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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第二章 風を斬り走れ
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4.果ての紫嵐 (その4)

 ジェイは近付いてくるエリザを見つめながら、ようやく一息をついた。それと同時に、頬に負った火傷の痛みもぶり返していた。

 エネルギー量を絞っただろうとはいえ、ブラスターの一撃をまともに顔に受けており、頬の半分がかなり大きく焼けているであろうことは、鏡を見るまでもなくジェイは容易に察することができた。

 ジェイの傍に寄ったエリザは、頬を焼き、その痛みに顔をしかめているジェイを心配して、さらに近寄ってきた。


「ジェイ、その傷・・・。大丈夫ですか?」

「ああ、大した事はないさ」


 それがやせ我慢である事はジェイ自身自覚しており、さらにそれを聞く回りの三人にとってもお見通しだったようだ。三人とも自分の身に起きたことであるかのように、顔をしかめていた。


「まあ、医療ユニットがあれば、大した日にちもかけないで治せちまうくらいの傷だよ。って、医療ユニットなんて、どこにあるんだって話だよな」


 事務所であれば、当然医療ユニットは完備されていたし、ここが一般街区であれば救急用の医療ユニットなど、各道路に配備されているものであったが、いかんせんここはスラムである。医療ユニットなど無いと、ジェイは最初から諦めていた。多少時間はかかるが、スラムの外に出て医療ユニットを探すしかあるまいと考えている。

 しかし、ハ・ラダーは倒したとはいえ、ジェイは依頼人がまだ残っているのが気にかかっていた。ハ・ラダーに『強制』するなど、ハ・ラダー以上の感応力の持ち主だということを証明している。そんな人間が、なぜヴァニッシュを狙い、他の者は巻き込まないような命令を出していたのか、皆目見当が付かない。


「ジェイの旦那。エリザさんとも合流できたし、さっきの作戦の説明をしてくれよ」

「ちょっと、ジュージュー。ジェイさんの傷のことも考えてあげないと」


 ジェイの傷を心配してくれるヴァニッシュを、ジェイは手でやんわりと制し、三人に向き直った。傷の痛みは酷いものだったが、必要以上に心配されるのも、男としての矜持が許さなかった。

 ジェイは傷の痛みなど無いかのように振舞いながら、説明を始めた。


「ああ、どこから話せばいいのかな? 奴が『強制』に支配されていたのは話したよな? 奴には恐ろしいほどの感応力と武装はあったが、その『強制』が最大のアキレス腱だったんだ」


 ジェイの言葉に、ヴァニッシュはこくりと頷いていた。その可憐な見た目に反し、ジェイの作戦に何の疑問も持たずに協力し、申し分ない働きをしてくれた彼女に対して、胸中でジェイは驚嘆していた。ジェイの作戦に何も言わなかったのは、彼女が作戦の内容をすべて把握してたのかもしれない。


「まず、俺たちは三人でヴァニッシュさんのドレスの布地の山に隠れ、その下に何人潜んでいるのか分からないようにした。『強制』があれば、誰が隠れているか分からないものを無差別に攻撃したりはできないからな。・・・まあ、布地が敵に操作されない、っていうのは賭けだったがな」


 今度はエリザが小さく頷いた。彼女は『強制』自体には半信半疑だったが、ジェイの作戦が見事に的中した様を見て、ようやく信じてくれたようだ。


「次に、ジュージューとパルサーに、その辺の石ころや瓦礫で奴に攻撃してもらった。まあ、これでどうにかできるとは思ってなかったがな。重要なのは、奴に自分に近付いてくる物体を弾き飛ばすフィールドを作ってもらうことにあったんだ」

「それは、どういう意味なんだい? ボクの仕事が何の役に立ったんだ?」


 ジュージューの疑問に対して、ジェイが顔を向けて答える。


「さっきも言ったが、俺の切り札は『原初弾』だ。一見、敵の感応力に干渉されない無敵の弾丸と思うかもしれないが、ハッキリと弱点があるんだ。それは、実体弾自体の弱点と言ってもいい。エネルギー量を調節できるブラスターなんかとは違って、小口径の銃弾だと破壊力に限界があることなんだ」


 この説明を聞いたジュージューは、目をパチクリさせているが、ヴァニッシュはまたもや頷いていた。ヴァニッシュはどうやら武器に対する知識もあるらしい、と、ジェイはさらにヴァニッシュに対する印象を書き換えることになった。


「具体的に言うとだな、敵が目の前に高硬度の盾を作ってしまえば、攻撃は簡単に防がれてしまうって事なんだ。フォトンブラスターであれば、軌道を曲げる事はできるし、ブラスターであれば、出力を限界まで上げれば盾すら蒸発させることもできるだろうが、実体弾ではそうもいかない。だから、『原初弾』を確実に当てるためには、相手の隙を突くか、相手が盾を出さない状況を作り上げるしかないんだ」

「ああ、そういうことか! あいつにワザと弾丸を弾くフィールドを張らせて、実体弾はあいつに届かない状況を作り上げて、わざわざ盾を作ってまで防ぐ状況じゃないと思い込ませたってことか!」


 ジェイは首を頷かせた。


「ご明察。その状況で、俺は一発だけ通常の実体弾を撃って、それがフィールドに弾かれるところを、あいつに認識させた。こうなったら、相手はもう俺の弾を警戒したりなんかしないよな。そして、本命の『原初弾』を2発撃ち込んで、命中させた、ってわけさ。あとはご覧のとおり、さ」


 ジュージューは感心しているように目を輝かせながら、ジェイの顔を見つめていた。「荒事担当は俺だ」と言っていたジェイをジュージューはからかっていたが、どうやら本格的にジェイのことを見直したようだ。言われてみれば、これしか無い、という作戦だった。

 エリザも感嘆を込めた表情をジェイに向けていた。この場まで追い詰められながらも、乾坤一擲の作戦で状況をひっくり返したジェイの評価が上がっているようだ。いつも苦労をかけているエリザに、ようやく見せ場を見せることができ、ジェイは密かに満足していた。

 もちろん、そんな気持ちはおくびにも出さず、ジェイは三人に撤収を命じようとした。

 しかし、この忌々しい場所から立ち去ろうとするジェイたちを呼び止める者があった。


「そういうことか。解説ご苦労さん!」


 その声には、もちろん聞き覚えがあった。忘れもしないその声は、先ほど倒したはずのハ・ラダーのそれだったのである。


「何だと!?」


 ジェイは驚愕し、ハ・ラダーの死体に振り返ったが、そこにはあるべきはずのものが存在していなかった。


『馬鹿な!』


 ジェイはこの状況を信じられなかった。ジェイの放った『原初弾』は確かに敵の胸に命中した。その衝撃で吹っ飛ばされる光景を見た。さらに、ブラスターで追撃し、何度も何度も命中したその光景を思い出すことができる。しかも、それはジェイだけではなく、ジュージューとヴァニッシュも見た光景だった。

 ハ・ラダーが生きているなど、到底信じることができなかった。

 ジェイは『強制』がまだ生きていることを痛切に祈りながら、三人に体を寄せ合いひと塊になるように命じようとした。しかし、今度はハ・ラダーの反応のほうが一瞬速かった。

 一瞬ジェイの視界を遮るものが現れたかと思うと、一瞬にして彼は檻の中に閉じ込められてしまっていた。地面から感応力で生えた幾本もの金属の棒が絡み合い、ジェイを捕らえる檻と化していた。

 ジェイは慌ててその檻を構成する棒の一つを掴み、自身の感応力で破壊することができないか試してみる。しかし、当然のように何一つ変わる事は無かった。

 ジュージューたちも慌てて檻に近付き、必死にジェイの方向に手を伸ばすが、幾重にも絡まった格子状の棒が邪魔で、とても手が届かない。

 檻自体は一辺10メートル程度という小振りのものだが、簡単には脱出できそうも無い。

 それに加えて、もう一つ予想外な事態がジェイを襲っていた。


「よう」


 ジェイは背後からの声に心底仰天し檻から手を放し、振り返った。そこには、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるハ・ラダーの姿があった。この小さな檻の中で、ジェイとハ・ラダーは対峙することになったのである。


「お前・・・何で生きてるんだ?」


 ジェイはジリジリと右側に少しずつ移動しながら、ハ・ラダーに問いかけた。もはや完全に追い詰められたこの状況の中では、移動すること自体に特に意味は無い。それでも、動いていなければ、あっという間に敵のプレッシャーに押し潰されそうな気がしていた。


「ふん。お前の解説に敬意を表して、俺も教えてやろうか。これだけ俺を手こずらせてくれたお前への礼代わりだ」


 ここで、ハ・ラダーは愛用の銃をマントの下から取り出し、ゆっくりとジェイに向けて構えた。言葉とは裏腹に、一気にジェイを仕留めようとしているのかとジェイが舌打ちしたその刹那、なんとハ・ラダーは自身の身体に向けて銃身をクルリと返すと、そのまま一気にブラスターを発射した。

 ジェイは予想外の事態に唖然とする。

 いくら強化人間とはいえ、ブラスターの一撃をまともに食らって無事に済むとは思えなかった。だが、先ほどのジェイたちの攻撃を喰らったのも、そういう状態ではなかったのか?

 ハ・ラダーはまだ立っていた。

 ブラスターの一撃を喰らっても、身体をピクリとも動かすことなく、シッカリと両足を大地に踏みしめて立っていた。

 ここで、ジェイは昨日の出来事を思い出していた。昨日の襲撃時、ジェイはジムに命じてパラライザーで反撃し、確かに敵に命中した。しかし、ジムはこう言っていなかったか?


『いえ、襲撃者は避ける素振りすら見せませんでした。三発とも襲撃者に命中しましたが、効果が全く現れません』


 今回も同じことだった。確かにブラスターはハ・ラダーに命中しているが、その効果がまったく現れていない。ジェイは歯噛みしながら問いかける。


「・・・どういう手品だ? それは?」


 ハ・ラダーは侮蔑の表情を隠そうともせず、唇の端を歪ませている。ジェイに答えようと口を開きかけたハ・ラダーより先に、檻の外から声が響いてきた。


「そ、それ! そのマントは、まさか『闘衣』なのか!?」


 それはジュージューの声だった。ハ・ラダーの一連の行動を、檻のわずかな隙間から覗き見て、何かに思い当たったようだった。

 ハ・ラダーはその声を聞き、小さく笑い声を上げた。


「ほう。知っている者がいたとは驚いたぞ。こんな最下層では絶対お目にかかれない代物なんだがな。ああ・・・情報屋などをやっていれば、上階層の情報を知ることもあるか」

「・・・それは一体どういう装備なんだ?」


 ハ・ラダーは鼻を鳴らしてジェイに向き直って、解説を続けた。


「エネルギー転換装を持つマントだよ。簡単に言えば、ブラスターやフォトンブラスターといったエネルギー兵器であれば、そのエネルギー弾を吸収し、別の形のエネルギーに転換することができる。そのまま同じエネルギー弾として反射させることもできるが、俺はもっぱら俺の武器用のエネルギーに転換している。すなわち・・・」

「攻撃を喰らえば喰らうほど、お前は半永久的に戦い続けることができるわけか」

「そのとおり!」


 ハ・ラダーは右手の指を銃の形に模し、人差し指でジェイを狙撃するような素振りを見せ、笑い声を響かせる。しかし、笑い声はそのうち苦々しい響きに変わって行き、やがて忌々しげな言葉に変わって行った。


「もっとも、弱点が無いわけじゃない。あくまでもこのマントが『闘衣』だからな。マントに覆われていない顔面は、昨日の貴様の攻撃で不覚を取った」


 ハ・ラダーの顔面に痛々しく残る火傷跡をジェイは思い出した。


『なるほど、昨日の爆発の熱エネルギーは、その『闘衣』とやらで吸収できたのだろうが、マントのフードがはだけていたのか、顔面だけは守りきれなかったということか』


「それともう一つ。エネルギー兵器の持つエネルギーは、比較的容易に他エネルギーに転換できるんだが、物体の運動エネルギーはそうもいかんらしい。一定以上の衝撃は通ってしまうのが玉に瑕だ。さっきの『原初弾』とやらは驚いたぞ。まさか、弾くことができない弾丸があるとは予想していなかった。おかげさまで、胸に喰らった弾丸の衝撃は殺しきれなかった」


 ハ・ラダーはギリッと歯噛みする。昨日の出来事もあり、今日のハ・ラダーは油断していなかったのだろうが、それでもあと一歩のところで逆転される可能性があったことに、プロとしてのプライドが傷付けられたらしい。


「俺としたことが、ちょいと危なかったな。貴様らの追撃がブラスターじゃなく、実体弾、もしくは実体剣などの武器だったら、止めを刺されていたかもしれん。そういう意味では、お前らはよく戦ったよ」


 ハ・ラダーは静かな口調でそう付け加えた。その声音には、渋々ながらもジェイたちを賞賛する響きもあった。


「もう一つ聞かせてくれ! お前の依頼人の正体は誰なんだ?」

「ああん? 知るかよ。知っていても、これから死に往くお前には関係ない話だろう。ま、安心しろ。奴は俺にとっても敵になった。お前の仇も討ってやるよ」


 今からジェイを殺そうとしている本人が、ジェイの敵討ちをしようなどと、皮肉な話にも程がある、とジェイは歯噛みした。

 ハ・ラダーの話は終わりに向かっていた。このままでは、ジェイはあっという間にあの世に連れて行かれることになる。

 檻の外にいるジュージューとエリザが、何とか事態を打開できる策を実行してくれる時間を稼がねばと、ジェイは絶望的なほど低いその確率を信じ、話を続けようとする。


「待て! なぜお前の依頼人は、ヴァニッシュさんの命を狙っている?」


 ジェイは時間を稼ぐために必死に話を続けているが、この質問は予想外な結果をもたらした。

 この問いを聞いたハ・ラダーは、唖然とした呆けた表情を一瞬浮かべた後、盛大に腹の底から笑い出した。

 そのあまりに熱狂的な笑い、ジェイも呆然と敵を見つめるしかなかった。

 ひとしきり笑ったハ・ラダーは、笑いの衝動と共に浮かんだ涙を手で拭いながら、ジェイに答える。


「ふふっ。お前、何を言ってるんだ!? 俺が受けた依頼は、『最下層に住む、ジェイという名の小汚い探偵を始末してくれ』だぞ! 貴様以外の者は絶対に巻き込まないよう、特に『神流かんな 美桜みお』という、金髪のガキは絶対に怪我一つ負わせないように、念を押されてたくらいだ! お前、一体何を勘違いしてるんだ?」


 ジェイはハ・ラダーの返答に唖然としていた。

 敵は、ヴァニッシュを狙ったものではなく、ジェイを狙っていたもの?

 ヴァニッシュの名前が「かんな みお」?

 そのヴァニッシュだけには絶対に怪我を負わせないように念押しされ、おそらく『強制』もされていた?

 確かに、ジェイに対する攻撃は特に『強制』に抵触しているようには見えなかった。しかし、ジェイ一人だけを狙った襲撃だったなどと、どうして想像できよう。


「ま、どうでもいいさ。そろそろ死ぬがいい」


 ハ・ラダーは殺し屋の顔に戻り、ゆっくりと銃を構える。

 だが、ジェイに絶対的な死をもたらす、その引き金を絞るよりも早く、檻の外から凄まじい音が響いてきた。

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