奈落の男21
〈出島〉の最下層部は普段とは違う様相を呈していた。そしてその原因は突然行われた突捜の捜査活動によるものである事が明らかだった。最下層部の住人達の大半である不法入国者や不定居住者達はただただ身を潜め息を潜めた。普段これらの連中を快く思っていない、自称愛国心のあるならず者達はここぞとばかりに通りを闊歩し、不法入国者や不定居住者が残していった所有物にゴミ掃除という名目で日頃の鬱憤をぶつけた。洋子が指示する場所へと急いでいた雅臣は、運悪くそんな彼らの目に留まってしまった。
「おい、おっさん! こんな所で何やってるんだよ!」彼らのうちの一人が雅臣を怒鳴りつける。雅臣は足を止めて彼らの方へと視線を向けた。人数は五人、それぞれが手に鉄パイプやバットと言った殴打に適した物を持っていた。五人ともどう見ても二十代前半の若者に見えた。
「お前達には関係のない事だ」雅臣は答える。
「お前、ふざけてんじゃねぇぞ!」
「この状況で何カッコつけてるんだよ! ボコるぞ、ゴラァ!」
「お前、日本人じゃねぇんだろ!」
「おい見ろよ。こいつ、首のドラックでラリッてるぜ」
「ジャンキーかよ。社会のゴミだな! やっちまおうぜ!」
「俺達社会正義の執行人! カッケー!」彼らは雅臣を囲む様に位置を取り始めた。
雅臣はやれやれと思い、洋子に問いかけた。『洋子、こいつらを黙らせる事は出来るか?』
『ちょっと待ってねー』洋子のアバターが消えた。
『なるべく早めに頼むぞ』雅臣は心の中で呟いた。
彼らの中で恐らくリーダーであろう男が口を開く。「おい、お前ら! ちょっと待て」
「何だよ、リーダー。止めるのか?」
「いや、俺よ、一回で良いから人を撃ってみたかったんだ」男はそう言うとポケットから自動拳銃を取り出した。雅臣にはその自動拳銃がロシア製のMP―443である事が分かった。
「すげー! パネェよ! リーダー!」
「本物? それ本物?」
「ああ、二十万したんだぜ。弾も勿体無いからまだそんなに撃ってないけどよ」
にわかに活気付くならず者達。雅臣は洋子の時間を稼ぐべく口を開いた。
「MP―443グラッチ、ロシアの拳銃だな。口径9㎜、装弾数十七発。骨董品だが良い銃だ」
「は? 何言ってんの? おっさん」リーダーと呼ばれている男は訝しげに雅臣を見ながら銃口を雅臣の方へと向ける。「適当な事ぶっこいてもてめぇの命は風前の灯火なんだよ?」
「安全装置は外してあるのか?」
「ハッ! その手には乗らないぜ」
「なら良い。きちんと狙えよ」
「映画とかで良くある手口だな。その手にも乗らないぜ」
「それから、今晩はその辺を突捜がうろついている。その銃を撃ったら銃声を聞きつけてゾロゾロと集まってくるぞ。連中はサブマシンガンを持っている。そして、ここは〈出島〉だ。簡単に発砲してくるぞ。お前達は安全に逃げ切る事が出来るのか?」
「……、そんなごまかしも通じねぇぜ」
「ごまかしなんかじゃない。現に俺は突捜から逃げてきたんだ。試してみると良い」
「……」リーダーは明らかに動揺していた。そしてその動揺が周りの連中にも伝播していったのを雅臣は見逃さなかった。
「なぁ、リーダー。止めようぜ。いつも通りにボコれば良いジャン」
「……うるせぇ」リーダーと呼ばれている男は静かに呟いた。
「おい、お前達。撃った弾丸が俺を貫通して跳ね返ってお前達に当たるかも知れないから用心しておいた方が良いぞ」雅臣は動揺した男達が不安になる様に言葉をかけた。男達は雅臣の言葉を聞いて、ジリジリと後ずさる。
雅臣は男達の様子を凝視した。そして、リーダーが拳銃を構えている右手の握りが緩んだ瞬間を見ると、その一瞬で素早く距離をつめて左手を内から外に回す様に動かし、拳銃を握っている右手を弾く。そこから流れる様に左腋で男の右腕を挟み込んで締め上げる。
「いだだだだだだ!」リーダーがあげる叫び声により、周りの男達は状況変化をやっと理解した様に反応する。「何やってんだよ! てめぇ!」
雅臣は締め上げの痛みで握りが甘くなった拳銃を背中越しに回した右手で奪い取り、リーダーを前蹴りで蹴飛ばす。男達は手にした武器で雅臣を殴りつけようと半歩前に出て振りかぶった。雅臣は彼等の殴打の二、三発を覚悟して思わず目を瞑ってしまう。だが、殴打の衝撃が雅臣を襲う事は無かった。雅臣は目を開いて状況を確認する。するとそこには五人の男達が倒れていた。
『危なかったねぇ』突如視界内に現れる洋子のアバター。
『お前がやったのか?』雅臣は洋子に問いかける。
『補助電脳経由で内分泌系をちょこっとね。こいつ等せんせーをジャンキー呼ばわりしてる割に自分達も補助電脳を使って色々やってたみたいよ』
『そうか……』
雅臣は倒れているリーダーの腹に強烈な蹴りをお見舞いした。リーダーは腹を押さえてその場に蹲り悶絶する。雅臣はさらに追い討ちをかける様にリーダーの横っ面を蹴り飛ばす。
「こいつは貰っておく」雅臣はそう言いながら拳銃の弾装と薬室を確認した。弾奏には十分に弾丸が装填されていた。薬室には弾丸が装填されていなかった。雅臣はスライドを引いて薬室に弾丸を装填すると銃口をリーダーに向ける。「予備の弾丸も持っているのなら全部出せ! ゆっくりとだ!」リーダーはポケットから予備の弾奏を一つ取り出すとそれを地面にそっと置いた「撃つなよ。これで良いか?」懇願するリーダー。雅臣は銃口をリーダーに向けた状態で身を屈めて左手で弾奏を取ると立ち上がり際にもう一度リーダーを蹴り上げた。「命が助かっただけ儲けものだと思うんだな」そう言い残すと雅臣はその場を足早に離れる。
『ちょっとやりすぎだったんじゃないの?』
『いや、あの手の輩は徹底的にへこませてやらないとこっちが危ない。あれで良いんだよ』
『そう言うもんなの?』
『そう言うもんだ』
『ふーん』
『そんな事より突捜の連中は?』
『今は周りには居ないわよ』
『引き続き周りの警戒と誘導を頼むぞ』
『まーかせて』
雅臣は先を急いだ。




