2話・現身
「ただいま…」
誰もいない家にアダムの声だけがむなしく響く、ここはブラキの町外れの高台にある、5年前に燃えてしまった家と同じ場所に立つアダムの家だ。
アダムが、燃えてしまった後にもう一度同じ敷地同じ間取りで家を作り住んでいる。
アダムは毎日帰宅すると、今はもう写真でしか見る事のできない妻へ毎日ただいまと声をかける。
これを済ませると、少しソファーで横になり数時間睡眠をとり彼はその写真を持ち自分の家の地下にある研究室へと足を運ぶ、これが主な彼の習慣になっていた。
研究室と言っても、ある一角を除いては一般的なイメージの通りに部屋に培養炉やコンピュータの類が並んでいるだけのもので、今は培養炉の中には何もなくコンピュータも電源が入っていない。
その理由は部屋の中心にある作業台の上にあった。
「今日こそ…」
作業台の上に寝転がり、眠っているそれはまるで生きているように美しい顔立ちをした一体の白を基調としたカラーリングの機人だった。
アダムはこの一体の機人を制作するために夜な夜なしっかりと家に帰っていたのだ。
と言っても、実は完成は随分と前にしていた。しかし何度も動力炉に火をいれても起動せずに目を開かなかったのだ。
もちろんこの日もアダムは起動を試みる。
持っていた写真を側に置き作業台に接続されたコンピュータを起動、そのままこの機人の起動を試みる。
「機人起動プログラム開始…
システムチェック…オールグリーン
エラーチェック…オールグリーン
バイオパーツ…ノンエラー
…全部揃っている…起きてくれ…」
アダムは起動プロセス開始ボタンを押した。家中の蛍光灯が激しく点滅し、電力がこの機人を起動するためだけに回されてゆく。
しかし、突然起動画面がストップし家の電気がすべて消えてしまい、次に光が戻っても何事も無く目の前の機人は起き上がらなかった。失敗だ。
アダムはこの原因不明の失敗を幾度となく繰り返してきた。
「また失敗か…
もしかしたら…また君に会いたいと望んだ僕が間違っていたのかな…
いくら似せて作っても…これは君じゃないんだから…」
アダムは自らの行動に嫌気がさした。何故なら自分が行っていることは、死んだ彼女の代わりに愛するものを自分で作ってしまったのだ。
それは、本当は彼女の事ではなく彼女という飾りが自分は欲しかったという事ではないのか。
同じような見た目の物があればそれで自分は満足と思ってしまっていたのではないか。
「違う…違う違う違う違うッ‼︎
僕は………僕は……」
否定したい気持ちとそれを完全に否定できる根拠が足りない。
感情と思考が入り混じり、アダムは次第に目の前の物体に凄まじい嫌悪感が出てきた。
「違う…違うんだ…
こんな物は違う…これは…ただの『機人』だ…」
先程まで扱っていたコンピュータや写真、機人に繋がるケーブルや周囲の培養炉をアダムは破壊した。
それは、唯の自身の解決しない悩みに対する八つ当たりのようなものなのかもしれないし写真越しに微笑む"彼女"への贖罪だったのかもしれない。
全てを壊し、機材の散乱した部屋に残った最後の"物"に振り向き近くにあった鉄製のハンマーを、刺さったガラス片等で血塗れの手で掴み振り上げた。
けれども、やはり同じ顔のモノを壊す気にはなれなかった。
ハンマーを下ろし、その場にへたり込み少し考えアダムは1つ結論を出す。
「ここにはもう…入らない…」
割れた写真立てと一緒に、研究室のドアが閉まり思い出は一体の機人と共に固く閉ざされた。