第7話 騎士になった日
数日かけた魔物狩りは、なんの滞りもなく終了した。そう、何一つ問題なく。
だが、残念ながらアリスタの個人的な任務は達成できなかった。
結局、アースの性別が男女どちらなのか分からないまま、本日アースは正式にシンデレラから騎士の叙勲を受けることとなる。
アースと同時期に騎士候補となった者達は、一足先に叙勲式は終わっていた。
騎士長でもあるアリスタから直接指導を受けてはいるものの、アースは同期の騎士達より一足遅れて出発点に立つ事となった。
が、アースはそんなことを特に気にすることもなく、シンデレラの前に立つ。
彼は誰と競うつもりもなかった。
望みははっきりしている。自分の過去を取り戻すことと、シンデレラを守ること。
ただそれだけ。
それに、競う必要もないことだ。
彼らは、アースと同じくシンデレラを守るために存在する、彼女の騎士なのだから。
「アースガルド、姫の前へ」
アリスタの声に促され、アースはシンデレラの前に進み出てひざまづき、主の声がかかるのを待つ。
「アース、これからお前の叙勲式を行う。顔を上げていいぞ」
シンデレラの、涼やかな声。
アースは顔を上げ、真っ直ぐに愛しい姫の顔を見上げた。
数日ぶりに見る主の顔は、相も変わらず美しくも慕わしい。
胸が締め付けられるような想いに、アースはシンデレラに気づかれないように苦笑する。
出会った日に心を鷲掴みにされてから、想いは募るばかりだ。
身分の違う、結ばれようのない想いだと言うのに。
でも、それでもいいのだ。
自分は今日、彼女の騎士となる。
彼女の傍らで、彼女の一振りの剣となり、彼女の役に立てるなら、それで満足だと思う。想いを悟られ、退けられるより余程良い。
側に、置いて貰うだけで良い。そこから、彼女の幸せを見つめられればそれで。
たとえ、彼女が誰か他の男のものになったとしても。
もしそうなったとしても、彼女が幸せでありさえすれば、きっと耐えられるとアースは思った。
そんな想いを込めて、シンデレラの瞳を見上げた。
蒼玉の瞳と紫水晶の瞳が束の間交錯する。
アースはシンデレラの瞳をじっと見つめ、それから微笑んだ。
その微笑みを受け、シンデレラは少したじろいだように見えた。
だが、すぐにいつものように、凛々しく笑い、
「お前だけ叙勲が遅れてすまないな、アース。だが、今日からお前も正式な騎士となる。さあ、受け取れ」
一見髪飾りにも見えるような、碧く透き通るような金属で出来た頭装備を差しだした。
アースは両手でそれを押し抱くようにして受け取り、改めてまじまじと見る。
華奢な作りの防具だ。装飾的で美しく、だが確かな力も感じさせた。
「あの、これは?」
「碧のアイアンドレスだ。我が騎士となった者に一番はじめに渡す事としている。アースはちょうど頭装備をつけていないし、早速つけてみたらどうだ?防御力も中々のものなんだぞ?」
ほほえむシンデレラに促され、アースはその碧のアイアンドレスを頭に装着してみた。軽いし、つけている違和感もない。
アースは小さく頷き、
「とてもいい感じです。ありがとうございます」
シンデレラを見上げ、礼を言った。
「礼などいいさ。それをつけていれば、私の騎士という身分証明にもなる」
「大事にします」
「うん。それにしても、なんというか、ものすごく良く似合ってるな。うん。可愛いな」
シンデレラは素直にほめた。
そうして誉めてから、アースがなんだか複雑な顔をしているのに気がついてはっとした。
もしかして・・・・・・いや、もしかしなくても、男性に可愛いは誉め言葉にはならないかもしれない、と遅ればせながら気がついたのだ。
だが、シンデレラに悪意は無かった。
本当に、心の底から可愛いと感じたから言葉に出てしまったに過ぎない。
過ぎないのだが、アースがもし不快に思うのなら謝らねばと、シンデレラはやや慌てて口を開いた。
「か、可愛いは一応誉めているつもりなんだ。そのアイアンドレスは、似合わない奴は本当に似合わないから」
そんな言い訳ともつかない言葉を漏らしながら、ちらりとアースの様子を伺うシンデレラ。
「そうですね。そのアイアンドレスはごっつい男には本当に似合いませんよねぇ。アースには良く似合ってますが」
シンデレラをフォローするようなアリスタの言葉に、アースは目を丸くする。
「ごっつい男・・・・・・オレが女の子と思われた訳じゃなくて、これって男女共用なんですか?」
「ん?そうだが。何か問題があるか?」
「問題大ありです。ごつい男の頭にあれを乗せると、なんというか破壊的な絵面で私は非常に不快です」
アリスタが渋面で不快感を示せば、シンデレラは訳が分からないとばかりにきょとんとした顔をする。
「そんな事はないと思うけどな。なあ、アース」
話を振られ、アースは苦笑した。
正直、このアイアンドレスを頭に乗せているゴツい男達の集団など、あまり見たくないと思うのだ。
正常な美意識を持つものであれば。
「不快、とまでは言いませんけど、あんまり見たいものでもないかなぁ、と」
アースの意見に、シンデレラは小さく嘆息する。
「なんだ、お前もそう言うのか?まあ、確かに男性の騎士にはこのアイアンドレスは不評ではあるんだ。中々身につけてくれなくてな。女性騎士には人気だし、可愛いと思うんだがなぁ」
「や、可愛いとは思いますけどね」
「アースはつけてくれるか?」
「えーっと、オレがつけてておかしくないなら」
どうでしょうか?と小首を傾げてみれば、
「良く似合ってるぞ!」
「非常に可愛いと思います」
シンデレラとアリスタからすごい勢いで太鼓判を押された。
そんな2人の様子に思わず苦笑がこぼれた。自分の容姿が中性的な事は分かっているし、まあ、その評価も仕方なかろうと。
じゃあ、ありがたく装備させてもらいますと頭を下げるアースに向かって、アリスタが何気なく爆弾を投下した。サラッと。主であるシンデレラが止める間もなく。
「ところで、ぶっちゃけ、君は男と女、どっちなんです?」
「ア、アリスタ!それは、機を見て私から聞くと!!」
「いーえ、そう言いながらも、あなたはきっとアースに遠慮して中々言い出せないとみました。騎士寮の部屋の問題もありますし、風紀の問題もありますから、そこのところをはっきりさせないと。さあ、アース。答えて下さい。男子寮と女子寮、どっちに部屋を用意したらいいですか?」
アリスタにはっきり問われても、アースが慌てる事は無かった。
いずれは話さなくてはならないことだし、もし問われなかったら自分から明かすつもりでもあった。
アースは覚悟を決めるように小さく息を吸い込み、
「どっちでもありません」
はっきりした声でそう答えた。
「は?」
「え?」
アリスタとシンデレラの動きが止まる。思考が追いつかないのだろう。
先に再起動したのはシンデレラの方だった。
「どっちでもないというのは、どういう意味なんだ?アース?」
その問いかけに、アースは小さく肩をすくめる。ちょっと困ったように。
「そのままの意味です。それともどっちでもあるって言い方の方が正しいのかな。オレにもよく分からないんです。オレの性を、どう表現すべきか。アルトグレンツェのオズヴァルド様は、オレのことを両性具有って言ってましたけど」
「両性具有・・・・・・どちらの性も持っている。つまり、男でもあり、女でもあると言うことか?」
「はい。隠すつもりはありませんでした。けど、報告が遅れた事はお詫びします」
「いや、それは構わない。性別など、些末な事だ。男だろうと、女だろうと、両性具有だろうと、お前はお前だ」
シンデレラは驚きを押し隠し、微笑む。アースを安心させるように。
「そうですね。アースはアースです。ですが、寮はどうしましょう?どっちに入寮しても、問題が起きそうな気がしますが」
先に体勢を立て直したシンデレラの後を追うように、アリスタも気持ちを立て直して答え、更に寮問題について言及する。
2人が、彼の性別に関して寛容な反応をするのを見て、アースは少し驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
男でもあり女でもある。それが異常な事は記憶が無くても分かる。
だが、目の前の2人はそんな事を気にせず、アースはアースだと言ってくれる。その事がただ純粋に嬉しかった。
「そうだな。女子寮は、まずいか。もちろん、アースのことは信用しているが」
うーむと唸りながら、シンデレラはちらりとアースを見た。
少年と言うには美しく、少女と言うには凛々しすぎる美貌だ。年頃の女達には目の毒だろう。何より彼にはついているのだ。女にはない、余分なものが。
彼の理性は信用するが、女子寮の中で彼の争奪戦が勃発する可能性はないとは言えない。試してみるにはリスクがあると、シンデレラは考えた。
「オレは男子寮でも構いませんよ?」
シンデレラの視線を受けて、アースはさらっと答える。
体はどうであっても心は男のつもりだ。男の集団でも問題なくやっていける自信はあった。
が、シンデレラはその言葉を受けて渋い顔をする。
自慢するわけではないが、シンデレラが力重視で選んだだけあって、男性の騎士達はみな筋骨たくましい男ばかり。
簡単に言ってしまえば、男子寮にいる連中はみんな脳筋マッチョばかりなのだ。
そんな集団に、アースのような可憐な花を放り込んだら一体どうなってしまうのか、考えるだけで恐ろしい気がした。
シンデレラは少し青ざめて、プルプルと首を左右に振る。
彼女とて、自分の騎士のことは信じている。
だが、それとこれとは話は別だ。
あのゴツい集団に入れるには、アースは異色すぎる。彼らの理性が、どこまで持つか試すつもりは、シンデレラには無かった。
となれば、取れる手段は後1つ。シンデレラは小さく頷き、アリスタを振り返った。
「アリスタ。アースの部屋は城に用意する。確かお前の部屋の隣が空いていたな?」
「はい。空いております。ベッドも備え付けてありますし、少し片づければ今日から使えますよ。今までアースに使わせていた客室からすぐに荷物も運ばせましょう」
シンデレラの言葉に心得たとばかりに頷く女騎士。
彼女ももちろん、アースを男臭い場所に入れるのは反対だった。
その男臭さにアースが染まってしまうのは考えるだけで嫌だったし、男しかいない空間でのアースの存在は刺激的すぎると言うものだ。
アリスタは、男の下半身というものをまるで信用していなかった。
まあ、それと同じものがアースにもついているのだが、その事は意図的に考えないようにした。
アースの半分は女の子で出来ているーその事実だけで、アースを嫌悪の対象から除くには十分な理由だったから。
「アースは私の直属の部下とし、シンデレラ様付きの騎士と言うことにすれば良いでしょう。まあ、少々の嫉妬はあるかと思いますが、それくらいは仕方ないでしょう」
「そうだな。その辺りはアリスタに任せる。では、アース。お前は今日から正式に私付きの騎士となり、この城で暮らすこととなった。改めて、よろしく頼む。分からないことは私かアリスタに聞けばいい。だが、今日は取りあえず早く休め。騎士の任務は明日からだ」
目の前で、口を挟む間もなくあれよあれよという間に己の処遇が決まっていき、ぽかんと口を開けたままのアースにシンデレラはにっこり笑いかける。
いつの間にか、シンデレラの後ろに控えていたはずのアリスタの姿は見えなくなっていた。
恐らく、諸々の手続きや準備のために先に出て行ったのだろう。
アースの目線を追い、アリスタの姿が見えないのを見て、シンデレラは少し困った様な顔をし、
「まあ、取りあえずアリスタが戻るまでもうしばらく私につき合え。そうだな。茶でも飲むか」
気を取り直したようにそう言って笑い、愛用のティーセットを持ち出した。
元々シンデレラの為に用意されていたのだろう。
彼女がティーポットを傾けると、まだ十分に暖かい液体がカップに注がれた。
「ん。まだ暖かいな。私のお気に入りのハーブティーだ。さあ、遠慮せずに飲め。気持ちが休まるぞ」
促され、素直にティーカップを受け取り口を付ける。
熱すぎず、冷めすぎてもおらずちょうどいい温度のお茶は、彼女の言うとおり、心が落ち着くようないい香りがした。
2人だけのお茶会は、アリスタが諸々の準備を終え、アースを迎えに戻ってくるまでしばらくの間続いたのだった。
こうして見習い騎士は、正式なシンデレラの騎士となった。最初の騎士・アリスタに次いでシンデレラに近い騎士として。
やむを得ない事情であるが、端から見れば完全な特別扱い。
その事は騎士たちの間に波紋を呼び、それが後にどんな事態を引き起こすことになるのか、この時の2人には想像もつかない事であった。
読んで頂いてありがとうございました。