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奈落の男  作者: HYG
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奈落の男 終

 右腕に付けられた義手にも、もう違和感を覚えなくなった雅臣はここ数日自宅へは帰らず居場所を転々と変えていた。それはある懸念がまだ払拭されていなかったからだ。夜更け過ぎ、今日一日の疲労感を纏った体を引き摺る様に、雅臣は今夜の寝床を決めようと当てもなく最下層の通りを彷徨う。通りの所々に居る不法居住の外国人達は雅臣の事を特に気に留める様子もなかった。いつまでこんな生活を続ければいいのだろうかと普通の人間なら思うのだろうが、雅臣はそうは思わなかった。こんな生活をしていたのは今に始まった事ではない。雅臣は、何日も捜査に駆り出されて緊張に晒されていた現職時代の頃を思い出していた。雅臣は当てもなく路地を曲がった。

「佐伯雅臣!」

その時後ろから不意に名前を呼ばれ、雅臣は振り向いた。そこには通りを背後にした人のシルエット、いや、目を凝らすとコートを着込んだサイボーグが立っていた。サイボーグは左脇に何かをぶら下げている。雅臣には、それが超高周波振動刀だと理解出来た。雅臣はコートの左ポケット内に用意しておいたスタンガンを手に持った。

「やっぱりアンタだったか、木場慎一郎元巡査部長。それとも“MONONOFU”と呼んだ方が良いのかな?」雅臣はこうなる事を予測していたとは言え若干動揺した。だがそれを悟られると、そこに付け込まれると思い平然を装って木場の出方を伺った。

「木場で良い。驚かないんだな、良い度胸だ」木場はコートから拳銃を取り出すと雅臣に照準を合わせる。その拳銃はあの夜に雅臣が、MONONOFUとして襲い掛かってきた木場を銃撃した時に使った拳銃だった。

「何をしに来たんだ?」雅臣は既に分かっている事を確認する様に木場に問いかける。

「それはご挨拶だな。お前が会いに来ないから尋ねて来たんだよ」

「何故? もうそんな必要はない筈だろ」

「まぁ、確かに。お蔭で俺は失業しちまった。そう、失業したからこそお前に会いに来れた訳なんだがね」そう言いながら木場は拳銃をそのまま地面に置くと、それを蹴って雅臣の方に滑らせて寄越した。

「拾え」木場は雅臣に命令すると、ゆっくりと超高周波振動刀を抜刀する。

「なぁ、こんな事をして何になるんだ?」雅臣はそれが無駄な行為であろう事は分かっていても会話に一縷の望みを託そうとした。

「拾わないのはお前の勝手だが、そのままお前を細切れにしてやっても良いんだぞ」木場は超高周波振動刀を構えた。曲がりなりにも警察に正式採用されたサイボーグだ。このまま木場が踏み込ん出来た場合、一瞬にして両断されるだろうと雅臣は思った。

「……分かった」雅臣は思考時間を稼ぐ様に拳銃を拾うと装填と残弾を確認する。弾は装填されておらず、弾倉に何発か残っていた。恐らく、あの夜の時のままだったのだろう。雅臣はそのまま拳銃を左手に持つと、立ち上がり木場の方を注視した。

「それで良い」木場は構えを解き刀を鞘に戻す。二人の距離は二十メートル程だった。

「ルールは?」雅臣は木場に問いかける。

「生き残った方が勝ちだ」

雅臣はすかさず洋子を呼び出す。『手筈通りだ、頼んだぞ』

『おっけー!』

そして雅臣は相対する木場には目もくれず一目散に走って逃げだした。

「ゲームスタートだな!」木場は叫ぶ。だが後ろの方から聞こえる木場の叫び声にも構わず、雅臣は路地を曲がって走り続ける。

木場は雅臣を追う様にゆっくりと歩きだし、適度な所に立ち止ると機械製の脚で思い切り地面を蹴って飛び上がる。それから何度かビルの壁面を蹴ってどんどんと上に登って行く。低層ビルの屋上に降り立った木場は、体に内蔵された熱光学センサや音響センサや集音器を使って雅臣の動きを追跡する。雅臣の声、呼吸のパターンを特定した木場の音響センサはそれをロックする。そのパターンを追跡しつつ周辺の音も拾い、合わせて聞こえてくる雅臣の逃げる足音や、着衣の擦れる音等にもパターンロックをかけて木場の視界内に座標表示し、そこに雅臣の発熱パターンも重ねる。何処へ逃げようとしているのだろうか。それもいずれ分かる。そう思うと木場は建物の屋上伝いで雅臣の追跡を開始した。

雅臣は開口しているビルの入り口に入り、廊下を奥へ進んだ。その廊下の先には走破性の良さそうなオフロードタイプのバイクが停めてあった。雅臣はそれに跨ると、キーを差し込みエンジンをスタートさせる。

『用意しておいて正解だったね』嬉々として雅臣に話しかける洋子。

『いや、まだどうなるかわからん、無駄口叩いてる暇はないぞ』

クラッチを繋ぎアクセルを開けるとバイクは加速し、勢い良くビルの入り口から飛び出した。雅臣は足で地面を擦りながらバイクを制御すると車体を旋回させてそのままその場を走り去った。

木場はセンサに表示されている雅臣の座標がスピードを上げて遠ざかり始めるのを確認すると、追跡の速度を上げた。集音器が拾った音にバイクのエンジン音が紛れているのに気付いた木場は思考した。奴は、俺が来る事を予測して予めバイクを準備していたのだろう。と言う事は、予め罠を張っている事も考えられる。木場は何の良心の呵責も無く心置きなく戦う事が出来る事を思い、少し嬉しくなった。

雅臣はバイクで注意深く、だが急いで路地を走る。後ろを振り返る余裕はないが今の所、木場が追いかけてくる様子は見られない。少しは距離を稼いだのだろうか。だが油断は出来ない。木場は現職時代に最下層暴動鎮圧作戦を何度も潜り抜けて来た猛者だ。用心しすぎると言う事は無い。周辺を警戒している洋子からはまだ何も言ってこない。今となっては洋子の能力を疑う事も無く安心して任せていられるからこそ、この状況を作り出す事が出来た。後は目的地まで急いで辿り着くだけだ。

一方、洋子は木場の電子制御を奪うべくあらゆる手管を駆使している最中だったが、それは上手く進んでいなかった。どうやら木場は今現在スタンドアローンで行動しているらしく、あらゆる通信要因を排除していた。外部からのアクセスが出来ない今、木場を足止めする方法は物理的な方法しかない。洋子は木場の行動を監視しつつ、周辺で制御が可能な機器を探す。だが、建物を屋上伝いに移動する木場の移動スピードは落ちる事がなかった。このままでは雅臣は追いつかれてしまうだろう。

『せんせー!』

『どうした? 洋子』

『木場は建物伝いに上を移動してるわよ。上から来るわ!』

『そうか!』雅臣は更にアクセルを開けてバイクのスピードを上げる。

『ヤツの電子制御はどうだ?』

『やっぱりスタンドアローンだったわ』

『分かった。例の場所までもうすぐだ。準備を頼む』

『まかせて、って待って前! 前!』

洋子の叫びに雅臣は前方を見ると、路地の先に木場が上から降り立ったのが見えた。道幅は辛うじてターンが出来る程度だが、雅臣にはそれがスムーズに出来る程のバイク運転技術は無い。木場は前方に立ちはだかって抜刀し構えていた。バイクは見る間に木場に近づいていく。雅臣は一か八か、アクセルワークでフロントサスペンションを沈めそれが戻るタイミングでアクセルを開ける。バイクはウィリー状態になり、そのまま木場に突っ込む。木場はそのまま刀を振り抜こうとし、雅臣は右足を引きそのまま車体で斬撃を弾き飛ばそうとする。超高周波振動刀がバイクの腹にぶつかる。だが斬撃には金属製の車体を両断するほどの振動エネルギーは無かった。斬撃がバイクの腹から側面に走る。バイクは木場の横を抜けそのまま前輪を地に着ける。前輪の着地する衝撃を感じて雅臣はそのままアクセルを回しその場を走り去った。木場は刀を収め振り返ると、再度雅臣を追って走り出した。



 雅臣を載せたバイクはそのまま〈出島〉N―011に辿り着いた。MONONOFUと、木場と初めて相対した忌まわしき場所。雅臣はバイクのスピードを落とし、車体を寝かせる様に止め、すぐさま海面開口部外壁へと走り出す。外壁の上部へと続く施錠された階段の柵をよじ登って越えると、急いで階段を駆け上がる。海面と周辺の空気の温度差が作る潮交じりの微量の風が外壁上部にそよいでいた。間に合った。雅臣はすかさず洋子を呼び出す。『洋子、着いたぞ。誘導してくれ』

『オーケーそのまま進んで。木場はすぐに来るわよ』

雅臣は外壁上部の転落防止柵に手を掛けながら、上ってきた階段を離れる様に走り出す。

時間にして二、三秒で洋子が脳内に叫ぶ。

『そこ! そこで止まって!』

雅臣は立ち止まり振り返る。辺りは不気味な程に静まり返っていた。雅臣は深呼吸して意識を落ち着かせる。コートのポケットに拳銃が入っている事を左手で確かめると、ポケット内でそれを握る。雅臣は、自分が走って来た方角を見回す。遠くから機械製の足が固い地面を蹴る音が聞こえ、それは徐々に近づいて来た。不意に音は消え、外壁上部に木場が降ってきた。機械製の両足で木場は外壁上部に深く着地すると、体制を起こし直立した。

「おあつらえ向きな場所じゃあないか」木場は雅臣に声を掛けつつ周囲を警戒した。センサは周囲に人間の生命反応が無い事を木場に告げる。「なぜ、ここに逃げ込んだ?」木場は雅臣に尋ねた。

「本当は逃げ回る事が目的だったんだ」雅臣は場の流れを手繰り寄せようと語りだす。「あのままアンタが俺を追い詰められずに追い掛け回していれば、アンタの駆動系や関節に疲労が蓄積して、機体バッテリの残量が減ると思ってね。あわよくば、それで動けなくなったアンタを仕留める予定だったんだ」

「なるほどな」

「俺にも教えてくれよ」雅臣は左手で持った拳銃の銃口を木場に向けて問いかける。「なぜ、俺を殺す必要がある?」

「仕事の不始末を付ける為だ」木場は無感情に答えた。

「人殺しが仕事なのか?」

「ああ、そうさ。今も昔もやる事は変わらない。何処に居ようとこんな体の俺が出来る仕事はもうそれしか無いんだよ。警察に居た時も、そこから抹消されて非正規任務に就いた時も、そして警察の下働きをさせられている今もだ」雅臣は照準しながらも木場の話に耳を傾ける。

「だがそれももう終わりだ。これが終わったら俺はもうこんな生活とはおさらば出来る」

「何故そこまで俺に話す?」

「俺は、この国を出る」木場の声色が若干変わった様な気がした。「俺の忌まわしいこの国での記憶、そしてその告白を聞いた男。それを葬って俺は新天地に踏み出すよ」

明らかに空気が変わった。雅臣は木場が放つ殺気を感じ取って、自分の心を身構えた。

「刻限だ」木場は超高周波振動刀を抜くと八相に構える。

タイミングを間違ったら死有るのみ。雅臣は木場が動き出すタイミングを必死に感じ取ろうとする。その瞬間が何秒にも何十秒にも感じられたと思った瞬間、木場は大きく踏み込んで雅臣に向かって飛び込ん出来た。木場の切先の間合いが雅臣を捉え様とする。踏み込んだ木場の機械製の足が地面に達する。今だ!

雅臣は左腕を引き右半身を前にして木場の方へと踏み込むと、振り下ろされる刃を受け止め様と右手を掌底の形で突き出す。

『……!』洋子が雅臣の意識に何か呼びかけた様な気がした。その瞬間二人を四方八方からサーチライトが照らす。エリア内にある全てのスピーカーからは洋子が作り出したあらゆる可聴域、不可聴域のノイズが鳴り響く。洋子が仕掛けた光と音は木場のセンサに一瞬だけ深刻な妨害を与えた。その一瞬、木場の振り下ろしがワンテンポ遅れた一瞬、雅臣は突き出した右手の中指と薬指の間で刃を受けたのを感じた。そのまま刃は雅臣の義手をまき割りのまきの様に両断してしまうかの様に思われたが、壊れた義手の金属部品が辛うじて刃を受け止めた。義手破損のアラームと断線破壊で生み出されるノイズが補助電脳を通して雅臣の脳を掻き回す。雅臣はその不快感と戦いながら右腕を外側に振ると、左手に持った拳銃を体勢を崩した木場の頭に突きつける。そして、そのまま引き金を引く。何度も、何度も。やがて、銃のスライドが止まった。頭部知覚センサの大部分を損傷した木場は、思わず刀から左手を離し頭部センサを庇おうとしてバランスを崩し、そのまま金属製の転落防止柵に倒れ込む。柵は木場の自重に耐えられなくなりグニャリと曲がる。

雅臣はすかさず銃を捨てると、左肩を木場の右脇の下に突っ込み力の限り押し上げる。その左肩にかかる重さがフワッと無くなった時、雅臣は木場が真っ逆さまに外壁の内側に落下していくのを見た。まるで奈落の底に落ちる様に。大きな音と共に木場は海面に飲み込まれ水柱が立った。雅臣は水面を見つめる。木場のメインセンサ類は再起動すれば復帰するだろうが、センサを保護する外郭に銃撃した事で生じた割れ目から侵入する海水が、センサのハードウェアその物をダメにするだろう。そして積層したヘドロと機体にかかる水圧が、木場を海中から脱出する事を困難とさせるだろう。少なくとも、木場の重いサイボーグボディでは海面まで泳いで登って来る事はほぼ不可能だ。後は、機体バッテリが切れるまでに海底を歩いて陸に辿り着けるかどうかだが、センサ類が使えない木場がそれを成し遂げる事は多分ありえない。



いつの間にか洋子が鳴らした音は止まっていた。サーチライトの明かりも消えていた。海の中から黒い海面に登り立つ泡はいつしか少なくなり、そして消えた。

これにておしまいです。

誤字脱字、文章表現のくどさ、文章繋がりの間違い、その他諸々ひどい内容てんこ盛りで、途中何度も修正しようかとも思ったのですが、多すぎて断念しました。すみません。

でも、これで肩の荷が下りたので、他の人の作品を読んで影響を受けたりして修行してこようと思います。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

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