情で、ルクレツィアを凝視していた。

 ジェイの想像していたとおりだった。

 ルクレツィアは、ただの善良な一般人なのだ。いや、善良すぎると言ってもいい。

 妹が攫われ、長い年月を経て妹の死を知り、そして蘇らせることができる唯一の手段が、他人を殺すことだと伝えられた哀れな女性。

 そんな善良な一般人だった彼女は、当然人殺しなど善しとせず、この終戦塔で他人を巻き込まないように配慮した。そして、前哨戦で道具としてぶつけたハ・ラダーも救った。無関係のジュージューには関わらないように忠告した。

 そして、今は聞いてやる必要などないジェイの『最期の願い』を聞き入れ、さらにはそのままジェイを殺すのではなく、会話を交わしている。


『ルクレツィアは、本当は俺と美桜を殺したりなど、したくないのだ』


 ジェイは確信を持って、多大な同情の念も込めて、そう考えた。

 そして、胸中にはにわかに怒りがこみ上げてきた。そんな善良なルクレツィアを道具のように刺客に仕立て上げた刑務官と、その背後にいる十二人委員会に対して。

 ジェイは、こんなふざけた刑罰で死ぬつもりはなかった。

 そして、依頼内容に関わらず、ヴァニッシュを守り抜くつもりだった。

 だが、今ではもうひとつの目的意識も目覚めていた。


『ルクレツィアを死なせるわけにはいかない!』


 ジェイはそう決意した。アリアが蘇ったときにまず会うのは、友達である美桜と、人殺しなどという十字架を背負っていない善良な姉であるべきなのだ。

 このままジェイが殺されれば、ルクレツィアも自ら死ぬことになる。それだけは何としても防がなければならなかった。

 そのルクレツィアは、涙を流しながらジェイに向かって右手を上げようとしていた。心の中に迷いはあるにせよ、今度こそジェイに止めを刺すつもりのようだった。その表情は暗く、暗黒の決意が感じられた。

 ジェイは焦っていた。もうさほどの猶予も残されていない。最後のチャンスが訪れる瞬間を、会話を続けながら待ち続けていた。

 そして、それは突然やってきた。


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