■1.狼の朝(後)
本日2話目です。
■1.狼の朝(後)
まず、ティーポットとカップにお湯を注いで全体をあたためる。この一手間大事。
次にティーポットに茶葉をいれる。リズ産の紅茶は茶葉が大きいので、ティースプーン大盛り一杯、プラスちょっと。
ティーポットに勢いよくお湯をいれて、蓋をしてあとは蒸らしましょう。ティーポットにはコジーを使って、温度が下がらないように注意。
このあとは数分待って。
もういいかなーってなると感覚で分かる。これは日本にいたときから紅茶好きで試行錯誤しまくった経験だからうまく説明が出来ない。
ティーポットの中をスプーンで軽くひとまぜして、私用の試飲カップに注いで味を確認。うん、大丈夫。
そしたらヴォルフ様用に、ちゃんと温めたカップに最後の一滴までついで、出来あがり。
この間にヴォルフ様は顔を洗っている。
「まだ熱いので注意してくださいね」
ヴォルフ様に出すときにはいつもドキドキする。味は確かめてるけど、一応自信もあるけど、でもやっぱり、ねぇ。好きな人に(きゃっ、言っちゃった!)飲んでもらうんだもの。ドキドキするってものです。
元紅茶好き眼鏡女子としてはですね、ヴォルフ様が好きなコーヒーより紅茶のほうが自信もって出せるんだけど。でも自信もってだせるものより、ヴォルフ様が好きな飲み物のほうが機会多いでしょ。今日みたいに紅茶を出す日は、すごーく嬉しい反面、ドキドキも多い。
ゲームでは「ありがとう」のセリフだけで終わるこのシーンも、現実だとこれほどたくさん感情が動く。
「大丈夫だよ。……うん、今日も美味しいよ」
その笑顔! スチールにない笑顔がたまりません。どんなご褒美だ。
ていうか上半身裸のままでそんな笑顔を私だけに(だって今この部屋にいるのは二人だけだ)向けないでほしい。朝のさわやかな空気が台無しじゃないですか。あ、でももっと……。……ダメだ落ち着け私。
「相変わらずローズは可愛いね。もっとこっちにおいで」
げふん。
あ、失礼しました。ちょっと私の中の乙女回路が故障を……。
「は、はい」
御主人さま命令ですからね! 従うのが私の仕事です。というのは言い訳で、あんなことあのエロボイスで言われて逆らえたらそれはもう乙女じゃないと思います。(ただし他の男性に恋愛中の乙女は除く。)
「あの、ヴォルフ様?」
寝台に腰掛けたままのヴォルフ様と、立ったままの私。でもヴォルフ様は体格がいいので、私より少し目線が下ぐらいの場所にお顔がある。決して私の背が低いわけではない。仮にもヒロインの体ですよ。そりゃまー小柄設定でしたけど。
「うん?」
何かな、とか言われたこっちが聞きたい。これはなんなんでしょう。
ヴォルフ様の手が、私の頬を撫でる。まるで自分がヴォルフ様の大切なものになったような錯覚に陥ってしまう。
ヴォルフ様は貴族で王太子の信頼厚い騎士様で。私はメイドで。
でもここは乙女ゲームの世界。私はヒロイン、ヴォルフ様は攻略対象。ヴォルフ様ルートは何度も通ったので「まったくありえない」訳じゃないのはよく知ってる。でも全攻略対象が出ていない今の段階からこんなに溺愛モードに入るのがありえないのも知っていて。ていうかこれゲームじゃなくて現実だし。ゲームではありえた身分差の恋愛って、現実では有なのかな? 無しなら、あまり期待させないでくださいヴォルフ様。
「ご婦人たちの間では、口付けする場所に意味があるらしいね」
ああ、ありますね。そのへんは腐女子の嗜みですからよく知ってます。
「ローズに俺から課題を出そう。ここの意味を調べといて」
そうしてヴォルフ様は、固まって動けない私の項にそっと口づけた。
決して痕はつけない優しさが、逆に辛い。
意味なんて、調べるまでもない。首筋への口付けは『執着』だ。
「ローズの今日の予定は?」
問われて、頭が仕事に切り替わる。
「今日は……午前は王太子様がいらっしゃって、そのまま昼食をとられるご予定です。午後はイザーク・ロイズ様が来られると連絡がありました。夜は今のところ空いています」
ここに来る前に執事のセバスチャン(この名前はお約束です)から確認した通りの予定をそらんじる。
ちなみに王太子もイザーク様も攻略対象だ。
騎士様なので急な予定が入ることもあるけれど、貴族としてのヴォルフ様はだいたい前日までに決まった通りのスケジュールで動く。
ゲーム時代、朝、午後、夜の三つのターンがあったのでその名残がまだあるようだ。
「そうか。……イザークは、マリエッタ殿を連れてくるのかな?」
「そのように伺っております」
「じゃあマリエッタ殿のお相手は君に頼むよ」
「かしこまりました」
さてここで、ゲームの概要について簡単にお話したいと思います。
正式名称「貴方に捧げる私の気持ち」、通称「BL乙女ゲー」。
このゲームは、乙女ゲームの皮をかぶったBLゲームと言われるだけあって、腐女子ホイホイなのです。あ、間違えた。えっと、腐女子に大人気なのです。
主人公は二人。ヴォルフ様の御屋敷で働くメイドのローズと、ロイズ家の令嬢マリエッタ。どちらも十六歳。
ゲームの開始時点でどちらかを選択できるようになっている。なんで二人いるかは後ほど。
「貴方に捧げる私の気持ち」はなんちゃって中世を舞台に、王太子様が仲間を集めて即位するまでを描いたゲームだ。
攻略対象は五人。王太子、第二王子、王太子の親友であり剣であり盾である騎士、ツンデレ文官、騎士に憧れる傭兵。
王太子以外の四人は猫、狼、狐、犬にたとえられている。主に腐女子の間で。
狼こと騎士なのが、言わずとしれたヴォルフガング様。そのヴォルフ様だけは乳兄弟という設定なので最初から王太子に忠誠を誓っているけれど、他の三人は違う。ツンデレ狐文官なんて狼ヴォルフ様と超仲悪いし。わんこ傭兵はゲーム開始時点ではそもそも出会ってもないし。にゃんこ王子って妾腹だからと遠慮して……と理由をつけて魔法使いの塔にこもりっきりだし。でも三人とも有能だから王太子は側近にしたいんだよねー。それに向けてヴォルフ様とローズが頑張る話だ。マリエッタを選ぶと、王太子に心酔してるのでなんとか力になりたいと、兄を説得したりなんだかんだで奔走する話になる。
別にマリエッタいらなくね? と思った方。はい。それはジャンル者の大半が通った道です。
でも攻略進めていくうちに分かるんだよねぇ。ローズの立場で狼以外の選択肢を選び続けるのは無理! と。だって毎朝あんな甘い声で……ていうかローズだと攻略が超イージーな狼様なので、気付いたら勝手に溺愛されてるんですよ。それに、いくらゲームの世界とはいえ、貴族の家のメイドと王太子が結ばれるのはありえないらしく、どれだけ心を鬼にして狼様の愛を振り切って(笑)王太子に走っても、王太子との恋愛エンドは用意されていない。
そこで出てくるのがマリエッタだ。マリエッタは貴族令嬢なので、王太子と恋愛エンドが可能。ただしマリエッタは狐様の妹だから、狐様との恋愛エンドはない。
なので、ある程度攻略に慣れてくると、
狼様か狐様と恋愛エンドを迎えるならローズ。王太子、お猫様、わんこと恋愛エンドを迎えるならマリエッタを選ぶようになっていく。
ちなみに「私たちで力をあわせて王太子様を支えていきましょうね!」という忠誠エンドは全員可能だ。
あ、これのどこが「BLゲーム」なんだって、思った? 思いましたよね、奥さん!(誰だ)
よくぞ聞いてくれました。え? 聞いてない? まぁいいや。そうなんです。ここまでだったら、主人公が二人いて選べるのは珍しいけどまあ乙女ゲームだよねー、で終わります。でもこのゲームの特徴は、どっちの主人公も、王太子の仲間を集めようと頑張る話なんです。
だから主人公は、各キャラに別キャラの素晴らしさを説く「仲良し大作戦」(ネーミングに関しては公式に言ってください)という機能がある。これは攻略対象同士の好感度をあげていくものだ。
これが、もう、ね。
狐様に狼様の素晴らしさを説いていると、最初は「有能なのは認めよう。だがそれと信頼は別だ」だったのが「君にそこまで言わせるなんて妬けるね」になり、狐様ルートに入らずにいると「あいつの凄さは俺が知っている。いちいち君に言われるまでもない」とかにかわるんですよ! 何それ、主人公に嫉妬してるの、やだー、みたいな。
腐女子狙ったでしょ、的なセリフが多数ご用意されております。
このゲームの遊び方としては、主人公は自分が落としたい相手との恋愛ルートを楽しみつつ、自分の好みのカップリングを成立させていく、って感じだ。だから「乙女ゲームの皮をかぶったBLゲーム」なのです。
御理解いただけたでしょうか。
私のオススメは、ローズでヴォルフ様ルートをひた走りつつ、わんこ傭兵とにゃんこ王子でじれじれさせることかな!
でも楽しみ方は人それぞれ。友人に、あえてローズを選択して王太子に叶わぬ恋をしながら、にゃんこ王子に下剋上させたがるのがいたなぁ……それ、ゲームじゃ出来ないから同人で出そうよ。私読みたいから。
このゲーム、スチル数は他の乙女ゲームより少ない。そのかわり、仲良し大作戦で聞けるセリフが無茶苦茶多いのだ。制作サイドいわく「スチル一枚削ればたくさんセリフいれられるから削った」とのこと。
多少ランダム要素もあって、どれだけやりこんでも「こんなセリフあったのー!? 何それ超萌えるー!」というのが出てくるので、つい何周もやりこんでしまうのですよ。
次の話では唯一人間扱いされている王太子様が出てきます。夏のイベント前の作業が佳境に入る前に更新したいところです。ちなみにコピー本なので、まだしばらく大丈夫……。