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Angel:Vanish  作者: 桂里 万
第二章 風を斬り走れ
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4.果ての紫嵐 (その2)

 ジェイたちは必死に路地を駆け抜けていた。ハ・ラダーの追跡を防ぐために、わざわざ狭い路地を選んで、いくつもの瓦礫やゴミを飛び越えながら、苦労しながら前進していた。何の誇張もなく命が懸かっている事態だけに、皆必死に足を動かしていた。

 路地は複雑に曲がりくねってはいながらも、分岐はあまりなく、その数少ない分岐のたびにジムとパルサーが進むべき進路を指し示してくれたため、一行は迷いなく前に進み続ける。

 そんな逃避行が、どれほど続いたであろうか。やがて、ジェイが違和感を覚えた。


「おい、ジュージュー。この辺りには人は住んでいないのか? 地下から出てきてからこっち、ハ・ラダー以外の人間を見ていないぞ?」


 ジュージューはジェイの指摘したことに、初めて気が付いたようだ。肩で息をしながらも周りを見渡し、小さく首を振る。


「はぁはぁっ。い、いや、そんなはずは・・・ぜぇぜぇ・・・ないはずだよ・・・うぇっぷ」


 ジュージューがまともに返答できないと見たパルサーが、すかさず補足する。


「ジュージューはキングキャッスルに隠れ家を持っていますが、頻繁に利用していたわけではないので、キングキャッスルに詳しいというわけではありません。ただし、我々は現在キングキャッスルの中心部にある城を目指していますので、このような路地であろうと、人はそれなりにいるはずなのですが・・・」


 やはりおかしい、とジェイは自身の違和感に確信を深めた。誰一人出会わないというのは、どう考えてもおかしい。とはいえ、住人がいた場合は、無用なトラブルに巻き込まれて足止めを喰らう可能性もあるので、人がいないこと自体は歓迎すべきことでもあった。

 ジェイは既に多くを刻んでいる疑問のリストへ、新たな一行が付け加えられたことに混乱する。

 しかし、ここで立ち止まるわけにもいかず、ましてや後戻りするわけにも行かない。

 地下に再び逃げ込むことも考えたが、もしその場面を襲撃者に見られていたら、地下道の天井を崩されて全員まとめて生き埋めになる可能性が大きい。特に、先ほどのビルを引っこ抜くような力技を見た後では、地下に逃げ込む気は完全に失せてしまった。そうでなくとも、地下では逃亡するルートが限られてしまうため、ほとんど捕捉されているような現状では、地上よりもかえって危険が増すように思われた。

 結局のところ、前に進むしかジェイたちの選択肢は残されていなかった。

 ジェイはふとパルサーの発言内容が気になり、聞き返した。


「パルサー。今、俺たちはそのキングとやらの城を目指してるのか?」

「先ほどの別れ際に告げられた、後ほど合流する地点の条件が『複雑に入り組んでいて、敵を見つけやすく、こちらは見つかりにくく、そして逃げやすい場所』とのことでした。その条件に合致するのがキングの居城しかありませんでした。城と名乗るだけあり、外敵を防ぐ構造になっておりますので。それに、城の周辺には多くの者がおりますので、身を隠すにはもってこいかと」

「なるほどな・・・。狙いは悪くないが・・・?」


 確信を持てないようなジェイの言葉を聞いたエリザが、走りながらだということを微塵も感じさせない、いつもどおりの柔らかな口調で問いかける。


「どうしました、ジェイ? 何か気になることでも?」

「うん? いや、なに。いろいろ気に入らないだけさ。まずは、その城とやらに着いてから考えよう」


 ジェイとエリザの会話に割り込むように、パルサーとジムが同時に告げた。


「「次の角を左に曲がれば、城の入り口がある開けた場所に出ます!」」


 どうやら、目的地間近のようだった。その言葉を聞いたジュージューは少し元気が出てきたようで、ぜえぜえと息を切らせながらも、表情を明るくしてヴァニッシュに頷いている。

 気のせいか、前方から吹いてくる風は路地の濁った空気ではなく、新鮮なものに感じられる。

 よし、と最後の力を振り絞り、先ほどまで以上の速度で一行は曲がり角まで駆け寄った。そして、左に曲がった瞬間に、事前に申し合わせていたかのように、全員寸分違わず同時という見事なタイミングで足が止まった。


「・・・えっ?」


 それは、誰が発した声か明瞭ではなかったが、心の中で考えていたのは皆同じことであっただろう。

 確かに、パルサーの言うとおり、目の前には開けた場所があった。狭い路地を走り続けた後だけに、その場所の開放感は言い尽くせないものがあった。


 しかし、たった一つの問題があった。


 目の前には、城はおろか建物ひとつ存在しない、人っ子一人いない、何平方キロはあろうかという更地が広がっていたのである。



「どういうことだ?!」


 さすがにこの光景は予想外だったジェイは、鋭い口調でジムとパルサーを詰問した。ジムとパルサーは、まるで戸惑っているかのような人口音声で、ジェイに答えた。


「申し訳ありません。マップデータでは、ここはスラムキングの居城のはずなのですが」

「おい、ジュージュー。キングとやらの城は地下にでもあるのか!?」


 両手をひざに当て、まだ肩で息をしていたジュージューが顔を上げて、苦しそうな表情のまま答える。


「はぁはぁ。いや、そんな筈はないよ。一度だけ、隠れ家を作った時に挨拶で来たことがあるけど、悪趣味なご立派な建物だったよ・・・。ちょっとマップデータを見せてよ」


 ジュージューは持っていたカバンの表面から簡易スクリーンを出現させ、パルサーたちが使用したマップデータを確認した。最初はざっと眺めていただけだったが、城周辺のマップが表示された時点で顔色が変わった。


「おい、これ、マップデータが改ざんされてるぞ!? まさか、お前ら、ハッキングされたのか?」


 ジュージューの指摘に、またもジムとパルサーは同時に答える。


「「そんなはずはありません! あらゆる防御プログラムは正常に作動していますし、自己診断プログラムでも何の異常も示していません」」


 さらに、ジムが付け加える。


「それに、ハ・ラダーのハッキング能力は昨日確認しています。敵の感応力とスキルで私をハッキングすることは可能でしょうが、何の痕跡も残さないのは不可能です」


 ジェイは昨日の事務所でのやり取りを思い出していた。確かに、事務所の機能は最終的にハッキングされたが、ハッキング自体にはジムは気付いており、防御プログラムを駆使してその速度を落とすことに成功していた。まさか、一晩明けたらハッキングの達人になった、というのもありえない話だった。


「確かにそうだな。となると・・・」

「まさかとは思うけど、公共パブリックのマップデータが既に改ざんされていたんじゃないかな? それで、城でもなんでもない場所に誘導された、と」


 それも本来であればありえない話だった。階層政府が提供する公共パブリックのマップデータを改ざんするなど、その難易度は並大抵のハッキング技術では不可能である。

 だが、ハ・ラダーの場合は勝手が違ってくる。

 120階層を超える人間など、通常は絶対に第1階層などにやってこない。各階層間の移動は階層政府が厳重に防いでいるためである。しかし、それをすり抜け、第1階層にやってきたハ・ラダーの感応力は絶大である。

 その感応力を持ってすれば、第1階層ごときの公共セキュリティなど、簡単に破れてしまうのかもしれない。


「ちっ。そうかもしれんな。だが、今さらそれをどうこう言ったところで、どうしようもない。今どうすべきかが問題だ」


 四人は顔を見合わせた。

 ジェイは残された少ない時間で最善の方法を探そうと、必死に

 来た道を戻るのは論外だ。襲撃者と鉢合わせしたいという自殺志願者であれば、その選択肢はもっともなものだっただろう。

 では、身を隠す場所はどうだろう?しかし、周りを見渡しても、広大な更地を囲む建物しか構造物など無く、更地の中には瓦礫ひとつ見当たらない。

 であれば、更地を囲む建物、もしくは建物の間に続く別の路地に逃げ込むことという選択肢はどうだろうか?

 通常であれば、それが最善の手段に思える。だが、今は改ざんされたマップデータしかない以上、地の利は敵にあるといってもよく、無闇に逃げ込んだところで、別の場所に追い込まれるだけだろう。

 ジュージューがいる以上、スラムでの地の利はこちらにあると踏んでいたものが、実際には敵に有利に働いているのは皮肉なものだと、ジェイは憮然とした。

 こうなると、残された手段は一つしかなかった。


「よし、身を隠す場所が無いなら、こっちで作るぞ。四人で手分けして、地面の感応物質で盾をいくつか作る。そして、奴が俺たちを追ってこの広場に出てきたところを、総攻撃で叩く! 悪いが、全員で協力しないと活路が見つけられん!」


 他の三人は一斉にうなずき、手分けして作業に取り掛かろうとする。そこにジェイが注意点を付け加える。


「いいか、奴の感応物質の制御範囲は30メートルだ。路地の出口から30メートル以上離れた場所に作るんだ」


 またもや三人は同時にうなずき、作業に取り掛かった。いくらハ・ラダーが狭い路地に苦戦しているだろうとはいえ、ここに現れるまでに残された時間はあまりにも少ない。盾として使用できる強度の物を作ろうとするなら、片手で数えるほどのものしかできないだろうとジェイは予測したが、あえて口には出さなかった。

 だが、やるしかない。

 この状況で多少なりとも優位に立てるとすれば、今この場でしかありえない。敵が出てくるポイントが分かっている上、それまでに攻撃の準備を整えることができる。しかも、四人という人数の利もあり、総攻撃を加えれば倒すことも可能だろう。そうでなくとも、切り札を使う絶好の機会が生まれる可能性もある。

 それが微かな望みだというのはジェイ自身も自覚していたが、他の三人も同様なのだろう。悲壮感を漂わせた表情のまま、口を厳しく結んで作業を始めている。

 ジェイは他の者に聞こえないよう小さく嘆息し、作業に合流した。


 時間としては、ほんの2分程度だった。

 その間に、盾がようやく3つ完成し、次に取り掛かろうとした四人に、ジムが鋭く警告を発する。


「通路を駆けてくる者がいます。感応物質の反応を捉えました。距離は約300メートル。高速で接近してきています」

「くそっ」


 ジェイが描いていた予想という名の願望よりも、ずいぶん早いタイミングだった。もはや一刻の猶予も無かった。

 ジェイは作業の中断を指示し、盾の陰に隠れる。通路の出口に向かって右側の盾に、エリザとヴァニッシュ、左側の盾にジェイとジュージューが隠れる。ジェイは懐からフォトンブラスターを1丁ヴァニッシュに放り投げた。エリザとジュージューは自前の武器を用意する。

 これでささやかな準備は整った。あとは、攻撃のタイミングを合わせることが肝心だった。これは襲撃者を感知できるジムとパルサーが引き受けた。ジュージューが放っていたドローンは既に破壊されており、頼りになるのは、路地を逃走中にいくつかジュージューがばら撒いていた、センサー系のユニットだけだった。

 もちろん、これらも襲撃者の30メートル以内に入ってしまえば、敵の制御下に落ちてしまう。ただし、逆に言えば、制御から離れたユニットをリアルタイムに辿っていけば、敵のおおよその位置をつかむことができる。

 さらに、ジムは敵の使用しているであろう感応物質を検知したと言っていた。これだけ材料が揃えば、敵の出現するタイミングを掴むことは可能だろう。

 しかし、ジェイの中では、言葉に表せない違和感が拭いきれなかった。

 ジェイの本能が何かを警告していた。

 だが、時間が無い今、躊躇するような贅沢が許される場面ではない。ジェイは覚悟を決めて、通路の出口を見据えた。


「あと10秒で敵が現れます。・・・8・・・7・・・6・・・」


 ジムのカウントダウンが始まる。四人は緊張しながら、武器を構えた。正式に武器の扱いの訓練を受けたわけではなくとも、ジムとパルサーの照準補正があれば、銃の名人もかくやという精度で敵を攻撃することができる。


「3・・・2・・・1・・・」


 カウントダウンがゆっくりと進み、ジムがゼロを告げると同時に、路地の出口に何者かの影が現れた。それを目の端で確認したジェイも発射の合図を行った。


「撃てええええええええ!!」


 四人の武器から眩い閃光が放たれた。ブラスターとフォトンブラスターの容赦ないエネルギーの奔流は、あっという間に出口付近のすべてを焼き払った。その衝撃で奥の建物がひどく損壊したらしく、轟音と砂埃を撒き散らしながら、ゆっくりと崩れていく。

 その建物の崩壊に巻き込まれるかのように、襲撃者がいつも羽織っていたマントだろうか、その布地が四散し、飛び散っていく。

 それを目にした瞬間、ジェイは自身が抱いていた違和感の正体に気付いた。

 ジムは昨日襲撃者に初めて対峙した時、こう言っていたのではなかったか?


『解釈は非常に難しいのですが、事実だけを申し上げます。襲撃者の装備一式、身に付けている物全てに至るまで、感応物質を検知できませんでした。したがって、干渉による操作は不可能です』


『なぜ、今になって敵の感応物質を検知できているんだ!?』


 ジェイは絶望的な思いに囚われながら、その理由を推測する。いや、もはや推測するまでもなかった。

 宙に舞う敵のマントの切れ端を眺めながら、自身の作戦を思い出していた。

 ボロ服を遠隔操作することにより敵に位置情報を誤認させたのは、ジェイ自身も使った有効な作戦ではないか。

 宙に舞っているのは敵のマントではなく、その辺りで拾ったボロ服の切れ端なのだろう。それを遠隔操作し高速移動させることで、ハ・ラダー本人があたかも四人に近づいていると誤認させたということだ。

 ジェイは慌てて周りを見渡した。ジェイの作戦の意趣返しのような手を使ってくるということは、ハ・ラダーが死角から四人を狙ってる可能性が非常に高い。

 しかし、どこにも敵の姿は見つからない。


 そんな焦るジェイの目の前に、突然耳をつんざくような轟音とともに、落雷があった。

 その雷はジェイを守っていた盾を木っ端微塵に粉砕し、ジェイとジュージューを木の葉のように吹っ飛ばした。

 いや、それは雷ではなかった。

 ハ・ラダーが上空から急襲してきたのである。


『空からだと!』


 ジェイは立ち上がりながらも歯噛みしていた。ハ・ラダーは、ビルからの落下時にあれだけ見事に自身の装備を操り、事も無げに着地を見せた。だからこそ、自身の装備を操ることで空を飛ぶことは確かに可能だった。

 ジェイたちの攻撃は最大出力のものだと容易に想像できた襲撃者が四人の死角を突くというなら、攻撃に紛れて空からの急襲、という選択肢は最善のもののうちの一つであろう。

 ハ・ラダーの装備の感応物質の検知といい、空からの急襲といい、熟慮すれば正解にたどり着けそうなヒントはいくらでも示されていた。

 いくら切羽詰った状況だったとはいえ、正解にたどり着くどころか完全に敵の掌の上だったことに、ジェイは打ちのめされていた。

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