奈落の男34
二台のバイクが並走しながら〈出島〉最下層をO-183商業区へ向けて駆け抜ける。この二台のバイクは神田が配達を頼んだ、弾丸急便社のバイクである。弾丸急便は〈出島〉最下層へ配送業務を必ず二人一組で行う様にしている。そしてこの二人の配達人は防弾防塵対ガス効果と、筋力強化効果を持つイスラエルIWI社製のパワードウェアを着用している。これは治安が悪い〈出島〉最下層への配送業務は危険を伴う為の防衛措置でもあり、従って配送料はその諸経費が上乗せされ破格となっている。この様な大手が受け付けない危険な配送は、弾丸急便の様な小規模配送業者が危険を顧みずに請け負っていた。
バイクが病院入っている雑居ビルの前で止まった。二人の配達人は周囲を見回し警戒する。フルフェイスヘルメットのバイザー内に表示される表示が周辺に人間の生体反応がある事を告げる。二人の配達人は共にバイクを降りると、それぞれがバイクに据え付けておいた武器を取り出す。一人はマチェットを、もう一人はバイキングレーダーを手にした。それぞれ武器を手にすると、二人は周辺へ見栄を切る様に一瞥する。マチェットを持った配達人は、周辺を警戒しながら歩くと、近くに有った空のドラム缶にマチェットで一撃を加える。マチェットが当たったドラム缶はひしゃげて吹き飛び、そのまま通りに面する建物の壁にぶつかった。配達人はその威力に満足そうに周辺を見回す。この行動は周辺に潜んでいる何者かが自分達を襲撃し無い様にさせる為のデモンストレーションの意味合いも込められていた。もう一人の配達人はその行動を特に気にも留めず宅配荷物取り出すと、ビルの中に入っていった。残った配達人はそのままバイクの近くで周囲を警戒し続けている。
ビルに入ると配達人は無人受付に据え付けてあるインターフォンに呼びかける。「佐伯雅臣は居るか?」訪問者の呼び掛けが処置室に据え付けてあるスピーカーから聞こえた。
「先生すまない、俺に宅配だ」
「仕方ないな……」医師はシミュレータを停止して雅臣の右腕から器具を外す。
雅臣は立ち上がると処置室のドアを開けて顔を出す。照明もついていない廊下越しに、受付に立つ人物のシルエットが見えた。「俺だ!」雅臣は受付の方に向かって叫ぶと、そのまま処置室を出てそちらへと歩いていく。
「そこで止まれ!」配達人は雅臣を制止すると、スーツのポケットから小型端末を取り出すと雅臣に投げて寄越した。雅臣は危うくそれを落としそうになったが何とか受け取った。
「受け取りコードを入力したらこっちへ寄越せ」
雅臣は苦労しながら、運び屋が差し出した端末に神田から聞いた受け取りコードを入力し投げて返す。運び屋は返された端末を運搬用ケースに接続してロックを解除し、蓋を開けて中身を雅臣に投げて寄越す。雅臣はそれも何とか左手で受け取った。運び屋はそのまま何も言わずに回れ右をしてビルを出て行った。
雅臣はパッケージを右脇に挟んで左手で封を切りる。中には一見するとエクステの様な媒体が入っており、雅臣はそれを持って処置室に戻ると医師に尋ねた。「先生、USCBBが使える外部通信可能なコンピュータを借りたいんだが」
「ああ、もうどれでも好きに使ってくれよ」
雅臣は媒体をコンピュータに接続すると洋子に呼びかける。『洋子、後は任せたぞ』
『はーい』洋子のアバターが雅臣の視界内に現れて直ぐに消える。
「こんな調子でちょくちょくと治療が中断する様だと、入院期間が長くなるんだけどね」
「分かってる。続きをやるよ」雅臣はなだめる様に言った。




