1話・思い出
〜星歴156年〜
ーシリシア辺境の街ブラキー
「マスター…酒をもう一杯…」
「およしなさいよアダムさん?もうそれで今日何杯目だと思ってるのかしら?」
「…マスターと俺の仲じゃないか、もう一杯」
「いーや、ダメだよ諦めな」
男はそう言われると懐から葉巻を取り出し咥え、火を付け嗜み始める。
この男は、ヴァンヘルト・シュタイツ・フォン・アダムと言い数年前までシリシア軍機人部隊作成博士長を務めていた男だ。
技術力、状況分析力共にズバ抜けて才能のあった人物だった。
しかし、数年前の事故で妻を失ってからと言うもの国の研究室にすら顔を出さず挙げ句の果てには軍を解雇されている。
それからと言うもの、年中夜以外は酒に溺れる毎日を過ごしており彼が昔から親しくしていたマスターのいるこのバーに来る常連となっている。
そんな彼だが、夜な夜なしっかりと家に帰っているので夜に何をしているのかが町内では噂になっており、1つによると経歴が経歴だし頭がおかしくなって大量殺人兵器でも作っているのではと噂になっている。
そのことを知ってか、亡くなったアダムの妻と良く話していたからかマスターはこの日アダムに1つの質問を投げかけた。
「時にアダムさん?私は貴方がしっかり夜には帰ってくれる態度の良い常連さんだという認識をしているのだけれど…一体夜はどうやって過ごしているんだい?こんなことを言っちゃ何だけど…あの家に夜1人は色々思い出すだろうし寂しくないのかい…?」
気まずそうにそう聞くマスター、何故なら彼はあの事件後もそこに家を自ら構え住んでいる。
普通であれば、何か文句の1つでも突かれてもおかしくない様な質問だ。
しかし、予想に反しアダムは落ち着いた声で返事を返す。
「…寂しくないのか。か…寂しくないと言う訳はないさ。ただ…あの日から実感がないんだ、僕はきっとあの日何処かのパーツが壊れてしまった不良品さ」
再び、葉巻を燻らせ黄昏るアダム。それを見てか、聞いてしまったためなのかマスターは一旦奥へ引っ込むと一杯のジュースを作りアダムへ提供した。
「今日でちょうど5年目だねぇ…飲みな…?あの子に私が教えた野菜ジュースさ、味だけなら変わんないだろ?」
「マスター…」
アダムはサービスで提供されたたった一杯の野菜ジュースをゆっくりと飲み込む。
「…そうだなぁ。確かに、この不味さは彼女が作ってくれたジュースに似ている…。ありがとう、代金は置いておくよ」
アダムは、その味に懐かしさを感じながら目頭がじんわりと熱くなるのをぐっとこらえる。
いくら知り合いとはいえ人前で涙を見せるのは恥ずかしかったし、みっともなかった。
ゆっくりと少しだが酔いが覚めた足取りで彼はバーを後にした。