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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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1.天の営み (その3)

 アリアに初めて出会った時の印象は・・・そうだな。

 本当に、この世のものとは思えない美しさだ、と感じたよ。

 それは私だけじゃなく、彼女にこれまで出会ってきた人全てがそうだったみたい。

 そんな人たちから、彼女は『天使エンジェル)』と呼ばれていた。

 うん、まさに神の御遣いと言われても不思議じゃないほど、人間離れした美しさだったね。

 だから、私の凍てついた心にヒビを入れることができたんだろうね。


 ただ、当時の私は任務中だったし、実働部隊の兵士としては、当然そんな感情を表に出すことは許されなかった。

 もし感情を見せてしまっていたら・・・『再教育』の対象になっていただろうね。

 ごく稀に、何かの拍子で人間性を取り戻して、実働部隊兵士に不適格だと烙印を押される人もいたんだ。

 そういう人たちは、『再教育』という名目で、もう一度「学校」に戻されていた。

 そして、二度と部隊に帰ってくることはなかった。

 それを知っていたから、私はアリアに出会った時の驚愕と溢れる感情を、絶対に表に出してはいけなかった。

 それなのに、どんどん感情は溢れてくるし、それに比例して、頭の中である声が突然響き始めたんだ。


 『兵士としての本分を思い出せ。個を捨てろ。感情を捨てろ』


 いつしかその声は、頭が割れんばかりの大きさで頭の中に響き始めていた。

 実際にその声が聞こえるわけじゃなく、頭の中に直接響いてくる声が。

 多分、それが『強制』による声だったんだと思う。

 感情を取り戻しかけていた私に、『強制』が強く働き始めたんだろうね。

 私は表情に出さないように努力しながら、必死にその声に抗った。

 仕事で生死の狭間にいた窮地の時でさえ、あそこまで必死になったことはなかったかな。

 その声が消えるよう、念じて念じて、念じ続けて、ふと気が付いたら、唐突にその声が止んでた。

 その時、私は自分の感応力によって、『強制』から解放されたんだと思う。


 幸いにも私の異状は誰にも気づかれなかったらしく、私が咎められることはなかった。

 その時は本当に安心したよ。

 「安心した」って感じている時点で、ごく普通の感情を取り戻しているってことだよね。

 その時から、今度は自分の意志で、感情を表に出さないよう、マシーンとして仮面を被って生きていくことを義務付けられたんだ。

 生死にかかわる問題だから、必死だったよ。

 誰に相談するわけにもいかないしね。



 その元老院議員の護衛自体は、2ヶ月間という割と長期間に渡ること以外は、特に問題のない仕事だった。

 私は護衛チームの中では一番下っ端だったし、重要な役割は部隊の先輩たちが担ってくれたからね。

 私に与えられた役割は、アリアの護衛だった。

 ・・・護衛と言ってもいいのかな? 保護? 見張り?

 何にせよ、議員に対する護衛とは明らかに違う種類の任務だった。


 最初、アリアは議員の娘かと思ってた。

 奥方にしては若すぎるし、愛人にするにしては、その・・・あれだよ。肉感的な魅力というものには欠けていたしね。

 ただ、娘にしては議員にちっとも似ていないのが不思議だった。

 それは、外見上だけの問題じゃないよ。

 議員はね、他人を不快にさせる天才だった。

 顔はハッキリ覚えてはいないけど、ごく普通の顔、容姿だったように思う。

 ただ、あの態度は酷かったな。

 頭のてっぺんから爪先まで選民意識に凝り固まっていて、すべての人間を見下していた。

 驚いたことに、アリアのことも大いに見下していたんだよ。

 それを見て、アリアは彼の娘じゃないのかもしれないと、気付いたんだ。


 彼は元老院議員とはいえ、単純に親の跡を継いだだけの完全な無能で、元老院内での序列は、おそらく最下位近辺だったと思う。

 だからこそ、必要以上に他人を見下して、自分を大きく見せる必要があったのかもしれない。

 それどころか、気に入らないことがあると、護衛を殴りつけたりもしていた。

 護衛たちは絶対に逆らわないことを知っていたからだろうね。

 そんな彼の態度に、私は胸中では大いに腹が立っていたけれど、当然その怒りを表に出すわけにもいかないし、表向きは従順な護衛として勤めるしかなかった。

 議員はろくでもない腐った人間だと分かった上で任務を続けるのは、さすがにちょっとしんどかったよ。

 これは、感情を取り戻した弊害だね。

 ただ、それはまだ序の口だったんだ。

 彼がその態度以上に腐りきった内面を持っていることが明らかになるのは、もう少し先の話だった。


 アリアは、四六時中議員のお供で外に出ているわけじゃなかった。

 彼女が屋敷の外に出るのは、他家での晩さん会、元老院公式の行事など、ごく限られた時だけだった。

 アリアの護衛役である私はどうしていたかと言うと、彼女が外出する時は、もちろん一番傍に控えて護衛に徹し、外出しない時は、屋敷内の彼女の部屋に詰めていることだった。

 多分、年恰好が似ていたから、私にそういう役割が与えられたんだと思う。

 そういう意味では、楽な仕事だった。

 ただ、そうなると、どうしてもアリアと同じ部屋に一緒にいることが多くなる。

 感情を取り戻す前なら、そんなことは全く苦にならなかったけど、その時の私は、アリアと話をしたくてしたくてたまらなかった。

 でも、そんな服務規定に反するような行動をとって、万が一誰かに知られてしまったら、容赦なく『再教育』の対象になってしまう。

 だから、外面はマシーンのまま、内面は葛藤の嵐に見舞われながら、何日も黙って過ごしてた。

 初めての経験だったから、辛かったなあ。


 そして、アリアに出会って5日後だったかな。

 その日は議員は終日外出で、護衛チームも当然私を残して全員同行して、屋敷に残ったのはアリアと私、あとは数名の使用人たちだけだった。

 これはチャンスだと思ったよ。

 ただ、屋敷内には映像ユニットや音声ユニットなどが当然配備されているし、他にも監視用のユニットはいくらでもあったから、アリアと気軽におしゃべりするわけにもいかない。

 だから、業務上必要そうなことを、ほんの少しだけ話すことにしたんだ。

 それだって、かなりの冒険だったんだよ。


 『本日のご予定は?』


 『特に』


 最初の会話はこれだけだった。

 もちろん、彼女の予定なんて知っていたし、わざわざ聞くまでもないことだったけど、他に当たり障りのない話題が見つからなかったんだ。

 それでも、私には大きな一歩だった。

 アリアのことをもっと知りたい、もっと話したい、そして、奇跡が起きて友達になれたなら!

 それがホントに奇跡的なことだとは自覚していたけど、そう夢想せずにはいられなかった。

 今から考えると、「学校」での生活で私が失ったごく普通の子供時代を、ほんの少しでも味わってみたかったのかもしれないね。


 とにかく、その日をきっかけに、少しずつ監視の目を縫って、毎日数語の会話をするようになっていった。

 もちろん、業務上必要そうな内容以外のことは話せなかったし、会話で盛り上がることなんて一切なかった。

 ただ、最初からずっと気になってたことがあった。

 私と数語会話をする時以外のアリアは、椅子に座ったまま身じろぎ一つしないで、それこそ本物の人形のように見えてた。

 会話をしている時でさえ、人形が腹話術をしているかのように、何の表情も見せず、言葉に一切の感情もなく、淡々としていた。

 あれだと、その辺のロボットたちのほうが、はるかに人間的だと言わざるを得ないね。

 まあ、アリアに会うまでの私も大差なかっただろうし、私が言えた義理でもないんだけどね。



 そのうち、私はあることを思いついた。

 「学校」の授業で散々習ったことでもあったけど、戦闘以外の分野に応用するのは、恥ずかしながらそれまで全く思い付けずにいたんだ。

 それはね。ユニットへの偽情報送信だよ。

 これはハッキングの一種になるんだけど、たとえば、映像ユニットを乗っ取るのではなく、偽の映像を感応波で流して、それをユニットに見せ続けさせること。

 そうすれば、稼働しているユニットは実質無力化されて、その裏で何をやっていようと、監視している人は何も気付くことができなくなる。

 ユニット自体、感応波を利用しているものだから、感応力の強い人間だったら、機械を騙してそういうトリックを使うことも可能になるんだ。

 本来は、敵地潜入時などに必須のスキルなんだけど、これを使えば状況を変えることができることに気付いたんだ。


 これが最大の一歩だったよ。


 一日がかりで、アリアの部屋に仕掛けられた全ユニットを、私の感応力で走査した。

 もちろん、表面上は律義に仏頂面で護衛業務に努める兵士を装いながら、感脳をフル回転させてた。

 結構な大仕事だったよ。

 アリアの部屋は割りと広かったし、議員が彼女を厳重に監視させるために、普通の部屋よりも多めにユニットを設置していたんだろうね。

 それでも、まさか、10万を超える数のユニットがあるとは想像していなかった。

 でも、苦労した甲斐はあったよ。


 次の日の朝、私は寸分の狂いもないタイミングで、全ユニットに同時に偽情報を送信した。

 このスキルの最大の壁は、「完全に同時に」「全ユニットに」偽情報を送信することにあるんだ。

 たとえば、送信のタイミングがずれてしまうと、Aという映像ユニットと、Bという映像ユニットで、映されている映像に差が出てしまう。

 そうすると、ユニットを統括する制御ユニットには、たちまち偽情報が露見してしまう、ってことになるんだ。

 だから、普通のハッキングとは比べ物にならないほど難しい。

 ハッキングはタイミングがずれようが、最終的に全ユニットをハッキングすれば済む話だからね。

 偽情報送信は、かなり精密で大出力な感応力の使い方ができる人間じゃないと、そうそう成功しないんだ。

 まあ、自慢じゃないけど、私は得意分野だったし、なんとか成功することができた。


 こうして、私はアリアの部屋では誰に監視されることもなく、好きなように振る舞えるという特権を手に入れることができたんだ。

 嬉しかったよ。

 これで、アリアと普通に話をしても、何も問題がない。

 少なくともアリアの部屋の中では、私はマシーンを演じる必要はなく、ようやく人間に戻ることができると、本当に嬉しかった。

 そして、早速アリアに話しかけたんだ。

 ・・・まあ、私も友達がいない生活をずっと続けていたから、こういう時どういう話をすればいいのか、全然見当も付かなかったんだけどね。

 それに、アリアも人形のような子で、自分から話すわけではなく、私の質問に喜んで返答するわけでもないから、かなりの間は事務的な日常会話がせいぜいだったよ。

 事務的な日常会話、ってのも、変な表現だね。ふふっ。

 でも、そうとしか言いようがないんだ。


 『おはようございます、アリア』

 『おはようございます』


 『昨夜のお食事は、いかがでしたか? アリア』

 『いつもどおりでした』


 『昨夜の晩さん会は、いかがでしたか? アリア』

 『いつもどおりでした』


 ふふっ。笑っちゃうよね。

 しばらくの間は、こんな会話ばかりだったんだ。

 それでも、私は本当に嬉しかったし、幸せだった。

 『天使』と評されるアリアと、一対一で向き合って、普通に会話ができる。

 フレアが失踪してからずっと、こんな人間として当たり前な行動すら、全くできなかったんだから。

 私の喜びは分かってもらえるかな?


 でも、この私の行動が、私たち二人を破滅に向かわせる第一歩だったんだ・・・。

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