奈落の男36
和美は今まさに自分が向かっている方向から二台のバイクが走ってくるのを見つけた。バイクはそのまま、和美には一瞥もくれずにその場を走り抜けて行った。それを合図にしたかの様に、和美のプロジェクションゴーグルに表示されているエクステ使用者を表すマーカーが一斉に動き出し一か所に集まりだした。和美も急いでその場に向かう。エクステ使用者達が集まった様にモニタグラスが示したそこは何の変哲もない打ち捨てられた雑居ビルの様に見えた。佐伯さんはこのビルの中に居るのだろうか? 和美は二体のガーディアンドロイドに周辺を警戒させつつ、ビルの入り口が見える位置で様子を伺った。今ここで踏み込むべきだろうか。二体のガーディアンドロイドがあれば問題無く踏み込めるだろうが、その場合何人かの負傷者が出るだろう。和美は意を決すると笹野管理官への通信を開いた。「笹野管理官、現場に動きがありました。今から確認の為に突入を……」
「待って下さい」笹野管理官は和美の言葉を遮った。
「応援要請が通るか確認しますのでその場で待機して下さい。もし容疑者が逃げ出す様だったらその時は任せます」
和美は笹野管理官の指示を聞いて、少し自分は冷静さを欠いている様だと理解した。「分かりました。待機します」
「宜しくお願いします」通信が終わった。
和美は落ち着く様に自分に言い聞かせると深呼吸をして気分を取り直し、その場に待機した。




