第9話 クエスト協会にて
ルヴェールのクエスト協会は、当然のことながらほぼシンデレラの騎士達で埋め尽くされていた。
時に他の姫の騎士が訪れることもあるようだが、通常は己の姫の拠点の町か、いばらの塔のあるアルトグレンツェのクエスト協会に行くものであるらしい。
見覚えの無い容貌から、最初は他の姫の騎士なのではと思われた様だが、その誤解もすぐ解ける。
アースの青い髪を、シンデレラから騎士の証として送られた碧のアイアンドレスが飾っていたおかげで。
だが、アースがシンデレラの騎士と判明した後も、まとわりつく様な視線に変わりはなく、アースはその口元にかすかな苦笑いを浮かべた。
「なんだか、イヤな雰囲気ですね」
アースの耳元でエインセールがささやく。
「まあ、自分で言うのもなんだけど、オレは得体が知れないからな。受け入れて貰うには時間がかかるさ」
苦笑混じりに、アースも小声で答える。
自分に降り注ぐ視線に、嫉妬の様な感情が多分に含まれているのも感じていた。
ぽっと出の得体の知れない新人騎士が、シンデレラの初めの騎士・アリスタに師事し、シンデレラ付きの騎士となったのだ。
他の騎士達にとっては、腹に据えかねる出来事であるに違いない。
それでも、直接アースに手を出してこないのは、騎士としての矜持があるから。
彼らはアースに嫉妬しながらも、見極めようとしているのだ。
アースがシンデレラの側に侍るにふさわしい騎士であるかどうかを。
その事をひしひしと感じながら、アースはクエスト窓口へと向かう。
まずは堅実にクエストをこなしていくことだ。
すぐに認めて貰えるとは端から思っていない。
実績を積み上げて、少しずつ認めて貰うしかない事は、アースにもよく分かっていた。
「クエスト協会に来るのは初めてなんだけど、クエストはどうやって受けたらいいのかな?」
窓口の前に立ち、その向こうで惚けたようにアースの美貌に見とれる協会職員の女性に話しかける。
「は、はいっ。えっと、ですね。クエストはいつもあそこの掲示板に張り出されているので、気になるクエストを見つけたら、そのクエストの書かれた紙をここまで持ってきていただいて、受注手続きをしていただければ依頼を受けられます。依頼を達成しましたら、またこの窓口にお越しいただければ報酬をお渡しします」
「なるほど。ありがとうございます。じゃあ、ちょっと掲示板を見てきます」
わたわたと、だが丁寧に説明をしてくれた職員に礼を言って、アースは窓口を離れて掲示板の前に立つ。
その大きな掲示板には、魔物討伐から物資の収集依頼まで、雑多な依頼がたくさん掲示されていた。
アースはそれらをざっと見回して、魔物討伐依頼が意外と少ないことに気がついた。
物資の収集依頼は結構あるのだが、討伐系に関しては討伐依頼数が妙に多かったり、強い魔物を指定しているものだったりと、あまり手頃な依頼が見あたらない。
知り合いの騎士がアリスタしか居ない現状、当然クエストは1人でこなすことになる。
まあ、お目付役としてエインセールは一緒に行くが、彼女を戦力としてあてにすることは出来ないし、危険な目に遭わせるわけにも行かないから無茶な依頼はさすがに避けるべきだという考えはちゃんと持ち合わせていた。
じゃあ、どの依頼を請け負うか。
アースは小首を傾げてしばし考え、魔物の種類が指定されていない、少々討伐頭数が多い依頼と、薬草の材料を集めてくる収集依頼を手にとって窓口へ戻った。
「とりあえず、この依頼を受けたいんだけど」
「はい。ちょっと確認しますね~」
窓口の女性はにこやかに用紙を受け取り、目を通す。
「あ、収集依頼も受けて下さるんですね。ありがとうございます」
「収集依頼は人気がないのか?」
「そうなんですよ。騎士様達には、自分も鍛えられて報酬も良い討伐依頼が人気で。収集依頼を受けて下さる方は少ないんです」
「ふうん。なるほどな。もし、なにか急ぎの収集依頼があれば、ついでに請け負うけど」
「え?いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて、薪の収集をお願いしても良いでしょうか?」
言いながら、彼女は手元のファイルの中から1枚の依頼書を取り出す。
「寒くなってきたせいか、ルヴェールの町で消費される薪のストックが心許なくて。受けていただけると非常に助かるんですが・・・・・・」
「受けるのはかまわない。だけど、どうやって運んだらいいかな」
薬草の素材はそれほどかさばらないだろうが、大量の薪を1人で運ぶのはさすがに骨が折れるだろう。
そんなことを思っていると、窓口の女性はきょとんとした顔で首を傾げた。
「えっと、魔法の鞄を使っていただければ簡単ですよ?薪は、収納可能なアイテムですから」
「魔法の鞄?」
魔法の鏡はシンデレラから支給されたが、魔法の鞄は初耳だった。
「あ、ご存じないですか?収納の魔法がかけられた鞄のことで、びっくりするくらいたくさんのものを収納出来るんですよ。もし、お持ちでないならこの依頼の必要物資として貸し出すことも可能ですが」
「魔法の鞄は、持ってないな。魔法の鏡なら、シンデレラ様に貰ったものがあるけど」
「魔法の鏡ですか!?も、もしかしてシンデレラ様に直通の?」
「ああ。確か、アリスタにも繋がるとか言っていた気もするかな」
「シンデレラ様とアリスタ様に直通の魔法の鏡をお持ちで、しかもアリスタ様を呼び捨てになさっているとは・・・・・・あなたは随分シンデレラ様の信頼が厚い騎士様なんですねぇ。よろしければお名前を伺っても?」
「すまない。自己紹介してなかったな。オレはアース。こっちの可愛い妖精はエインセールだよ。君の名前は?」
「私は、協会窓口職員のシャーリーと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、まだまだ新米の騎士だから色々世話になると思うけど」
新人騎士と窓口職員の、何となく微笑ましいとも言える会話に聞き耳を立てていた騎士達は、その会話の内容にざわざわとざわめいていた。
この中に、シンデレラから魔法の鏡を与えられている者など一人もいない。
大規模な作戦の時のみ、隊長格に貸し与えられたりもするが、作戦が終われば回収されてしまう。
魔法の鏡は貴重な魔法具なのだ。
そう簡単に一介の騎士が与えて貰えるものでは無かった。
なのに、あの新米はそれをいとも簡単に手に入れた。
運良くシンデレラに気に入られて取り入った、薄汚い奴。
嫉妬の思いは、騎士達の心を冷たく凍らせていく。
もちろん、すべての騎士が同じように嫉妬に狂っている訳ではなく、高潔な気持ちを維持している者ももちろんいる。
むしろ、そちらの方が比率としては多いだろう。
だが、そんな彼らも、積極的にアースの擁護に回ることはなく、ただ傍観の姿勢を貫いた。
擁護するにしても、批判するにしても、彼らはまだアースという人物を知らなすぎた。
本来ならば時と共にアースの人柄が伝わり、少しずつ味方が出来て、徐々にシンデレラの側近として認められていくことが出来ただろう。
だが、最近入った若い騎士達には素行が悪い者も多く、アースはすでに目を付けられつつあった。
シンデレラやアリスタがその事に気づいていたなら早々に対処してくれたのだろうが、彼女達は騎士達と一定の距離を置いており、そんなはぐれ勢力にはまるで気がついていなかった。
アースももちろん気づかない。
自分が思っていた以上の悪意にさらされていることに。
彼はにこやかに窓口での会話を終え、初めて受けた依頼を達成するために足早にクエスト協会を出て行った。
悪意あるいくつかの視線が、アースのほっそりとした後ろ姿をじっと見つめていたことに、最後まで気づかないまま。
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