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奈落の男  作者: HYG
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奈落の男3

 御岳勇次巡査部長は、警視庁メガフロート署刑事課の自分のデスクで焦れていた。鑑識結果も報告としてまとめてあるのに、肝心の報告対象で上司である荒川警部補が、予定時間を過ぎてもまだ戻って来ていなかったからだ。今回の鑑識報告にはある程度の収穫があったにもかかわらずだ。死体の身元は割れた。中村隆俊、二十六歳、男性、日本人、職業:会社員。住所は〈出島〉中層部F―245のアパート。死体発見現場からはさほど遠くは無い。決め手は補助電脳だった。中村の補助電脳は正規に登録された物で、その登録情報から身元が割れたのだ。

 もちろん勇次も手をこまねいていた訳ではなく、荒川警部補の連絡用携帯電話とタナカには鑑識報告の簡単な内容を通知していた。しかし、折り返し連絡は無かった。

「時間がもったいないから、仏のヤサに一人で行っちゃおうかなー」もちろん、勇次も〈出島〉での捜査活動に関する服務規程を知らない訳ではないので、これは単なる愚痴である事を周りの捜査官は理解していた。だから、勇次の発言について誰も反応しなかった。

 勇次は考える。少しぐらいなら自分で捜査を進める事も可能だし、遅々として進んでいない本件について、そう対応する事は妥当だと思った。何より、時間にルーズな警部補殿の叱責をかわす材料にもなる。それに被害者のヤサを探るくらいの捜査に何の危険が伴おうか。

「ちょっと出てきます」勇次の発言に周りの捜査官は顔を上げた。

「何処に行くんですか?」捜査官の一人、馬上由香巡査部長が尋ねる。

「例の件で今朝発見された仏のヤサ。お前も来る?」勇次の誘いに対して断りの回答を探す由香。「いいって、言ってみただけだ。遅くても二時間ほどで戻るから、その間に警部補殿が戻ったら俺の作成した報告ファイル、渡しておいてくれよ。後、俺の行き先も伝えておいてくれ」

「判りました」答える由香。

「待機中のガーディアンドロイドいる?」加えて尋ねる勇次。

「ハヤシが居ます」

「じゃ、ハヤシは連れて行くから」

「良いですけど、一機だけだと服務規程反ですよ」由香の指摘に対して勇次はやれやれと言った仕草で答える。「現場においては臨機応変。この機を逃すと事件解決が大幅に遅れるかもしれないよ。そうなった時に怒られるの俺なんだから」

同じく、やれやれと言った仕草をする由香。「判りました」

「それから、配車課に使用可能車両の照会と、手配もしておいてくれる?」

「わーかーりーまーしーた、一個貸しですよ」デスクの端末から車両借用手配を行う由香。

「ハヤシ、付いて来い」勇次と共に刑事課の部屋を出てゆくハヤシ。

 駐車場に行く道すがら、勇次は再度、警部補に連絡を取ったが連絡は取れなかった。今度は、ハヤシの通信機能経由で中村が住んでいたアパートの管理会社に連絡をする勇次。

「お電話有難うございます、東亜不動産です」

「私、警視庁刑事課の御岳と言う者ですが……」

 事の顛末を管理会社の社員に説明した勇次は、三十分後に中村のアパートで管理会社社員と落ち合う約束を取り付けた。さすがに中村の身元が判明した時点で管理会社に一報が入っていたので、話はスムーズに進んだ。後は、中村のヤサに向かうだけだ。念の為もう一度警部補と連絡を取るがそれも無駄だった。中村のヤサから出てきたネタについての報告は帰ってきてからでもよいだろう。連絡を諦め自分にそう言い聞かせて、勇次はハヤシと共に署を後にした。

 中村のアパートまでは渋滞につかまる事もなくスムーズにたどり着けた。管理会社の社員は勇次よりも先に、中村のアパートに到着していた様だ。それは、停車している管理会社の社用車が物語っていた。それを見習い、適当な場所に公用車を止めると、勇次は周囲を見回した。〈出島〉中層部の居住区画としては、それ程悪い環境ではなさそうだった。リニアモノレールの最寄の駅からもさほど遠くないし、路線バスの停留所も近い。そして、情報通り死体発見現場のすぐそこだ思った。

「ハヤシ、周囲警戒と簡易記録モード」ハヤシは動作モードを切り替える。この勇次の様子に気が付いてか、一人のスーツ姿の男が近づいてきた。勇次もそれに気付き話しかける。

「あなたが、東亜不動産の佐々木さん?」

「そうです」

「警視庁刑事課の御岳です。お忙しい所、お時間頂き有難うございます」形式通り、ホログラムの身分証を提示する勇次。佐々木は名刺を差し出しつつ答える。

「いいえ、とんでもありません。私共も、契約者がお亡くなりになったとのご連絡を受けたので、お話を聞きたいと思っていた所です」

「すぐそこで発見されましたよ。警察としては事件と事故、両方の線で捜査をしています」

「そうですか。まぁ、私どもとしても警察の捜査が早く終われば以降、契約に則っての後処理に早めに着手出来ますので、是非協力させて下さい。では、行きましょうか」

佐々木は先導して、アパートの階段を登っていった。「三階の奥の部屋です」そう言う佐々木の後を付いて行く勇次とハヤシ。アパートは四階建てで各階が同じ構造の様だ。勇次が階段を上って三階に到着した時に、佐々木はもう中村の部屋の玄関の前に立っていた。三階にも同様の部屋が四戸ある様だ。「この階の入居者は何人? 全部屋埋まってる?」

「はい、おかげ様で」形式通りの返事を返す佐々木。「じゃ、開けますよ」そう言うと佐々木は電子キーで玄関を開けた。中は薄暗かった。

「佐々木さんはここで待ってて下さい」

 勇次は薄いゴム製の手袋を穿くと中に入り、まず室内照明を点けた。玄関に入ってすぐキッチンから奥に部屋があり、キッチン奥、部屋の手前左手にドア、そして右側の壁にもドアがある。奥は恐らくリビングで、カーテンが閉めてあるのだろう。間取りからすると、左手のドアはユニットバスで、右手のドアは恐らく寝室だろうか。

「ハヤシ、奥の部屋を見て来い」ハヤシに指示を出すと、勇次は右手のドアに手を掛ける。鍵は開いていた。ドアを開けると中は真っ暗だった。キッチンの明かりが差し込むが、それでも中ははっきり見えない。そして、鼻を突く臭い。勇次は部屋の照明を探し点けると、驚くべき光景を目の当たりにした。勇次は思わず息を呑んだ。多数のコンピュータを搭載したラック、壁に掛けられた配線や工具類、雑多に積まれた段ボール箱、散らばる電子部品類。さながら、コンピュータショップの様だった。そして、部屋の奥にある作業台と思われる机の上にはエクステが並べられていた。全部で五個ある。勇次はその一つを手にとって眺める。これは例のエクステととてもよく似ている。焼けた様子は無い。

「ハヤシ、こっちへ来い」勇次はハヤシを呼ぶと、エクステを証拠品入れである透明のビニール袋に入れた。犬も歩けばなんとやらか。勇次は思った。まさか本当にここが本命だとは思っていなかったからだ。部屋にやって来たハヤシに勇次は指示を出す。

「ハヤシ、部屋をスキャンしろ」スキャンを開始するハヤシを尻目に、勇次は室内の何処かに何か隠してある物が無いか見当をつける。例えば、作業台袖机の引き出しの中などはあからさまに怪しい。中に有力な手がかりになる物が入っている事を疑う余地は無い。その勇次の思考を中断させるかの様に携帯電話に着信が入った。勇次は発信者を確認する。警部補殿だった。全然連絡が取れなかった癖に、こっちの捜査が盛り上がってきた途端これかよ…… 勇次は渋々と応答した。「御岳です」

「私だ。報告は聞いた。守備はどうか?」

「今、中村のアパートですが、ビンゴです」

「何か、あったのか?」

「はい。例のエクステが五個ありました。しかも無傷です」

「でかした。後、十五分程でそちらに着くので待機してろ」

「……」勇次は一瞬考える。警部補殿が到着するまでにある程度の捜査をしておいた方が良いかどうか。「待機ですか?」

「そうだ」警部補殿は抑揚無い声で答えた。

「判りました」勇次がそう答えると同時に通話が切れた。

 勇次はハヤシの方に目をやり、命令しようとした。「ハヤシ、スキャンは一旦停止しろ」と声を発し終わるかと同時に、勇次は、ハヤシが確認していた作業台袖机の、既に開けられている引き出しの中を一瞬だけ垣間見た。中では小さい赤いランプが点滅していた。



 中村のアパートの近くまで来ていた和美は、爆発音を聞いた。まさか! 予感が当たっていない事を祈りながら、和美は急いでアパートに向かう。タナカもその後をついて行く。そして、中村のアパートが視界に入った時に、先程の祈りは無駄だった事を和美は理解した。爆発音の発生源は明らかに、中村のアパートである事を理解したからだ。アパートは濛々と黒煙を上げていた。

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