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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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1.天の営み (その5)

 フレアにもう一度会うこと。

 アリアを救うこと。

 それが、私のすべてになった。

 アリアの護衛の依頼は、残り5日という期間になっていた。

 その期間を過ぎれば、アリアを救うことはおろか、会うことすら至難の業になってしまう。

 アリアを救い、実働部隊の急襲を受けるフレアに会い警告するには、あまりにも短い期間だった。

 順序としては、まずアリアの救出が優先だった。

 フレアに会いに行くということは、すでに最上階層を去り、別の階層に隠れている彼女の元に行くということだから。

 一度最上階層から脱出してしまえば、もう一度入り込むことは不可能と言ってもいい。

 だから、アリアを先に救出し、一緒に最上階層を脱出し、フレアに合流するというのが、当然のように私の作戦の流れになった。

 でも、一つだけ気楽なこともあった。

 もし、アリア救出が失敗したとしても、私たちの力関係から考えて、私が無理やりアリアを連れ出しているのは明白だから、罰を受けるのは私だけで済む。

 議員のアリアに対する執着を見ると、例えばアリアを殺すなど、そんなことは絶対にさせないはずだから。

 失敗の罰は、私の死だけ。

 私の命をかけるだけでいい。

 そんな風に思っていたんだ・・・。


 ただ、もうひとつの大きな制約があった。

 残された5日間のうち、最後の3日間は議員の公式行事のお供でアリアも同行することになっており、そんな状況だと、護衛チームに囲まれたアリアを連れ去ることが必要になり、当たり前だけどそんな事は完全に不可能だった。

 私もそれなりに優秀な兵士だったとは思うけど、実働部隊の手練を複数人相手にして無事で済む保証はないから。

 となると、残された期間は、わずか二日しかないことになる。

 その間に、何とかしてアリアを連れ去り、下層に続く『柱』の警備を突破し、最上階層を脱出しなければならない。

 ただ、最上階層を脱出しさえすれば、望みはあった。

 実働部隊の現役兵士の私を止められる者なんて、同じ実働部隊の者か、同様の戦闘訓練を受けた最強クラスの感応力使いしかありえないから、下の階層に行けば行くほど逃走は楽になる。


 私は覚悟を決めた。

 まず、私が議員の屋敷内でアリアの部屋に向かう通路のすべてのユニットを、今日一日で走査し、明日ユニットに偽情報を流して、その隙にアリアを屋敷の外に連れ出す。

 そこからは時間との勝負だった。

 屋敷から脱出し、『柱』に向かうまでの間、道路やほかの建物に設置された映像ユニットなどから、私の行動は間違いなくバレる。

 さすがに、そのすべてに偽情報を流すことは不可能だから、バレていることを承知で一気に駆け抜けるしかない。

 屋敷のそばに、音速を超えることができるバイク型の空中移動体を隠しておき、それに乗って一気に『柱』まで行く。

 ・・・うん、分かってる。

 それが無謀すぎる作戦だってことは、今の私ならよく分かってるよ・・・。

 でも、当時の私には、他の手段を考える時間も、心の余裕も何もなかったんだ。


 ・・・。

 結論から言うね。

 私は失敗した。

 多分、屋敷内の通路のユニット走査が不完全だったんだ。

 アリアの部屋の走査は念入りに一日かけて行えたけど、通路は歩きながらの一瞬で走査しなければならなかったから、漏れがあったことに気づかなかったんだと思う。


 逃走の日、朝一番でアリアの部屋に向かった。

 まだ起きて間もないアリアに、私は手を伸ばして、こう言ったんだ。


 『行こう、アリア! こんな所は抜け出て、新しい世界に行こう! 私が絶対守るから!』

 『なぜ? 私を助けてくれるの?』


 アリアはさすがにちょっと驚いて、不思議そうな顔で聞き返してきた。

 その問いに対する私の返答は、一つしかなかったよ。


 『友達だから! アリアを助けたいんだ!』


 アリアは目を見開いてた。

 ・・・あれは嬉しかったのかな? 今でもあの表情の意味はよく分からないんだ・・・。

 でも、30秒ほど考えて、私に同意してくれた。


 これが私の第一の罪。

 議員の持ち物である、美術品「アリア」を盗み出したこと。


 私は逸る気持ちを抑えながら、アリアの手をとって、そっと廊下に出た。

 もちろん、屋敷内では慌てず騒がず、普段どおり堂々としながら、廊下を歩いたよ。

 屋敷を出てからはともかく、屋敷内で走って目立ってもいいことなんかないからね。

 屋敷の玄関までの距離が、やけに遠く感じられたよ。

 心の中では焦って焦って仕方ないのに、それを表には出せないし、一歩一歩少しずつ前に進むしかなかった。

 ユニットへの偽情報送信については、私自身一抹の不安があった。

 得意分野とはいえ、急な仕事だったしね。

 でも、廊下を進んでいる間、特に何も起こらなかったし、ひょっとしてこのまま?、と思わずにはいられなかった。

 でも、そんなに上手くいくはずがなかったんだ。


 廊下を何本も抜けて、ようやく玄関ホールにたどり着いた私たちを待っていたのは、完全武装した実働部隊の面々だったんだ・・・。

 偽情報送信が不完全で廊下を進んでいる途中でバレたのか、もしかすると感情を取り戻した私の態度を不審に思って最初から疑っていたのか、いずれにせよ、私たちの行動は完全にお見通しだった。

 離れた場所で議員が何か大声で喚いていた。

 そして、部隊のリーダーも、私に向かって通り一遍の降伏勧告を行っていた。

 でも、そのどちらも私の耳には入らなかった。

 私はもう一か八か、実働部隊の同僚を叩き伏せて、逃げる道を探そうとしていた。

 降伏しても、よくて「再教育」送りだし、悪ければ、というかほぼ間違いなく、待っているのは死だけだったから。

 どうせ命を使うなら、最後までアリアを助ける可能性に賭けたかった。

 同僚の数は5人だった。

 私は間髪入れず、着ていたドレスを戦闘モードに移行させて、飛びかかった。


 これが私の第二の罪。

 部隊を裏切り、命令を無視し、同僚との私闘に及んだこと。


 私は結構善戦したほうだと思う。

 最初から感応力全開で戦闘したし、相手もちょっと意表を突かれたんだろうね。

 それに、私たちの戦闘の本質は、閉鎖された狭い空間には向いていないし、彼らにとってみれば、大事な顧客の屋敷内での戦闘だったし、できるだけ屋敷を壊さないように制限があったんだと思う。

 私は5人を相手に一歩も退かず、2人は気絶させることができた。

 でも、残りの三人がかなりの手練で、乱戦になった。

 当然、人数差があるから、徐々に私が不利になっていた。

 それでも数分は持ちこたえていたと思う。

 もう意識のほとんどを戦闘だけが占めていた。

 目の前の敵の硬質化させたドレスブレードを何とかかいくぐって、距離を詰めようとした時、後ろから声が聞こえた。


 『危ないっ!』


 その声はアリアだった。

 驚いて振り返った私が見たのは、後ろにいた敵に飛び掛っていたアリアだった。

 敵の前後からの同時攻撃だったんだと思う。

 でも、私は後ろの敵の動きに気付かず、それに気付いたアリアが、私を助けるために飛び込んでくれたんだ。

 私を助けるために、だよ!!

 さすがにアリアが戦闘に乱入してくることは、敵にとっても予想外だったみたい。

 戦闘経験ゼロの彼女が、高速戦闘を行っている私たちに乱入できるとか、奇跡としか思えなかった。

 そんな奇跡は望んじゃいなかったのに!!


 敵は飛び掛ってくるアリアに対して、反射的に防御行動をとっていた。

 敵は右手を軽く払い、アリアを押しのけた。

 あくまでも「軽く」払った、に過ぎないんだけどね・・・。

 でも、昨日の私とハ・ラダーとの戦いで見たでしょう?

 私が戦闘モードの時にその気になったら、ビルを引っこ抜くことすらできるんだって。

 私の同僚も同じ能力を持ってるから。

 アリアの体は、嫌な音を立てて、そのまま水平に吹っ飛んでいって、屋敷の壁に激突した・・・。

 屋敷の壁を軟質化することすら間に合わない勢いで、叩き付けられてた。


 その瞬間、私の中から戦闘のことはすっ飛んだ。

 急いで、アリアのところに駆けつけた。

 アリアはまだ生きていた。

 でも、その右手はありえない方向に曲がっていて、頭からもたくさん血が流れていた。

 私は半狂乱になった。

 アリアを守り、救うと誓っておきながら、実際には彼女に助けられ、彼女に傷を負わせてしまった。

 アリアを守るどころの話じゃないよ!!

 アリアの傷は、私の無謀な行動の結果なんだよ!!

 そんな私に、アリアはまだかろうじて動く左手を差し伸べながら、こう言ったんだ。


 『ありがとう・・・』


 彼女は、この時初めて小さな笑顔を見せてくれたんだ!!

 あの状況で、私にお礼を言いながら!!

 彼女の笑顔を見たいとずっと思ってたけど、違う!!

 あんな悲しそうな笑顔じゃなくて、心から喜んでる笑顔が見たかったんだ!!


 ・・・これが私の最大の罪。

 私の行動の結果、助けたいと願っていたアリアを、逆に傷つけてしまったこと。

 ・・・ううん。これは十二人委員会に認定された、私の正式な罪じゃない。

 でも、これは私自身が一番深く自覚している、私が背負い続けなければならない十字架だよ。


 半狂乱になった私は、背後から回り込んできた敵にはまったく気付けず、あっさりと敵に取り押さえられた。

 最後に見た光景は、急いで医療ユニットにかけられているアリアの姿だった。

 私はその後すぐに気を失った。


 気が付くと、私は薄暗い部屋のベッドに拘束されていた。

 その程度の拘束、普段の私なら感応力であっという間に解くことができるけど、その時はなぜか感応力が使えなかった。

 どうやら、頭に装着されていたリングが、感応力の制御装置リミッターだったんだと思う。

 そのリングのせいで、私の感脳は麻痺されていて、感応力を使うことができなくなっていた。

 焦ったよ。

 普段から感応力に頼った生活をしていたから、いざ使えないとなると、置き去りにされた子供のように心細かった。

 そして、私に対する取調べが始まったんだ。

 本来であれば、軍法会議で死刑が即決されてもおかしくないほどの反逆罪なのに、悠長に取調べが始まったのは不思議だった。

 ・・・まあ、最初は拷問紛いなことも試みようとしていたけどね。

 でも、感応力を封じられた私は、取調官の『暗示』に逆らうことはできないし、素直に供述するしかなかった。

 尋問の内容から察するに、彼らはどうも、私とフレアとの関係を疑っていたみたい。

 私がフレアと共謀して、何か起こそうとしていたとしていたんだと勘違いしたんだろうね。

 もちろん、そんな事は何もないんだけど。


 でも、即時死刑とならなかったおかげで、アリアがあの後どうなったのか、知るチャンスが生まれた。

 私の死刑は99.9%確定していたけど、私自身のことはどうでもよかった。

 あの後、アリアは無事怪我が治ったのか、最悪だけど少なくとも安全な生活にまた戻ることができたのか、私はそれだけが心残りだった。

 私が素直に取調べを受けているご褒美だったのか、取調官は少しだけその辺のことを話してくれた。

 アリアは無事だった。

 医療ユニットによる適切な治療で無事怪我も癒えた、ということだった。

 本当にホッとしたよ。

 私の馬鹿な行動で死ぬのは、私だけでいい。

 アリアを救えなかったこと、フレアにもう一度会えなかったこと、悲しいことはいくつもあったけど、少なくともアリアを道連れにはしなくて済んだ。

 ・・・その最低限の満足感を抱いて、私は死ぬつもりだったんだ。


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