2.奇妙な来客、あるいは招かれざる客
「なんだ?!」
ジェイは椅子から素早く立ち上がり、音の出所を探して部屋中に目を走らせる。エリザも同様に、目を細めて周囲を見回す。
二人とも音の出所はハッキリとは分からないようであったが、入り口に向かって左側の本棚の方向から音が響いていることはすぐに気付いた。
ジェイが本棚に近付こうと2~3歩踏み出した瞬間、ジェイを呼び止めるように声が部屋に響いた。
「お取り込み中のところ大変申し訳ありません、ジェイ」
ジムの合成音声である。合成音声とはいえ、人間の声帯の構造を模したものであるため、肉声に極めて近いものである。
「どうした?ジム?」
ジェイは苛立ちを隠せないまま返答する。
「事務所の入り口に依頼人と思しき客がお見えになっています」
「客?」
ジェイは意表を突かれたように顔をしかめて立ち止まる。飛び込みの依頼人など、ここ数ヶ月無かったことだ。
思わずジェイとエリザは顔を見合わせるが、不愉快な謎の電子音が鳴り続ける中ではゆっくり考えをまとめることもできない。
「よし、わかった。まずは、ジム、このクソッタレな音はどこから鳴っているんだ?」
「それが・・・ドアに向かって左側、その中で右から2番目の本棚から音が発しているとしか申し上げられません」
「なんだと?」
今度は途方にくれたような表情を浮かべながら、先程までより一回り大きい声でジェイはジムに聞き返した。
事務所は他の建物と同様に、建物の構造材、部屋の内装、調度にいたるまで全て感応物質を含む材質で構成されており、事務所内のあらゆる感応物質は事務所全体の制御ユニットである「ジム」によって制御されている。例え、外部の人間が持ち込んだものであろうとも、それが感応物質である限り、ジムはその存在を感知できる能力がある。
そして、この世のあらゆる物、それこそ自然物由来の食料にすら感応物質が組み込まれているはずである。
したがって、事務所内にジムがその存在を把握できない物が存在するはずがない。ジェイの困惑は当然の反応であると言えた。
「どういうことだ?・・・いや、なぜ正確な位置が掴めないのか、その理由は後で探るとして、エリザ。まずは音の出所を探してくれ。客の応対は俺がする」
エリザは困惑しながらも一つ頷き、ジムが指示した本棚に向かった。その間にジェイは思念を凝らし、事務所の入り口に立つ貴重なお客と通話を行うため、先程使用したものより大きく、実物大で表示できるスクリーンを目の前に出現させた。
すぐさまスクリーンが事務所の入り口を映し出し、ジェイはゆっくりと像を結びつつあるその人物に向かって声をかけようと口を開きかけたが、その動きは途中で完全に止まり、目を見張ったまま立ち尽くすことになった。
『なんだ、この娘は?』
それがスクリーンの中の人物を見たジェイの第一印象である。
スクリーンの中に立つ人物はまだ幼さが残る少女だった。これがただの少女であれば、ジェイがこれほど驚くはずもない。ジェイを呆気にとらせた原因は、その異様な風体にある。少女は、古代人趣味のジェイですら呆れるほどの古代の仰々しい衣装に身を包んでいたのである。
『これは、イブニングドレスか?』
少女の身を包んでいるのは、紫色のドレスだった。
スカートの丈は長く、足先まですっぽりと覆われており、スカート後部の布地はさらに長く、後ろに引きずるような形になっている。また、少女の細身の体を包むようにたっぷりとした布地で全身が覆われているが、ホルターネックになっているため肩は露出しており、そこには上品にストールを羽織っている。ひじから先は優雅な長手袋をはめており、金糸による豪華な刺繍も目に留まる。
そして、何より彼女を異様な風体に仕立て上げているのは、その小さな頭の上に置かれた代物である。それは帽子なのであろうが、薄い布地でバラを模して作られており、そこから生えるように付けられた何本もの布地の帯はヴェールのように顔の周りを覆い、そして、その丈は不自然なほど長く、ドレスの裾と同様に後ろにたなびいている。
最近の女性服と言えば、一歩足を踏み出すたびに色や形を変える服、「ユリコ・サカザキ」なるブランド品がが流行っているようであるが、その短すぎるスカートの丈や、色がキラキラと変わっていくその姿を見るたびに、ジェイは目の遣りどころに困り、つい目を背けてしまう。
しかし、この少女が身に着けている服は流行服どころか、一部の好事家が好む、古代をモチーフにした立体映像でしかお目にかかれないような代物だ。
そして、その服に包まれた少女自身もまた特徴的な容貌であった。
豪華なドレスに負けず劣らず人の目を引く金髪碧眼の持ち主で、その腰まである豊かな髪の一部は後ろで束ねられている。その顔立ちは、まさに神秘的と呼べるものであった。
いつも拝んでいるエリザの美しさはあくまで女性的な美しさであり、多くの男性を魅了するものであるが、この少女の美しさは人知を超えた神の芸術品と呼ぶべきものだとジェイは思った。人は少女を見た瞬間にたやすく魅了され、同時に畏怖、畏敬の念も抱くだろう。それは、一目見ただけで記憶に刷り込まれるような美しさであった。
古代であればともかく、現代においては人種の混合が進み、肌の色、髪の色、瞳の色は平均的にならされてしまっており、特に大きな意味を持たなくなっている。更に、それらはごく簡単な遺伝子的な処置を施すことによって、自由自在に変更できるようになっている。
したがって、人類は人種的な理由による争いからほぼ開放されたのではあるが、毎日肌の色、髪の色、瞳の色を自由に変更させ、それがファッションとなっている現状はいささか行き過ぎではないか、とジェイは考えている。紫と緑のまだら模様の肌を持つ女性を見かけた時は、力一杯揺さぶって、正気を取り戻させてやりたいという衝動を抑えることに苦労した。
この少女もそういった類の連中のお仲間なのであろうか?
ともあれ、今時の女性を基準とすると、極めて特異な風体の少女が事務所の入り口に立っているのは事実である。
しかも、その思いつめた表情を見る限り、おそらくは貴重な依頼人である。ジェイとしてはいつまでも口を開いたまま少女を見つめ続けるわけにもいかず、一つ咳払いをして、スクリーンの中の少女に向かって声をかけた。
「あー、お嬢さん。うちに何か御用ですか?」
我ながら間の抜けた台詞だと思いつつ、さりとて気のきいた台詞というものが苦手なジェイとしては、事務的な口調でそう告げるしかなかった。
少女はジェイの声を聞いてもややぼんやりとした表情でジェイを見つめていた。そして、口を開くが、唇をもぐもぐと動かすだけで、声は発せられていないようだ。
しかし、その瞳は何かを訴えかけるように真っ直ぐにジェイを見つめ続けている。
「あー、お嬢さん?」
たまらず、ジェイが先を促すように少女に話しかけたその瞬間、少女からの返事があった。
「あなたが、ジェイ?」
少女の声は透き通ったクリスタルの響きを持ち、ジェイの耳に心地よく届いた。ジェイは幾分どぎまぎしながら返答した。
「あ、ああ。俺がジェイだが、お嬢さんは?」
「あなたが、ジェイ・・・・。ジェイ・・・・、私・・・、守・・・」
少しずつ、思いを巡らせるかのように言葉を紡いだ少女は、その短い言葉を言い終えた瞬間、ゆっくりと前につんのめるように倒れこんでしまった。
驚いたジェイは、自分に向かって倒れ込む少女を助けようと慌てて手を伸ばすが、その手は空しく何もない空間を掴むばかりだった。そして、自分が目にしているのはスクリーンだと気付き、慌てた調子でジムに声をかける。
「ジム!」
「ええ、わかっています、ジェイ」
どうやら、ジムは素早く事務所の入り口のドアや床面の構造材をクッションのように柔らかくし、倒れ込む少女に対する衝撃のほとんどを吸収させ、少女を守ってくれたようだ。
「よし、とりあえず俺が入り口に向かうから、それまで医療ユニットを出してそいつの面倒を見てやってくれ」
ジェイはジムにすばやく指示を出し、そして、本棚の付近で謎の電子音の出所を探し続けているエリザに一つ頷き、ドアを出ると瞬く間に事務所の入り口まで廊下を駆け抜けて行った。入り口に到着する寸前、ドアの鍵を感応力で手も触れずに解除し、そのままドアを開けた。
すると、入り口の床には先程スクリーンで確認した少女が真っ青な顔をして倒れており、その周囲をジムが出現させた医療ユニットが浮かび、医療ユニットから少女に向かって伸びる様々な診断用のユニットが、少女の頭、顔、そして服の下の身体に直接接触し、少女の容態を確認しているところだった。
「様子はどうだ?」
ジェイは少女の傍に屈みこみながら、少女の上に浮かんでいる医療ユニットに声をかけた。医療ユニットはジムと同じ音声で、ジェイの質問に答えた。
「目立った外傷は存在しません。また、頭を打った様子もありません。正確な原因は不明ですが、おそらくは極度の疲れが原因だと思われます」
「そうか・・・」
医療ユニットの診断を確認し、また、倒れた少女を動かさないように気を付けながら容態を自らの目で確認したジェイは、医療ユニットの診断はおそらく正しいだろうということを感じていた。
確かに血の流れた形跡も着衣に乱れたところもなく、外傷らしきものは見当たらない。
もっとも、医療ユニットの診断ミスなど、少なくともジェイは聞いたことがない。彼らは人間の体について、当の本人以上に隅々まで知っているのだ。
『さて、どうしたものか。』
少なくとも目を覚ましてもらわないことには、事情を確認することすらできない。しかし、こんな素っ頓狂な格好をした少女がジェイに御用があると言う。どんな事情があるのだろうか?
ジェイが真っ先に思いついたのは、家出した少女の可能性である。
年頃の少女の甘ったるい感傷や稚拙な怒りが家出という無茶な結論を導き出す可能性があるのは、はるか昔より変わらないし、おそらくはるか未来もそう変わらないのだろう。しかし、そうだとしてもなぜわざわざジェイの事務所に?
ジェイは軽く頭を振って様々な疑問を振り払い、まずは客である少女を事務所に運び、介抱し、回復後事情を確認するという極めて現実的な選択肢を採用することにした。
もっとも、このまま少女を自分の城に招き入れるほどお人好しでもなかった。ジェイは医療ユニットを通じてジムに少女の身体検査をさせ、危険な武器等を所持しているかどうかをまずは確認させることにした。
しかし、ジムの返事はジェイが全く想定していないものだった。
「ジェイ、大変申し訳ありませんが、この女性に対し感応波によるスキャンは行えません。女性の衣服の感応物質を検知できないため、衣服のスキャンが行えません。したがって、衣服のどこかに何か所持していたとしても、見落とす可能性を否定できません」
「・・・どういうことだ?」
ジェイは唖然としながら、ジムに問い返した。
「可能性としては、大きく分けて4つあります。①衣服が感応物質を含まない原初の素材で構成されている。②ここよりもかなりの高階層で使用されている感応物質で構成されている。③感応力を完全に遮断できる、高度な遮蔽装置を使用している。④衣服の素材が、この女性の感応波にのみ反応するよう調整された特注品である。以上です」
「・・・わかった。それなら、感応波以外の、X線、電磁波、超音波、重力子でもなんでもいい。代替手段でスキャンを行ってくれ」
しかし、ジェイのその要請にもジムはあっさりと予想外の答えを返す。
「申し訳ありませんが、感応波以外の手段でもスキャンを行うことができません。X線その他の手段も全て女性の衣服より下に透過することができません」
「いや、ちょっと待ってくれ。さっき彼女の診断を行っていたよな?あれはスキャンの結果じゃないのか?」
慌てた調子のジェイの詰問にも、医療ユニットは淡々と事実を返答する。
「いえ、衣服上からのスキャンは不可能であったため、衣服下に有線式診断用ユニットを潜り込ませ、スキャンを行いました。何分、非常時と判断しましたので、この女性には失礼な対応となってしまったことは謝罪いたします」
ジェイは眉をひそめて、考え込む素振りを見せたが、その時ふと気付いたかのように、ジムに向かって別の質問を投げかけた。
「ジム、さっき室内で馬鹿騒ぎしていたあのクソッタレな音の出所も感知できなかったよな?」
「ええ、そのとおりです」
「ということは、あの音もこの女に何か関係があるのか?」
その問いの真意を図りかねるようにジムは一瞬沈黙したが、率直に回答する。
「あの音とこの女性を結びつける要因は、現時点では確認できません」
「ふん・・・」
ジェイは鼻を鳴らして賛同できない旨を表明したが、確かに、現時点であの謎の音と目の前に横たわる少女の関係を証明できはしない。
とにかく、ここであれこれ考えても埒が明かないことは確かであるので、やはり少女を事務所内に運び込んで介抱し、回復した後で事情を確認することに決めた。
しかし、ジムによるスキャンが不可能だからといって、そのまま事務所に上げるわけにもいかない。そこで、ジェイは仕方なく手動による旧式のスキャンを行うことにした。
すなわち、自らの手で少女の衣服の上から身体をまさぐり、危険物類を所持していないか確認するのである。
『エリザに見つかったらどんな顔をされるか』
ジェイは苦笑しながらも、手早く少女の体に手を走らせ、少なくとも目立つ物は持っていないことを確認した。もちろん、この程度では発見できないほどの小さな武器類、危険物は思いつくだけでも両手の指では数えられないほど存在する。それでも、この程度で発見できるほどの大きさの武器類はそれ以上に存在することを考えれば、こういった旧式の調査も馬鹿にしたものではない。
ジェイは幾分罪悪感を覚えながら 少女の薄い胸から手を離した。そして、ジムに命じて入り口のドアを開けさせ、さらに反重力ユニットを用意させた。
反重力ユニットは重力子を操作することにより、重量物を容易に扱えるように補助する装置である。
もちろん、熟達した感応力の持ち主であれば、倒れた人を運ぶために服の下部を感応力で持ち上げて、先程エリザがトレイを運んだように空中を移動させることができたり、感応物質を板状に成形し、その板上に人を乗せて感応力で持ち上げて運ぶなど、様々な手段を講じることができる。
しかし、自分用のカップすら上手く扱えない程度の感応力のコントロールでは、この少女を介抱のために運ぶどころか、余計な打ち身や擦り傷を与えてしまうことにもなりかねない。こういう場合は反重力ユニットを使用するほうが間違いは起こらず、感応力を使用して疲れたりすることも無いのだ。
反重力ユニットに命じて少女を薄い反重力フィールドで包むと、少女の体は30センチ程度ふわりと浮き上がり、事務所内に向けて空中を滑り出した。
ジェイは先導してドアをくぐって廊下を進み、エリザが待つ部屋の前までゆっくりと少女を運んだ。
そして、ドアを開けようとした時に、ふとある事に気が付いた。ドアの向こうが先程までの喧騒が嘘のように静かなのである。どうやら、エリザが例の忌々しい音の発生源を特定したらしい。
ジェイは微かにニヤリとし、そして、ドアを開けるようジムに命じた。
ドアが開くとジェイは素早く部屋に入り、反重力ユニットによって運ばれた少女を慎重に抱きかかえ、先程エリザが作ったソファにそっと少女を降ろした。極上のクッション性を誇るソファの上で、少女は身動き一つせず、ただぐったりとしている。
少女を見たエリザは目を丸くしてジェイに矢継ぎ早に問いかける。
「ちょっと、ジェイ。どうしたんですか?女の子は大丈夫なんですか?医療ユニットには見せたんですか?」
ジェイは肯定の印に一つ頷き、先程の一部始終を説明しようとしたが、まず確認しなければならないことを先に片付けることにした。
「そういえば、音が止んでるな。原因は何だったんだ?」
ジェイの問いかけに、エリザは困ったような表情を浮かべ、右手をジェイに向けて差し出た。
その手の平の上には、親指大の金属でできた円筒形のユニットが乗っていた。微かに金色がかったその物体の表面は滑らかで、まるで鏡のように磨かれており、その円筒の先には小さなボタンが付いている。手に取って詳細に調べるまでも無く、それはごくありふれたアラームユニットであった。
ジェイは怪訝な表情を浮かべ、説明を求めるようにエリザに目で合図する。
しかし、エリザは彼女らしくもなく答えに窮しているように見え、その様子を見たジェイはますます怪訝な表情を深めていく。ややあって、エリザは慎重に言葉を選びながら、説明を始めた。
「先程の音の原因は、このアラームユニットです。少なくとも市販されているアラームユニットと大きな違いは無いようです。このボタンを押すと、アラーム音を止めることができましたから」
エリザはユニットの先端部のボタンを指し、同意を求めるようにジェイを見つめる。ジェイは微かに頷き、エリザに先を促す。
「これは、ジェイの物ではないんですね・・・?ジムによると、このアラームユニットからは感応物質を感知できないようで、音の出所が分からなかったのはそれが原因だそうです」
感応物質を感知できない・・・。ついさっき聞いた台詞ではないか。やはり、あの少女は何か怪しいとジェイの勘は告げている。
「それで、このユニットがあった場所ですが・・・。ジムが示した本棚の、その・・・」
ここでエリザは一つ息を吸い、残りの言葉と一緒に一気に吐き出した。
「・・・積んである本の裏に隠されていました」
「本の裏だと?!」
ジェイは信じられないといった表情でエリザを見つめた。
「念のために確認するが、エリザの物か?」
ジェイの問い掛けに、エリザは小さく、しかし断固として首を振る。
「俺の物ではなく、エリザの物でもない。じゃあ、一体誰がそんな所にこんな物を?何のために?」
エリザはもう一度小さく首を振り、その問いに回答できないことを示した。
ジェイは両手を腰にあて、じっと考え込み始めた。2、3分はそうしていただろうか。やがてジェイはきっぱりとジムに命令を下した。
「ジム、件の本棚を映したここ1週間の記録映像を立体表示してくれ。再生時間は、そうだな。圧縮率1000倍くらいでいいか。そのアラームユニットを仕掛ける奴が映った時点で止めてくれ」
エリザが口を挟む。
「1週間でいいのですか?」
「ああ、1週間前に、俺はその本棚を引っ掻き回した記憶がある」
エリザは静かに頷き、肯定の意を示す。
「その時には、そんな物は本棚には無かったからな。ジム、1週間分の記録で頼む」
「了解しました」
この時代では身の回りのもの全てに感応物質が組み込まれているが、さらに、壁や床、その他様々な場所に映像・音声記録ユニットや感応波検知ユニット、など極小の機械群が埋め込まれている。先程のスクリーンや医療ユニットなどもその一部である。それら機械の全ては感応波により直接操作することができ、また、それらを統括する事務所全体の機能制御ユニット「ジム」に命じ、ジムが発生させる擬似感応波で操作することもできる。
中でも映像・音声記録ユニットは「防犯上の必要性」という白々しい大義名分の下に、階層政府によって常時稼動させられている。人々は部屋の中はおろか、道を歩いていようが、世界のどこにいようが、あらゆる所に埋め込まれたユニットによって常に監視され続けている。
もっとも、世界中の人間が全ての記録映像を閲覧できるわけではなく、それはごく限られた権力者の特権である。しかし、建物の主は自らの城の記録映像は閲覧する権利があり、今回はジェイがその権利を行使しようとしているのである。
ところで、人々は自らの感応波で思うままに様々な物を操れるのに、なぜジムのような機能制御ユニットが必要とされるのだろうか?理由は大きく分けて3つある。
第一に、感応力の大小は人それぞれであり、力の小さな者を補助するためにも機能制御ユニットが必要とされるからである。
上階層の強大な力の持ち主ならばともかく、ジェイの住む階層は最も地表に近い最下層であり、力の小さい者も多い。感応力の行使が前提となっている社会である以上、力の小さい者はどうしても不便であり、これを最低限補助する必要があるためである。
第二に、感応波を遮蔽する装置の存在である。至る所に映像記憶ユニットが埋め込まれている状況では個人のプライバシーは無いにも等しいものであり、その状況に慣れきっている人々でさえも、プライバシーを重視する際には感応波を遮蔽する装置を使用する。
ジャマーを使用すれば半径数メートル以内の範囲である程度の強さの感応波を遮断できるため、感応波で作動する様々なユニットによるプライバシーの侵食を、完全ではないにせよ止めることができる。
しかし、感応波を遮蔽するということは、裏を返せば自らの感応波も遮蔽することになるので、それを補助するために機能制御ユニットが必要になるのである。
もっとも、ジャマーの使用は違法であるため、ジャマーの所持を大っぴらに喧伝する住人はいない。それでも住民の7割はジャマーを使用しているという怪しげな統計データもあり、住民の生活に根差した装置であることは間違いない。
第三は単純明快な理由と言う他ないが、感応力の過度の使用は疲労するのである。
例えば物を動かしたいと考えた時、人間は手を使って動かすことも、足を使って動かすことも、その他様々な手段を講じることができるが、「動かす」という行為自体は、その人間のエネルギーを消費するのである。
同様に感応波もまた人のエネルギーを消費するため、常に力を使用していれば運動した時のように疲れるのである。そのため、普段は自らの感応波の使用を抑えるために、機能制御ユニットを使用するのが一般的なのである。
ジムはジェイの命令を実行に移し、アラームユニットが置かれていた本棚を映した過去一週間分の記録を立体映像として表示させた。
再生速度を1000倍に圧縮しているため、人間の目には動くものを目に捉えることができず、本棚がただ立っているだけにしか見えない。怪しい場面があれば、ジムがそこで映像をストップさせるはずであり、ジェイが映像を見続けていても何もできないのだが、それでもジェイは立体映像をじっと見つめている。
対して、エリザは立体映像を見守ることもなく、ソファに横たわる少女の介抱に向かった。そして、手慣れた様子で医療ユニットに指示を出している。
ジェイが少女についての説明を行っていないため、様々な疑問が渦巻いているはずだが、特に顔に出すこともなく介抱している。
やがて、10分強の映像は、ジムによる中断も無く淡々と再生を終了した。呆然とした表情のジェイを残したままで。
再生映像の終了が何を表しているのか、ジェイには解釈のしようがなかった。事務所の本棚の奥に、謎のアラームユニットが仕掛けられているが、それを置いた者の映像は無いということになる。
「ジム、どういうことだ?」
ジェイは鋭い口調でジムを詰問する。
「記録映像内には本棚に手を触れたり、感応波による操作でアラームユニットを仕掛けた者の形跡は全くありません」
ジムの口調は幾分戸惑っているようにも聞こえる。合成音声とはいえ、芸が細かいことだとジェイは一瞬思ったが、そんなことよりもアラームユニットの方が問題である。
人の手によって仕掛けられたものではなく、感応波を使って空中浮遊させたアラームユニットを仕掛けられたわけでもない。では、アラームユニットを外部から瞬間移動させたとでもいうのだろうか?
『馬鹿な』
ジェイは胸中で毒づいた。
科学が大きく進歩したこの世にあっても、古代人が発見した原理、法則のうち、破られていないものがいくつかある。
有名なところでは、質量保存の法則と光速度不変の原理は破られるどころか、圧倒的に堅固なものとして物理学界に君臨している。瞬間移動という夢の世界の技術が使えるのであれば、アラームユニットをジェイの事務所に仕掛けてジェイを驚かせるなどといった意味不明なイタズラを仕掛ける必要性は全くない。論文の一つでも発表すれば、元老院の表彰と一生食べていけるだけの報奨金を易々と手に入れることもできるだろう。
「ジム、期間を1ヶ月に延ばして もう一度映像記録を検証してくれ。立体映像は映さなくていい。不審な点があればそこで映してくれ」
ジェイはジムに再度指示を出し、少女を介抱しているエリザの方に向き直った。
「君はこれを知っていたのか?」
エリザは振り返り、頷いて返答する。
「ええ、先程アラームユニットを発見した際に、ジムに映像の検証を行わせましたから」
エリザはジェイとほぼ同等の権限を与えられているため、ジムの機能のほとんどを使用することができる。エリザはアラームユニットを発見した後、ジェイの帰りをただ待っているような秘書ではないから、映像の検証は充分予想できる行動であった。
「どういうことだと思う?」
ジェイは率直に意見を求めたが、エリザは肩をすくめて言った。
「現状では何とも申し上げられません。まずはジムの再検証を待ちましょう」
そして、ジェイの目を真っ直ぐ見ながら、先を続ける。
「それよりもジェイ、このお嬢さんはどうされたんですか?先程のスクリーンに映っていたお客ですよね?」
どうやら、エリザは倒れている少女を放っておいたジェイの態度に少々怒っているようだ。確かに、医療ユニットによる診断は済ませており、さらに少女について怪しんでいたとはいえ、ジェイの態度は少々薄情だったと言わざるを得ない。
ジェイは少し顔を赤らめながら、少女についての説明を行うことにし、少女が横たわるソファのすぐ傍に椅子を出現させてどっかと座り込んだ。
ジェイは先程事務所の入り口で起こったことの顛末をかいつまんで説明した。エリザは口を挟むことなくジッと聞き入っている。ジェイの説明が終わると、エリザはあごに手を当て眉根にしわを寄せ、考え込み始めた。
「どういうこと?」
ジェイに問いかけるでもなく、半ば独り言のようにエリザは呟いた。ジェイは軽く咳払いし、足を大げさに組み直してからエリザに問いかけた。
「で、お嬢ちゃんの具合はどうなんだ?」
ジェイの言葉を聞き、はっとしたエリザは慌てて返答する。
「え、ええ、医療ユニットの診断では、外傷は無いようです。こんな素晴らしい衣装なので、目で確認することはできませんけど・・・。それにしても変わった格好をされているお嬢さんですね」
ジェイも同意するかのように頷く。そして、エリザは少女を見つめながら言葉を続ける。
「先程までは顔が真っ青で心配でしたが、医療ユニットが安定剤と栄養剤を投与してから、容態は安定したようです。医療ユニットの見立てでは、そろそろ目を覚ましてもおかしくないはずですが・・・」
エリザは少女の帽子を外し、心配そうに頭を撫でている。
そうか、とジェイは一言告げ、意識を現在置かれている奇妙な状況に向け直した。アラームユニットの件、少女の件。これはエリザ、ジムとじっくり検討しなければならないな、とジェイは思い、組んでいた足を外し、エリザに向き直った。
「少し状況を整理しようか?」
ジェイの問いかけにエリザは「ええ」と頷き、少女の傍を離れてソファの端にちょこんと腰掛けた。しかし、その目はちらちらと少女を窺っており、心配そうな様子が見て取れた。
「まず、本棚の奥に仕掛けられたアラームユニットが鳴った。確か、11時30分くらいだったか?その直後に、事務所の入り口にそのお嬢ちゃんが現れた。お嬢ちゃんは、俺を確認した後、守ってほしいとか言いながら、倒れた、と。ここまではいいな」
エリザは小さく頷く。
「問題は、ここからだ。まず、アラームユニットはジムが感応物質を感知できない素材で構成されていること。そして、誰がここに仕掛けたのか、記録映像が残されていないこと。もっとも、これはジムの映像記録の再検証で発見できるかもしれないがね」
エリザはまた小さく頷き、それを見てジェイはさらに先を続ける。
「お嬢ちゃんのほうも問題だな。その何とも言えないドレスは、アラームユニットと同様に、感応物質を感知できない素材で構成されている、と。それから、お嬢ちゃんの素性は当然不明だし、本当に依頼人なのかも不明だな・・・。ただ、アラームユニットとお嬢ちゃんには何らかの関係があるはずだと思う」
「ジェイ、その二つを結びつける事実は何もありませんが・・・」
ジムと全く同じエリザの反論に対し、ジェイは一つ頷き言葉を返す。
「もちろん、そうだ。だが、感応物質を感知できないモノが二つ同時に現れるなんて偶然はありえないよ」
「それはそうですが・・・」
「まあ、それは置いておくとしても、なぜ感応物質を感知できないなんてことがあるんだろう?」
ここでジェイは、少女を診断した医療ユニット=ジムの分析を思い出した。
「そういえば、ジムはその原因を分析していたな。確か、4つ有ったと思うが。そうだな、ジム?」
ジェイがジムにそう確認すると、ジムは先程の分析をもう一度繰り返した。
「ええ、そうです。①衣服が感応物質を含まない原初の素材で構成されている。②ここよりもかなりの高階層で使用されている感応物質で構成されている。③感応力を完全に遮断できる、高度な遮蔽装置を使用している。④衣服の素材が、この女性の感応波にのみ反応するよう調整された特注品である。以上です」
ジムの分析を聞いたジェイとエリザは顔を見合わせた。エリザが見たジェイの表情は、『どう思う?』とエリザに問いかけていた。
エリザは考えを巡らせながら、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね、想定される4つの原因について、それぞれ検証しましょうか?判断材料が少ないので、想像に頼ることになりますけど・・・」
「ああ、是非君の意見が聞きたいな」
ジェイの言葉を聞いたエリザは軽く咳払いをし、背筋を伸ばして話し始めた。エリザの分析力に一目置いているジェイは、エリザの言葉を聞き漏らさないよう、真剣に耳を傾ける。
「まず、①です。この少女の衣服とアラームユニットが、感応物質を含まない原初の素材で構成されている可能性は・・・ほとんどゼロですね」
これはジェイの意見と一致していたようで、ジェイは大きく頷き賛意を示した。そして、エリザは続けてその理由を説明する。
「現在、この世界に流通している物質は、全て政府直轄の工場で生産されています。確かに農産物などの自然物もありますが、それでも肥料などを通じて微量の感応物質を取り込んでいるはずですので、ジムが感応物質を全く感知できないということはありえません。また、この第一層は旧地表面に最も近い階層ですので、原初の素材、そう、岩石などですかね?そういった物は他の階層よりも手に入れやすいかもしれませんが、それも政府によって厳重に禁止されていますので、おいそれと手に入るような代物ではありません。それに、仮に原初の素材を手に入れたとしても、それをこのようなドレスやアラームユニットに加工する設備は個人が保有できるものではありません。何か大きな組織がバックに付いていれば別ですが・・・。以上の理由で、①の可能性はほぼゼロだと考えます」
さすが素材工学の専門家の意見と言うべきか、エリザの意見は流れるように滔々と述べられた。ジェイもエリザの意見には全面的に賛成ではあったが、別の可能性を提示してみた。
「確かにそのとおりだと思うが・・・例のヒマ=ラヤの件はどう考える?」
エリザは虚を突かれたような表情を浮かべたが、冷静に返答する。
「ええ、それも考慮済みです。各階層の間隔は確か2000メートルのはずですから、この第1階層は旧地表面から2000メートル上空に存在することになります。したがって、『山』と呼ばれる地表が隆起している箇所は、第1階層にも突き抜けており、その『山』は原初の素材の宝庫と言えます。しかし、ヒマ=ラヤに代表される『山』は、半径200キロは立ち入り禁止区域になっていますし、そもそも階層政府の施策により『山』は掘削されて、既に第1階層には存在しないとされています。それに、結局は素材を手に入れても、加工する設備の問題に行き当たりますから」
『さて、それはどうだろうな?』
ジェイはどうやらエリザの知らない情報を持っているようだが、この場では口にせず、エリザに先を促した。
「次に②ですが、これも可能性は極めて低いと申し上げるしかありません。ジェイもご存知のとおり、各階層間の人、物資の移動は厳しく制限されています。確かに物資、食料の多くは上階層からの供給に頼っていますが、それも階層政府の厳重な管理下にありますから」
ここでエリザはジェイの目を見つめながら、そっと付け加えた。
「階層政府を嫌っているあなたなら、よくご存知のはずですよね?」
ジェイはフンと鼻を鳴らし、口を挟む。
「ああ、階層政府のクソッタレどもに好意なんてものはこれっぽっちも持ち合わせてないね。確かに、各階層の人や物資の流通は、階層政府としても一番神経を尖らせている部分だからな。上階層の力の持ち主が簡単に下の階層に移動できるとなれば、世界は滅茶苦茶になる。もちろん治安警察を含めたクソッタレな階層政府関係者は別だがな・・・。知っているか?ここの治安警察官の出身である10階層上の連中は、ここの平均的な住民の2倍の強さの感応力を持っているそうだ。それだけでも相当なものだが、さらに上の階層の連中の力なんて、想像を絶するね」
ここで一息ついたジェイは無意識に胸ポケットのタバコに手を伸ばしたが、先程のエリザとのやり取りを思い出し、手を引っ込めて話を続ける。
「それに、物資のほうは持ち込む意味があまり無いからな。例えば、ジムのスキャンすら及ばないような上階層の物資をここに運ぶ手段を発見したとする。だが、その物資をどうするつもりなんだ?我々第1階層の住民では、そんな感応物質を操作することは不可能だ。上階層の住民が扱うように設計された感応物質だからな、俺たちとは力のレベルが違いすぎる。そんな物資を手に入れたところで、使い道はあまり無いと思う。ただし、③の可能性はあるかな」
「確かに、私もそう思います。したがって、この②案の可能性も限りなく低いと思われます」
ジェイは頷き、エリザに先を促した。
「次に③案ですが、これもかなり可能性は低いと思われます。ジムのスキャンが及ばないほどのジャマーとなると、この階層のものではありえません。ジャマーはあくまでも一定の強さの感応波を遮蔽する装置であって、ジムの強い擬似感応波を遮蔽するには、相当の出力が必要になります。私の所感ですが、第10階層以上で使用されているジャマーならば、ジムのスキャンを防ぐことができるかもしれないと思います。そうなると、これも②に行き当たるのですが・・・」
「そうだな、そんな高階層のジャマーを入手する可能性は極めて低い、ということになるな」
エリザは肩をすくめて答える。
「ええ、そのとおりです。確かに、上階層のジャマーであれば、出力が強力なためプライバシー保護という目的を鑑みると極めて有用だと思いますが、そのような機器を簡単に上から持ち込めるとは到底考えられません。それでも、可能性としては①案、②案よりは高いと思われます」
ここでエリザは一息つき、そして最後の④案の分析を行った。
「最後の④案の可能性ですが、ある条件を満たせば、確かに可能です」
「それは?」
「あなたもよくご存知でしょう?我々みな感応波を使えるとはいえ、個々人の持つ感応波は微妙に波形が異なります。特定の波形にのみ反応する感応物質は、確かに特注品として生産することはできます。あなたが愛用されているカップのように、ですね」
そのとおり、とばかりにジェイは頷く。ただし、確かにある条件が必要なのだ。
「問題は、個人用に調整された特注品はひどく高価だ、ということです。率直に申し上げて、あなたが特注のカップを持っているという事実が信じられません。あの大きさ程度のものでも20年は遊んで暮らせるだけの価格になるはずですが・・・」
「ああ、ちょっとした理由があってね。君が事務所に入所する前の話だが、分不相応の贅沢品を持たせてもらえる出来事があったんだ」
ジェイは詳しい事情までは話したくないように、歯切れの悪い言葉を並べた。エリザはやや不審に思いながらも特に言及はせず、さらに話を進める。
「とにかく、特注品は非常に高価なわけですが、この少女が身に付けている衣服全てを彼女専用の特注品として仕立てるとなると、その価格は想像もできません。しかし、彼女のご両親もしくは彼女自身が超の付くほどの金持ちである、という条件を満たせば、それも不可能ではありません。したがって、これまでの案の中ではもっとも可能性が高い案だと思います」
エリザの分析を聞き終わったジェイは満足げに頷いた。彼女の分析は、ジェイのそれとほぼ一致していたからだ。そして、ジムが提示しなかった、もう一つの可能性にもエリザは気付いているはずだと、ジェイは確信を持って問いかけた。
「他の可能性は無いかな?」
「・・・あくまで可能性の問題ですが」
ジェイの問いかけに、エリザはややためらいがちに、こう前置きして答えた。
「この少女が階層政府関係者の可能性はあります。先程のジェイの説明のとおり、階層政府関係者は比較的階層間の移動が行いやすいと考えられます。例えば、この少女は治安警察官で、あなたの内偵を進める役目を帯びているのかもしれません。そして、その持ち物は第1階層の住民に奪われて利用されることがないように、上階層のもので固められているのかもしれません」
「ただ、それにしても、うちの事務所にアラームユニットが仕掛けられた理由の説明にはならないな。そのアラームの作動と同時に依頼人を装って事務所に現れるとか、疑ってくださいと言わんばかりの行動だ。意味が無い。それに・・・」
ここで、ジェイはおどけるような表情を浮かべる。
「俺は治安警察に目を付けられるようなことはしたことが無い」
この台詞を聞いたエリザは、きれいに並んだ白い歯を見せて軽やかに笑った。そして、クスクス笑いながら、からかうように反論する。
「したことが無いのではなくて、証拠を残したことが無い、の間違いでしょう?」
「そうとも言うな」
ジェイはニヤリとしながら返答するが、すぐさま顔を引き締める。
「だが、どの案にしても、その衣服が感応波、X線、電磁波、その他諸々のスキャン信号を通さなかった説明にはならないな」
ええ、とエリザは肩を竦める。
「様々なエネルギーを全て遮断する装置、素材がこの世にはあるのかもしれません。もっとも、私が知る限りではそのような代物は聞いたこともありませんが。一番現実的な回答としては、各種の重金属が繊維に編みこまれている可能性です。そうであれば、X線、電磁波によるスキャンは行えなくなります。あとは、感応波は先程の4案いずれかで防ぎ、超音波、重力子、ニュートリノ、など、それぞれを遮蔽する装置を身に付けていれば、全てのスキャンを防ぐことは可能です」
素材工学専攻のエリザの言であるから、確かに説得力があるといえばそうなのだが、ジェイは到底信じることができなかった。
「それが現実的な回答とは思えないな。それだけの装備を揃えるとなると、恐ろしい程の金額が必要になるぞ。それに、感応波を遮蔽するならともかく、こんなお嬢さんが他のスキャンも遮蔽する必要性なんて考え付かないんだが・・・」
「さあ、そうする必要性までは私にはわかりません。あくまでもこの現象を解明するための推論ですから」
エリザは淡々とそう告げ、そしてジェイは目を瞑りひとしきり考え込んだ後、結論を述べた。
「まあ、どちらにしろ、机上の推論では限界がある。このお嬢ちゃんには、目を覚まし次第、いろいろと確認しなければならないな」
「ええ。ただし、穏便にお願いしますよ」
ジェイにとっては甚だ心外ではあるが、エリザはどうやら本気で心配しているようだ。
「ああ、もちろんだ。それにエリザはよく知っているだろう?俺はこう見えても優しいんだ」
エリザは賢明にも反論することはなく、ニコリと微笑んだが、ジェイの視線が少女に向けられた瞬間、小さく嘆息を漏らすのを忘れなかった。