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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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1.天の営み (その4)

 アリアと会話を始めてから、そうだな、一ヶ月くらいかな。その間はずっと事務的な日常会話の繰り返しが続いていた。

 でも、アリアに一ヶ月も話しかけ続けていると、さすがに私のほうが会話のコツを掴んできた。

 要は、相手に話してもらいたいことは、まず自分から話すのが近道だってことだね。

 彼女の好きな料理を知りたいなら、まず私の好きな料理を。

 彼女のやりたいことを知りたいなら、まず私のやりたいことを。

 そして、彼女の身の上話を聞きたいのなら、まず私の身の上話を話す。

 そんな感じで、徐々に私自身の話を彼女に語っていったんだ。

 まあ、最初は特に反応を見せてくれなかったから、私の独演会みたいなものだったけどね。


 そのうち、彼女も少しずつ打ち解けてくれたのか、ほんの少しだけ会話になり始めていった。

 ちなみに、彼女の好きな食べ物は、タコのお寿司と、月見うどんだったよ。

 まさか日本式の料理が好きだと思わなかったから、本当に驚いたよ。

 それに、庶民的だよね?

 毎晩豪勢な食事をしているはずなのに、その二つが好きっていうのは意外だった。

 月見うどんは私も好きだったから、勝手に親近感を感じたしね。

 そういえば、「月見」って何なんだろう?

 ただの玉子なのに、何でそんな名前なのか、彼女も知らなかったし、彼女の周りの人も知らなかったみたい。

 まあ、それはどうでもいいか。


 私たちが完全に打ち解けるきっかけになったのは、私の身の上話をしていた時だった。

 私自身の身の上話と言っても、愉快な話じゃないし、淡々と話すつもりだったんだ。

 まず、私の本当の生まれは第455階層だって告げた時に、アリアはこれまで見たこともない反応を見せた。

 これまで、絶対表情を変えなかったアリアが、なんと驚いてくれたんだよ!

 それを見た私は、アリアに負けないほど盛大に驚いちゃったよ。

 アリアが驚いた理由。

 なんと、彼女も実は最上階の生まれではなくて、第452階層出身だったんだ。

 なんとなんと、私たちは三階層しか離れていない、ご近所さんだったんだよ。

 そんな二人が、なぜか最上階層の元老院議員宅の一室で会っているとか、すごい偶然だと思わない?

 それから、アリアと私は急速に打ち解けていったんだ。


 とは言え、アリアは人形のような態度が大きく変わったわけじゃない。

 少しずつ、ホントに少しずつだけど、感情が顔に浮かぶようになってきただけ。

 それでも、大きな前進だったんだけどね。

 逆に、その頃の私はもう完全に感情を出すことに慣れてきつつあって、そうだな、今の私みたいな話し方になってたと思う。

 そう考えると、不思議なことがあるよね?

 何十年も無感情な戦闘兵器として生きることを義務付けられていた私ですら、感情を取り戻した後は、当たり前のように人間らしさを取り戻していった。

 でも、アリアは少しずつ改善しつつあったとは言え、基本的には人形のような態度、会話のままだった。

 だから、アリアも私のような『強制』がかけられている可能性を疑ったんだ。

 でも、結論から言うと、それが原因じゃなかった。

 原因は、彼女の現在の生活自体にあったんだ。


 さっきも言ったように、子供の頃に階層間移住を無理強いされることは、よくある事とは言えないけど、ありえない事じゃない。

 でも、第455階層から最上階層に移った私でさえ、「前代未聞」だと言われていたのに、彼女はさらに下の階層の第452階層だからね。

 さらに、彼女の感応力は、私が見たところでは最上階層レベルどころか上位階層レベルですらなく、本来の第452階層が精々といった感じだった。

 だから、彼女がなぜ最上階層にいるのか、不思議で仕方なかった。

 その答えは、彼女自身が語ってくれた。

 私の身の上話をしてからしばらく日が経って、ある時、彼女が唐突に自身の身の上話をしてくれたんだ。


 彼女は、その感応力の強さから、階層間移住を強いられた者じゃなかった。

 アリアは、第452階層で一般的な感応力の持ち主として、14歳まで両親と双子の姉と一緒に、やや貧しいながらも普通の生活を送っていた。

 双子の姉は一卵性の双生児だそうで、二人はソックリだったんだって。

 金色の髪、透けるような白い肌、そして空色の目。

 ・・・うん。気付いた?

 彼女の姿は、世にも珍しい完全な天然ものだったんだ。

 今は簡単な遺伝的な調整や、感応物質を含む人口筋肉や人工骨の移植などで、ほぼ思い通りの髪色、肌の色、顔の造形を手に入れることができる。

 ・・・緑色と紫色のまだらな肌をした、自分はおしゃれですって雰囲気を見せびらかしている女性を見た時は、正直、張り倒してやりたくなったよ。

 ふふっ。ジェイも同意見のようだね。

 それはともかく、今はそういった技術で、好きに自分の姿を変えることができる。

 逆に言えば、そういう技術で手に入る美しさが主流だといってもいい。

 でも、アリアは違う。

 そういった技術と無関係に、まさに神と自然が与えたままの美しさで、しかも技術で手に入れる美しさなど比べ物にならない、圧倒的な美だから。

 そして、それこそが、彼女が最上階層にいた理由だったんだ。


 当然、そんな美しさを持った少女がいるとなると、近隣世界でも評判になる。

 やがて、その評判は階層を超える。

 そして、ついには最上階層に住まう、天上人たる元老院議員の耳にも入ることになる。

 そう。

 彼女は、元老院議員にお金で売られたんだ。

 もちろん、家族、特に双子の姉は大反対したらしいよ。

 双子の姉はアリアとソックリだったけど、頬に結構目立つ傷跡が付いていたらしく、議員のおメガネには適わなかったらしいんだ。

 その傷も、小さい頃にアリアを守るために付いた傷なんだって。

 そして今回も、引き離されようとしている妹を守るため、体を張って議員の使者に抵抗したらしいよ。

 でも、元老院議員の権力には到底敵うはずもない。

 結局は、泣き叫ぶアリアをほとんど拉致する形で、最上階に連れ帰ったらしい。

 こうやって、あの議員は、世にも珍しい「生きた美術品」を手に入れたんだ。


 彼女の境遇を知ったことで、私はいろいろ腑に落ちた。

 議員が晩餐会や公式行事にのみアリアをを連れ出していたのは、彼女という世に二つとない「美術品」を見せびらかすためだったんだよ。

 女性のドレスを飾る宝飾品と同じような扱いだったわけだね。

 議員は彼女の美しさを保つために、投資は惜しまなかった。

 14歳で老化防止処置を受けさせ、豪奢なドレスや宝飾品を与えて着飾らせ、そして、外界のあらゆる危険から隔離させ、議員自身が必要とする時以外は何もさせなかった。

 文字通り、本当に何もさせなかったんだ。

 例えば、歩いている時に転んで擦り傷の一つでも付いたとするね。

 議員にとっては、それだけでも彼女の「美術品」とての価値を減じるものだったたみたい。

 だから、彼女はただの「美術品」として存在するように、人形のように動かず、醜い感情を見せることも許されず、本当に物のように振る舞うことを要求されていたんだ。

 ・・・酷い話だと思わない?

 でも、だからこそ、兵器として育てられてきた私と似ていたからこそ、アリアは私に身の上話をしてくれたんだと思う。

 私が感じていたように、彼女も私に対して親近感を持ってくれたんだろうね。


 ただ、話はそこで終わりじゃないんだ。

 アリアは、人形のように振る舞うことを『強制』されていたわけじゃない。

 彼女を縛り付けていたのは、議員に対する純粋な恐怖なんだよ・・・。


 彼女のような美しい女性を手に入れた、人を人とも思わないあいつのようなクズは一体何をするのか?

 しかも、自分の思い通りにできる女性だよ。

 ・・・もう想像できるよね?

 ・・・うん。

 彼女は夜な夜な議員の慰み物にされていたんだ・・・。


 ・・・うん、大丈夫。今の私は落ち着いてるよ。

 大丈夫。感応力を暴走させたりしないから。

 多分ね・・・。


 彼女も最初は抵抗したらしい。

 でも、その結果待っていたのは、容赦ない暴力だった。

 事故や他人にアリアを傷付けられるのは絶対に許せないくせに、あのクズにとっては自身の暴力は関係ないらしい。

 それは、歪んだ性癖と言っていいのかもしれない。

 なんにしても、絶対許されることじゃない。


 初めてそのことをアリアから聞いた時、私は目の前が真っ赤になった。

 こめかみの血管を流れる、私自身の血流の音が聞こえてくるくらい、頭に血が上った。

 あれだけ怒ったことは、それまで絶対に無かったって断言する。

 議員に対する純粋な怒りが、心の底から迸った。

 仕事以外で誰かを殺したくなったのは、後にも先にもあの時だけだよ。

 危うく、ユニットに対する偽情報送信に乱れが生じるくらい、感情を爆発させそうになってた。

 でも、その感情はアリアに向かったんだ。

 彼女の境遇を聞いて、私の中の感情が爆発しちゃったみたい。

 私は淡々と自身の境遇を話すアリアを、いつの間にか抱きしめていた。

 そして、いつの間にか号泣してた。

 フレアが失踪した時でさえ泣かなかった私なのに、それまで泣けなかった過去の分も取り戻すみたいに、涙が溢れて溢れて止まらなくなった。

 最初はそんな私を不思議そうな顔で見ていたアリアも、いつの間にか泣き始めてた。

 泣く、って伝染するもんね。

 たっぷり10分はお互い泣いていたかなあ。

 彼女が感情をここまで見せたのは初めてだった。

 でも、全然嬉しくなかった・・・。


 それからの私は、アリアを救いたいっていう、何にも勝る願いができた。

 表面上は従順な兵士のふりをしながら、心の中では必死にアリアのことばかり考えていた。

 でも、そう簡単に助けることなんてできないことも分かってた。

 私自身、自由とは程遠い、対極の位置にいるような立場だったし。

 まるで、出口の無い迷路に迷い込んだ気分だったけど、彼女のためにも諦めるわけにいかなかった。

 彼女のあの泣き顔を見たからには、絶対に救わないと!

 いつか、泣き顔でなく、心からの笑顔を見るためにも!!

 彼女のたった一人の友達として、私のたった一人の友達のために。


 でも、何もできないまま、議員の依頼期間である2ヶ月余りの日々が終わりを迎えようとしていた。

 彼女に会える時間が刻一刻と少なくなっていき、私は焦ってた。

 そんなある日、私は上司から次の依頼の概要の説明を受けたんだ。

 それは、実働部隊の半数を動員する、かなり大掛かりな作戦だった。

 100人以上の動員は、私が実働部隊に所属してから初めてのことだったから、内心ではひどく驚いたよ。


 依頼は十二人委員会内の上位の人間からのものだったみたい。

 その内容は、階層政府に害を成す、ある人物の抹殺、だった。

 その依頼自体はそう珍しいものじゃない。

 それまでも何度かそういう命令は遂行してきたから・・・ね。

 ただ、その標的が問題だった。

 標的の映像を見た時の衝撃は、今でも鮮明に思い出すことができるよ。

 あの衝撃を受けて、感情や動揺を表に出さなかったのは、奇跡と言ってもいいよ。

 私の中の自制心を総動員して、何とか感情を押さえつけることができた。

 あの時、少しでもボロを出していたら、間違いなく「再教育」送りだっただろうね。

 その標的は、私の知っている人間だったんだ。


 フレア。私の育ての親。


 失踪したフレアが、標的だった。

 私の前から姿を消したフレアが生きていて、しかも私たちの標的になっている。

 ・・・想像できるかな?

 私の内部は衝撃と混乱の極みに陥ったんだ。

 感情を取り戻す前の私なら、特に何も考えず任務を遂行していたでしょうね。

 私の手でフレアを殺すか、部隊の他の人間がそうするか、それとも、返り討ちにあって私が殺されるか。

 そのどの道を辿ったとしても、「ああ、そうか」と思うだけだったでしょうね。


 でも、感情を取り戻した私は違う。

 断じて、そんな命令に従ってフレアと殺し合うわけにはいかない。

 そう考えると、無性にフレアに会いたくなった。

 そして、それまでずっと考えていた、アリアを救いたいという願望も合わせて、私の中に一つの作戦が芽生えたんだ。


 ・・・うん。

 それは今から考えると、無謀という言葉でしか語れないものだった。

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