2 自宅警備員
勇者と魔王が音響爆弾で起床を促される数カ月前。
魔族の暴虐に苦しめられていたとある王国は、勇者召喚を行うことを決意した。
召喚に知識のある術師や高品質の触媒などを国中からかき集め、自分たちの言うことを聞いてくれる都合の良い若者を召喚することに成功した。
勇者召喚は強者を求めて召喚する側に都合が良く、召喚される者は不可思議な力により大幅に身体能力が向上され、魔術すら扱えるように変異させられている。一つの問題点は勇者に自由意志があることだったが、多種多様な褒美を与えることを約束に魔族討伐に向かわせることが出来た。
そんな勇者が魔族討伐に旅立って思ったことが一つ。
「割に合わん」
化物と言っていいほどに強化された肉体を持って意気揚々と出発したはいいが、今まで命の取り合いをしたことがなかった勇者には、魔族との戦いは苦しさばかりが残るものだった。
魔獣相手ならはまだ我慢できる。命を狙われているのだから命を奪っても仕方がないという自己弁護で精神を維持することが出来た。しかし人型が相手となると魔獣とは比べ物にならないほどの罪悪感に苛まれる。
特に言葉が理解できるのが辛い。相手の悲鳴や断末魔が理解できてしまうのだ。自己弁護などあっけなく消えてしまった。
それでも勇者は進み続けた。
召喚された自分を労ってくれた騎士。化物のような力を持つ自分を根気よく世話してくれた侍女。勇者の到着に涙を流して喜んだ村人たち。
彼らを守るために勇者は戦い続け、そして魔王が住むとされるとある城に辿り着いた。
そしてーー
「私、魔王じゃないぞ?」
不可思議なことを効かれたように首をかしげる少女と出会った。
そして現在。勇者は魔王と一緒に朝食を頬張っている。
テーブルには石化鶏の卵焼きや巨大麦の粉で焼かれたパン、茸豚のベーコンに庭で取れた自家製レタスなどが並んでいた。
二人は食事に集中しているのか、一言も話さず朝食を咀嚼し続ける。
言葉を発したのは固形物をすべて平らげ、一息つくように水を飲んだ後だった。
「あー、食った食ったげっふ」
「汚いぞ勇さん。しかしメイド飯は相変わらずおいしいな。まさに美味というやつだげっふ」
「お褒めいただきありがとうございます。お二人共、口元にパンくずが付いております」
メイドに差し出されたナプキンで口を拭く二人。こうしてみるとまるで兄妹のようであった。
妹のように見える魔王は若干背が高い椅子の上で、子供のようなしぐさで足をブラブラさせる。
「さて、朝食も食べたことだしーー」
「待て」
魔王の言葉を遮った勇者は先程の和やかな雰囲気を消し去り、採光用の窓が取り付けられた壁を見つめていた。
「なにか来る、伏せろ!」
勇者は魔王に覆いかぶさるような姿勢を取る。メイドはいつの間にか二人の足元で膝を抱えて頭を伏せていた。
直後、壁が轟音とともに内部へ向けて爆散。その余波で天井の一部も崩れ去った。巨大な瓦礫が真横と直上から襲い来る中、魔王を庇う勇者の周囲には青い障壁魔術が展開され、圧死されることを防いでいた。
食堂の壁に空いた大穴からは外が覗ける。崩壊した食堂など関係ないとばかりに爽やかな朝日に照らされていた。そんな陽光の中、上空に影が一つ。
「ゲハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハっゲホゲホ………おうぇ」
高笑いのし過ぎでむせた影は人型で、背中に鳥のような羽が生えていた。頭の左右には巻角が生え、腕は人と同じような形をしており、足は蹄の形をしている。
人の顔に巻角を生やした蹄の足を持つもの。魔族領域に存在する悪魔であった。
名をーー
「我が名はぎゅーー」
「やかましいぞこの糞がぁ!」
瓦礫を粉砕して現れた勇者が悪魔の顎へ向けて拳を叩きつける。魔術により質量と速度が乗った拳は悪魔の頭を粉々に砕け散らせた。
その様子を崩壊した食堂で見ていた魔王は大きく頷く。そばにいるメイド共々、勇者に守られたおかげで無傷であった。
「うんうん、いつ見ても気持ちの良い一撃だ」
「左様で御座いますね」
「しかし勇さんは、ほんと強いな。見ろ、あの悪魔……名前は覚えていないが、あいつは悪魔の中でも上位に位置するやつだろう。それを一撃とはな」
「再生していますが?」
メイドの言葉通り、勇者に頭を消し飛ばされた悪魔は落下しながら頭部を再生させた。
「問題ない。あの一撃で悪魔には死のイメージが植え付けられたはずだ。そうなれば勇さんの敵ではないよ」
魔王の返答の正しさを証明するように、再生した悪魔の表情は冴えない。顔色は悪く、上空を浮遊する勇者へ向ける視線には敵意より恐怖が優っているようだった。
対する勇者は単純な敵意の身を持って睨み返している。
「城に訪れた時の勇さんは酷いものだったが、こうしてみるとやはり頼もしいな。最高の自宅警備員だ」
「左様で御座いますね」
食堂を破壊されたというのに呑気に話す二人は、数カ月前に思いを馳せる。
魔王を殺しに来た勇者が、初めて城を訪れたあの日。それは魔王という名を持たなかった少女が魔王となり、勇者という称号を持つ青年がただの自宅警備員へと変わった運命の日だったのだ。
結論:私にコメディーは無理。どうしても真面目な方へ行ってしまう……




