第8話 魔法の鏡
騎士となり、部屋も与えられ、次は騎士としてなすべき事をしなければならぬと思い、アースは自分の直属の上司とも言えるアリスタに率直に訪ねた。
アースの問いに美しい女騎士はうーんと唸り、それから好きにしたらいいと思うわよと、そんなお言葉。
「好きにって。でもやるべき事があるだろう?たとえば、シンデレラ様の護衛とか、色々」
「しばらくの間はルヴェールの外に行く予定もないし、シンデレラ様が城の中にいる間の護衛は私1人で十分よ。むしろ、貴方がいても邪魔なだけだから、適当にやることを見つけて体でも鍛えておいたら?」
身も蓋もないアリスタの言葉に、アースは困った顔をする。
好きにしろと言われても困るのだ。
騎士などという職業はもちろん初めての事だし、変な事をしてシンデレラの顔に泥を塗るようなことはしたくない。
他の新人騎士達は、ひとまとめに先輩が面倒を見てくれるのだろうが、アースの存在はとにかくイレギュラーだ。
唯一つき合いのある先輩がアリスタなのだが、彼女はとにかく忙しい人なので面倒をかける訳にも行かない。
アースとて子供ではないのだから、付きっきりで面倒を見て欲しいとは言わないが、せめて行動のヒントくらいは欲しいと思うのだ。
素直にそう伝えると、アリスタも困った顔で考え込む。
「そう言われてもねぇ。私はシンデレラ様の初めての騎士だし、自分で言うのもなんだけど、ちょっと規格外だから。そうねぇ・・・・・・あ、そうだ。とりあえずクエスト協会の窓口に行ってみたら?あそこなら、初心者用から上級者用まで色々なクエストがあるし、きっちりクエストをこなしていけば、騎士としての格も上がるしね。あ、それに、あそこのクエストをクリアすると、報酬やローズリーフも貰えるはずよ」
「ローズリーフ?」
何となく聞いたことがある気はするが、それがなんなのかぱっと頭に思い浮かんではこなかった。
首を傾げて尋ねると、
「あら?アースは知らなかった?いばらの塔を攻略するためにはローズリーフが必要不可欠なのよ。まあ、私自身はシンデレラ様から離れられないから塔攻略に加わることは出来ないけれど、代わりに貴方が頑張ってくれれば助かるわ。シンデレラ様の望みは、いばらの呪いを解いて、親友であるルクレツィア様を助け出すことなんだから」
「なるほど。了解した」
アースは頷く。
ローズリーフを集めていばらの塔を攻略する、それがシンデレラの望みであるなら、全力で叶える努力をするだけだ。
それに、いばらの塔の謎を解くことは、アース自身のルーツに繋がるかもしれないのだ。やらない手はないだろう。
「ありがとう。助かるわ。まあ、貴方くらいの強さがあれば心配は無いだろうけど、あんまり無理はしないでね?そこの所は、エインセールちゃん、頼むわよ?」
「はいっ!!お任せください~。アースは、平気で無茶しちゃいそうですから、そこは私が気をつけておきます」
「なんだ。オレはそんなに信用ないのか?」
「はわわっ。そうじゃなくてですね。私も、アリスタ様も、アースが心配だって事ですよ」
「そうね。シンデレラ様も貴方のことは気にかけているんだから、くれぐれも無茶はしないように。あっ、と。後はこれを渡さないとね」
言いながら、アリスタは美しい装飾の手鏡を1枚、アースに手渡した。
アースはまじまじとそれを見つめ、裏返したり隅々まで確認するものの、特に特殊なものとは思えず、降参してアリスタの顔を見上げた。
「手鏡?」
「手鏡だけど、ただの手鏡じゃないわ。その手鏡に向かって、シンデレラ様を呼んでごらんなさい」
アリスタの言葉に、半信半疑ながらも言われたとおり、誰よりも大切な人の名前を唇に乗せる。
「シンデレラ、様?」
するとその瞬間、鏡の表面がわずかに波打ち、その表面にシンデレラの美しくも凛々しい顔が映るのを見て、アースは思わず目を見張った。
(ああ、アースか。アリスタから魔法の鏡を受け取ったんだな)
「魔法の鏡って、これのことですか?」
(ああ、そうだ。これから先、お前には任務で色々動いて貰うこともある。遠くにいてもお前と話せるよう・・・・・・コホン。お前に指示を出せるようにと思ってな)
「すごい、ですね。貴方の声がすごく鮮明で、まるで耳元で囁かれてるみたいです」
(みっ、耳元で!?まあ、確かに。お前の声も良く聞こえている。良く聞こえすぎて、ちょっと心臓に悪い気もするが)
「え?」
(い、いやっ。なんでもない。ああ、そうだ。この魔法の鏡はアリスタも所持しているから、アリスタにも通信できるぞ。困ったらいつでも私かアリスタに連絡しろ)
「はい。ありがとうございます、シンデレラ様」
にこっと笑って礼を言うと、シンデレラの頬がかすかに色づいたように見えた。
まあ、シンデレラがアースの発言ごときで頬を染めるとも思えないから、たぶん目の錯覚だとは思うが。
それにしても、シンデレラは相変わらず綺麗だった。
奇跡の様に整った顔立ちは凛々しい雰囲気ながらもどこか愛らしく、アースの視線を捕らえて離さない。
鏡の向こうのシンデレラは、アースにじっと見つめられて何となく照れたように咳払いをし、
(ところで、アースはこれからどうするんだ?)
そんな無難な問いを投げかけてきた。
アースは微笑み、
「今、アリスタともその話をしてました」
そう答えると、不意にシンデレラがちょっと不機嫌そうな顔をした。
「シンデレラ様?」
それに気づいたアースが首を傾げ、主の名を呼ぶと、
(アリスタのことは呼び捨てなんだな)
「は?」
(私のことは様付けで呼ぶのに)
「えーっと」
すねた口調のシンデレラの顔を見つめながら、アースは困ったように指先で頬をかいた。
アリスタを呼び捨てにするのは、同僚の騎士に様付けはおかしいと、そう言われて納得したから。
だが、相手がシンデレラとなればそうはいかない。
彼女は主なのだ。
呼び捨てなど、とんでもない!ことなのだが、シンデレラに悲しそうな顔をされると胸に応えた。
「その、シンデレラ・・・・・・」
(アース!!)
「・・・・・・様」
(・・・・・・アースは、結構意地悪だな)
ぬか喜びさせられたシンデレラが、可愛らしく唇を尖らせる。
アースは苦笑を漏らし、
「主を呼び捨てにする騎士なんていませんよ。アリスタだって、シンデレラ様を呼び捨てにしたりなんかしないじゃないですか」
(むう)
「むう、じゃありません。友達関係って訳でもないんですから」
(友達なら、呼び捨てにしてくれるのか?)
「まあ、そりゃあ。でも、シンデレラ様はオレの主で姫なんですから」
(けちだな)
「けっ・・・・・・まあ、それでいいですよ。どうせオレはケチな男なんです」
ふんっと開き直ったように言い切る様子が可愛くて、シンデレラは思わず笑う。
そんな可愛らしいのに己を男と言い切るアースを、愛おしいと思った。
己の騎士として、人として。
(あんまりアースを困らせてもいけないな。アリスタに怒られそうだ。で、どうすることに決めたんだ?)
シンデレラは柔らかく笑い、話を脱線する前に戻した。
「えーと、とりあえずクエスト協会のクエストを消化しながら、騎士としての腕を磨こうかと。ついでにローズリーフも貯まりますし」
ローズリーフという単語を口にしたアースを、シンデレラはじっと見つめ、それからふっと笑った。
「そうか。アリスタから聞いたのか。私の目指すところを。私の、望みを」
「その、まあ」
照れた様子を隠すため、曖昧に答えるアースを、シンデレラはまっすぐに見つめた。
「私の望みを、叶えてくれるか?アース」
眼差しと同様にまっすぐ届いた言葉に、アースはしっかりと頷く。
「必ず」
オレの、命に代えてもーその言葉は口には出さない。
アースがその言葉を口にすると、シンデレラが悲しそうな顔をすることは分かっていたから。
オレは、死なないのになーそんな風に思いながらも、そんなアースをただの人のように心配してくれるシンデレラのために働けるのは嬉しいと思った。
「ありがとう、アース。私もたまにクエストを発注することがある。その時は頼むぞ?」
「もちろん。真っ先に受注して、誰より早く依頼を終えてみせますよ」
シンデレラが爽やかに笑い、アースも笑みを返す。
アースの騎士生活は始まったばかり。
だが、愛する主のため、他の誰よりも努力しようと新たに心に誓うのだった。
読んで頂いてありがとうございました。