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奈落の男  作者: HYG
13/43

奈落の男12

 神田は、奥の部屋に入り照明をつけた。雅臣も続いて部屋に入る。部屋には作業台、走査用機材、工作機械や部品、店の在庫が入っているであろう段ボール箱が雑多に置かれていた。「で、何か希望はあるか? 鑑定方法の?」神田が尋ねる。少し考えて雅臣は答えた。

「これは証拠品としてなるべく現状を留めておきたい。例えば、このエクステを袋から出さないで鑑定する事は出来るか?」

「それだと、鑑定の確度はかなり落ちるぞ。X線スキャナしか使えないからな」

「それで良い。ある程度の目星がつけば良い」

「そっちの通信機は?」

「これは入手した時にこの状態だったから、状態を戻せるならどのような方法で調べても良い」

「分かった。最後にあんたが追っかけてるネタについて少し教えてくれ」

「何故だ?」

「ネタによっては、この通信機も意外と危険なものかも知れないからな」

 雅臣は感心した。エクステの方に意識が集中していた為か、神田のこの推測は盲点だった。人を殺すであろう効果を持つエクステとセットで使うこの通信機も、同様にその効果があっても変な話ではない。仮に犯罪組織がこれらをばら撒いているのならば、そこから足がつく様な真似はしないだろう。ここまで考えて不意に、雅臣の頭の中にある考えが浮かんだ。それは昨日のニュースの事だった。

「意外と、あんたの言う通りにそれは危ないシロモノなのかも知れないな」

「心当たりはあるのか? どんな物だと思う?」神田が尋ねる。

「例えば、爆弾かも知れない……」雅臣は思った通りの事を答えた。それを聞いて、神田はヒューと口笛を吹いた。

「話が随分飛躍したな。その根拠は?」

「全部話すと長くなる。それに、それを元にあんたが警察に情報を提供したら、俺の商売はあがったりだ」

「成る程、一理ある。俺に守秘義務を守れと言いたい訳だな?」

「そう言う事になるな。嫌なら他を当たる」そう言っては見たものの、雅臣には今現在で他に当ては無かった。神田は一瞬考えた様だが直ぐに答えた。

「分かった、約束しよう。俺はあんたに聞いた事は誰にも話さない。もちろん記録もしない。それに何よりも、俺は警察が嫌いだ」

「信用していいのか?」

「ああ、信用していい。Deus ex machinaに誓って。但し、口止め料は貰うよ」

「いくらだ? お手柔らかに頼むよ」雅臣の本心だった。

「そうだな……、電脳女王について知ってる事を教えてくれ」

「何だって?」神田の行動や言動には驚かされてばかりだと雅臣は思った。それと同時に雅臣は少し考えた。ここで神田に洋子について知っている事を話すのを洋子が黙っているかどうかだ。そして、その不安はある程度的中した。いきなり視界内に洋子のアバターが現れた。表情はかなり怒っている。

「どうしたんだ?」神田が尋ねる。かなり勘が良いヤツだと雅臣は思った。洋子のアバターは今にも雅臣に罵声を浴びせる準備をしている様だった。この場を取り繕う様に雅臣は答えた。

「ちょっと待ってくれ。今、彼女に聞いてみる」そう言うと、雅臣は芝居がかった仕草で目を閉じて自分の眉間に右手の人差し指を当てた。

「へー、彼女か。それに直ぐにコンタクト出来るのか。あんたなかなかクールだな」神田はニヤニヤしていた。

『ちょっと! どう言う事!』脳に響く様な洋子の問いかけだった。

『すまん。成り行きだ』さすがに雅臣も申し訳ないと思った。

『せんせーはあたしが神田の事嫌いだって知ってるでしょ!』

『知っているさ! だが、他に何か良い方法があるのか?』

『そんなの知らないわよ! とにかくせんせーがあたしの事を神田に話すのは嫌なの! 絶対にイヤなの! ゼ・ッ・タ・イ・に・イ・ヤ・な・の!』

 雅臣は途方に暮れた。洋子がこの神田の申し出を雅臣が受ける事に対して難色を示すのは、ある程度想定出来た事ではあったが、これ程とは思わなかったからだ。洋子のアバターは怒り心頭と言った具合だ。それにしても洋子のこのアバターのアニメーションパターンはいったいどれ位あるのだろう、と雅臣は不意に逃避にも似た考えに取り付かれた。

『ちょっとー! せんせー! 聞いてるの?』洋子は、不意にボーっとした状態になった雅臣に怒鳴る様に問いかける。

『ああ、聞いている。なぁ、お前が嫌がるのは十二分に解る。だがなぁ……、そこを何とか』

『何とか、って何よ!』

 雅臣はこのやり取りが不毛だと思った。仮に打開策があったとして、そこへ導く為の洋子を納得させる程の取引材料が無い。寧ろ、洋子に対してはあらゆる取引材料が無意味な物でしか無いであろうと想像する事は容易だった。彼女は何が目的で、何を望んでここに存在し自分と対話しているか、それらの事さえも今更ながらに、雅臣にとっては謎だった。

『じゃあ、何か俺にして欲しい事は無いか?』

 思わず雅臣は問いかけた。洋子のアバターが驚く。どうやら洋子にとって、この雅臣の申し出は想定外の事だった様だ。

『どう言う意味……』用心深く聞き返す洋子

『言葉通りと取ってもらって構わん』

 洋子のアバターが思案する様子をアニメーション表示するのを見て、雅臣はまだ一縷の望みはあると確信した。

『なぁ、どうする?』答えを急かす様にして、主導権を握ろうと雅臣は試みた。

『考えとくから、時間をちょうだい』

『いや、この状況だ。時間は無い。直ぐに決めてくれ』

『分かったわ、分かったわよ。せんせーにやってもらいたい事は考えておくから。これで良い?』

『それで良い』雅臣は安堵した。

「なぁ、どうだ?」雅臣の雰囲気が変わったのを察知してか、神田が声を掛ける。

「問題無い、電脳女王には許可を貰ったよ」

「ハッハー! やったゼ!」神田は喜びを隠しさえもしなかった。

「但し、俺も彼女の事に詳しい訳じゃない。それでも良いんだよな?」雅臣は念を押した。

「ああ、解ってる。じゃあ、口止め料と鑑定料は作業が終わったら渡してくれ」そう言いながら神田はエクステを雅臣に渡した。市販されている新品のパッシブメモリだった。これは、小細工はしていないと言う神田なりの意思表示だという事を雅臣は理解した。このエクステに洋子の情報を入れて神田に返せば良いのだろう。

「さて、何処まで話をしたんだっけ?」神田が尋ねる。

「いや、まだ何も話していない」雅臣が答える。雅臣は神田に何処まで話をするのが良いかを考えていた。そもそも、昨日の荒川和美警部補との会話では捜査情報として秘密にしておかなければならない様な情報事はほぼ、無いと雅臣は思った。ひょっとしたら、エクステを入手している分、こちらの方が警察よりも捜査状況としては先んじている可能性もある。

「よし、それじゃあ、このネタについて俺が握っている事について簡単に話そう」そう前置きをすると、雅臣は話し始めた。

「メガフロートで六人がそのエクステをつけた状態で死体で発見されている。六人ともエクステの接続口に焼けた跡があった事と接続していたエクステの内部が焦げていた事、そして司法解剖の結果補助電脳も焼けていた事から、原因はエクステの使用で何らかの過電流が発生したと警察は見ている」

「なるほど、これがそのエクステの新品って訳か。焼ける前の」

「そうだ。警察に捜査情報を提供としてそのエクステを渡して報酬を得る時に、そのエクステに俺が何かを行った、例えば使った形跡があると、警察は最悪の場合俺をマークするか、そうでなくても情報提供についての報酬減額は避けられないと思う」

「それで、封を切るなという訳か」

「納得してくれたか?」

「ああ。で、こっちの多分通信機だと思われるヤツは? 爆弾とか物騒な事を言ってたよな?」

「六人目の死体が発見されたのと同じ日に、〈出島〉の同じ現場近くで爆発事件があった。メガフロート署の刑事が爆発に巻き込まれている。俺の知ってる刑事だ」雅臣の説明を聞いておどけた調子で目を見開く神田。「これは、両方とも厄介なシロモノだな」神田の本心だった。

「片方は鑑定するにしても、ほとんどの機材が封じ手で、もう片方はどういじってもいいが、爆弾かもしれない、と」

「難しいか?」雅臣が尋ねる。

「エクステの方は簡易鑑定で良いんだろ? それなら問題ない。むしろ問題なのは通信機の方だな。本当に爆弾なのか?」

「いや、判らんよ。ただ、その可能性はあるって事だ」

「分かった。じゃ、両方とも預かろう。そうだなニ、三日かかるかもしれないが良いか?」

「ああ、良いよ」期間としては妥当かどうか判断が付きかねるが、雅臣としてはそう答えるしかなかった。

「よし、じゃあ住所と連絡先をここに書いてくれ。結果が分かったら連絡する」神田は、雅臣に鑑定申し込み書を渡した。雅臣はそれに必要事項をペンで記入すると神田に返した。

「他には何かあるか?」雅臣は尋ねた。

「いや、何も無い」

「じゃあ、後は任せた。期待してる」雅臣は店を後にした。

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