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奈落の男  作者: HYG
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奈落の男17

 雅臣は、帰宅する道すがら視界内に表示されているアプリをどうするか考えたが、まずは視界に影響がない様にウィンドウの最小化を行った。女性電子合成音はしきりに、同じ質問を繰り返す。『チュートリアルを実行しますか?』

『せんせー』不意に洋子が呼びかける。

『どうした?』

『このアプリ、アンインストールが出来ない様になっているわよ』洋子のこの答えは予測出来た。

『プログラム自体の削除は出来ないのか?』

『今現在ではお勧め出来ないわね』

『大体でいいから、俺の補助電脳内での動きにどう変化があったか教えてくれ』

『インストールされたプログラムは常駐で動作する様になってて、そのプログラムとエクステ間で信号の送受信が頻繁に繰り返されているわ。後、エクステが補助電脳のコアプロセッサ信号を周期的にモニタリングしてるみたい。主に、装着者のバイタルと、他に使用されているアプリ、サイバーウェア等の監視みたいだけど』

『洋子、お前自体はそのエクステにモニタリングされているのか?』

『モニタリングされてるけど、あたしとせんせーのやり取りは何の変哲もないアプリとして擬態してるから、監視周期は頻繁ではないわよ』

 この洋子との数秒のやり取りの間に、アプリに変化が起こった。

『後、十秒でチュートリアルを実行します。ご使用中のサイバーウェアを外す等、不正な動作をしない様、ご注意願います』どうやら、このアプリは使用者の意思では止める事が出来ない上に、時限で強制的に次の段階に進む様になっているらしい。そして、無常にも、カウントダウンは終了した。『チュートリアルを実行します』女性電子合成音がそう告げると、雅臣の視界内に三つの変化が現れた。まず、カウントダウンを示す時刻表示、次に距離表示と矢印、最後に平面上で自分を中心に表示されている地図が表示される。この表示に雅臣は見覚えがあった。昨夜見たテレビ通販番組の商品に似ている。いや、それ以前にも何処かで見た記憶があった様に感じたが今は思い出せなかった。

『画像の表示に従って目的地まで、時間内に移動して下さい』女性電子合成音の説明に次の行動として何をやれば良いか、雅臣は大体理解した。雅臣は矢印が自分の視界に対して正面前方になる様に向き直った。直線距離にして三キロメートル程ある様だ。次に雅臣は、カウントダウンしている時刻表示を確認する。三十分弱程の時間があった。

『どうやら、後三十分弱であそこまでたどり着けって事らしいな……』

『大丈夫なの?』洋子が尋ねる。

『急いだほうが良いな』雅臣は走り出した。『洋子、念の為最短ルートへ誘導してくれ』

『おっけー』

 雑然とした最下層部の道を縫う様にして走る雅臣。今、ここでこの辺のゴロツキに襲われたらひとたまりもないだろう。前金の二百万円は根こそぎ、いや、ひょっとしたら命さえ落とす可能性があった。だがその心配は杞憂に終わった。これはひょっとしたら李等、四人の影響力の所為なのだろうか? だとしたら、それはなかなかの物だと雅臣は思った。

 目的地にたどり着いた雅臣。時刻表示のカウントダウンも目的地についた時点で止まった。アプリの効果で建物の壁についている分電盤の様なケースが視界内で縁取られる様に点灯している。

『通信端末の電源を入れてから、点灯箇所のボタンを押して下さい』女性電子合成音が告げる。雅臣はケースの蓋を開けた。中には、分電盤の回路とは明らかに無関係のボタンがあり、同様に縁取りで点灯していた。雅臣はボタンを押そうと手を伸ばした。

『待って!』洋子がそれを制止させようと声を掛ける。

『どうした?』手を止める雅臣。

『そのボタンを押したらどうなるの?』

『判らん、ただ通信端末の電源を先に入れたからボタンが押された事を認識して……』そこまで言いかけてハッとする雅臣。『この通信端末から発信される信号を追跡出来たらかなり調査対象に近づけるな……』

『そういう事!』見解の一致を見せる二人。

『じゃ、追跡は任せたぞ!』

『おっけー!』言うが早いか、洋子のアバターが消えた。気を取り直して、ケース内のボタンを押す雅臣。数秒すると通信端末に緑色のランプが点灯した。

『認証されました。あなたの識別番号はNR1134です。今後はその通信端末があなたを識別する専用端末となりますので大切にお取り扱い下さい』女性電子合成音が告げた。『これよりあなたは本試作試供品の試験実施者として、試験に参加する事が可能です。試験に参加するにあたり、注意点を説明させて頂きます』

 第一段階は終了したか。正直ウンザリだと雅臣は思った。だが、使用方法を間違えると自分が死んでしまう可能性がある以上おざなりにする訳にはいかない、ここは注意する必要がある。とも同時に思った。

『試験実施メニューが、解除されました。試験を実施する際は実施メニューを選択後、試験リストから番号を選んで下さい』女性電子合成音がそう告げると、最小化していたアプリケーションウィンドウが再度視界内に展開された。

 雅臣は試験実施メニューを選択した。すると、アプリケーションウィンドウ内にリストが表示された。リストにはそれぞれ、通し番号、概要、そしてポイントの欄があった。概要の欄にはどう見ても、先程自分が得た識別番号と同様の番号体系の記載がされている。ポイントの欄は一桁から三桁程の数字が無作為に記載されている様に見えた。

 雅臣は、このリストを見てある種の不安感を覚えた。もしかしてこのリストは……

『表示リストから実施したい試験の番号を選択して下さい』合成音が告げる。

 雅臣は試しに、五番のリスト番号を選択した。すると、ウィンドウが更にポップアップする。そこには概要に記載された番号、顔写真、恐らくその顔写真の人物が取得した0ポイント、そして試験条件が記載されていた。試験条件はこの人物を殺害し、この人物が装着しているエクステを入手する事、報酬ポイントは1ポイントと記載されていた。殺害? 殺害だって! ずいぶんと直接的な表現だ。このエクステがとある企業の作ったものだとすると、企業倫理もへったくれも無いな、と雅臣は思った。

『この試験を実施しますか?』女性電子合成音の無常の問いかけ。 雅臣は試験の実施をキャンセルしてリストを閉じた。

『警告します。あなたが一定期間内に試験を実施しない場合、本アプリケーションの不正使用とみなし、ペナルティが与えられる場合があります。ご注意下さい』この、女性電子合成音の警告はある意味、死刑宣告の様だった。それは与えられるペナルティがなんであるかをもう既に雅臣自信が理解しているからだった。

「デスゲームへの強制参加って訳か」雅臣は呟くと、ウィンドウを最小化した。

 雅臣は急いで自分の携帯電話をコートから取り出すと神田電脳堂の番号をコールした。だが誰も出ない。途方に暮れ電話を切った瞬間、携帯電話に着信が入った。知らない番号だった。「もしもし」問いかける雅臣。

「佐伯の旦那かい?」発信者は神田雄正だった。安堵の溜息をつく雅臣。

「今は店に居ないのか?」

「店に居ても営業時間外は出ない事にしてる。もっとも今は居ないがね。五十四秒」

「なんだ、その時間は?」

「俺は自分から発信した時は一分しか通話しない事にしてる。四十四秒」

「分かった、依頼品の件だが状況が変わった」

「どうしろと? 三十一秒」

「あのエクステを使用した場合にインストールされるアプリの安全なアンインストール方法を調査してくれ」

「そうこなくっちゃ! 十六秒」神田はこうなる事を予想した様なはしゃぎっぷりだった。

「詳細については明日行けたら店に行く」

「了解だ」通話が切れた。

 雅臣は携帯電話をみた。通話中に一件着信が入っていたらしい。これも知らない番号だった。そして留守メッセージが入っていた。雅臣はメッセージを再生した。だが、特になにも吹き込まれていた様子は無かった。

 雅臣は携帯電話をコートのポケットにしまうと他のポケットをまさぐって、合成酒を切らしていた事を思い出した。帰宅前に買っておこう。そして、後は洋子の出来次第でどうするか作戦を考えなければならないと考えると、ひとまず洞東餐廳に向かう事にした。

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