第6話 騎士見習の日々
「ここが私の家だよ、アース」
シンデレラに連れられ、彼女の家へと連れてこられたアースはぽかんと口をあけ、想像以上に立派な家に素直な驚きを示した。
シンデレラが家と称したそれは、正確には城と表現すべきものだった。
(そりゃそうだよな。だってシンデレラ様はお姫様なんだから)
エインセールと並んで、同じようにぽっかり口を開けたまま、心の中で呟いた。
そんな二人の様子を見て、シンデレラが目を細めて笑う。その優しげな笑みを見て、アースは頬が熱くなるのを感じた。
青と白を基調とした優美な城は、シンデレラにとても良く似合っていた。
「さあ、遠慮せずに入ってくれ」
言いながら、シンデレラはアースを先導して歩く。
なれた様子の彼女の後を、アースはキョロキョロと周りを見回しながら、まるで生まれたての雛のように付いて歩く。
その様子を肩越しに眺め、シンデレラはクスクスと本当に楽しそうに笑うのだった。
謁見の間にはシンデレラの為の優美な椅子があり、彼女はそれに腰を下ろすと小さく息をついた。
今回の遠征は長かったので、やはりそれなりに気疲れをしていたようだ。自分の城に戻ってきたらどっと疲れが押し寄せてきた。
シンデレラは周囲の者に気づかれないように痛み始めたコメカミをこっそり揉みほぐしながら、所在なさげに立つアースにそっと微笑みかけた。
「落ち着かないか?」
「う・・・・・・その、はい。こういう場所に来たのは初めてで」
以前の記憶がないのだから初めてもなにもないものだが、兎に角落ち着かないのは確かだったので素直に頷く。
そんな真っ直ぐな返答に、シンデレラは楽しそうに笑った。
「大丈夫。すぐに慣れるさ。当面、騎士寮の部屋の準備が出来るまで、お前はここで寝泊まりしてもらう予定だからな」
「ここで、ですか?」
「そう嫌そうな顔をするな。滅多にない機会なんだぞ?それに、当面お前の面倒はアリスタに任せようと思っている。アリスタもここで寝起きしているからお前もここにいた方がいろいろと都合がいい。騎士としての初期研修を終えるまで、少しの間我慢してくれ」
「アリスタ様が、オレの研修を?」
アースは目を見開き、シンデレラの脇に控える美しき騎士を見た。
彼女はシンデレラの筆頭騎士だ。シンデレラの信任も篤く、彼女の傍らにはいつだってアリスタの姿がある。
「でも、それだとシンデレラ様の護衛が」
「なに、しばらく城を離れていたから書類仕事が貯まっていてな。私はどのみち城の執務室に缶詰だ。その間、アリスタ程の人物を遊ばせておくのももったいないだろう?」
「えっと」
シンデレラの言葉になんと返して良いか分からず、アースはアリスタを見る。
アースの視線に気づいたアリスタがふっと笑い、
「シンデレラ様のお気に入りを任せて頂けるとは、これは腕によりをかけて鍛えないといけませんね」
言いながら、からかうようにシンデレラを見た。
「お、お気に入りとかそういうんじゃなくてだな。その、まあ、なんだ。と、兎に角、アースのことは任せたぞ、アリスタ」
ほんのり頬を赤く染め、少し慌てたようなシンデレラの言葉。
それを受けて、アリスタは妹を見る姉の様に優しく微笑み、頭を下げた。
「仰せのままに。アースの事は私が責任を持ってお引き受けします」
「あ、ああ。頼んだぞ」
シンデレラはこほんと咳払いをし、
「そう言う訳だ、アース。アリスタ以上の騎士を、私は知らない。アリスタから騎士というものをしっかりたたき込んでもらえ」
今度はアースに向かってそう言った。
アースはうなずく。そして、
「はい。シンデレラ様が誇れる騎士に少しでも早くなれるよう、しっかり鍛えて貰ってきます」
片膝を付いて頭を下げてから、再びゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにシンデレラの顔を見上げて微笑むのだった。
アリスタに付いての騎士修行は早速翌日から始まった。
まずは座学で、騎士としての有り様を叩き込まれることから始まった。
退屈かと思いきや、アリスタは意外に博学で話も面白かった。
そんな訳で座学の時間はあっという間に過ぎ、続いては基礎的な戦闘訓練が行われた。
アースは双剣を使うが、騎士としてはどんな武器でも扱えた方がいいというアリスタの考えにより、様々な武器の扱い方を教えて貰った。
アースが騎士になって最初の1週間はそんな感じで忙しく過ぎていった。
いよいよ明日から実地訓練となり、アースとアリスタが共に魔物討伐に出る事が決まった日の晩、アリスタはシンデレラに呼ばれて彼女の私室を訪ねていた。
「どうだ?アースの様子は」
開口一番にそう問われ、アリスタは思わず苦笑を漏らし、だがそれを主に悟られないように一瞬で取り繕うと、
「頑張っていますよ。戦闘のセンスもかなりのものですし、彼はいい騎士になると思います」
素直にそう答えた。
シンデレラを喜ばせようとしての言葉ではない。
アースという新参の騎士候補は、アリスタにそう言わせるだけの実力を有していた。
「そうか、アリスタがそう言うなら安心だな」
「ええ。彼は良い素材ですよ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「私はどうも、彼が性別を偽っているような気がするのです」
「性別を?」
「はい。まあ、騎士としての実力があるのなら男でも女でも構わないのですが、騎士寮を割り振るには少し不都合があるかと」
「アリスタはアースが女だと思うのか?私には線が細いだけの少年に見えるが。なぜ、そう思う?」
「確証はありません。まあ、強いて言うなら勘でしょうか」
「勘?」
「ええ。私は男が嫌いなので。アースがもし男であるなら、いくら美しくても長時間一緒に居るのはこれまでの経験上耐えられないはずなんです。なのに、なぜか耐えられているので、おかしいな、と」
そう言われて、シンデレラはアリスタの性癖の事を思い出していた。
普段思い出す必要がないからすっかり記憶の彼方にしまい込んでいたが、アリスタは極度の男嫌いだった。
男が怖いわけではなく、ただ嫌いらしい。どうも生理的に耐えられないとか。
短時間であれば何とか我慢が効くらしく、普段の応対は相手が男でもそつなくこなすので、すっかり忘れていた。
「アリスタ、私がアースをお前に任せようとした時、よく黙って受けたな?」
「まあ、アルトグレンツェからルヴェールへ戻る道中も普通に接せられましたし、二人で過ごして大丈夫かどうかも試してみたくて」
「で、大丈夫だったわけか」
「はい」
真面目にうなずくアリスタを見ながら、シンデレラは小首を傾げて質問を投げかける。
「たまたまアースが特別だったんじゃないか?」
「私もそう思って色々試してみました。手取り足取り腰取り武器の扱い方を教えてみたり、不必要に密着してみたり。でもまるで嫌悪感がないんですよねぇ」
「ただ、お前がアースに惚れているだけじゃないのか?」
そう言いながら、何となく胸がちくりと痛んだ。
だが、それがなんの痛みかを考える間もなく、アリスタの反論が返ってくる。
「惚れてるって感じでもないんですよ。別にドキドキする訳でもないですし。万が一、私の男嫌いが治っている可能性もあるかと考えて、空き時間に他の新人騎士の男子を捕まえて、アースにやった様なことをしようとしたんですが、数秒で蹴り倒したくなりました」
「そ、そうか」
「だから、やはりアースは女の子なんじゃないかなぁと、私は思うわけですよ」
「なるほどな。だが、どうする?どうやって確かめるんだ?」
「一応明日から、アースと二人で魔物狩りをする予定ですから、隙を見て確かめてみようかと。それで無理なら、シンデレラ様にお願いします」
「ん?私にどうしろと?」
「素直に聞いてもらえれば結構です。お前は本当に男なのか、と。アースは正直に答えると思いますよ。貴方の、言葉になら」
そう言って、アリスタは意味ありげに笑い、もう夜も遅いからとシンデレラの返事も聞かずに部屋を出て行ってしまった。
シンデレラは、アリスタの残した言葉を反芻する。
アースの性別などどちらでも良いと思う。どちらにしてもアースはアースなのだから。
シンデレラが気にしているのは別のことだ。
アリスタが、貴方の言葉にならアースは正直に答えると言った、その言葉。
果たして、アースはシンデレラに真実を語ってくれるのだろうか。
もし彼が性別を偽っているのなら、偽らざるを得ないなにか事情があるのだろう。
シンデレラはアースの主となったが、まだ出会ったばかりだ。
その出会ったばかりの自分に、アースは偽りのない言葉を返してくれるのか、その事が何となく不安だった。
小さく息をつき、シンデレラは寝台に横たわる。
頭に浮かぶのはアースの顔だ。なぜこうも、あの新米騎士が気にかかるのか。
自分に問うてもその答えは出てこない。まだ。
シンデレラは目を閉じ、アースの顔を脳裏に描く。
鮮やかな蒼い髪。真っ直ぐな強い光を宿す菫色の瞳。
彼が笑うと、形のいい唇が柔らかなカーブを描き、真珠の様な白い歯がちらりと唇の隙間から覗く。
シンデレラは、アースの笑った顔が好きだった。
気がつけば、いつの間にかシンデレラは眠りに落ちていた。アースの顔をはっきりと頭に思い浮かべたままに。
読んで頂いてありがとうございました。