2.見えざる意志 (その3)
ジェイはおもむろにタバコの先を灰皿に押し付け、その火を消した。
語り慣れない自分の過去を話し、エミリア先生の話に絡め、ヴァニッシュに助言を与え、契約を交わした。あとは、複雑化した状況の整理と、二日後に迫った赤ドレスとの対峙への対抗策を練ることが必要だと、ジェイは考えていた。
そのためにも、まだいくつか情報を共有しなければならないことがあり、ジェイはヴァニッシュとジュージューに問いかけた。
「よし、二人とも。無駄話はそこまでだ。ヴァニッシュはその目的を果たすため、俺は生き延びるため、ジュージューは・・・依頼料のためなのかな、二日後に向けて対策を練らなければならん」
「ちょっと待て! ボクはお金のためだけじゃないぞ! ボクがヴァニッシュを守るって言っただろ!?」
ジュージューはジェイの物言いが心外だったのか、憤慨しながら噛みついてきた。傍らのヴァニッシュは、少し困った表情をしていた。ジュージューに何か伝えたいという表情であるが、言い出せずにいるようだった。
ジェイはジュージューの苦情を無視して、先を続けた。
「対策を練るためにも、まずは状況を整理しなければならん。ますは、ヴァニッシュからもたらされた過去の話について、いくつか整理したい。いいかな?」
ジェイの問いかけに、ヴァニッシュは首を小さくうなずかせた。ジュージューはまだ文句を言っているようだったが、ひとしきり言いたいことを言って、少しはおとなしくなったようだった。
「よし、それじゃ、まず確認したいのは、ヴァニッシュの刑罰のことだ。一体何が目的で、こんなふざけた刑罰を考え付いたんだろう?」
「・・・ごめんなさい。私にも全く分からないの」
ヴァニッシュは下を向いて、悲しそうな顔をした。この刑罰こそが、ジェイたちが巻き込まれた出来事の原因であるにもかかわらず、なぜこのような罰が与えられたのか、当事者であるヴァニッシュにも全く分からない。
「そうか・・・。ただ、この刑罰にはいくつか漠然とした印象がある」
ジェイの言葉に、ヴァニッシュは顔を上げ、ジェイを見つめた。
「まず、ヴァニッシュ自身が語った通り、軍事組織で脱走と裏切りと戦闘行為、ついでに窃盗まで行ったとなると、普通は即時死刑だ。それがなぜ、わざわざ金と手間をかけて、こんな手術まで行い、刺客を雇って、こんな聞いたこともない奇妙な刑罰を実行しようとするのか? 俺の印象はこうだ。十二人委員会の連中は、ヴァニッシュを、いや、神流美桜を殺したくはないんじゃないか?」
ヴァニッシュは驚いてジェイに反論する。
「ちょっと待って! 何でそんな!?」
「何故かまでは、もちろん分らん。だが、そう感じるんだ。神流美桜を殺すわけにはいかない。しかし、裏切りには相応の罰を与えなければならない。ということで考え出された刑罰のように感じる。実際、ヴァニッシュは死よりも残酷な刑罰だと、自分で言っている」
「いや、待てよ、ジェイの旦那。また突拍子もないことを言い出したな! 単純に、死よりも辛い罰を負わせたいだけとか、単なる気まぐれだとか、いろいろ理由は考えられるだろう?」
ジュージューの反論に、ジェイは肩をすくめて答える。
「もちろん、真相は分らんさ。あくまでも俺の印象だからな。まあ、そう思ったのは、俺を守るという意味不明な刑罰にも関係してるんだ。ヴァニッシュ、お前は実働部隊にいる時は、戦闘なんて日常茶飯事だったんだろう?」
ヴァニッシュはジェイの問いかけに無言で首をうなずかせ、賛意を見せた。
「この刑罰が実行されている今、ヴァニッシュはハ・ラダーと戦闘し、おそらく赤ドレスとの戦闘も、そして、赤ドレスを退けたとしても、その後数々の戦闘が発生することになる。『これまで通り』の日常茶飯事としての戦闘は継続するってわけだ。アリアと肉体を入れ替えるという、ヴァニッシュにとっては死よりも辛い十字架を背負わせたうえで、これまで通りの戦闘が全ての生活、という図式は変わらん」
「いや、でも・・・」
「まあ、あくまでも俺の印象だから、それはいい。今気にしなければならないのは、もっと細かいところにある。まず、赤ドレスともう一人のエリザを攫った奴のことだ。赤ドレスが俺の命を狙っている刺客で、まず間違いないな?」
ヴァニッシュはまたもや首をうなずかせた。そして、ゆっくりと答える。
「ええ。そうだと思う・・・。ハ・ラダーに気付かれないように『強制』をかけるくらいだから、かなり上階層の人間だと思う」
「もう一人に心当たりは?」
ヴァニッシュは首を振る。しかし、その人物が何者かまでは分からないようだが、どういった類の人間かの見当は付いているようで、ハッキリとした口調で答えた。
「心当たりはないけど、まず間違いなく刑務官だと思う。私に刑を告げた人とは別人のようだけど・・・」
「やはり、そうか」
ジェイはヴァニッシュの返答を予想していた。赤ドレス自身も、もう一人の人間を『見届け役』と言っており、ヴァニッシュから刑罰についての話を聞いた今、それも当然の推測であった。ヴァニッシュに課せられた刑罰が正式なものである以上、それを見届ける者は当然必要になる。そうでなければ、ヴァニッシュが一年間ジェイを守り通したかどうか、それを公正に判断できる者などいなくなる。
「ん? ってことは、もしあいつが刑務官様ってことだったら、直接戦闘に参加しないの?」
ジュージューの質問に、ヴァニッシュが曖昧にうなずきながら返答する。
「うん、そうだと思う。ただ、どうしてエリザさんを攫って現場に介入したのか、そこが分らないんだけど・・・」
「それも、俺のさっきの印象に絡んでくるんだよ・・・。多分、あの刑務官は、いや、その元締めの十二人委員会は、俺たちが一年間ひたすら逃げるだけ、という事態を望んでいないんじゃないか? 常にヴァニッシュを戦闘状態に置くために、エリザを攫って、俺たちが絶対に戦闘の土俵に上らざるを得ない状況を作ったんだと思う」
ジュージューは、まさか、という表情をしていた。確かに、ジェイ自身考えすぎのような気がしないでもない。だが、あらゆる事態を想定しておいても損はないことも確かだった。現に、ハ・ラダーを退けたのは、奴が『強制』に支配されていたことに気付いたからである。
とはいえ、答えの出ない疑問にいつまでも執着して時間を無駄にすることもできない。ジェイは、より現実的な疑問に切り替えた。
「まあ、それは置いておこう。より差し迫った問題は、赤ドレスのことだ。あいつの正体に心当たりは?」
ヴァニッシュはジェイからわずかに目をそらした。ジェイの目には、彼女が答えるのを迷っているように見える。
ジェイは答えを導くために、もうひとつの疑問も彼女にぶつけた。
「ヴァニッシュ。お前の着ているドレスは何なんだ? 見たところ、赤ドレスも同じものを着ているようだが?」
ジェイはヴァニッシュとハ・ラダーの戦いを思い出していた。ドレスを自在に操り、それを強化服のように身にまとい、人間離れした、という表現では不十分なほどの戦闘能力を発揮していたヴァニッシュ。彼女が記憶を取り戻して以降、武器として使用したのはドレスのみであった。
この問いにもヴァニッシュは答えを躊躇していた。
だが、その返答は思わぬところから出てきた。
「・・・あれ、多分『極衣』でしょ?」
「知っているのか!? ジュージュー!」
ジェイとヴァニッシュは驚いて、返答した主を凝視した。
ジュージューはその視線にも頓着することなく、淡々と答えた。
「知ってるって程でもないよ。都市伝説みたいなものさ。ハ・ラダーが着ていた『闘衣』は上層階の統合軍の制式装備だから、その情報は知ってた。でも、『極衣』は、そんな代物じゃない。っていうか、実在するって信じてすらいなかった」
情報屋としては当然とばかりに、ジュージューは軽く肩をすくめた。そして、ヴァニッシュに向かって、問いかけた。
「あの『極衣』って、最上階層クラスの戦闘員のみ装備することを許された、『闘衣』の上位版、っていう噂を聞いたことがあるだけなんだ。一体何なんだい?」
ヴァニッシュはまだ答えることを迷っていた。ジュージューの言うとおり、それは『極衣』と呼ばれる代物だったが、その超越した性能をここで話しても、敵の強大さを印象付けるだけだと思い、躊躇していた。
だが、敵の戦力を隠しておくことにメリットは無いと最終的に判断し、『極衣』について語り始めた。
「うん、ジュージューの言う通りだよ。私と赤ドレスが着ているのは、『極衣』と呼ばれるものなんだ。今、ジュージューは『極衣』を『闘衣』の上位版、って言ったけど、性能的にはそんな控え目な表現じゃ追いつかない」
ヴァニッシュは、いきなり右手を持ち上げると、親指と人差し指だけにドレスを巻きつかせた。それは、ハ・ラダーとの戦闘で見せた、あのミイラ姿を一部分だけ再現したものだった。
そして、おもむろに床に落ちていた、ジュージューの何に使うか分らないガラクタの一つである、こぶし大の鉄の塊を拾い上げた。そして、右手の親指と人差し指でそっとつまむと、その哀れな鉄の塊はぐしゃりと潰れ、親指と人差し指の間の部分だけ、1ミリにも満たないほど薄く潰されていた。
ヴァニッシュは特に力を入れた様子を見せたわけではない。二人には、あくまで軽くつまんでいるようにしか見えなかった。しかし、その結果がこれである。
ジェイとジュージューは唖然とした。
「『極衣』の戦闘能力の一端は分ってもらえたかな? その気になったら、想像もできないほどの剛力が出せるんだよ」
ヴァニッシュは自らが破壊した鉄球を手のひらに乗せ、鉄球内の感応物質に働きかけて、一瞬にして元の姿に戻した。
その作業の出来栄えに満足しながら、ヴァニッシュは『極衣』の解説を続けた。
「『極衣』を体にまとわせて、わずかな感応力を流すだけで、この布地は人工筋肉として作動するんだ。それも、感応力の強さに合わせて、生身の人間の力の比じゃないほどの筋力を出せる。もちろん、感応力で硬度も自在に調整できる。その気になれば、片手で戦車の装甲を貫いて放り投げるくらい、わけないよ」
ハ・ラダーとの戦闘で、造作もなくビルを引っこ抜いて武器として使ったのは、これのおかげだったのか、とジェイはようやく腑に落ちた。
「他にも、『闘衣』以上のエネルギー変換装を持ってる。ただ、性能は桁違いだよ。理論上、エネルギー兵器による攻撃はすべて吸収されると思っていい。実体弾などの運動エネルギーも、99.9%以上吸収される。事実上、無敵の鎧だと言っても過言じゃない」
もはや、ジェイとジュージューの想像をはるかに超えた話だった。まさに、無敵の鎧と無双の矛を備えた装備である。こんな代物が存在しているということ自体が、ヴァニッシュが最上階層から来たということの裏付けだと言ってもいい。
ここで、ジェイは一つの疑問が解けた。
ヴァニッシュに初めて会った時、倒れた彼女を医療ユニットがスキャンしようとしたが、あらゆるスキャン信号は彼女のドレスを透過することができなかった。
それも今なら分かる。『極衣』がヴァニッシュに向けられたあらゆるエネルギーを吸収していたからである。ジェイは一人納得し、首をうなずかせた。
ヴァニッシュの解説はまだ続いていた。これ以上何があるのかと、ジェイは半ば呆れつつも続きを聞いた。
「でも、それ以上に重要な機能も備わっているんだ。・・・ねえ。私たちが感応力を使用することに、欠点は無いと思う?」
「・・・どういうことだ?」
「感応力は、あくまでも人体の器官による運動の一部なんだよ。例えば、あなたたちが全力でダッシュしたりしたらどうなる? 昨日の追跡劇の時のように」
ジェイとジュージューは、彼女が言いたいことに気付いた。ジュージューは指を鳴らして、ヴァニッシュに答えた。
「そうか! 確かに、感応力の使い過ぎは、恐ろしく疲労するよね! だから、普通はいろんなユニットを使って、感応力の使用は控えてるわけだし」
ヴァニッシュは小さくうなずいた。
「うん、そうだよね。もし、それが途方もない感応力を持った人達だったら、どうなると思う? 最上階層クラスの膨大な感応力の持ち主が全開で感応力戦闘を行ったら、多分10秒も経たないで、体中のエネルギーが枯渇して倒れることになる。つまり、途方もない感応力に見合うエネルギーは、人体からは精製しきれないのよ。だから、通常は外部からエネルギーを補充するユニットなどが必須になるんだけど・・・」
「まさか!?」
「うん、そういうこと。『極衣』で吸収したエネルギーは、その使用者に回すことができるんだ。通常は私たちの細胞内でブドウ糖からエネルギーを作り出している、ミトコンドリアなどの代わりを担ってくれるわけだね。だから、これを着て戦闘している限り、エネルギーの枯渇をほとんど心配することなく、全開で戦えるんだ」
無敵の鎧と無双の矛どころの話ではない。この装備は、さらに無尽のエネルギーまで兼ね備えている、感応力を主体とする戦闘においては、究極と言っていい代物だった。
そこで、ジュージューがあることに気付いて、素っ頓狂な声を上げた。
「待ってよ! そうすると、最上階層クラスの戦闘能力を持って、そんな反則めいた『極衣』まで着ているヴァニッシュって、無敵じゃないか! どんな敵が来ても、ヴァニッシュに勝てるわけないじゃん!!」
それも当然の感想である。普通に考えれば、ジュージューと同じ結論に辿り着いても何も不思議ではない。だが、ヴァニッシュとジェイはずっと暗い表情をしたままだった。
ジュージューはその表情の意味が分からず、首をかしげて二人に無言の疑問を投げかけた。
「いや、そうじゃない、ジュージュー。赤ドレスも同じものを着ているんだから、条件は同じなんだ。ヴァニッシュ、赤ドレスはひょっとして、お前のかつての同僚なのか?」
ヴァニッシュの動きがピタリと止まった。ヴァニッシュの過去を聞き、『極衣』のことを知った今、ジェイの推測は当然の帰結である。だが、相手が実働部隊の者であると認めれば、それはジェイに対する死刑宣告にしかならないとヴァニッシュは自覚していた。
しかし、この状況でごまかすわけにもいかず、静かに答える。
「うん・・・その可能性は否定できない。実働部隊は『極衣』が制式装備だったから。それに、私のこともアリアのことも知ってたから」
「で、でも、相手がそうだったとしても、ヴァニッシュと互角ってことでしょ? 同じ装備で、同じ戦闘経験を積んでるわけなんだし!」
ヴァニッシュは、悲しそうに首を振った。ジュージューの言葉通りではない理由があった。それがあったからこそ、先ほどジェイに明確に答えることを躊躇していたのだ。
だが、今回もごまかすわけにはいかなかった。
彼我の戦力の把握は、何にも増して重要な事柄だからである。
「これは言うかどうか迷ったんだ・・・。でも言っておかないと。今の私は、極端に力が落ちてる。多分、実働部隊で戦っていた頃の1000分の1以下の感応力しか出せそうもない。ハ・ラダーとの戦闘で分っちゃったんだ」
「えええええ?? ど、どうしてさ???」
ジュージューは口をあんぐり開けて、目を白黒させていた。完全に無敵だと思ったヴァニッシュが実はそんなに弱っており、むしろ敵のほうが無敵と言っていい、つい先ほど喜んだ時から180度変わったこの状況に、ジュージューはついていけない様子であった。
「・・・脳、身体、精神、のバランスか?」
今度はヴァニッシュが驚く番だった。ジェイの言葉は、まさにヴァニッシュが告げようとしていたことであった。
これを知っている人間は少ないはずだと彼女は思ったが、エミリアの弟子であったジェイならば知っていても不思議ではないと思い直した。
「ええ、そのとおりよ。私たちの感応力の強さっていうのは、感脳だけで決まるものじゃないんだ。一般にはあまり知られていないことなんだけどね」
「そ、それって、どういう意味なんだい?」
「うん、もちろん、感脳の強さが第一なんだけどね。他にも身体内の神経網の活用と、そもそもの精神力の強さが必要なんだ」
ヴァニッシュは、この説明を分かりやすく行うため、数拍ほど間を空けて、適切な例えがないか考えた。だが、ヴァニッシュが答えるよりも早く、ジェイが説明してくれた。
「ああ、例えばバイク型の移動体を想像してみればいい。移動体で最高速で走りたいとする。俺たちの感脳は、移動体で言うところの動力機関だ。だが、動力機関だけ最高級でも、最高速を出すことはできない。動力機関で生まれたエネルギーを適切に駆動機関に回すエネルギー伝達回路が必要だし、そもそも腕のあるドライバーも必要だ」
「うん、そういうこと。エネルギー伝達回路に相当するのが、私たちの身体の神経網であり、ドライバーが私たちの精神・意思になるの」
ここでジュージューは納得した。その3つが全て高次元で組み合わされてこそ、絶大な感応力を発揮することができる。逆に言えば、どれか一つ欠けただけでも、完全な力は発揮できないことになる。
「つ、つまり、アリアの身体を使っている今は、自分の身体のようには感応力を使えないってこと?」
ヴァニッシュは肯定の印に、首をうなずかせた。敵は最上階層クラスの力がある。だが、ヴァニッシュは全盛期に程遠い力しか出せない。まさに、ジェイに対する死刑宣告と言ってもいい事実だった。
ヴァニッシュが心配した通り、ジュージューは絶望的な表情を浮かべていた。
「ねえ、ジュージュー。こういう状況なんだよ? 赤ドレスも言っていたけど、あなたは本来完全に無関係なんだから、私の戦いに付き合ってくれなくてもいいんだよ?」
「そ、そんなわけにいかないよ! 何か方法はあるはずだよ!」
ジュージューは気丈にも、戦いから下りないことを告げた。だが、その声は微かに震えていた。
ヴァニッシュは、自分のことを友達と呼んでくれたジュージューに心底感謝していた。だからこそ、そんなジュージューを戦いに巻き込むわけにはいかなかった。アリアの時のように、友達を巻き込むわけにはいかなかった。
どうやってジュージューを戦いから遠ざけるか、どうやって説得すればいいのか、ヴァニッシュは考えあぐねていた。
そして、助けを求めるようにジェイに向いた。
だが、ジェイは、ジュージューのように動揺しておらず、意外なほど冷静だった。
「ヴァニッシュ。悪いんだが、お前の推測は一つ間違っているかもしれん。赤ドレスは、実働部隊の人間じゃないと、俺は思う」
ヴァニッシュは目を見張った。『極衣』という、ごく限られてた者しか着用できない装備を所持していながら、実働部隊の人間ではない?しかも、アリアのことすら知っているのに?
ヴァニッシュには俄かには信じられなかった。
「これは、お前が自分で言ったことだぞ? 実働部隊にいた頃のお前と、特にアリアに会う前のお前と、赤ドレスを比べてみて何か気付かないか?」
その言葉を聞いて、ジュージューがあっと叫んだ。そして、興奮しながらヴァニッシュに向かって告げる。
「そうだよ! 赤ドレスの奴、めちゃくちゃ感情的だったよ!! ヴァニッシュというか、美桜にすごく執着してた!!」
ここで、ヴァニッシュもようやく気付いた。赤ドレスの装備に目を取られ、その言動まで気が回っていなかった。いや、自身が感情を取り戻してから、感情を失っていた自分を否定するあまり、相手が感情を失っているかどうかの判断など、無意識のうちに避けていたのだろう。
ヴァニッシュは茫然と呟いた。
「確かにそうだ・・・。何で気付かなかったんだろう? 実働部隊の人間なら、あんなに感情的なわけがない。そもそも、あの場で弱っている私に問答無用で襲いかかってきて不思議じゃない。それなのに、赤ドレスはわざわざ私に過去のことを話す3日の猶予まで与えてくれた。そんなの、ありえないよ」
ヴァニッシュの答えを聞いて、ジェイは満足そうにうなずいた。これで、赤ドレスが実働部隊の人間でない可能性が高いことが判明した。もちろん、それで何か事態が劇的に好転するわけではない。だが、相手のことを見誤っているよりははるかにマシだと、ジェイは満足していた。
少なくとも、敵のヴァニッシュに対する感情的なふるまいは、何かに利用できるかもしれない。
「ヴァニッシュ、お前たちの実働部隊以上の他の組織ってのはあるのか?」
「・・・いえ、私の知る限りないと思う。だって、こっちは十二人委員会直属だよ。他の組織に万が一にも負けるわけにはいかない、選りすぐりのはずだし」
「ふむ。じゃあ、赤ドレスは少なくとも全盛期のお前よりは弱い、ってことになるな」
ヴァニッシュは茫然としたまま、うなずいた。つい先ほどまでは絶望に支配されそうだった場に、微かに希望が差し込んできた。
ヴァニッシュとジュージューの瞳に希望が戻ってきたことを見たジェイは、このタイミングで赤ドレスを退けるための作戦を提案することにした。
エミリア先生と自分の信念を実現するために、生き延びるために、現実的に成功する可能性がありそうな作戦である。
もちろん、その成功率はそう高くないと自覚はしている。
だが、そのわずかな成功率も、最初から絶望していてはゼロに近づくだけである。
多少なりとも希望の芽が見えた今こそ、その作戦を披露する好機だとジェイは判断した。