奈落の男24
東京外環自動車道の三郷南インターチェンジから車で数分の所にある桑原商事はリサイクル業者として一部の人間には有名だった。なぜ、一部の人間にとって有名であるかは桑原商事と言う企業の性質にあった。桑原商事は表向きは一般企業でのリース期限が切れたコンピュータやOA機器、減価償却が終了した固定資産を引き取り、あるいは大掃除の必要がある企業の廃品を回収し、程度の良い物はクリーニング等を行い、中古品として、海外から買い付けに来る発展途上国のバイヤーに販売して利益を上げている会社である。この表向きの事業では業界内でも中堅の下あたりの会社なのであまり有名ではない。だが、その裏では物騒な廃品回収業者が持ち込むサイバーパーツを買い取り、可能ならばパーツから元の使用者の情報を引き出し、パーツ自体の再調整を行い、クリーニング処理を施して正規のルートではサイバーパーツを購入出来ない者達に販売、施術を行うと言う事業を行っている。この、裏の事業の顧客に真っ当な日本人は含まれておらず、こう言ったサイバーパーツを自ずとそれをどうしても必要とする者、例えば不法入国して何とか日本で職にあり付きたいが為にサイバーパーツを移植するする必要がある外国人や、足の付き難いサイバーパーツを使う事で後ろに手の回る確率を少しでも抑えたい職業犯罪者、或いは、海外の途上国で、サイバーパーツを有する組織を編成したいと言う物騒な顧客のニーズに答える後ろ暗い貿易会社等に限られていた。桑原商事のこの裏の事業を知るのはごく一部の人間だった。
神田はこの桑原商事を裏表合わせてよく利用していた。もちろん自分の店の店頭に並べる商品の仕入れ先の一つでもあったが、それよりは様々な計測機器や工作機械が時間貸しで利用出来、もっぱらそちらの方での利用が多かった。神田の店の経営規模では高価な計測器等を購入する事は困難だったからだ。
雅臣との通話を終えた時点で神田は、依頼されたエクステの透過画像撮影や、それに伴う内部機構に使用されている部品の特定をある程度終えていた。結果は可も無く不可も無くと言った所だった。使用されている大部分のICが有り触れた物であるのに対して、このエクステの中核を成すPLD(プログラマブルロジックデバイスの略)だけが出所不明なのである。それは神田自身が今までに見た事の無い構造体だった。
神田は使用した測定機器の後片付けを済まし、会計を終えると駐車場に止めてある自分のスピーダーに乗り込んだ。そのままスピーダーを地上走行設定で発進させると、三郷南インターチェンジから首都高速に向けてスピーダーを走らせた。スピーダーが首都高速に入ると、神田はスピーダーが首都高速を循環する様に、運転をオートドライビングモードに設定する。幸い今日の首都高速は渋滞も発生しておらず、これならばスピーダーは燃料が残り少なくなって首都高速を降り、最寄のチャージステーションに自動で着くまで問題無く首都高を走り続けるだろうと神田は思った。
次に神田はプロジェクションゴーグル(ヘッドマウンテッドディスプレイよりも小型な没入型のディスプレイでジャイロ機能は搭載していない)を取出し、透過画像ファイルの入ったメモリを接続すると、ミラーシェードを外した。そしておもむろにゴーグルをかけると電源スイッチを入れた。視界の全てを覆う構造になっているゴーグルのディスプレイはバックグラウンドグラフィックと幾つかのアイコンを表示させた。神田が思考コマンド入力を行うとディスプレイの視覚効果が神田の意識をネットワーク内に没入させていった。
神田――の意識――はネットワーククラウド内にある情報提供サービス、“Mad Info”のメインロビーに飛んだ。“Mad Info”は電脳社会内で数ある情報提供サービスに置いて、電脳社会の自由を標榜する比較的裕福なハッカー達が資金を出し合い設立したと言う特殊な設立背景を持った営利団体である。設立されてから様々な外部からの攻撃を退け、順調に活動を続けてきた“Mad Info”は、現在では所属する多くの会員達の会費によって運営されている。会員はランクに応じて月額の使用料金を“Mad Info”に支払う事になっている。会員ランクは上からプレミアム、アンリミテッド、リミテッドの順になっており、月額使用量はリミテッド会員が30$、アンリミテッド会員が100$、そしてプレミアム会員が1000$の支払いとなっていた。
“Mad Info”が取り扱っている情報は主に二つの方法で収集される。一つは、その情報の大部分は高機能情報収集プログラムがネットワーク上に存在するあらゆる情報を収集しセキュリティアーカイブに格納する。セキュリティアーカイブに格納された情報はセキュリティスキャンの結果クリーンと判断された場合のみ、カテゴリー別に分類されて会員が参照出来る形で保管される。格納されたクリーンな情報が特定閾値を超えた場合は、自立電子司書プログラムが作動し、各々の情報の簡略化や紐付けを行い、より情報の確度を上げる仕組みとなっている。もう一つは、情報収集プログラムが収集出来ない隠された情報を会員が合法、或いは非合法な手段を講じて独自に収集し“Mad Info”に登録を行う。この様に登録された情報の確度は情報の登録方法や登録状況とその情報を参照した会員の評価により格付けされる。閲覧出来る情報ファイルは情報の収集方法と、その情報を裏付ける別の情報とのリンク数、及び会員評価が判別出来る様になっておりAランクからFランクまでの格付けがされる。
会員が情報を収集して“Mad Info”に登録するメリットは、その情報が掲載された時や他の会員に参照された時に入手出来るポイントにより、使用量の割引やポイントの換金が出来る所にあった。“Mad Info”に会員として所属するメリットは、主に後者の情報を参照する場合にあると言っても過言ではなかった。神田はそんな“Mad Info”の設立メンバー十人のうちの一人だった。“Mad Info”の会員№0から№9は会員達の間ではシングルナンバー、或いは単にシングルと呼ばれ、話題の種となっている。神田は№5だった。だが、他のシングルナンバー達や会員達は神田が“Mad Info”で使うスーツを着た真っ黒なのっぺらぼうのアバターに因んで、彼を“ダークマン”と呼んでいた。そして、神田自身もそう呼ばれる事は嫌ではなかった。
神田はメインロビーを見渡した。だが、仮想空間上に3D描画されている体育館程の広さの半球状のメインロビーに知った顔――アバター――を見つける事は出来なかった。メインロビーにいるその他大勢のアバターが神田のアバターであるダークマンに注目するのを尻目に神田はメインロビーの壁面にある入室制限のかかったパーテーションの入室パスコードを入力し、中へ入った。中には既にパーテーション内の円形テーブルを囲む様に神田以外のシングルの何名か、厳密には№3、№6、№7、そして№9の4体のアバターがそこに有った。
『今日集まれたのはこれだけか?』神田は思考チャットで皆に話しかける。国籍が違う彼等集団の全員が一同に会す事は稀だと言え、半数はこの場に出席していない事に神田はイラつきを覚えた。『出席していない連中からは何か連絡はあったか?』
『特に無いよ』№7が答える。
『君の召集でこれだけ集まったんだから出席率は良い方だろう?』№3が続ける。確かに、口惜しくはあるが№3の言う通りかも知れない。だが今回の召集をかけた身として皆を驚かせる程の情報があると言うのに、それを伝える事が出来ないのは些かもどかしいと神田は思った。
『そろそろ始めてくれないか? №5』№6が神田を促す。
『分かった、始めよう。今日この場に居る諸君はとても幸運だよ』神田は勿体つける様な口調を思考チャットで入力する。
『ほう? それは楽しみだ』№6のアバターは苦笑を浮かべている。
『と、その前に頼みがある。実は俺が今から説明する事について、君達が何か情報を持っていたら教えて欲しいと思ってね』
『やけに控え目じゃないか。いつもの№5らしくないな……』№9が答える。
『俺は自分が手に負えない様な困難に直面した時は、素直に他の賢人に教えを請うくらいの謙虚さを持っているつもりだぜ? 皆、この画像を見てくれないか』神田はそう言うと円卓上に画像ファイルを表示させた。それは件のエクステの3D外観写真だった。
『私の目が悪くなければこのエクステは何の変哲も無いサイバーウェアに見えるのだが』№6が答える。
『そうだね。でもこの概観じゃメーカーの刻印もシリアル番号も分からないね』№7が続ける。
『№5がこれを俺達に見て欲しいって事は、これは外観からは想像も付かない程の面白い物と考えても良いのかな?』№3が尋ねた。
『察しが良いな、№3。これは東京でとあるルートから入手したエクステなんだが……』神田はこの場にいる全員の反応を伺いながら話を続けた。『このエクステを使った奴の何人かは補助電脳を焼かれて死んでいるんだ』
『それで?』№9が言葉を挟む。『それだけの情報でこれが何か分かったらそいつは神だな』
『もちろん、それについては俺ももう少し突っ込んだ調査をしたさ!』神田はそう言いながら次の画像ファイルを表示した。
『おい、こいつは何の冗談だ?』№9の反応も明らかに変わった様だった。その画像ファイルはエクステの透過3D写真だった。『何の変哲も無いエクステじゃないか!』
『期待通りの反応で嬉しいよ』神田はさらに次の画像を表示した。それを見た一同は息を呑んだかの様だった。
『これは……、超クールだ!』№7が率直な感想を述べた。他の連中も同様の反応を見せた。そこに映し出されていたのは、エクステの透過3D写真の中に表示されていた一部のチップの透過写真だった。それは明らかにこの地球上で製造されたものではないと全員が理解した。
『このニューロマトリックス密度はすごいな! これだけのチップとそれを使ったエクステを製造するには無重力下の環境にある工場が無ければ不可能だ』№6が見解を述べる。
『だろ? オタクならそう言うと思ったよ、№6』神田のその発言を受けて、№6のアバターは険しい表情をしたかに見えた。シングルナンバーズと言えど、必要以上にお互いの素性を明かしている訳ではなく、一寸した挙動や発言から身バレをするのは自身を窮地に追いやる事を神田はもとより、ここに居る全員が理解している。もちろん、お互いが他のシングルナンバーの事を詮索する様な事は暗黙の了解で禁止されてはいるが、それはこの様な会合の席での話で、ここを一歩出たならばそのルールは通用しない。神田は№ 6がハッカーとして甘いと思った。
『巧妙に偽装された作りだな。出所を気取られない様にする工夫が伺える』№3も自分の感想を述べた。『で、№5は俺達にどうして欲しいんだ?』
『このエクステについて何でも良いから情報が欲しい。どんな些細な情報でもだ』
『どんな些細な情報でも?』№6が尋ねた。
『そう、どんな些細な情報でもだ!』神田は念を押した。
各自の思考により、瞬間の沈黙が訪れた。それはここにいる神田以外の参加者全員が、この話についてどれだけのカードを切り出せるか、掛け金を幾らまで上乗せ出来るかを値踏みしているかの様にも思われた。
『にしても、何を話したら良いかが分からないんだけど……』№7が口火を切る。
『どういう意味だ?』やはり一筋縄ではいかないなと神田は思った。
『№5、あんたが提示したこれだけの情報について何をどうしたいかが分からないんだ。あんたが言った事に対して皆が何等かの情報を与えたとしよう。で、それにより俺達の立場が不味くならないか、そして見返りは何があるのか。まぁ、そんな思惑も有るんだけどね』
『それはもっともだな』№9も№7の発言に同意した。
『報酬は、この俺が解けなかった謎のピースを提示する事での俺に対する優越感。俺達の集まりは得てしてそう言う物だったんじゃないのか?』神田は探りを入れる様に答えた。
『確かに、それは魅力的な報酬だよ』№7は悪びれる様子も見せずに答える。『だけどそれだけじゃ、割に合わないや』
『どう言う意味だ』神田はムッとして聞き返す。
『確か、あんたは日本国籍で東京在住の筈だったから秋葉原に行った事もあるんだろう?』
『もちろん。だが、それが何の関係がある?』
『なら、旧世紀のセガのゲームソフトとかも簡単に買えるんだろう?』
『金さえ出せばね』
『そういう事だよ』№7は発言を止めた。
『それは良いですね。私は携帯式の超音波検査機器が欲しかったんだ』№3も尻馬に乗った。
『俺はエストン精機のアンドロイド用外装が……』№9の発言を神田は遮った。『オーケー、
諸君の言いたい事は良く分かった。希望には副える様努力しよう』
『……そうと決まったら話を整理しよう。概要を詳しく話してくれ』№6は伺う様に発言した。
『このエクステは日本の東京湾メガフロートで起こっているエクステ連続事故死の元凶だと言える物だそうだ。何らかのトリガーが使用者の補助電脳を焼き、エクステ自体も自滅する』神田は説明を始めた。『そして、ここからは俺の推測なんだが、このエクステのせいで俺に調査を依頼してきたクライアントが今、危機的状況にあるらしい。多分自分で装着して試してみて、手に負えなくなっているんだと思う』
『ドラックウェアじゃないの? そいつは?』№7が率直な疑問を神田にぶつける。
『俺のクライアントはそうでは無いと判断している。現にクライアントの注文が先程変わったばかりだ。最初の依頼ではこのエクステの調査。それが、先程の依頼ではこのエクステがクライアントの補助電脳にインストールしたプログラムのアンインストール方法になった』神田はこの場にいる全員が状況を理解出来る様、言葉を選んで答えた。
『プログラム常駐型のエクステか……』№9は何気なく呟く。
『ほとんど使われない方式だな』№3は自己の見識を述べた。『本来ならサイバーウェア単体でこれらの機能を持たないと使用者の脳に負担がかかるからな。確かW・ミュラーの論文にも記載されていた』
『その論文なら読んだ事があるよ』№7が答える。
『そのエクステは簡単に入手出来るのか?』№9も尋ねた。神田は徒労感を覚えつつ答える。『俺の手元にあるのは一つだけだ』
『さっき№6が言っていたな、地球上では作れない部品を使っているって』№3が唐突な発言をする。
『ああ、宇宙に工場を持っているチップ製造会社はそう多くはない』№6は平静を装って答えた。『だがそこをターゲットに絞って調べるとなると、セキュリティを突破するのには骨が折れるぞ。国家機密並みか、場合によってはそれ以上に厳重だからな』そして、話題を逸らす様に続けた。『事件になっているんだろう? そっちの警察はどれだけ情報を掴んでいるんだ?』
神田はやれやれと言った感じで返す。『ぱっと探った感じだとやっと捜査を始めた段階だったよ。まったく税金泥棒な連中さ』
『何処の国も同じだな』誰かが発言し、皆も同意する。
『とにかく、これはホットなネタだ。出来るだけ早く何らかの形で終わらせたい』神田が締めにかかる。
『№5はこのネタをどういう風に落着させるつもりなんだ?』№9がこの件の締めくくりの質問をする。
『このエクステがクライアントに害を及ぼさない程度に無力化出来るのが最低限ラインだと思っている。理想は常駐プログラムのアンインストールだがね』
『分かった。俺からはもう質問はないよ』№9の発言に皆が同意しようとした時、今度は№7が発言した。『このネタについてのクライアントからの報酬って何さ?差し支えなけりゃで良いけどさ』
『そうだ、№5! あんたにしちゃ、我々への協力報酬の気前が良すぎる。私も是非聞きたいね』№3も同意見だった。そして№6と№9のアバターも同様に頷く。
『その指摘を待っていたんだ』神田は得意気に答えた。『実はこの会合の冒頭でも少し話した事が報酬に関係している』
『俺達が幸運だって、アレか。勿体つけづに早く説明しろよ』№9は苛立ちと隠そうともしなかった。
『報酬は電脳女王に関する情報だ』神田が答える。
『! ……』一同が沈黙した。その沈黙は現実時間では数秒の出来事なのだが、このパーソナルスペースにいる神田以外の一同にとっては数分の様にも感じられた。
『おいおい、どうしたんだ?』神田は思い通りの皆の反応に噴き出しそうになるのを気取られぬ様に尋ねた。仮に今、神田自身を目の当たりにしたなら、彼は薄笑いを浮かべているだろう事を一同は容易に想像出来た。
『にわかには信じられない話だな……』今度は慎重な面持ちで№9が口を開く。
『そうだろう。だが、事実は小説より奇なりだ。そのクライアントが俺の所に電脳女王を連れて来たんだからな』
『証拠はあるのかね? ログとか……』№3が尋ねる。
『その辺はあちらさん、全く抜かりがなくてね。痕跡は一切残していかなかったよ』
『それじゃ、信用出来ないね』すかさず揚げ足を取りにかかる№7。
『だがね、俺もそこまでボンクラじゃない。ちゃんと電脳女王の撮影には成功しているんだよ。これがその画像さ』神田は撮影した写真に表示画像を切り替えた。
『なんてこった。良く撮影出来たな……』思わず感嘆する№6。
『ああ、オフラインの超小型カメラには気付かなかった様だ』得意げに種明かしをする神田。各々が活発にチャット入力を行う。
『噂で良く聞くグラフィック通りだな』
『周辺のディスプレイ表示も全て奪っているのか』
『しかし、本当に信じられない。都市伝説の類だと思っていたんだが』
『この女性のグラフィックは誰かモデルがいるのか?』
『いや、神話的なイメージの方が近いんじゃないのか』
『年齢はどれ位なんだ?』
一同の議論が白熱している所に神田が口を挟む。『俺も本人いや、それを目の当たりにするまでは彼女の存在を全く信じてなかったんだがね』
『なあ、№5。我々の中で唯一接触を果たした身として、率直な感想を聞かせてくれないか?』№3が神田の反応を伺う様に発言する。
『感想?』
『印象で良いんだ。彼女は人間なのか?』
『あれが仮にAIとかの類いだとしたら、かなり人間に近い精巧な作りだと思うよ。あれが人間だとしたら、この俺を完膚なきまでに封じ込めたやり口を見て、かなり高性能なマシンやソフトを人間離れした能力で駆使していると思う』
『その根拠は?』
『説明しづらいんだが、人間臭さを感じた。感情の表現とかな。』
『俺達さ、彼女って言っているけど本当に女だと思うか?』№7も堪らず質問する。
『多分な。少なくともそれくらいの幻想を抱いても良いとは思うぞ』神田は答える。
『それで、№5はどうするつもりなんだ? 電脳女王の正体を掴むのはこのコンピュータ界での優位性を我々が確立する為には必要課題だと、以前この場で協議したが……』№3のこの発言を受けて一同のアバターは皆、同様に頷いた。№3と同様に一同は神田が電脳女王についてここに居る誰よりも近い位置に居る事を良く思っていない様だ。神田もその雰囲気を感じ取ったのか、詳しく説明する様に心がけた。『正攻法で相対したらまず無理だな。簡単に逃げられると思うよ』
『正攻法では?』
『そう。だから今回の件で唯一電脳女王と繋がりのあるクライアントを足がかりにしようと思っている。“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”だな』
『“He that would the daughter win, must with the mother first”か、よかろう。俺は出来うる限りの協力をしよう。だが、電脳女王の件に関しては抜け駆けは無しだ。今日この場に来て居ない連中もログを見るだろうから念を押しておく』№3は発言を締め括った。
『言いたい事は№3がほぼ言ってくれたので私からは特に無いかな』とは№9。
『僕も同じ。報酬が確実なら協力するよ』『俺もだ』№7と№6も特に不満は無い様だった。
『よし、諸君のやる気も十分伝わったし今は時間が惜しい。早速取り掛かってくれ。有力な情報が得られる事を期待しているよ』
神田の締め括りと同時に№3、№7、№9のアバターが消える。だが、№6のアバターがここを出て行く気配がなかった。
『どうしたんだ? №6。何か言いたい事でもあるのか?』
『場所を変えないか? №5』
『何故だい? №6』
『オフログで話しがしたい』
『……良いだろう』神田は思った。やはり№6は今回の件で何か知っているに違いないと。今日の会合での発言内容が終始活発で、俺が何処まで掴んでいるかを探る様な尋ね方をしていた。『デジウォールのプライベートボックス666が空いている。そっちに移動してくれ』神田は仕掛けられる前に主導権を取るべくチャットルームを指定した。デジウォール社は仮想空間に秘密のチャットルームを提供する会社で、そのチャットルームのセキュリティは突破するのに困難を極める事で有名だった。少なくとも、神田はこのデジウォール社のチャットルームのセキュリティが突破された、という話を聞いてはいなかった。
『分かった』№6もその事は理解しており特に異議も唱えなかった。二人のアバターはチャットルームから消えた。