第3話 シンデレラ
エインセールに導かれ、たどり着いた村の名前は教会の村・アルトグレンツェ。
人々の信仰の想いに満ちた美しい村だった。
アースは物珍しそうに周囲を見回しながら、エインセールの後をついて歩く。
その足下が時折頼りなくふらつき、心優しき妖精は心配そうにアースを振り返り振り返り前に進んでいく。
疲れ切ったアースにあわせているせいで、その進み方はかなりゆっくりしたものだった。
それでも何とか村の中心部にたどり着き、開けた場所に出たと思ったのも束の間、二人は予想外の喧噪に包まれてしまった。
広場にはたくさんの人が集まって、一つの方向を見ていた。
そこになにがあるのだろうと、ぼんやりと足を止めたアースに代わってエインセールが様子を見てくれる。
高く舞い上がり、群衆が見つめる先を確かめた彼女は、納得したような表情でアースを振り返った。
「なるほどです。白雪姫様とシンデレラ様がなにやら演説をしているようですねぇ」
「白雪姫?シンデレラ?」
アースは初めて聞く人の名前にはてなマークを飛ばしながらエインセールを見上げた。
エインセールの様子から察するに、二人ともかなりの有名人のようだ。
だが、アースの記憶にはまるで残ってない名前であった。
「あ、そうでしたね。アースは記憶がないんでした。うーん、とりあえず、百聞は一見にしかず、ですよ、アース。ついてきて下さい」
そう言うが早いか、エインセールが人垣の隙間を縫うようにしてアースを導き始めた。
訳が分からないままエインセールの後を追う。
時折人にぶつかって、謝ったり怒鳴られたりしながら。
だが、それはそう長いことではなかった。エインセールの的確な導きにより群衆の一番前にたどり着いたからだ。
そこには、人とは思えないほどに美しい二人の女性と、それぞれに二人ずつ従う、これまた美しい女性達がいた。
まあ、中には少女と呼ぶべき外見の者も混じっていたが。
彼女達は二つのグループに分かれ、議論を交わしているようだった。
だが、記憶のないアースにとって彼女達の交わす議論はちんぷんかんぷんで、困ったようにエインセールを見上げて助けを求める。
彼女は心得たようにアースの肩へ舞い降りると、その耳元で分かりやすく説明をしてくれた。
「えっと、まずは登場人物の紹介からですね。向かって右側のグループは改革派の姫達のグループになります。その先頭にいる黒髪の美人さんが改革派の中心で、呪いで眠りについた聖女・いばら姫の妹君でもある白雪姫ことアンネローゼ様です。その後ろにいる二人の姫は、アンネローゼ様の方針に従う姫達で、短い髪の姫が赤ずきんのリーゼロッテ様、長い髪の方がラプンツェル様です」
「ふうん。改革派の、アンネローゼ・・・・・・様の方針って?」
「えーっと、確か、呪いで眠りについた聖女・ルクレティア様の救出を急ぐより国の安寧をはかるべきであり、自分が新たな指導者として国を率いて安定させるって主張だった気がします」
「へぇ」
エインセールの説明を聞きながら、アースは黒髪の姫・アンネローゼの姿を見つめた。
たおやかで優しげな姿をしているのに、旧体制を守るより新体制を作り上げようとする彼女の考えは強気で革新的だった。
「結構強気なお姫様なんだな。そんな風には見えないのに」
「ですよねぇ。見た目は優しい美人さんなのに、中身は結構毒舌家さんなんですよ~」
「なるほどな。で、もう片方のグループは?」
言いながら目線を移した瞬間、金色の輝きと青い宝石のような瞳に目を奪われた。
アースが吸い寄せられるように甲冑を模した青いドレスを纏うその人から目を離せないでいる横で、エインセールはそのことにまるで気づいた様子もなく説明を続ける。
「もう一つのグループはシンデレラ様が率いる保守派です。保守派の姫達は人魚姫のルーツィア様とアリス様ですね。保守派の考えは、何よりまず眠りについたルクレティア様を眠りから解き放つ事が重要という意見だったと思います」
「シンデレラ・・・・・・シンデレラ様、か」
アースはぼんやりと、まだ目が離せずにいる美しい姫の名を呟いた。
そうこうしているうちに、彼女達の議論も終わったようで、群衆が一斉に動き始めた。バラバラに移動をはじめた姫達を追うかのように。
ぼーっとしていたアースはその動きについていけず、人々の動きにもみくちゃにされて、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「アース!」
エンセールの声。
大丈夫だと答えようとした瞬間、その声が耳に滑り込んできた。
「貴公、大丈夫か?」
涼やかな、美しい声。
見上げると、そこにいたのは青い瞳の美しい姫君。
彼女は美しいドレスを汚すことも厭わずに、地面へ片膝をつき、見も知らぬ薄汚れた存在に手を差し伸べていた。
「あ・・・・・・」
あまりの事にとっさに声が出てこなかった。
出来たのは、ただ彼女の顔を見上げることだけ。
彼女は傷だらけになったローブと、そこにしみこんだ血液を認めて、申し訳なさそうな顔でアースを見つめた。
「怪我を、しているな。魔物にやられたのか?私たちがふがいないばかりに、皆には迷惑をかけてばかりだ。本当に、すまない。さあ、せめて貴公に手を貸すことを許してほしい」
彼女はそう言いながら、アースの手を取ると軽々とその体を引き起こした。
立ち上がってみるとアースの方がわずかにシンデレラより背が高く、少し上から彼女の瞳を見下ろしながら、
「あ、ありがとう」
「大丈夫か?歩けるのか?」
「大丈夫だ。見た目ほど大した怪我じゃないし、ちゃんと歩ける」
「そうか」
言いながら、シンデレラは艶やかな唇をかすかに綻ばせ、それからまじまじとアースの顔を見上げた。
「フードで隠れて見えなかったが、綺麗な目をしているな。まっすぐで曇りのない、良い目だ」
そう言って、微笑んだ。
アースはその微笑みに目を奪われ、顔が熱くなるのを感じた。
その事に、彼女が気づかなければいいと思いながら、それでもシンデレラの顔から目をそらすことが出来ずにただ見つめる。
シンデレラも、まっすぐにアースを見つめ返して、
「我が名はシンデレラ。貴公の名は?」
礼儀正しく問いかける。
「アース。アースガルド」
「アースガルド、か。いい名だな。覚えておこう。貴公の進む道に栄光と勝利があるよう、祈っている。ちゃんと体を労るのだぞ」
凛々しく笑い、そう言い置いてシンデレラは颯爽と去っていった。一度も、振り返ることなく。
アースはただ、その背中を見送ることしかできなかった。
読んで頂いてありがとうございました。
まだ何とも説明臭い文章が続いておりますが、もう少しでアースがシンデレラの騎士になりますので、本番はそれから、なはずです(^▽^;)