奈落の男38
ワゴン車内でエクステの位置情報をモニタしていた大野は慌てふためいた。病院内には何人分ものエクステ反応がある。連中、痺れを切らして病院内で大乱闘をするのだろうか。一ヶ所に集まったエクステの反応が微動だにしなくなって、もう三十分以上経過している。
大野はその時が来るのを固唾をのんで見守った。そして、ついにエクステの反応が次々と消え始めた。とうとうおっぱじめやがったか。大野は次々と消えて行くエクステの反応が最後の一つになるまで待つ事にした。だが、結果はそうではなかった。病院内のエクステ反応は一つ残らず全部消えてしまった。
「なんだ? こりゃあ?」状況を理解出来ない大野は思わず呟いた。
「大野さぁん…… どうしちまったんですかね? これ」一緒にモニタを確認していた子分の男が大野の方を見る。
「んなこたぁ…… 俺に分かる訳ねぇだろ!」大野は戸惑いながら子分を怒鳴りつけた。
モニタ表示通りならば、今日は再利用出来る素材が大量過ぎて保管用冷凍庫に収まるかどうか。鮮度が落ちる前に手早く回収して運ぶ必要があると大野は思った。
「おい! 車出せ。病院の前に着けろ」大野は後部から運転席を蹴った。
運転席に座っている子分がワゴン車を発車させる。ワゴン車が病院に向かう道すがらも大野は気が気ではなかった。全員が死んでいたとするなら作業は凄く面倒な事になる。それにもしかして先生もそれに巻き込まれていたとなると、今後のシノギが難しくなる。都合の良いモグリの医者なんてものは最下層では貴重な存在だからだ。
ワゴン車がビルの近くまで来ると大野達は車内から周辺の様子を伺い見る。同時にモニタ表示も確認するが、ビルの外にエクステを付けている人間はいなかった。大野達が乗ったワゴン車がビルの玄関前に停車した。三人は車外に出ると、ビルの入口の方を見やる。
「何か静かっすね」子分が思わず口を開いた。
「まさか、連中……」大野は言い淀んだ。
「でも、モニタの反応が無いんですから多分皆、おっちんじまったんですよね? だから静かなんっすよね?」
「ああ、おい、お前先に入れ」
「はい」
三人はビル内に入って行った。中は特に争った様子もない。大野は受付にあるインターフォンに話しかけた。「先生、居ますか?」だが返事は無かった。ひょっとしたら、中で一悶着あって先生までやられてしまたのだろうか。
「おい!」大野は二人を呼ぶと処置室の方を目配せした。三人は処置室のドアが少し空いているのに気付いた。
「お前、ちょっと様子を見てこい」大野は子分の一人の下足を蹴って促す。子分は渋々と一人処置室の方へ歩いて行った。
「先生居ますか? 毎度お世話に……」子分は処置室の扉を開け、声を掛けながら中を覗き込む。子分はそのまま処置室に入って行った。大野は子分の返事を待った。が、何の音沙汰も無い。
「ったく、何やってんだあいつ」大野はついに焦れて一人、処置室までズカズカと歩き出した。
「あ、待って下さいよ」もう一人の子分もその後に続いた。構わず大野は処置室の扉を開ける。「は?」
室内を見た大野は一瞬状況が理解出来なかった。そこには何人もの外国人達が大野を威嚇する様に手に武器を持って立っていたからだ。先に入った子分は捕らえられ、外国人にナイフを突きつけられていた。「なんだこりゃ?」
そして手に手に武器を持った外国人達が階段や廊下の蔭からも、恐らく潜んでいたであろう他の部屋からも集まってきた。外国人達は大野と子分を取り囲む。
「大野だな?」まだ状況をつかみ切れていない大野に雅臣が声をかける。
「あぁ? だったらどうするんだ?」大野は雅臣に向かって凄んで睨み返す。
雅臣が頷くと、周りの外国人達が大野達に組み付き取り押さえる。大野達も抵抗を試みるが人数差に成す術も無かった。「何だぁ! お前等ぁ!」威勢よく怒鳴り散らす大野だったが、誰も何も答えない。大野は床に取り押さえられた状態から周りを見回す。
「まぁ、なんだ…… すまないね」聞き覚えのある声がして見上げると医師が居るのが見えた。「先生ぇ! なんっすか? こりゃあ!」大野は大声で問いかける。だが医師は何も答えず立っているだけだった。結局、大野とその子分達は何も出来ぬまま、ダクトテープでぐるぐる巻きに拘束されてしまった。