4話・心の重り
地下室のドアを塞いだあの日から数週間後、アダムの生活はガラリと変わっていた。自身の家に帰る事は少なくなり、毎日飲みに行っていたバーのマスターの家へ停めてもらい、その代わりにバーで食器を洗いや食器運びをして働かせてもらっていた。
「アダム、そろそろ休憩にするよ?」
「あぁマスター、正直言ってクタクタだ…」
「私はあんたが来るまで1人でやってたんだよ!」
マスターがにこやかにそう話す。
お昼は喫茶店としても店を開けているこのバーでは、朝から晩まで人が多く来店する。
マスターとアダムは午後のピークを過ぎ人気が無くなった時に一旦店を閉め、食事を取りバーの開店に向け準備を進めていた。
「いやぁ…うちで住み込みで働きたいと言い出した時は驚いたけど、いざ働いてもらうといいもんだねぇ!」
「ははっ…僕もそろそろ夢を見るのはやめようかなと思ってね…」
俯き加減でそういうアダムが、どことなく気になりマスターはアダムに話しかけた。
「なんだい?夢って…あんたと私の仲じゃないのさ…
なんか思い込んでんなら話してみな?」
その言葉は聞き覚えがあった。
いつもそうだった、酒を飲みヨレヨレに酔っ払い上手く聞き取れなくてもマスターはアダムに対してそう言ってくれていたのだ。
酔いの回っていない今だからこそ、その時にかけてくれた言葉がわかった。
そして何より、この人は自分と妻の事をよく知ってくれている理解者だ。
そう言われると、カウンター席へと座る。
アダムはこの日、今まで溜め込んでいた苦悩や鬱憤を話したのだ。
「僕はどうしようもないクズ人間だったんです…マスターもあの日、炎に包まれる僕の家の側で聞いたでしょう?あの苦しそうな叫びを…
なのに僕は…もう一度彼女に逢いたくて、自分の機械技術を使い彼女を"作ろう"という考えをしてしまった…"代わり"を求めてしまったんだあんなもの…ただの"モノ"なんだ…」
涙目になりつつも、そう語るアダムの横でマスターはアダムの前に手拭きを差し出しゆっくりとした口調で喋りかけた。
「あたしは悪い事だと思わないよ?」
「えっ…?」
「あたしだって、あんたと同じ立場だったらそうしたいと願うと思うさ…
でもあんたは、それを悪い事だと思える心を持ってる…そう思えるならあんたは"クズなんかじゃない"し、それも"モノ"なんて言っちまうのはダメだ」
その言葉を聞いた瞬間から、アダムは溜めていたものをすべて吐き出した。
目からは涙が溢れ、子供のような大きな鳴き声を上げた。
「よしよし、泣いてスッキリしちまいな?
…そうだ、どうせならそいつをあたしに見せておくれよ!
今夜は店仕舞いだ‼︎
アダム、あんたが作ったんだろ?だったらあんたの子供みたいなモノじゃないか!
拝めなかった分、楽しみにさせてもらおう!」
そう微笑みかけたマスターの笑顔は、アダムの内にあった重りを少しばかり解いた。
この人になら打ち明けても、あれを見せても良い
そう思ったアダムは、ゆっくりと頷き涙を手拭きで拭い立ち上がる。
そして2人は、closedの木札を店の前に掲げると暗くなり掛けの街をアダムの家のある町のはずれの方へと歩き始めたのだった。
普段から仕事をしている人間とはいえ、町外れのアダムの家までの道のりは少々きつく感じる。
マスターはかなりキツそうにアダムの後ろをついて行っていた。
そんな様子を見かねてかアダムは道の開けた場所に立ち止まって近くにあった切り株に腰掛ける。
「よし、少し休憩しようか」
「す…すまないねぇ…。何分あんたの家行くの久しぶりだからさぁ」
「まあ、マスターも僕に話しかけにくかったと思うからなぁ…」
「まあねぇ…。そういえば、あんた帝国軍に居たんだろ?辞めるのにすんなりと辞められたもんだねぇ?」
アダム達が住むシリシア帝国は、軍部に関してはかなり厳しい国として有名であった。
軍を辞めるには死ぬか、戦えない状態までならないと辞められないと言われているほどだ。
そんな中、アダムが手紙1つで軍を抜けられたのはかなり奇跡に近いだろう。
「まあね…でも、腐りきって廃人になった人間なんて軍からしても厄介払い出来てよかったんじゃ無いかな?」
確かにそう考えれば辞めれた理由にはなるかもしれない。
「…こ、ここまでくればあと半分くらいだ、着いたらご飯はご馳走するから頑張…」
少し、静寂の後にアダムが口を開く。
その時だった、ドォン‼︎と言う爆発音と共に2人の後方の空が赤く染まり、ウォオオオンッ‼︎と言う不気味なサイレンの音が鳴り響きブラキの街を包み込んだ。
「なんだいなんだいこりゃ‼︎」
「敵襲…⁉︎これは旧式砲弾の音……ベガン共和国か⁉︎」
「ベガンだって⁉︎でもあいつらがこんな辺境の街に攻撃してくる意味が無いだろう⁉︎」
「だけど現に攻めてきてる‼︎ この町に駐在しているのは一般兵だけだ…仮に攻めてきてるのが斥候部隊だとしても数分も持たない‼︎ 」
「だったら町の奴らが頑張って追い返さないとねぇ…‼︎」
マスターは立ち上がると後ろを振り返り街へ向かおうと歩き始める
「な…何やってるんだ⁉︎ 逃げないと殺されるぞ⁉︎」
「いいや、私は逃げないよ…。だって、アダムが居て…あの子がいた、街のみんなの笑顔で溢れてたこの町が好きだからねぇ…」
そう言い残しマスターは足早に街の方へと走り去って行ってしまった。
「馬鹿だよ…機人だって一機も居ないんだ…。一機も………‼︎」
アダムは脳裏に、この状況を覆せる案が1つだけある事に気がついた。しかしそれは殆ど賭けのようなものだ。
しかし、先程のマスターの言葉がアダムを突き動かす。
『いいや、私は逃げないよ…』
………
「僕も、死なないでくれ……‼︎」
アダムはそのまま家に向かって走り出した。