■3.令嬢マリエッタとの遭遇……いや再会?(後)
■3.令嬢マリエッタとの遭遇……いや再会?(後)
見習いたいぐらい洗練された動作の店員さんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。
ゆっくり話ができる場所であることを示すように、紅茶はポットで供されているところもポイント高い。刺し湯まであるよ。
「私さー、イベントの帰りまで記憶があるの」
「うん。夏で暑かったよね。二人で打ち上げした……よね?」
某海辺で行われるイベントに私たちはサークル参加をしていた。
ジャンルは勿論このゲームだ。
BL乙女ゲームの名に恥じず、ジャンル全体で一〇〇〇スペースぐらいはある盛況っぷりだった。そのうち五〇〇ぐらいは狼様×狐様で、四〇〇ぐらいは王太子×お猫様だった。この二カップリングがジャンルを盛り上げているのだ。残り一〇〇は、狐様×お猫様だったり、狼様×わんこだったり、少ないけど狼様と王太子様のカップリングもある。
うん? 私たちのカップリングは何かって?
「したねぇ。だってお猫様とわんこでスペースとってるの私たちだけじゃん」
「そうだよねぇ。わんことお猫様カップリング、もっと増えてほしいんだけど……」
二人でため息をつく。
悲しいかな。ジャンル自体は盛り上がってるのに、私たちの取り扱いカップリングはオンリーワンだ。うん? 二人いるんだから、オンリーでもワンでもないだろうって?
違うんだなー、これが。
彼女はお猫様×わんこ、私はわんこ×お猫様。
誰と誰、というところは一致してるのに順番が違う。腐女子の間においてこの違いはマリアナ海溝より深く、時には深刻な争いを生み出すと言われているのを御存じでしょうか。
だがしかし言いたい。
それは選択肢がたくさんある人たちの言い分だよ!
自分じゃない人が書いた二人の本が読みたい! という欲求の元には、どっちがどうかなんて些細な問題です。(ただし超エロな場合を除く。)特に私たちの場合は、最後の最後が逆なだけでキャラの書き方的な部分は同じだったりするのだから問題なく読めたりする。
夏と冬に開催される某イベントは、先着順ではなく抽選で当落が決まる。とはいえイベントの趣旨的にジャンルやカップリングの多様性をもたせるため、レアなものを取り扱っている場合は書類不備もなく継続的に活動……つまり新刊を出し続けていれば当選出来るのだ。だから私たちは連続当選し続けている。(それを聞いた他ジャンルの友人には羨ましがられたので、自分以外に自カプサークルがあるほうがよほど羨ましいわ! と返したら同情に満ちたまなざしで「なんかごめん」と謝られて余計悲しくなった。)
ちくしょう。道は自分で切り開くだけのものじゃないんだぞ。自分で切り開いて、整備し続けないとすぐになくなってしまうんだぞ。各ジャンル担当者のコメントのなかに「申込み数をこえる当選はありません」とあって、他ジャンルのことだけど泣けた。って話がそれた。
通常取り扱いカプの順番が逆のサークルは離れた場所に配置する。確か受けが同じカップリングを近くに配置するんだっけ。でも私たちはオンリーでは一緒にとっているし、両サークルの本を買っていくお客さんも珍しくはない。だから緩衝材も兼ねてよく隣に配置されます。合体封筒いらずだねーと乾いた笑いで喜んだのは二年ぐらい前だったか。隣だと買い物とか化粧室、って時に店番お願いできて楽なのだ。
そんな訳で私たちはカップリング抗争もなく、平和に、「(相手のカプが)逆だったらな~」と思いつつも仲良く過ごしているのでした。ちゃんちゃん。
じゃなくて。
「二人で打ち上げして……そのあと何があった?」
「覚えてない」
二人揃って、打ち上げ(という名の飲み会)途中からの記憶がない。
ということは、そこで何かがあったということか。
「……怖い事言っていいかな」
「やめて」
「私たち、元の体とは違って、ゲームヒロインとなってここにいるよね。ってことは、元の体は、日本でどうなってるのかな」
うん……マリエッタ、素直になろうか。
「あの薄い本たちどうしてるのかな……」
言いたいのはこれでしょう?
「狼狐の神サークルさんの本、今回いつになくエロで幸せだった。仕事で嫌な事あったのかな。あの人、仕事に行き詰ると超エロ描くから心配」
「マジか。私まだ読んでない」
「王太子にゃんこの小説本、シリアスで泣けたから落ち着いて読み直したいた」
「……今すぐ読みたい!」
「狼わんこのギャグ本、愉快すぎて外で読むの諦めるレベルだった。あれ人前で読んだら不審者になる」
「よーみーたーいーーーー」
私はおうちでじっくり堪能するタイプなんだよぅ。
だからまだどれもこれも読んでない。イベント翌日は疲れを癒しつつベッドでごろごろしながら堪能する予定だったのに!
「……遺品があれとか、親も泣くに泣けないよね……」
「いっそ遺品のほうがいいかもよ……起きたらあれについて問われるとかどんな羞恥プレイ……!」
「積み荷を燃やしてー! 羞恥プレイは本のなかでキャラにさせるのが楽しいのであって、自分がするのは全く楽しくありません!」
二人で震えた。
それから何度か私たちは茶葉のお店で会い、流れでお茶をする間柄になった。
屋台で買った飲み物を手に広場で語る時もあれば、今日みたいに日本での話をするときは個室の店にいくこともあった。その場合はありがたくマリエッタのお財布に甘えている。
「そういやさ。なんで私がマリエッタで、あんたがローズだと思う?」
「私のヴォルフ様への愛!」
即答すると残念な子をみる眼差しを向けられた。
「へー、そう。すごいねー」
「ううううごめんなさい嘘ですいやヴォルフ様への愛は本物だけど! でも正直な話、名前じゃない?」
日本での私の名字は「茨田」だった。バラちゃん、と呼ばれることが多かった。おわかりでしょうか。茨田=バラ=薔薇=ローズ。
そして彼女の名前は「麻里」だ。マリエッタに容易につながる。
……うん。気付いた時の脱力感は半端なかった。
「やっぱそれか」
「自然でしょ」
だよねー、と頷き合う。その後しばらく無言になった。馬鹿らしくてコメントしたくなかったのだ。
と、その時だ。形式だけのノックがされて扉が開いた。
このお店でそんなこと初めてだったので驚いた。何事かと慌てると……え?
「ヴォルフ様!?」
「お兄様!?」
私とマリエッタの声が重なった。
そう、やってきたのは狼様と狐様こと、ヴォルフ様とロイズ様だった。
犬猿のなかの二人が連れだってやってくるって何事!?
「ローズ」
近くでマリエッタが「うわ、甘!」と呟くほど、ヴォルフ様が私を呼ぶ声は甘かった。同時に不機嫌なのも伝わってきて私は震える。やだかっこいい。惚れ直す。笑顔なのに目が笑ってないところとか、ドSっぽくて最高です。
「は、はい」
「君はここで何をしているのかな」
「ええと……麻里……マリエッタ様とお茶を……」
「うん、そうだね。ところで君たちがよく一緒にいるおかげで、私と令嬢の仲が噂されているのを知ってるかな」
「えぇ!?」
なんでまた。どうしてそんな。マリエッタとヴォルフ様が会ってるわけじゃないのに。
とはいえ、どうして二人が一緒に来たのか分かった。
「マリィ。行動が軽率すぎる」
狐様……じゃなかった。ロイズ様がマリエッタを叱責している。どうでもいいけど「ローズ」と「ロイズ」って名前似てるよね。中の人の手抜きだろうか。
「君たちを知らない多くの人は、二人が親しいよりも、令嬢と私の仲を勘ぐるものだ。ローズはさしずめ伝令役かな。私付きで可愛がっているのはよく知られているしね」
ああ、そっか……そうなるのか……。
しかも広場で会話するときは、よくヴォルフ様の素晴らしさについて語ったような気がする。うんうんとマリエッタも聞いていてくれた。
って、可愛がってるって! やだもうヴォルフ様ったら!
嬉しいけど、一般的に私ではヴォルフ様のお相手になれないという事実に打ちのめされもする。ゲームじゃないからね……仕方ないよね……。
「私がお慕いしているのは王太子様です!」
マリエッタの訴えは狐様に向けられていたけれど、同じ部屋にいる私たちにも聞こえた。
あ。やっぱそうなんだ? マリエッタだもんね。王太子ルートに入るよね。
「だったら尚更、他の男と噂になるような行動は慎みなさい。まあどちらにしろ私は認めないがね」
ロイズ様はまだ王太子派閥じゃないからねぇ。妹を嫁がせるのは、王太子派に属することを意味するので却下なのだろう。ヴォルフ様だって王太子の一番の腹心だから同様だ。
「しかしこうなってしまっては仕方ない。宰相の件、こちらにも手を貸してもらうぞ」
ヴォルフ様はロイズ様に声をかけた。
「断る。奴は我らが裁く」
即答だった。うん、今は犬猿の仲だからね! このバチバチ感からくっついていく過程がたまらないと狼狐な知人はのたうちまわっていた。
「ではこのまま噂を残すまでだな。別に私は構わないぞ? 私のローズに傷がつくわけじゃないからね」
ヴォルフ様は私の頬を撫でた。
マリエッタが視線で「砂はきそう」と伝えてきた。「これ通常運転だよ」と同じく視線で返すと目をむいて驚いていた。貴族令嬢としてその表情は有なの……?
「……」
「令嬢と私のローズがいたのは、我々が直接会話をせずに情報を交換するため、ということにしておけば噂は事実でないということになるだろう」
あー、これ記憶にある。宰相の王太子様暗殺未遂事件だよね。マリエッタがヴォルフ様ルートに入る時にだけ出てくるので、一回しかやったことがないから記憶うろ覚えだけど。
確か、宰相を横領事件で調査しているロイズ様と、王太子暗殺を企てていると気付いたヴォルフ様が共闘して、という話だった。もちろん見事に解決しますとも。共闘するためにマリエッタがヴォルフ様に近づくのだ。
プレイしてるは私だけど、やめてマリエッタがヴォルフ様に近づかないでー! と悶絶しながらクリアした記憶がある……あれほど達成感のないクリアはマリエッタによるヴォルフ様ルートだけだった……。あーでもわんこルートとお猫様ルートのときも「君の相手は私じゃないのだよ……」とか思いながらクリアしてたっけな。
「奴を確実に捕えるならば、手を携えたほうが確実だが、そんなことも分からないのか頭でっかちは」
「筋肉馬鹿に言われる筋合いはない。よかろう、我らに利用されるというのなら今回に限っては手をとろう」
「こっちは宰相の首さえとれれば問題ない。そのためなら利用するし、されてもやるさ」
殿下に手を出せばどうなるか見せてやる、と獰猛に笑うヴォルフ様マジ狼。
どうしようヴォルフ様が素敵すぎて鼻血でそう。
「あの! 私、これからもローズとお話したいです」
マリエッタ……あなたの蛮勇は忘れない。この雰囲気のなか話す空気読めないっぷり、大好きだよ……。
まあ私はヴォルフ様マジイケメン、とうっとりしていただけですが。
「マリィ。まだそんなことを言うのか」
ロイズ様はこめかみをぐりぐりしている。日本語としては間違いだけど「頭痛が痛い」状態だ。頭痛なんだから痛いに決まってる、痒いわけないだろうというのは充分分かっていてそれでも痛いんだよ! ってやつだ。
「ローズは?」
「ええと……ヴォルフ様のお許しをいただけるなら、ぜひ」
まだまだ情報交換は充分じゃない。それにさぁ……知りたいじゃん? マリエッタ視点の攻略者たちのあれやこれや。あといかにヴォルフ様がステキでドSでかっこいいのかを語りたい。
「ふぅん。面白くないね」
はい?
「だがまあ可愛いローズの望みだ。方法ぐらいは提示してあげよう。兄妹でうちにやってくればいい。名目は宰相の件の後始末の相談とでもすれば充分だろう。実際それも必要だしな。令嬢は功労者でもあるから我が家でもてなしてもおかしくはないし、保護者連れだから邪推もされない」
宰相を捕まえることはもうヴォルフ様のなかでは確定事項のようだ。まあね、ヴォルフ様とロイズ様が共闘するのだから逃げ場はないよね。
「ほう。つまり私に足を運べと」
誰がするか、と表情も声も語っていた。
「嫌なら令嬢の希望が叶わないだけだ。好きにするといい」
そりゃまあヴォルフ様があっちのおうち訪問するのであれば、私はお留守番だしねぇ。私がいるシチュエーションは、ヴォルフ様の御屋敷しかない。
シスコン設定のある狐様がマリエッタの「お兄様お願い」攻撃にかなうはずがなく、事件解決の暁には二人でやってくることが確定された。
「お前の言う通りにするんじゃない。妹の望みで仕方なくだからな」
という発言は、ツンデレ狐様らしくて、無駄にマリエッタと私の心を萌え萌えさせた。
急に可愛い発言するところが、狐様は受けなんだよねぇ。
ジャンル事情を書いてるあたりで泣けてきました……。
次は時間軸が今に戻りますが、更新は早くて夏のイベント後です。ってもうすぐじゃないか……怖!
(2017/08/01追記)「茨田」は「ばらた」と読みます。
「ばらた」→ あだ名が「ばらちゃん」→「ばら」→「薔薇」→「ローズ」という流れでした。
読み方に悩みやすいことをお問い合わせいただくまで失念していました。ご指摘ありがとうございました!