第2話 エインセール
今回もプロローグの続きみたいになってしまいました。
「あのあのっ、助けていただいてありがとうございました。私、エインセールって言います」
目を覚ますと、目の前にはまだ助けた妖精がいて、彼女はそう言って丁寧に頭を下げた。
その様子が可愛らしかったので、ぼんやりした頭のまま手を伸ばし、彼女の髪の毛を指先でぐしぐしと撫でる。
頭がグラングラン揺れるが彼女はめげず、でも少しだけ警戒するように手の届かない所へ距離をとってから、
「本当に本当に助かりました。すごく、お強いんですね~」
そう言ってにこっと笑った。
強いといわれて思わず首を傾げる。果たして自分は強いのだろうか、と。
まあ、記憶になくとも体は戦い方を覚えているようだから、少なくとも弱くは無いとは思うのだが。
「いや、うん。君が無事で良かった。危なかったね」
そんな風に返事を返しながら微笑む相手をエインセールは複雑な表情で見上げた。
強いんですね~、とは言ったものの、目の前の人はまるで強そうに見えなかった。
どちらかというと華奢で儚げだ。
顔立ちこそはフードに隠れて見えないけれども、その仕草も声も口元を彩るその笑みも、薄汚れたローブ姿からは思いも寄らないほど優しく洗練されているように思えた。
無事で良かった、と彼はいう。
女性っぽさは感じないから、たぶん彼という呼び方で間違って無いはずだ。……たぶん。
エインセールの無事を彼は喜んでくれているけれど、当の本人はまるで無事に見えなかった。
傷だらけになったボロボロのローブには血がしみこんで赤黒く汚れている。
もちろん倒した魔物の体液も混じっているだろうが、さっきの戦闘では優れた体捌きでほとんど魔物の体液を浴びることは無かったはずだ。
ということは、ローブについている血液のほとんどは彼が流したものと言うことになるだろう。
戦闘直後、彼はしばらく意識を失ったが、失った血の量を考えればそれも仕方がない事だと思う。
優しげな笑みを口元に浮かべ、エインセールの頭を嬉しそうに撫でている相手を見上げて、妖精は小さく首を傾げる。
魔物におびえていたせいではっきりは分からなかったが、彼は一体どこから現れたのか。
エインセールの目には、茨の壁の中から急に現れたように見えた。
その事を問うと、彼はエインセールを自分が飛び出してきた茨の切れ目の前に連れて行ってくれた。
見れば確かに細いとおり道がある。エインセールなら通れるだろう。
だが、彼が通るのは大変だったはずだ。
何しろ、通路の両脇を固めるのは鋭いとげを持つ茨の壁。
彼はこの通路の奥で目を覚まし、そしてエインセールの助けを求める声を聞いたらしい。
そしてエインセールの所へ駆けつけてくれた。この細い通路を、無理矢理に通り抜けて。
エインセールは、彼の傷だらけの様子を見た。この道を無理に通ろうとすれば、あんな姿にもなるだろう。
彼は、見も知らぬ自分のために怪我をおった。その恩は、返さなければと思った。
エインセールは彼に言い置いて、その細い通路の奥を見に行ってみた。
だが、通路の奥には他に続く道はなく、彼が倒れていたとおぼしき場所の地面が少し乱れているだけだった。
彼は一体何者で、どこからきたのだろうか。
もしやと思う仮説はあったが、それより何より、まずは彼を町に連れて行こうと思った。
今の彼には休息が必要だ。
怪我の手当をして食事を与え、暖かい場所で休ませてやらなければならないだろう。
エインセールは一つ頷き、茨の道を通って彼の元へと戻る。
戻ったらまず、彼の名前を聞かなくてはと、そんなことを考えながら。
名を問われ、アースガルドと答えた。
それまで頭の片隅にすら無かった単語なのに、名を問われた瞬間に浮かび上がったきたのだ。
そしてなぜだか、それが自分の名前だと分かった。
良い名前ですね、とエインセールが笑う。
エインセールは良く笑う妖精だった。笑顔が可愛くて、見てると胸がほっこりする。
他にも色々質問されたが、それ以外の事については全くといって良いほど答えることが出来なかった。本当に、申し訳ないほどに。
記憶が無いのだと、素直に伝えると、エインセールは驚いた顔をし、それからとても痛ましそうな顔をしてアースを見た。
彼女にそんな顔をさせたことが申し訳なく、困ったように彼女を見つめると、エインセールははっとしたような顔をして、
「だ、大丈夫ですよ、アース。町へ行けば頼りになる方がいますから!!きっとアースの助けになってくれるはずです」
そう言うとえっへんと胸を張って見せてくれた。アースを不安にさせないように、安心させるように。
その心遣いが嬉しかった。
「ありがとう、エインセール。君がいてくれて助かるよ」
素直にそう伝えて、小さな妖精の飛ぶスピードにあわせて、ゆっくりゆっくり歩く。
エインセールは照れたようにえへへと笑い、
「ありがとうは私のセリフですよ。アースは、私が危ないところを助けてくれたんですから」
そう答えた。
そんなエインセールを見つめてアースは口元を優しく綻ばせ、中空をふわふわと飛ぶ彼女の姿を目で追いながら、
(でもやっぱりオレは、君に会えて助けてもらった気持ちがするよ)
声に出さずに心の中で、愛らしい妖精に向かってそう告げるのだった。
読んで頂いてありがとうございました。
主人公はまだ謎だらけです。名前だけは判明しましたが(笑)
今はまだ、ゲームのストーリーに忠実な感じですが、徐々に変わっていくとは思います。
次の話でシンデレラに会うはず、です。