1.天の営み (その6)
取調べを続けて、一週間くらい経ったかな。
結局、取調官が満足するような情報は何もなく、そのまま軍法会議で私は裁かれることになった。
軍法会議の場には、部隊のお偉いさんが勢揃いしていた。
それどころか、驚くことに十二人委員会の一人も出席していた。
まあ、フードを深く被っていて顔は見えなかったし、声も機械的に変声していたのか、耳障りな声で聞き覚えはなかったけど、部隊のお偉いさんがあれだけ敬意を払って、入場の際には全員起立して迎えるだなんて、十二人委員会の人だとしか思えなかった。
あの中でもっとも発言権があるのは、当然十二人委員会の人。
その人が、私の罪をまず述べた。
第一の罪。
議員の持ち物である、美術品「アリア」を盗み出し、それを傷物にし、廃棄せざるを得なくさせたこと。
第二の罪。
部隊を裏切り、命令を無視し、同僚との私闘に及んだこと。
私は、耳がどうにかなったんじゃないかと思った。
十二人委員は、確かにアリアを『廃棄』って言った。
その時、唐突に議員とアリアの関係を思い出して、すべてが理解できた。
議員はあくまでも「美術品」としてアリアを所有しているだけで、擦り傷一つ付けることすら許さないほど徹底的に管理してた。
じゃあ、そんなアリアが、全身を強く壁に叩きつけられ、右手を骨折し、頭から血が吹き出るほどの怪我を負ったらどうなるの?
例え医療ユニットで怪我を完治したとしても、「美術品」としては一度壊れたものを修復したようなもので、議員にとってはそんな傷物は価値が無いってことだったんだよ!!
彼が愛していたのは、「美術品」としてのアリアだけだったんだ。
だから、所有権を放棄して、廃棄処分が下されたんだよ・・・。
下層階層に捨てられるならまだいい。それはそれで、アリアは自由を手に入れることができるわけだから。
でも、そうはいかなかったんだ。
曲がりなりにも元老院議員のお供として、彼女は数多くの晩餐会や公式行事に参加していたんだ。
そうなると、他の階層の人間には知られたくない情報を、いくつか耳にすることもあったでしょうね。
そんな彼女を野放しにはできない。
そういう情報をしゃべらないように『強制』して放り出したとしても、『強制』は感応力で解除できるもので、彼女自身にそれは無理でも、彼女から情報を得ようとする強い感応力を持った人間であれば、当然可能だから。
そうなると、彼らの採る選択肢は一つしかなかったんだ。
私は、その可能性を想像もしていなかった。ううん。心の奥底では気付いていたけど、必死に目を背けていただけなのかもしれない。
私は絶望した。
彼女を巻き込んで死なせることだけは無かったと、それだけは心に抱いて死ぬつもりだったのに、そうじゃなかった。
もう一つ、私の心の奥底でずっと引っかかっていた疑念が、その時鎌首をもたげてきた。
私はアリアに手を伸ばして、一緒に逃げようって誘った。
そして、アリアは私の手を取ってくれた。
でも、それはアリア自身の意思だったの?
もしかすると、私が自分に都合のいいように、無意識にアリアに『暗示』をかけていたんじゃないの?
そうだとしたら、アリアは自分の意思を私に捻じ曲げられた上に、私の無謀な抵抗のせいで死を与えられることになる。
私の絶望はさらに深くなった。
十二人委員は、私に対する判決を長々と述べていたけど、私の耳には何も入ってこなかった。
私はただひたすら涙を流しながら、心の中でずっとアリアに謝り続けていた。
いくら謝っても謝っても、足りるものじゃない。
でも、もう私にはそれくらいしかできなかったから・・・。
あとは、速やかに死刑が実行に移されて、私の悪夢を終わらせてくれることだけを願っていた。
そして、気を失ったんだ・・・。
驚いたことに、私はまた目を覚ますことができた。
私が生きて目を覚ましたということは、気を失った後、死刑が実行されなかったということになる。
私が目を覚ました場所は、それまで拘束されていた部屋じゃなく、白で統一された清潔な部屋だった。
多分、病院だったんだと思う。
頭には相変わらず制御装置のリングがはめられていたけど、驚いたことに手足は拘束されていなかった。
それまで経験したことがないような頭痛に見舞われていた私は、ベッドの脇机の上に置いてあったコップに手を伸ばそうとした。
でも、手が私の言うことを聞いてくれなくて、掴み損ねたコップは床に落ちてしまった。
イライラしながら床に落ちたコップを拾おうとした時に、コップと一緒に脇机に置いてあった鏡が目に入ってきたんだ。
心臓が止まるかと思ったよ。
ベッドの上から床に落ちたコップを拾おうとしている、鏡に映った人物は、アリアだったんだ。
私は驚いて、思わず手を顔に当てたよ。
そうすると、鏡の中のアリアも同じ動きを見せたんだ・・・。
わけが分からなかった。
本当に頭がどうかしたのか、それとも死刑はすでに実行されていて、ここが地獄なんじゃないかと疑ったよ。
でも、それは確かに現実だったんだ。
私が目を覚ましたことに気付いたのか、1分後には部屋の扉から大勢の人間が私の周りに集まってきた。
その中の一人、一番偉そうにふんぞり返っていた男が、私に状況を説明してくれた。
彼は刑務官だった。
結論を言うと、私の罰は死刑なんかじゃなかったんだ・・・。
彼らは死刑すら生温いと感じていたんだろうね。
一つ目の罪に対する罰。
それは、神流 美桜という存在の抹消。
でも、それは異常な方法によるものだった。
私は今ここにいる。
でも、それはアリアの姿で。
最初は、私の外見を遺伝子的に操作して、アリアそっくりに作り変えたのかと思った。
違う。
そうじゃなかったんだ。
奴らは、神流 美桜の脳をアリアの体に移植したんだ!!
ありえないよ・・・。
彼らは、廃棄処分になったアリアの体を有効活用したんだよ・・・。
どうせ廃棄されるものならばと、私の刑に使ったんだよ。あの地獄の悪鬼たちは!!
私は驚愕を通り越して、無感情になってしまっていた。
こんな刑罰に何の意味があるのか、まったく理解できなかった。
こんなことが現実にありうることだとは、到底思えなかった。
そんな私に構わず、刑務官は淡々と続きを告げていた。
私は脳を他人の体に移植されることで、神流 美桜という存在ではなくなった。
新たに生まれ変わった人間として、真っ当に生きろと、ふざけているとしか思えないことを言っていた。
本当に、この刑罰に何の意味があるのか全然分からない。
・・・いや、一つだけ分かるかな。
この刑罰は、私にとって死刑よりもはるかに残酷なものだったから。
アリアの姿を背負って、自分の罪を自覚しながら生き続けなければならない。
誰が考えたものかは知らないけど、これは私に対しては効果てきめんだった。
死刑以上の苦しみを私に与えたかったのなら、悔しいけど最高の方法だったと言うしかないよ。
でも、まだ希望は残っていたんだ。
それが、もう一つの刑罰なんだ。
二つ目の罪に対する罰。
それは、他者への奉仕。
自分の欲望のままに行動した私に対して、他者に対する思いやりの心を学んでもらうための罰、なんだってさ。
・・・そう聞くと聞こえはいいけどね。
これも異常な方法によるものだったんだ。
ふざけてるよね。
私にできることといえば、悔しいけど戦闘しかない。
それを最大限に生かして他者への奉仕をさせるには、誰かを迫りくる脅威から守らせること、なんだってさ。
・・・そうだよ。
これこそが、私がジェイを守らなければならない理由なの。
でも、異常な話はここからなんだよ。
彼らは、私が守るべき人間を決めた。
彼らが言うには、階層世界全体8900億人の中から、無作為にただ一人選び出した、ということらしい。
それで選ばれたのが、あなた。ジェイなんだよ・・・。
そして、ただ守るだけでは意味がない。
過酷な試練の末に守りきってこそ、贖罪の証となる、という身勝手な理屈が根底にはあるんだ。
そう。
彼らは、あなたを殺すための刺客を差し向けて、私はそいつらを撃退して、あなたを守り抜かなければならない。
それこそが贖罪なんだ、と。
うん、言いたいことは分かるよ。
この刑罰も意味不明すぎるよね。
私の罪を裁くために、下手したらあなたという人間を犠牲にすることにもなりかねない。
一つの犯罪を裁くために、別の犯罪を生み出しているんじゃ、本末転倒も甚だしいよ。
でも、彼らは至ってまじめに、この刑を執行しようとしているんだ。
・・・何か裏の思惑があるんじゃないかと、思ってもいるんだけどね。
まあ、その辺はあとで考えるとして。
当然、私は拒否したよ。
そんな無意味な刑罰に、見ず知らずの他人を巻き込むわけにもいかない。
それに、私はもう疲れ果てていた。
こんな見たくもない現実の中で生きていく意味が見出せなかった。
そんな私に、刑務官は言った。
私が一年間ジェイという人物を守り続けることができたなら、私の贖罪は完了したとみなし、特別に元に戻してもよいと。
最初、彼が何を言っているのか全然理解できなかった。
麻痺した頭で必死に考えて、少しずつ理解できていった。
まさか、という思いもあったから、刑務官に何度も聞き返したよ。しつこいくらいにね。
彼は確約してくれた。
一年間、刺客を退けジェイを守り通すことができれば、私の脳を神流 美桜の肉体に戻し、どこかに保管されているアリアの脳も元の肉体に戻してくれると!
そう、それこそが私の戦う理由。あなたを守らなければならない理由。
儚い希望だと自分でも分かってはいるけど、今の私にはそれにすがることしか残されていない。
私自身は後でどうなっても構わない。
でも、私の愚行で巻き添えにしてしまったアリアだけは、彼女だけは絶対に何があっても助けなければならない。
一年間、あなたを守り抜いて、今の私の体を本来の持ち主に返して、今度こそアリアを絶対に助け出してみせる。
そして、あの時のことを謝って、今度は私のほうから「ありがとう」って言うんだ。絶対に。
私はその時決意した。
もう私は神流 美桜じゃない。
もちろん、アリアでもない。
すべての意味を消失し、唯一の希望だけが残された存在。
だから、私は美桜でもなくアリアでもなく、二人が本来あるべき姿に戻るまでは「ヴァニッシュ」として生きていくことを決めたんだ。
うん、エリザさんが言ってたとおりだよ。
古代共通語の「消失する」という意味があるんだ。
今の私にはピッタリな名前と思わない?
そこから先は、特に語ることもないかな。
私は急いで簡単な準備を済ませて、ジェイが住む第一階層に向かった。
刑の期間は、私とジェイが出会ってからちょうど一年間だということだったし、私とジェイが出会う前は刺客も何もできないから特に急ぐ必要はなかったんだけど、私は一秒たりとも無駄にしたくなかった。
一秒でも早くアリアを救うために、私は可能な限りの速さで第一階層に向かった。
ただ、不思議なことに、第一階層に着いてからの記憶があやふやなんだよね・・・?
どうして記憶障害が起きたんだろう?
ひょっとすると、彼らの脳移植手術に何か不手際があったのかもしれないね。
まあ、いずれにせよ、私はジェイにちゃんと出会えた。
改めて、もう一度お願いするよ。
私にあなたを守らせて。
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こうして、ヴァニッシュの長い話が終わった。それは、ジェイとジュージューの想像をはるかに超えた、壮絶な過去だった。
ヴァニッシュは話しながら当時の記憶に刺激されたのか、目に大粒の涙を浮かべている。ジュージューはヴァニッシュの悲しみを知り、さめざめと泣いていた。
いや、とジェイは思い直した。今の話が本当であれば、ヴァニッシュの身に起こったことは、つい最近のことである。「当時の記憶」などという生易しいものではない。それは「鮮明な記憶」なのだ。
ジェイもヴァニッシュの話に衝撃を受けていた。最初は自身に関係する話だからと聞いていたはずが、美桜とアリアの過去に、思わず引き込まれてしまっていた。ジェイも様々な経験を積んできた自負はある。それでも、美桜の過去は壮絶と表現するしかなかった。
そんな彼女が、今泣いているのだ。ジェイは彼女に話しかけることをためらっていた。だが、どうしても一つだけは確認しなければならない。ジェイは思い切ってヴァニッシュに話しかけた。
「あー、その、ヴァニッシュさん」
ヴァニッシュはジェイの無骨な言葉に、涙を拭って少しだけ笑いながら返答した。
「ヴァニッシュ、でいいよ。私は美桜ではなく、アリアでもなく、ヴァニッシュ”さん”でもないから」
「そうか・・・。なら、一つだけ確認させてもらいたいことがある。いいかな?」
ジェイの言葉に、ヴァニッシュは小さく首を頷かせた。
「俺がヴァニッシュの刑罰の標的にされたのは、完全に偶然ってことなのか? 単に8900億分の一の宝くじが的中してしまった不幸な人間ってことなのか?」
ヴァニッシュは、少しの間ジェイを見つめた。やがて、小さく嘆息し、慎重に言葉を選びながら返答する。
「うん・・・。そう聞かされていたし、私もそう信じてた。でも、あなたに会って、そうじゃないと、あなたが標的に選ばれたのには理由があるんじゃないかと、今ではそう思ってる」
「それは・・・?」
「これは言うかどうか迷っていたんだ・・・。私の育ての親のフレアのこと・・・。実働部隊の次の標的は彼女だったと言ったけど、実はそれは正確な表現じゃない。彼女はずっと偽名を使っていたんだ」
その時、ジェイの脳裏に嫌な予感が走った。フレアの話を聞いている時に、なぜだかよく分からない親近感を覚えていたのだ。
「おい、まさか・・・」
「うん。フレアの本名は・・・エミリア・フラッシュフォート。ジェイの先生と同じ名前なんだよ」




