奈落の男15
薄暗い鑑識課のフロアには和美と小暮巡査部長以外は誰も居なかった。時計は二十時を回ろうとしていた。他の職員は皆、帰宅している様だ。小暮巡査部長は今、擬似補助電脳に五つ目のエクステを接続して動作を確認し終えた所だった。だが、五つとも同じだった。擬似視神経ポートに接続した外部ディスプレイの表示は“処理終了”と表示されたままだった。小暮巡査部長は頭をガリガリとかいた。「これは、内部フラグの処理ですね」
「どう言う事?」和美が尋ねる。
「このエクステ内に入っているプログラムの内部フラグが、プログラム自体を動作させない様にしているんですよ。例えば、試供版のソフトウェアが三十日で使えなくなるのと同じ様な動作です」
「じゃあ、そのフラグをどうにかすると良いんじゃない?」和美はもっともらしい指摘をする。
「そうなんですが、その場合リバースエンジニアリングになります。だけど、それ用の逆コンパイラが何だか解らないんですよ。こうなるとお手上げですね」
「どうしてもダメか?」
「はい」
「そうか……」
時には根性論ではどうにもならない事があるのは、小暮巡査部長の態度を見ても明らかだと和美は思った。かと言って、事サイバーウェアに関しては和美も素人同然なので、小暮巡査部長を当てにするしか無かった。そして、彼が無理だと言っている以上、もうこのエクステから得られる収穫が無いのは明白だという事なのだろうか……
「振り出しに戻るか……」今の心境がまたも和美の口を付いて出た。
「いえ、そう言う訳でもありませんよ。今度は今までと違って、内部の石も無傷のままだし、分解して製造元を調べてそこから当たるって方法もあります」
「石って何?」
「あー、チップの事ですよ」
「でも、その方法だと効率が悪そうね」
「確かに……、場合によっては国際捜査協力依頼になりますかね」
「と言うと?」
「これらの石は北米、南米、或いは欧州、最悪の場合大陸で作られている物の場合があります」
「国内のメーカーじゃないのか?」
「犯罪者がこれを日本国内で使う事を想定しているんだったら、日本国内の石を使った場合は脚が付きますから、多分やらないでしょう」
「なるほど……」それ以上の言葉を和美は続けなかった。
一瞬、その場を沈黙が支配しそうになったが、小暮巡査部長が口を開いた。
「じゃ、後は私がやっておきますので、警部補はもうお帰り下さい」
この、小暮巡査部長の口調に、和美は一瞬ムッとなったが、事実、私がここにいた所で彼の役には立てないであろう事は分かっていた。
「では、後は任せます。宜しくお願いします」
「ご苦労様でした」
和美は鑑識課のフロアを後にした。