3.死を告げる者、あるいは・・・ (その3)
ヴァニッシュは先ほどまでと同様、感応力全開で赤ドレスに挑んでいた。感応力の強さに差があるとはいえ、ヴァニッシュ自身が感じていたように単純な格闘技能では赤ドレスに勝っており、また感応力の配分を工夫することで、何とかやや劣勢というところまで持って行っている。
しかし、ここから先は単純な戦闘ではなく、罠の場所まで上手く誘導する必要があり、その難易度は跳ね上がった。
ヴァニッシュが優勢であれば、その場所まで強引に押し込むこともできたであろうが、そうもいかない。押されている状況の中では、上手くやられながらその場所まで後退する必要がある。
『演技の訓練を受けたことはないんだけどな』
ヴァニッシュは心の中で苦笑しながら、それでも忠実に作戦を守り、自身にダメージを溜めないように気を付けながら、さりげなく目的の場所まで後退していった。
耳元ではパルサーから後退のルートの指示とジェイの移動状況が、赤ドレスには聞こえないよう骨伝導で逐一伝えられている。ジェイも身を隠しながら、上手く移動しているようだった。
ヴァニッシュにもう少し余裕があれば、もっと数多くの盾を生み出してジェイの移動のサポートができるのだが、戦闘中に地面の感応物質の制御を赤ドレスから奪い、盾を生やすというのは、今の彼女の感応力では限界があった。
それでも、ジェイは何とか上手く移動してくれている。
あとは自分がいかに目的の地点まで誘導できるかにかかっていると、ヴァニッシュはもう一度気を引き締め直し、赤ドレスの猛攻を受け払っていた。
ジェイはようやく目的の地点まで移動した。ヴァニッシュが作ってくれた盾と、終戦塔広場に散在する、各種の看板やモニュメントなどにも身を隠しながら、ようやくたどり着くことができた。
終戦塔付近では、ヴァニッシュと赤ドレスが変わらず肉弾戦を繰り広げている。先ほどよりジェイとは多少距離が開いたとはいえ、二人が激突した時の衝撃音は変わらず響いていた。
その場所は、ジェイたちがやってきた大通りとは別の大通りと終戦塔広場が合流する地点だった。ジェイの背後には、幅50メートルはある大通りが、はるか彼方まで直線的に続いていた。その長さは1キロメートル以上あるだろうか。しかし、その道路には誰一人いないという不気味さも漂わせていた。赤ドレスの事前工作は徹底されているようだった。
ジェイは大通りを見て、満足げにうなずいた。
あとは最後の準備が必要だと、ジェイは懐から何かを取り出した。それは、2丁の拳銃と、一枚の長い布だった。そして、パルサーに命じ、ヴァニッシュが作った盾の一部を破壊し、いくつかの礫を作り上げた。
ヴァニッシュが作成した盾の感応物質は、彼女の制御下にある。その彼女が、パルサーの擬似感応波にだけは従うよう、盾の感応物質に命じていた。そのため、パルサーだけは盾を自在に加工することができたのである。
これで、ジェイ側の準備は整った。あとは、ヴァニッシュの誘導を待つのみである。
赤ドレスは少し焦れていた。
ハ・ラダーとの戦闘で見たヴァニッシュであれば、もっと圧倒できているはずだった。だが、さすがに何十年も最前線で戦ってきた実働部隊の精鋭だけあって、予想以上の強さを見せていた。
特に、先ほどのハイキックの軌道変更など、赤ドレスが想像していない戦い方だった。実戦の経験値では、ヴァニッシュの方がはるかに勝ることを、残念ながら認めないわけにはいかなかった。
もっとも、それは事前に承知していたことでもある。
予想より手こずっているとはいえ、このまま押し切ることは可能だろうと踏んでいた。それに、赤ドレスは最強の切り札を隠し持っていた。その切り札には、ヴァニッシュは絶対に勝てないと分かっていた。切り札を食らった時のヴァニッシュの驚愕を想像すると、赤ドレスは愉快な気分になることを抑えることができなかった。
唯一気になるのは、ジェイの行動である。何かコソコソと画策しているようだったが、忌々しいことに正確な位置を把握し損ねていた。ジェイが身に付けた感応物質を走査することも、周辺の制御下にある映像ユニットに命じて居場所を把握することも、戦闘中の今はそちらに振り向ける感応力に余裕がなかった。正確な位置が分かれば、『暗示』で一瞬にして足を止めることもできるが、今はそうもいかない。
だが、ジェイが何かするにしても、それは『原初弾』絡みだと確信していた。であれば、赤ドレスを撃つには、どうしても姿を現す瞬間が必要になる。その時に『暗示』をかければいいだけの話で、赤ドレスはやや楽観的に考えていた。
まず喫緊の問題は、目の前のヴァニッシュである。赤ドレスも気を引き締め直して、ヴァニッシュに更なる攻撃を加えていった。
ヴァニッシュと赤ドレスの肉弾戦は、ヴァニッシュが押し込まれる形で続いていた。ヴァニッシュは少しずつ後退し、ようやく目標地点に到達した。パルサーからの情報で、ジェイはすでに準備を整えていることは知っていた。
赤ドレスは、ヴァニッシュの背後にある盾に目が留まった。気付けば、戦いの場所は最初とは別の大通りに面した地点に移っていた。
その時、ヴァニッシュが背後の盾を守るような素振りをわずかに見せる。赤ドレスは、その盾の背後にジェイがいることを半ば確信した。そう判断した赤ドレスは少しだけ後ろに飛び退き、盾の裏に人がいるかどうか、周辺の映像ユニットから情報を得て確認する。
確かに、盾の裏には人影があった。だが、頭を抱えてしゃがんでいるのか、顔までは確認することができない。別角度の映像ユニットから顔を確認しようとしたその時、ヴァニッシュたちに動きがあった。
パルサーが作戦の最終段階のタイミングを計っており、この時全員にゴーサインを出した。
『今です!』
その合図は、ジェイ、ヴァニッシュ、ジュージューの耳にしっかりと届いた。
瞬間、ヴァニッシュは、いきなり左方向に身を投げ出して移動する。
同時に、周辺に散らばせておいた瓦礫をパルサーが擬似感応波で操作し、あらゆる角度から赤ドレスに射出する。
さらに同時に、ジェイは盾から身を乗り出し、手にした拳銃の引き金を高速で絞り続ける。ジェイの拳銃は両手ともに握られていた。いわゆる、二丁拳銃である。ジェイの切り札である『原初弾』は一丁だけのものではなかったのだ。ハ・ラダーとの戦いでは、たった2発の『原初弾』を使用したのみだった。だが、この場では、オートマチックの弾倉が空になるほど連射している。
赤ドレスは一瞬驚いたが、芸の無いことだと呆れてもいた。
周辺から瓦礫の山を投げつけ、その隙に自身の『原初弾』を当てるというのは、ハ・ラダーとの戦いで見せたものと何ら変わりは無い。二丁拳銃にして弾数だけは増えたという話である。
赤ドレスは、こういう事態を想定し、念のため自身の周りに自動的に盾を作ることも考えていたたが、その場合はジェイとヴァニッシュの姿を隠してしまうことにもなるため、『極衣』の自動防御機能を信じ、盾は作らないよう事前に『極衣』に命じていた。
その命令どおり、赤ドレスが特に念じるまでも無く、『極衣』の自動防御機能が瞬時に働き始めた。
飛来する瓦礫は、感応物質を弾くフィールドにより、簡単に弾道を曲げられた。フィールドの力が及ばない『原初弾』も、その発射音を確認した『衛星』がその弾道に立ちはだかる形で自動的に防御体制に入った。
そして、位置を特定したジェイを当初の予定通り『暗示』にかけるべく、赤ドレスは声を張り上げた。
「動くな!」
赤ドレスの感応力の強さは、ハ・ラダーですら比較にならない。ハ・ラダーに一言命じられるだけで簡単に『暗示』の支配下に入ったジェイに対し、赤ドレスが同様のことを行う。その結果を想像できない者はいないだろう。
だが、ジェイは変わらず二丁拳銃を撃ちまくっていた。しかも、盾から完全に身を出し、赤ドレスの左側を回り込むように走りこみながら、『暗示』など何も無かったかのように、平然と。
赤ドレスは目を見張った。視線の先にいるジェイは、こないだと少しだけ装いが違っていた。いや、先ほどこの場に到着した時と比べても、何か違っていた。
ジェイの頭には、紫色のターバンのようなものが巻かれていた。
赤ドレスは、そのターバンの正体に気付き、歯噛みした。それは、ヴァニッシュの『極衣』の一部だった。
次の瞬間、赤ドレスは自身の失策に気付いた。ジェイへの『暗示』の結果と、ターバンの意味に気付いた驚きに気を取られ、ヴァニッシュのことを一瞬忘れてしまっていた。
ヴァニッシュはその隙を見逃さなかった。ここまで、苦労して積み上げてきた作戦の成果は、まさにこの一瞬にかかっていた。
ヴァニッシュは、先ほどのダッシュすら霞むほどの速度で、一気に赤ドレスの背後に空中から回りこみ、赤ドレスのあごに手をかけた。
通常であれば、『衛星』の自動防御が邪魔で、赤ドレス本体に簡単に取り付くことなどできない。だが、今は『衛星』の大半が、ジェイの『原初弾』を防ぐために、赤ドレスの前面に展開されており、自動防御の層は薄くなっていた。その間隙を縫い、ヴァニッシュは一気に取り付くことができたのである。
ヴァニッシュはかつて鍛えた、『極衣』を脱がせるための技能を総動員させた。ヴァニッシュの右手の指が、赤ドレスの『極衣』のあごの部分を正確に捉えた。そして、一気に頭上に捲り上げると、赤ドレスの顔面と頭を覆っていた『極衣』の布地がきれいに取り払われ、元の帽子の形に戻り、ふわりと偽の青空に舞った。花を模した帽子が舞うその姿は、一瞬だけジェイの動きを止めるほどの美しさがあった。
これこそ、『極衣』の構造を知り尽くしているヴァニッシュならではの、『極衣』を脱がせる技能であった。元々ドレスであった部分と、帽子であった部分の境目を正確に把握し、そこから一気に脱がせて、頭部をあらわにする。通常の戦闘であれば、こうは上手く決まらない。
そして、その露わになった赤ドレスの頭部めがけて、一発の弾丸が発射された。これこそがジェイの切り札である。
その弾丸は、ジェイの背後の大通りの向こうの遠く離れた地点から、音速の壁をはるかに越え、赤ドレスに襲い掛かった。その弾丸は、一筋の閃光のように、赤ドレスに向かって死の行進を見せていた。
ジェイは作戦の成功を確信した。
ジェイの作戦とは、どういうものだったのか。
ジェイは、早々にヴァニッシュの肉弾戦と、自身の『原初弾』による勝利への道は諦めていた。赤ドレスが『原初弾』のことを知らなければ、切り札として使うこともできたが、そうはいかない。だが、逆に『原初弾』を強く意識させることで、隙を作ることはできると考えていた。
そして、ヴァニッシュから『極衣』の性能と、彼女の技能を聞き、頭の中で作戦の詳細が固まっていった。
ジェイの作戦の詳細はこうである。
まず、止めを刺すのは、超長距離からの狙撃と決めた。『極衣』の自動防御がある以上、近距離からの攻撃では意味が無い。発射音と同時に防御体制に入る、鉄壁の守りだからだ。
だが、その発射音より先に弾丸が到達すればどうだろうか? 自動防御が発動する前に、敵を仕留めることができるのではないか?
例えば、1200メートルを超える位置から狙撃をすれば、狙撃して3~4秒後に発射音が赤ドレスに届くことになる。しかし、弾丸が音速をはるかに超え、マッハ4以上で飛ばすことができれば、弾丸は音より先に1秒もかからず敵に命中させることができる。
これが、ジェイの考えた、『極衣』の自動防御を破る方法だった。
そして、通常のエネルギー兵器では、大気中を進むだけで多大なエネルギーロスが発生し、距離に比例し威力が減衰するため、超長距離からの狙撃には向いていない。しかし、通常の実体弾では、赤ドレスのフィールドで自動的に跳ね返される可能性が極めて高い。したがって、必然的に『原初弾』によるものになる。
次に、その狙撃が可能な状態に持ち込むことができたとしても、弾丸が『極衣』の上から命中したのでは、仕留めるどころかダメージを与えることすら難しいと、ヴァニッシュは断言していた。そうなると、ヴァニッシュの『脱がす』技能で、何とか本体部分を露出させ、そこを狙うしかない。
だが、ヴァニッシュの技能をもってしても、そう簡単に成功させることはできないと、これもまたヴァニッシュがはっきりと断言していた。
となれば、何とか赤ドレスに隙を作り、ヴァニッシュの技能の成功率を上げるしかない。
その役目をジェイが担っていた。
まず、パルサーに周囲の瓦礫を投げつけさせ、同時にジェイが二丁拳銃で『原初弾』を撃ちまくる。もし最高の結果を望むならば、ジェイの行動を見た敵は疑念に捕らわれて、一瞬足が止まることを期待していいかもしれない。一度見られている作戦をわざわざ再現しても通じるはずなど無いのだから、逆に混乱を招いてくれるかもしれない。
もちろん、それは虫のいい考えであって、ジェイはそこまで望んだりはしていなかった。この行動の真の目的は別にある。
それは、『極衣』の自動防御の弱点を突くものだった。
自動防御は確かに強力である。真正面から戦ったら、『極衣』を着た者ですら苦労するほどの鉄壁の守りである。だが、逆にそこが付け目だった。その名のとおり、持ち主の意思にかかわらず、『自動的』に防御することこそ弱点なのだ。
本来、ジェイの『原初弾』など、放っておいても『極衣』には通じない可能性が極めて高い。だが、『衛星』は発射音を聞きつけて自動的に防御体制に入る。特に、『原初弾』はフィールドによる防御が効かず、『衛星』で防ぐしかない。したがって、防御しないでよいはずのものでさえ、望まずとも自動的に防いでしまうのだ。
さらに、ジェイは走りながら、さまざまな角度から赤ドレスを撃った。しかも、胴体より下に狙いを定めて。『衛星』の多くはこれを防ぐために、下半身に重点的に自動的に配置され、自動的に『原初弾』を弾いてしまった。
それはすなわち、上半身の自動防御の網が薄くなることも意味している。
ヴァニッシュはその隙を突いたのだ。ジェイに気を取られ、なおかつ自動防御が薄くなった上半身であれば、ヴァニッシュも赤ドレスの帽子部分を脱がせることに集中できた。通常の戦闘中であれば、あくまでも戦闘のついでに少しずつ脱がすことしかできない。だが、脱がせることだけに集中できる状態なら、技能の成功率を飛躍的に上げることができる。
だが、それには一つの前提条件があった。囮役であるジェイは、万が一にも敵の『暗示』や『強制』にかかるわけにはいかないのである。
それを防ぐために、ジェイは悩んだ末にヴァニッシュに一つの提案をした。ヴァニッシュの『極衣』の一部、『衛星』のうちの一枚を借り受けたのである。それを頭に巻きつけることにより、敵の感応波を妨害することができるのではないかと踏んだのである。
『極衣』はあらゆるエネルギーを吸収する特性がある。それならば、電磁力などと並ぶエネルギーの一種である感応力もある程度吸収することができるのではないかと予想していた。もしそうであれば、簡単に『暗示』などにかかることはなくなるだろう。
ヴァニッシュはその意見に同意し、快く『衛星』を貸してくれた。『極衣』の布地の多さは戦闘力に直結していると言ったヴァニッシュだが、自身の戦闘力の減少と引き換えに、ジェイの安全性と作戦の成功率の向上のために、何のためらいも見せなかった。
残った問題は、狙撃方法である。
まず、狙撃する地点の問題がある。だが、これは図らずも赤ドレス自身が手助けをしてくれる形になった。それは、赤ドレスが戦場を終戦塔に定めてくれたことだ。
狙うべき場所が分かっているならば、最適な狙撃地点を探すだけだった。しかも、終戦塔というのはジェイにとって願ったり叶ったりだった。かつて、ジュージューは終戦塔からジェイの事務所を望遠鏡で確認した。ということは、大通りに面したジェイの事務所からであれば、終戦塔の一部は射線に入れることができるということである。しかも、ジェイの事務所は周囲のビルから頭ひとつ飛び出た、背の高いビルである。使い慣れた事務所であれば、ジムの全機能を開放して照準補正することができるため、旧人類であれば名人級の腕前が必要なこの狙撃も、充分に成功可能だった。
あとは、武器の問題だった。
ジュージューが馴染みの武器商人から、旧式の小型の電磁投射砲を手に入れたのである。
当初は感応波投射砲の使用を考えたが、その場合は発射時に巨大な感応力が必要になり、その力を赤ドレスに察知され狙撃が失敗する可能性があった。そこで目を付けたのが、電磁投射砲である。
通常のライフルよりやや大きい程度まで小型化した電磁投射砲は、すでにかなりの旧式の武器になっていた。巨大な電力を必要とするため、通常は一発撃つためにブラスター用のエネルギーパックを一つ消費しなければならず、使い勝手が悪いためである。その点、感応波投射砲であれば、感応力の強い人間であればエネルギーパックの消費を抑えつつ撃つことも可能であり、また小型化も進んだため、実体弾を撃ち出す装置としては主流になっていったのである。
だが、今回の目的には、電磁投射砲のほうが適していた。そこで、ジュージューは武器商人から入手し、ジェイの元事務所に設置し、ジェイが用意したライフル弾型の『原初弾』を電磁投射砲で射出できるよう加工し、また、射撃精度を高めるためにジムとシミュレーションを積み重ねていた。ジムがジュージューのサポート役に選ばれたのは、場所がジェイの事務所であったことと、パルサーに比べジムのほうが荒事の経験値が高く、照準補正などの能力でわずかながら上回っていたからである。
武器を無事手に入れたことは喜ぶべきことだったが、一つだけ問題があった。
それは、武器を購入したことが赤ドレスにバレてしまっては、作戦の内容まで推察されてしまう可能性があることだった。もちろん、ジュージューの情報屋としてのスキルと、ジムの情報処理能力をフル活用して、武器購入の痕跡を残さないよう細心の注意を払ってはいた。だが、敵はハ・ラダーをしのぐほどの感応力の持ち主である。その気になって各種ユニットをハッキングすれば、武器購入の事実を把握することは容易だろうと思われた。
この点だけは、ジェイにとって一か八かの賭けだった。
赤ドレスがジュージューにまったく興味を見せなかった先日の邂逅を思い出し、ジュージューの行動にはそこまで目を光らせないだろうと、そう踏んでいた。
しかも、赤ドレスは赤ドレスで準備作業があるはずであり、多くの手間をかけてまでジュージューの行動を追いかけたりはしないだろうと、そう考えていた。いや、そう願っていた。
いずれにせよ、成功率100%の作戦などありはしない、とジェイは自分を納得させるしかなかった。
こうして、作戦内の役割分担は決まった。
ジェイ:『原初弾』により、赤ドレスの『衛星』を可能な限り自分方向にひきつける囮役。
ヴァニッシュ:赤ドレスと格闘し、狙撃地点まで誘導する。また、ジェイが隙を作った後、赤ドレスの『極衣』のどこかを脱がせる。
ジュージュー:小型電磁投射砲の入手と調整。そして、超長距離射撃を行い、赤ドレスを仕留める。
ジム:ジュージューのサポート。特に、超長距離射撃の照準補正は絶対の精度で行う必要がある。
パルサー:ジェイとヴァニッシュのサポート。三人に逐次情報を提供し、作戦発動のタイミングを計る。また、ジェイと同時に赤ドレスに陽動攻撃を仕掛ける。
確かに、ジェイが言ったとおり、誰が欠けても不可能な作戦だった。そして、タイミングがすべての作戦であり、成功率はそこまで高くは無く、むしろ、失敗する確率のほうが高いと言える。
だが、唯一見込みがありそうな作戦でもあり、三人と二つの制御ユニットはこの作戦を着実に遂行し、狙い通りジュージューが必殺の弾丸を放つまでに至ったのだ。
ジュージューの放った弾丸は、ジムの極めて優れた照準補正により、狙い通り赤ドレスの頭部に向かっていた。荒天であれば、雨風の計算も必要になり成功率は下がったことだろう。だが、無風の好天であったことが、幸いした。そういう意味では、この日を選択した赤ドレスの判断は裏目に出たことになる。
弾丸は音すら置き去りにした速度で、露わになった赤ドレスの頭部に到達しようとしていた。そこには、まぶしいほどの陽光を受けて輝く、金色の豊かな髪があった。
ジェイの目論見どおり、発射音が届いていない状況では、迫りくる『原初弾』に『衛星』はまったく反応できていなかった。『衛星』の邪魔もなく、赤ドレスに絶対の死をもたらすべく、弾丸はそのまま頭部に吸い込まれた。
そして、遅れてやってきた発射音が、辺りに乾いた音を響き渡らせた。
「やったか!?」
ジェイの耳に、通信機からジュージューの声が聞こえてきた。
だが、ジェイは呆然と立ち尽くしていた。
ジェイは見た。
弾丸が赤ドレスに命中する直前、赤ドレスを守るように『衛星』が防御していた場面を。
そのせいで、弾丸は赤ドレスに到達していなかった。
だが、赤ドレスの『衛星』が反応できるはずが無い、とジェイは呆然とつぶやくしかなかった。
そして、重要なことに気付いた。
赤ドレスを守った『衛星』は紫色だったということに。
ヴァニッシュは、ジェイに負けないほど呆然とした表情を見せながら、膝をついていた。いつの間にか、『極衣』の戦闘モードは解け、いつものドレス姿になってしまっていた。それは、ヴァニッシュの戦意が完全に喪失したことも意味している。
ヴァニッシュは打ち合わせどおり作戦を成功させた。人体にとっての最大の弱点である頭部を露わにさせることができ、これは予定以上の成果と言ってもいい。
だが、『極衣』の下から現れた敵の姿が、ヴァニッシュの心を完全に打ちのめした。
「ありがとう、ヴァニッシュ。いえ、神流美桜。私を守ってくれて、助かったわ」
その声は、先ほどまでの機械的な音声ではなく、澄んだ少女の声だった。だが、その響きは、かつての極地にあったと言われる永久氷壁を思い起こさせるような、絶対的な冷気を秘めたものだった。
赤ドレスは自慢の金髪をふわりと払うと、表面上は微笑しながらヴァニッシュとジェイに話しかけた。
「この姿を見ても、まだ自己紹介が必要かしら? ええ、あなたたちが想像しているとおり。私の名は、ルクレツィア・サレス。あなたたちがよく知る、アリア・サレスの双子の姉です」
ルクレツィアと名乗る女性の顔は、確かにアリアと、今のヴァニッシュとそっくりだった。ただ一つ違うのは、右頬に大きな傷跡が残っていること。それは、ヴァニッシュの回想で伝えた、アリアの双子の姉の特徴に一致していた。
そして、これこそが、赤ドレスにとっての最大の切り札だった。
この姿を見て、その素性を知ったヴァニッシュは、絶対に戦えるはずがないと確信しており、実際にそのとおりになった。
それどころか、仲間が放った必殺の弾丸から、ルクレツィアを守ることさえしてくれた。
この切り札が、予想以上の効果を発揮してくれたことに、ルクレツィアは心底満足していた。
ジェイは、作戦の失敗を、苦い思いで認めるしかなかった。




