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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第三章 絆を抱いて
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1.天の営み (その2)

 現人類が旧人類との独立戦争に勝ってから、もうどれくらい経つ?

 それは数千年とも、2万年くらいとも、いやもっと長い期間だと、色々言われてるよね。

 正確な歴史は元老院のお歴々、多分、十二人委員会しか知らないと思う。

 でも、その膨大な期間で、人類は2894層にも達する階層社会を創り上げたんだよね。

 それって、凄いと思わない?

 かつての地球の地表から2千メートルの高さに、地表全面を覆う天井を作り上げ、その天井の上を新たな大地とした、私たちのご先祖様。

 それをさらに上に積み上げて、積み上げて、まるでパイ皮を薄く薄く重ねるように何層も何層も階層を積み上げて、ついには2894層に到達してしまった。

 こんな広大な世界を、ほんの数千年から数万年で築き上げるなんて!

 ホントに凄いと思うよ。


 ・・・でも、凄いのはご先祖様たちであって、最上階層に住む奴らが凄いんじゃない!!

 彼らは本当にそれを勘違いしてる・・・。

 ・・・ごめん。話がそれちゃった。

「学校」の話に戻るね。


 私がその「学校」に通い始めたのは、フレアとの生活が始まって、ちょうど一ヶ月が経ってから。

 その間に私は6歳になってた・・・はずなんだけど、この辺もあまり記憶にないんだ。

 入学して、初めて他の生徒たちの前に立って挨拶した時は、ひどく緊張したのを覚えてる。

 最上階層に連れ去られて、友達なんていなかったしね。

 緊張して緊張して、ようやく事前に考え抜いてた挨拶を言い終えて、他の生徒の顔を見た時のこともよく覚えてる。

 なんて言えばいいのかな・・・?

 彼らの顔には生気も、感情も何も浮かんでいなかったんだ。

 子供心にもそれが異常な光景だと分かった。心底ゾッとした。

 誰一人、何の感情も見せないで、私の挨拶が終わるや否や、まったく同じタイミングで、まったく同じ回数だけ拍手したんだよ!

 ・・・彼らには「個」というものが無かったんだ。


 その理由もすぐに分かったよ。

 私がそれまで聞いていた普通の学校とは、あまりにも異なる教育内容だったからね。

 授業の中心は、ほとんど戦闘に関連するものだった。

 格闘、打撃、武器を使った戦闘、武器が無い場合の道具の戦闘、感応力の戦闘応用、戦闘への心構え、サバイバル技術、エトセトラ、エトセトラ・・・。

 子供の頃からみっちり叩き込まれたよ。

 あれは学校というより、十二人委員会に忠実な兵隊をつくるための工場みたいなものだった。

 優秀な兵に「個」は必要ないとばかりに、肉体的にも精神的にも徹底的に追い込まれたよ。

 感情に流されるのは悪だと、そういう教育だったからね。


 ・・・ゴメン。

 授業内容については、あまり思い出したくないんだ・・・。

 でも、その授業の結果、私もいつの間にか他の生徒と同じように、感情も見せない、個を失った生徒になっていったんだ。

 私は授業の結果でそうなったんだと思ってたんだけど、それは生徒を意図のとおり操ろうとする『強制』の結果じゃないかと、今ではそう思ってる。

 確かに私たち生徒は、最上階層に所属するにふさわしい程の強い感応力を持っていた。

 そんな人間に誰が『強制』できるのか、不思議に思うかもしれないけど、多分、薬物の影響なんだと思う。

 授業の合間にいろんな薬を飲まされたり、皮膚浸透式のパッチで薬物を投与されてたし、当時は何も疑問に思わなかったけど、その薬物で『強制』をかけやすい精神状態に落とされていたんだと思う。

 それに気付いたのは、ずいぶん後。アリアに出会った後だった。


 私が徐々に人間性を失っていったのは、フレアも気付いてたと思う。

 毎日顔を合わせているんだから、当然だよね。

 でも、いつも明るく、いつもどおりに振る舞ってくれてた。

 多分、心の中では複雑な感情が入り混じってたと思うけど・・・。

 徐々に感情を失いつつあった私も、フレアと話している時だけは、少しだけ楽しかった気がする。

 でも、残念ながら、この辺もあまり記憶に残っていないんだ・・・。

 次にフレアのことで鮮明に覚えているのは、その4年後のこと。


 10歳になった私は、順調に戦闘訓練をこなして、順調に進級していった。

 自分で言うのもなんだけど、出来のいい生徒だったと思う。

 あくまでも、「学校」から見ての評価だから、私がどんな生徒だったのか、想像が付くよね・・・?

 そんな私と対照的に、途中で落第になって、学校に来なくなった生徒もいた。

 多分、彼らはあなたが想像しているとおりの結末を迎えたんだと思う。

 でも、当時の私はそんなことには何も関心が無い、ただの戦闘人形になりかかってた。

 そんなある日、家に帰った私を、今まで見たこともない表情をしたフレアが待っていた。

 そして、私の両肩に手を置いて、こう言ったんだ。


『美桜、よく聞いて。いい? 何事も絶対に諦めてしまってはダメ。あなたがずっと諦めないで戦い続けていれば、いつか絶対に家族の所に帰ることもできるから』


 その言葉を聞いた私は、こう答えた。


『うん、もちろん。授業でも、任務を果たすまでは絶対に諦めてはならないと、死ぬのは任務を果たしてからだと、そう教わっているから』


 私の言葉を聞いたフレアは、とても悲しそうな顔をしていた。

 それこそ、今にも泣き出しそうな顔をしてた。

 当時の私は、その表情の意味がまったく分からなかった。

 ・・・いえ、その意味を考えることすら放棄していたんだと思う。

 今の私から見たら、信じられないくらい馬鹿だった。


 そんな私を、フレアは泣きながら抱きしめてくれた。

 そして、もう一度、『絶対に諦めないで』って言ってくれた。

 しばらく私を抱いたままだったフレアは、やがて手を解いて、決然とした表情を浮かべて、立ち上がって外に出て行った。


 そして、そのまま二度と帰ってこなかった。


 感情をほぼ失っていたとはいえ、さすがにあの時は悲しかったな。

 本物の家族同然に私を育ててくれたフレアが、私を捨てて出て行ったと考えたら、胸が苦しくて仕方なかった。

 本当に私を捨てて出て行ったのか、それとも何かのトラブルに巻き込まれたのか、当時の私には何も分からなかった。

 でもね、そのうち、それすらどうでもよくなっていった。

 多分、精神的な不安定さを見せそうになっていた私に、さらにキツイ『強制』をかけたんだろうね。

 結局、学校付属の寮に放り込まれた私は、フレアのことすら完全に忘れて、今度こそ完全なマシーンとして教育されることになった。

 私に最後の人間性を与えてくれていたのはフレアという存在だったし、それも当然の流れかもしれない。

 でも、あれだけ悲しかったフレアとの別れを、そんなに簡単に忘れることが出来るなんて、今から考えたら本当に信じられない。

『強制』の影響があったとはいえ、当時の私を揺さぶって、説教してやりたいくらいだよ・・・。


 その後は淡々と、熾烈な授業は続いていった。

 多少の一般常識を学ぶための座学以外は、完全に戦闘関連に没頭して、年月は過ぎていった。

 やがて、16歳になった時、めでたく「学校」を卒業できた。

 結局、クラスメートの数は半分になってた。

 授業中の不慮の事故で亡くなった人もいれば、落第して姿を消した人もいた。

 そんな過酷な学校生活を潜り抜けて生き残った卒業生たちは、固い絆で結ばれた・・・って話じゃないんだよね。

 私も含めて、全員そんな感情とは無縁のマシーンだったから、さ。

 ホント、嫌になるよね。


 卒業生の大半は、そのまま十二人委員会直属の実働部隊に配属されることになった。

 そこは、「学校」の卒業生だけが集められた、戦闘に特化した部隊だった。

 もちろん、十二人委員会や他の元老院議員だって、最上階層に住む人たちだから、最強レベルの感応力の持ち主ではあるんだよ。

 でも、こと戦闘となると、感応力以外のスキルも非常に重要になってくる。

 あなたたちも、桁違いの感応力を持つハ・ラダーを相手にして一度は勝つことが出来たのは、まさに感応力以外の面で彼を上回っていたからでしょう?

 戦闘のプロだったハ・ラダーでさえそうだから、いくら戦闘の素人が感応力の強大さを誇ってたとしても、戦闘のプロが相手だと負ける可能性が高いんだ。


 だから、十二人委員会にも実働部隊が必要になるんだ。

 その活動範囲は多岐にわたってるんだけど・・・。

 要人の警護、はまだ真っ当な仕事だね。

 それ以外には、政治的に敵対する人間の排除、反階層政府のゲリラ組織に対する攻撃、腐敗した治安警察の粛清、下手をすれば治安警察の真似事みたいに無実の人間を一方的に裁いたりだとか、聞くだけで気が滅入る仕事ばかりだよ。

 詳細については絶対に話したくないし、話すつもりもない。

 だから、聞かないでくれると嬉しい、かな。


 実働部隊に配属されてから、休みなく仕事に励み続けていた。

 休息など必要としていなかったし、それが私たちにとっての日常だった。

 そんな生活が、ええっと・・・28年間続いたのかな?

 え?

 うん、私は老化防止処置を受けてたから、16歳の体のままで時が止まってたんだ。

 おそらく、一番体力がある16歳って時期で、細胞の強度を固着化させたんだと思う。

 十二人委員会にしてみれば、私たちは長年かけて育てた優秀な駒なんだから、なるべく長い間使い倒したいのが人情ってものでしょうね。

 ふふっ。実はジェイより年上なんだからね。

 まあ、それはともかく、28年間という長い間、淡々と何も考えることなく、良心の呵責に苛まれることもなく、何一つ達成感があるわけでもなく、本当に淡々と仕事をこなしてきた。

 そんな私に、突然転機が訪れた。


 それは、ごく平凡な仕事のはずだった。

 とある元老院議員のボディーガード隊の一員になって、彼をお守りする、というごく単純な依頼だった。

 まあ、よくある仕事ってやつだね。

 もちろん、私はよくある仕事だからと気を抜いたりしなかったし、特別気負ったりもしなかった。

 マシーンにそんなものはありえないからね・・・。

 でも、そんな歴戦のマシーンも、初めてその議員に対面した時に、ついに故障することになったんだ。

 正確に言うと、その議員に対面した時じゃない。

 そいつの顔なんて、もう覚えちゃいないしね。

 私が出会ったのは、その議員の隣に控えていた一人の少女なんだ。

 最初は大きな人形なんだと思ってたんだ。


『よろしくお願いします』


 驚いたよ。

 それは実は生きている人間で、しかも澄んだクリスタルみたいな声で挨拶してきたんだ。

 豊かに波打つ金色の髪。

 白亜よりも白い、透き通った肌。

 階層の天井に映される偽りの青空よりも、はるかに澄んだスカイブルーの瞳。


 それがアリアだった。


 私は思わず反射的に自分の身と比べた。

 延々と続く過酷な任務で荒れて浅黒くなった肌、小さいころは自慢だった黒髪もバッサリと刈り込んで、しかもろくに手入れもしていない。

 それが私。

 同じ人間とは、とても思えなかった。

 そう考えると、急に感嘆とも嫉妬とも言える、色々ごちゃ混ぜになった感情が一気に吹き出してきた。

 そう、アリアに初めて出会った時の感動と驚きが、私が感情を取り戻すきっかけになったんだ。


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