第4話 騎士への道
アースの秘密がまた一つ明かされます。
「ほら、アース。こっちですよ」
シンデレラとの束の間の邂逅の後、アースはエインセールに連れられて再びアルトグレンツェの中を歩いていた。
そうしてたどり着いたのはある一軒家。
エインセールの家なのか、彼女の知り合いの家なのか、当然のように扉を開けて中に入っていく小さな妖精を、アースは追いかける。
「オズヴァルド様~、いらっしゃいますかぁ?オズヴァルド様ぁ~?」
呼びかけながら、エインセールは家の中をうろうろする。
その様子から察するに、この家はエインセールのものと言うよりも、そのオズヴァルドという人物のものなのだろう。
そんなことを考えながら、アースは改めて周囲を見回した。
やや乱雑な印象を受ける家だった。だが不快感は無い。むしろ何となく落ち着く感じ。
この家は乱雑だがきちんと清潔感がある。掃除は定期的にきちんとしているのだろう。
ならなぜ、これほど乱雑な印象を受けるのか。それは至る所に適当に積まれた本のせいだ。
この家の主は、よほど本が好きなんだな。そんなことを思い、思わず口元に笑みが浮かんだ。
エインセールは姿を現さない相手を捜して、先に行ってしまった。
取り残されたアースがなんとはなしに近くにあった本を手に取り、開いた瞬間、
「君も、本が好きなのかい?」
そんな声が聞こえてきた。
内心驚きつつも、落ち着いて声がした方を見ると、階段を下りてくる落ち着いた要望の男性の姿。
眼鏡をかけて理知的な印象のその男性は、人懐こくにこりと笑った。
「あなたが、オズヴァルド?」
「おや?私の名前を知っているんだね。そういう君は誰なんだい?」
「オレの名前はアースガルド。ここにはエインセールにつれてきてもらった」
「ふうん。エインセールがねぇ」
いいながら近づいてくる男性を、アースは静かに見上げた。
オズヴァルドは、端正な顔を興味津々という風に輝かせ、薄汚れた異邦人を見つめていた。
「あー、オズヴァルド様!!」
そこへエインセールが戻ってくる。
オズヴァルドはにっこり笑って小さな妖精を迎え、
「やあ、エインセール。またなにやら楽しいやっかい事を持ち帰ってくれたみたいだね。さ、事情を聞かせてくれ」
そう言って、エインセールとアースに事情の説明を求めるのだった。
「なるほど。もしかしたら君は呪いの向こうからやってきたのかもしれないね」
「呪いの、向こう?」
アースは小さく首を傾げ、そんな様子をオズヴァルドが楽しそうに見つめる。
「そう、呪いの向こうだ。いばらの森の茨の向こうは呪いが広がっている。まあ、あちらに行って帰った者も、あちらから来る者もいないわけだから、そう言う噂があると言った方が正しいのかもしれないけれど。もし君が茨の向こうから来たのであれば、君は唯一呪いから逃れた者なのかもしれない」
「ただの記憶喪失の厄介者かもしれないよ?」
そう返すと、
「アースは厄介者なんかじゃありません!!」
とエインセールがぷんぷんと擬音が聞こえそうな感じで返事を返し、
「そうだね。君はただの厄介者というには存在感がありすぎる」
それに続いてオズヴァルドもなんだか訳の分からない返答を返してきた。
そしてそのまま、彼はエインセールに向き直り、
「エインセール。彼をいばらの塔へ案内してあげなさい」
「いばらの塔へ?でもあそこは・・・・・・」
「アースなら、いばらの呪いを退けることができるかもしれないよ?試してみよう」
オズヴァルドがいたずらっぽく笑う。
「えーっと、じゃあ、行ってみます?アース」
エインセールに問われたものの、記憶のないアースはいばらの塔自体知らないし、判断しようがない。
困ったようにオズヴァルドを見上げると、なんだか意味ありげに微笑まれた。
小首を傾げてしばし考え、それから頷く。
とりあえず行ってみて、自分の目で見て、それから判断すればいい。
アースはエインセールに向き直り、
「そうだね。とりあえず、一度行ってみよう」
そう声をかけ、彼女とともにオズヴァルドの家を出た。いばらの塔を目指して。
いばらの塔へ、行くことは行った。
だが、結果として何か特別なことが起きるわけでもなく、当然のことながら中へ入ることも出来なかった。
やっぱりなぁという顔をしているエインセールに問うと、いばらの塔へは6人のいずれかの姫の騎士のみ、出入りが出来るのだという。
騎士でないアースが入れないのは自明の理だった。
あきれ混じりの吐息を漏らしつつ、エインセールと共にオズヴァルドの家に戻ると、
「あ、やっぱりだめだったか」
返ってきたのはそんなあっけらかんとした言葉。
「アースならもしかしたらと思ったんだけどね」
ごめんごめん、と笑う顔を見ているうちに怒る気も失せて、アースはエインセールと顔を見合わせて小さく笑った。
オズヴァルドの事を、何とも憎めない人だと思いながら。
そんな二人を前に、オズヴァルドの言葉は続く。
「でも、君がいばらと縁が深いと思う気持ちは今でも変わらない。アース、君は騎士となり、塔の攻略に参加すべきだ・・・・・・と私は思う」
「オレが、騎士に?」
「ああ。6人の姫達の誰かに仕えるんだ。君は、どの姫を選ぶ?」
どの姫を?そう問われた瞬間、脳裏に浮かんだのは金の輝きと蒼玉の瞳。美しさと凛々しさを併せ持つ美貌と清廉な精神を持つ心優しき姫の顔。
アースはその面影を惜しんでしばし目を閉じ、それから菫色の瞳でオズヴァルドの顔を見上げた。
「誰かを選べと言うのなら、オレはシンデレラ様を選ぶ」
「なるほどね。そう選択するか。別の選択をしてもおもしろかったとは思うが、これも重畳だ。私は君の選択を支持しよう」
「ありがとうと、言うべきなのか?」
「必要ないさ。さて、どうする?」
「早速行って、シンデレラ様に騎士にしてもらう」
言うが早いか、早速行動に移そうとしたアースを、オズヴァルドが押しとどめた。なぜ?と見上げるアースを見て、オズヴァルドは苦笑を漏らした。
「その格好のまま、行くつもりかい?」
「だめなのか?」
「だめじゃないが、人に頼みごとをするときは心証というものも大事なんだよ」
言いながら、オズヴァルドはアースの手を引いて別の部屋へ連れて行った。
「湯を用意しておいたから、体の汚れを落としなさい。新しい装備と服は私が用意してあげよう。エインセール、一緒に来てくれ。確か、上に私が若い頃に使っていたものがあるはずだ」
「はいはーい。じゃあ、アース、ちゃーんと綺麗にするんですよ」
二人はそう言って部屋から出ていった。
残されたアースは小首を傾げ、それからたらいの横に置いてある布を手に取った。
これを湯に浸して拭けということなのだろう。
面倒だが、自分が汚れきっている事は流石に自覚していた。
この姿で騎士にしてほしいと願い出るのは確かに失礼にあたるだろう。
(本当によくここまでぼろぼろにしたもんだな)
それまで着ていたローブを脱ぎ捨てながら、アースは苦笑を漏らす。
脱いでみれば、それはもうローブといえるべき代物ではなく、ただのぼろ切れといっていい状態だった。
すべて脱ぎ捨て一糸まとわぬ姿となり、アースは絞った布で丁寧に体を拭い始めた。
そうして体の至る所を拭くうちに、アースは何とも言えない違和感を感じ始めた。自分の体が自分の思っていたものと違うような違和感だ。
タオルを一端置き、今度は自分の手でも確かめてみた。
やはりおかしい。
自分の体は、なんというか余分なものがありすぎる。
そんなことを考えながら、自分の体の違和感の源を触っていると、不意にドアが開いてオズヴァルドとエインセールが入ってきた。
「着替えを持ってきたよ、アース」
「アース、お待たせしました~」
そう言ったまま、二人が固まる。
二人の目に映ったのは、自分の手で自らの胸を揉みしだくアースの姿だった。
「あ、ああああ、アースってば女の子だったんですね!!!私、てっきり男の子だとばかり」
「オレも、そう思ってたんだけど・・・・・・なんか違ってたみたい、だな」
エインセールの声を受けて、アースは他人事の様に首を傾げる。
そんな二人を、オズヴァルドは冷静に見つめていた。もちろんアースの裸体から目をそらすことなく、上から下まで、しっかりと余すことなく。
「なるほどね。そう言うことだったのか。純粋に少年と言うにはちょっと違和感があるとは思ったんだよ」
その声を聞いたエインセールが眉尻をつり上げる。
「お、オズヴァルド様!冷静に分析してないで早く部屋を出て下さい~!!!」
「ん?どうして?」
「どうしてって、アースは女の子なんですから!男の人のオズヴァルド様は見ちゃだめなんです~~~~!!!」
言いながら、エインセールはオズヴァルドを追い出そうとその体を押すのだが、何しろ体の大きさが違いすぎる。
エインセールの努力などどこ吹く風で、オズヴァルドはまじまじとアースを見ながら、むしろアースの方に歩み寄っていく。
「だ、だから、だめですってば!あ、アースもぼーっとしてないで逃げて~~!!」
「え?どうして?」
エインセールの叫びにアースが首を傾げる。
「どうしてって、だってアースは女の子で・・・・・・」
「違うよ。オレは女じゃない」
「へ?だって」
「エインセール、落ち着いてよく見てごらん。彼の上半身だけじゃなくて全身を」
混乱するエインセールに、オズヴァルドが苦笑混じりに声をかけた。
「え?え?」
「ほら、深呼吸」
「は、はいっ。すぅ~、はぁ~」
「よし、落ち着いたね。じゃあ、改めてアースを見てごらん。彼の、全身を」
「はっ、はいぃっ。え、えっとぉ、全身を見るんですね。ちょっと恥ずかしいですけど、女の子同士ですし……し、失礼しますっ」
オズヴァルドの指示通りに、エインセールはアースの全身に目を走らせる。
顔を覆った両手の隙間から、耳まで真っ赤にしながら。
最初は上半身。次第に下へと視線は下がっていき、その下半身へ到達した時、
「はれ?下にもついてる?」
そんな疑問がエインセールの唇から漏れた。
事実は正にその言葉の通りだった。
アースの裸身には可愛らしい胸があり、一見少女のものの様に見える。
しかし、注意深く視点を下げてみれば、その下半身には少女にはあってはいけないものがついているのだ。きちんとした、男の子の証が。
「えっとえっと、これってどういうことなんですかぁ?アースは女の子で、男の子で・・・・・・」
エインセールはすっかり混乱している。
オズヴァルドは興味深そうにアースを見つめながら、最終確認の為、アースの体に手を伸ばす。
「アース君、ちょっと失礼」
いいながら、彼は己の手を素早くアースの足の間に差し込んだ。
それを見たエインセールが叫び声を上げる間もなく、彼の指は本来なら男の子にはないはずの場所にわずかに潜り込んでいた。
「んっ・・・・・・」
さすがのアースも、初めて感じる異物感にわずかに声を漏らす。
「なっ、なっ、なっ」
エインセールも言葉にならない声を上げ、あわあわとしている。
オズヴァルドだけが冷静だ。
ほんの一瞬、アースの中に潜り込んだ指を引き抜いて、
「女性の機能と男性の機能をきちんと併せ持ってるみたいだね。流石の私も初めて見たよ。両方の性を併せ持つ存在を」
僅かに濡れた指先をまじまじと見つめ、それから再びアースを見つめる。
その瞳に、やや熱っぽい光を宿らせて。
「ねえ、アース。その体の機能をもうちょっと調べさせてもらえないかな?報酬はたっぷり・・・・・・」
「お、お断りします?」
「だめに決まってるじゃないですかっ!!アースもっ、もっとしっかり断って下さい!!」
オズヴァルドの探求心に満ちたダメダメな提案は、アースからお断りの返事を頂き、エインセールからも一蹴された。
オズヴァルドのついでに怒られたアースは、ちょっぴり困った顔をし、それからエインセールのご機嫌を伺うように指先で優しく彼女の髪を撫でた。
そんなアースに、エインセールはほんのり頬を染め、オズヴァルドは心底がっかりしたように肩を落とすのだった。
読んで頂いてありがとうございました。
次回こそ、シンデレラの騎士に!!