■3.令嬢マリエッタとの遭遇……いや再会?(前)
遅くなりました……。
■3.令嬢マリエッタとの遭遇……いや再会?(前)
この世界の元になったゲームでは、ヒロインが二人いる。
一人は私、ローズ。メイドさん。
もう一人はマリエッタ。貴族令嬢である。
ゲームのなかで二人の接点は殆どなかった。マリエッタが狼様を、ローズが狐様を攻略する時にいくつか会話があるぐらいか。制作会社は「ヒロイン同士のやりとりより、攻略対象同士のやりとりのほうがおもしろいでしょ」と言って、最低限しか接点をもたせなかったのだ。潔すぎるだろ中の人。
しかし、今私たちが生きているのはゲームじゃない。現実だ(と、私は思っている)。
つまり何かというと、ローズとマリエッタは、仲良しです。
ローズとマリエッタが親しくなったのは、一カ月ほど前に遡る。
犬猿の仲のヴォルフ様とロイズ様は互いの家を訪問することはなかった。犬猿なのは今もか。
だからマリエッタと会ったのは、ヴォルフ様が王宮へ出仕してる間にと買い物に出かけた先だった。その店は茶葉を取り扱っていて、私は常連だ。いやだって、リーズナブルから珍しいのまで、色々揃ってて素敵なのよぅ。この店でなら私、半日以上過ごせる。
実際時間を忘れて店員さんと話しこんでいたら(店員はみんな茶葉マニアだから嬉々として話に付き合ってくれたし忙しい時間帯は一人で見てたから営業妨害じゃありませんよー)ヴォルフ様が回収しにきたこともある。何故ヴォルフ様が!? と驚く私を回収してそのまま食堂に連れていってご飯まで奢ってくれたのでわりと楽しい思い出だ。だってデートみたいじゃん。いやまあそれはおいといてだな。
「あれ、ローズだ」
あの日もうきうきと、今日は何が入ってるかなーとお店の扉をあけた先にマリエッタがいたのだ。
こっちはゲームを通して一方的に知ってるけど向こうは他家のメイドのことなんか知らないよねー。それに格好もお忍びっぽいし、うん、スルースルー。とか思ってたら向こうが私の名前を呟いたのだ。
えー。なんで私の名前知ってんの。
なんか怖いので聞こえなかったフリをしましょう。うん。それがいい。ヴォルフ様も「知らない人についていってはいけません」と言ってたしね!
今日のマリエッタは街娘っぽい格好をしてるので(でも仕立てがいいから金持ちの家なのはすぐ分かる)無視したって無礼だのなんだのにはならないはず。
「こんにちはー。何かオススメ入ってますか?」
顔なじみの店員さんの手があいたので声をかける。
「いろいろ入ってますよ。今日はおつかいですか、それとも個人用?」
彼女が確認するのは訳がある。テイナー家で使うものを購入する場合と、ローズが個人で楽しむ用では買い方も予算も違うのだ。
テイナー家の場合は銘柄を指定して後日届けてもらう。支払いは届けた場で使用人が行う。個人の場合は普通の対面販売と同じだから商品を受け取ってその場で代金を支払う。
「自分用です。この前買ったアルムのお茶が美味しかったので買い足したいのと、あとは新規開拓したいかなーって。これから暑くなるのでサッパリしたのがいいなぁ」
「あ、じゃあ、試作品なんだけどこれどうかな。うちの店のオリジナルなんだけど、帝国のお茶と同じ作り方してるのよ。さすがに同じ風味は無理だけど、うちで作ってる分お手頃価格なの」
帝国のお茶っていうのはアレです。烏龍茶。
「マジすか。それはもう是非!」
「評判よかったら定番で並べるから、飲んで感想聞かせてねー。改良ポイント教えてくれたら次回割引してもいいわよ」
「お任せください」
いやん幸せ。
これぞWin-Winの関係ってやつだよね!
「ねえ」
うきうきと買い物をすませて、包んでもらってる時に声がかけられた。用があるのは店員さんかな? と一瞬思ったけど、袖をひっぱられてるので私が相手だ。
「はい?」
声をかけてきたのはマリエッタだった。
うーん、と呟きながら首を傾げてる。
「あのね、すごく知り合いに似てて。違ってたら申し訳ないのだけど本人かどうか確認させてね。……攻めの対義語ってなんだと思う?」
「はい!?」
何いきなり聞いてくるのこの子!?
「うk……いや、守り、かな?」
あははと乾いた笑いを浮かべると、うふふと笑みが返された。
この猫のような笑い方はよく知っている。みたことあるっていうか……ああ、うん……ローズが異世界転生してるなら、マリエッタも『そう』であっておかしくないよね。
そうか。マリエッタはあんたか。じわりと嬉しさが押し寄せてくる。
「やっだ、偶然。ここで会えるって思わなかった~」
顔見知りってこともあって店員さんがちらちらとこちらを気にしてるので、大丈夫問題ないですよーって意味をこめてマリエッタに笑いかける。
彼女の前世(?)は、私の同志だった。
「似てるなーって思ったんだけど、久しぶりすぎて最初確信もてなかったの」
そりゃ姿かたち違うからね。でも表情とかは中身が同じだから変わってない。
「せっかくだしお茶でもどう?」
彼女の提案に、もちろん頷いた。話したいことはたくさんある。
たとえば。
なんで私たちこんなことになってるんだっけ? とか。
マリエッタが「話をするのにいいところがあるの」と連れていったのは、個室のある喫茶室だった。ちょい待てや。このお嬢様め。
「茶葉買ってお金ないから無理!」
みるからに金持ちしか相手にしませんな店に連れ込むな。こっちはメイドなんですけどー? 可処分所得が違うの分かれ。
「相変わらずすぎて泣けてくるわー。今日は奢るから大丈夫。ここのブレンドティー、美味しいから飲んでみなよ」
「あ、そういうことなら」
うん。持つべきは友だちだ。
マリエッタはこの店の常連らしく、何も言わなくても個室に案内されていた。そして勝手に注文された。まあいい。彼女なら私の好みは熟知してるので任せて大丈夫。
「ていうかあんたって殆ど狐ルートやってないのね……ここって狐ルートで行くお店よ」
「んー、狐ルートは一回はやったけど……基本狼様だからなぁ」
ツンデレ狐様、ごめん。一度はクリアしたはずなんだけど記憶にないや。
「しっかし驚いたわー。ローズがいるなーって思ったら言動がそのまんまあんたなんだもん」
「こっちだってびっくりよ。ていうかいきなりあの質問はないでしょ!?」
攻めの対義語は何か。正解は「守る」です。攻守って言うでしょ。
でも一部界隈では「受け」になります。どの界隈かは察してください。強いてあげればお盆真っ盛りの猛暑のなか、あるいは大みそか含めた年末に、海辺に集う集団です。ちなみに受けの対義語は「投げる」です。
「あれに反応するのは仲間だけ」
そうだけどー。そうだーけーどーー。
ひとしきり拗ねて愚痴った後、二人同時に笑った。
「「でもまぁ、会えてよかったわ」」
と。
やりこんだゲームとはいえ、見知らぬ世界で、以前の自分を知る人間と会えたのは、それも同志の彼女であるのはとても安心できることだった。
後編は明日投稿します