■6.物語のエンディング(後)
■6.物語のエンディング(後)
ヴォルフ様が連れていってくれたのは、見晴らしのいい丘だった。うん。間違いなく、エンディングの場所。
その丘で、恐れ多いことにヴォルフ様の外套の上に座らせてもらった私は……完全にグロッキー状態だった。
いや、だって!
どうやってここまで来たかを考えたら誰でもこうなる。
不謹慎ながら、ヴォルフ様の馬に同乗させてもらうのは、すっごく、すっっごく、ご褒美でした。
密着っぷりが半端ない。
どう話そうかと一晩考えた内容が頭からふっとびそうなぐらい、うひーってなった。語彙がやばい。何より心臓がやばい。なんだこれ。やばいって単語がゲシュタルト崩壊をおこしそうだっていうか、おこしている。
真後ろに! 至近距離に!! ヴォルフ様の鍛え上げられた素敵な肉体が!!!
あれ私って腐女子じゃなくて痴女だっけ。まあ兼任できるかー、とかアホなことを考えてしまう程度にはご褒美でした。ハイ。
慣れないどころか、人生初乗馬。
乗っているのは自転車とかではなく動物。動きも独特だ。サスペンション何それおいしいの。
それでいて真後ろにヴォルフ様がいて、朗らかに話しかけてくれたりするのだ。真後ろから! 耳元に!
舞い上がらなきゃ私じゃない。
これでも挙動不審を最小限にするために理性を総動員したんだけど……どうだろう。初乗馬ゆえのとまどいと、解釈してくれないだろうか。
そして、着いておろしてもらっても、自力じゃ立てないっていうね! いろんな意味で足腰がたたなくなっていた。
すみませんと謝り倒しながら手を貸してもらって、今に至る。
「お話する順番とか考えてきたんですけど……忘れました」
このままじゃいかんと、本題を切り出す。
おかしいなあ。
エンディングのスチール画像だと、二人で寄り添って立つ姿とかあったのに。
ちなみにヴォルフ様は隣で立っている。
「別に順番など気にする必要はないが」
そうもいかなくてですねえ。
ありがたくもヴォルフ様の外套の上で体育座りをしながら、ため息をつく。
何故こんな締まりのない状態に……。
「まず最初にこれだけは。『マリエッタ・ロイズ』様も『ローズ』も、皆さまご存じのとおりのごく普通の、善良な国民です。聖人君子とまではいきませんが、国や王太子様をはじめとした誰かに悪意を持っていたりもないです」
「普通、か」
呟くヴォルフ様の声に感情はない。
チキンなので今ヴォルフ様がどんな顔をしているのか見れない。私が座っていてヴォルフ様が立っているので高さが、というのはただの言い訳だ。
「そうです。普通です。……いえ、普通でした。普通じゃなくなったのは、彼女たちに、少し違う意思が関与しました。姿かたちは元の二人のまま。記憶や知識もあって、ただ、意思だけがかわった。完全に入れ替わったわけでもなく……違う要素が加わったような。それが私たちです。だからといって私たちだって悪意なんてありませんよ。むしろあったのは、好意です」
暴走気味だけれど、好意に間違いはない。
悪意より好意や善意のほうがたちが悪いこともあるけれど、好意ったら好意なのだ。
「私たちは、違う世界で生きていたんです」
「ふむ。他国か。南と東は遠征で訪れたことがあるな」
「いいえ、その、国の話ではなくもっと大きな……?」
大きいのか? 自分で言いながら首をかしげる。
単位としては、大きいか。市区町村より、都道府県より、国より、惑星より大きい……はず。いや、でも日本人の生み出した創作世界という観点だと小さいかもしれない。どっちだろう?
「その世界には、この国も、ヴォルフ様が遠征で訪れた国もありませんでした。でも、私たちは物語の中の国として知っていました。私たちはその物語が大好きだったんです」
ゲームなんて言ったところで通じないのはわかっているので、物語ということにさせてもらった。
好きなのは特にヴォルフ様。そしてわんことにゃんこの絡みです。
「きっかけが何なのか、分かりません。彼女とも話をしましたが、二人とも気づいたらここにいたと。……先ほども言いましたように、完全に別人とも言えないようです。だって私たちは文化も習慣も違う世界で生きてきたのに、ここで暮らすことに問題がなかったから」
麻里がいい例だ。
私たちはどちらも普通のOLだったので、貴族として暮らしなさいと言われてすぐ適応できるような教育を受けていない。でも麻里がいたときのマリエッタが貴族らしくないとかそういう話は一切聞こえてこなかった。
マリエッタやローズといった元の人物に、うまいぐあいに麻里や私の意志が入り込んだのだろう。
元の体が覚えていたから大丈夫。と。
三つ子の魂百まで。もしくは、躰は正直だな、といったところか。……うん後者は確実に違う。あれは濡れ場のテンプレセリフだ。体でも身体でもなく躰。個人的には躯も有りだと思いマス。
「どうして私たちがここにいるのか、さっきも言いましたが分かりません。でも『マリエッタ・ロイズ』様に起こったことなら予想はつきます。彼女が去っていったから。本来接点がないはずの『マリエッタ・ロイズ』様と『ローズ』をつないだのは、同じ世界で知り合いだった私たちの意志があるという共通点です。それがなくなったので、私のことを覚えていないのだと思います」
途中とっちらかったけれど、うまく伝わっているだろうか。
「何故彼女が去ったと思う?」
「……物語の終わりまでたどりついたからです」
前回会ったとき、麻里はエンディングの先がどうなるのか気にしていた。
その答えが図らずも分かった。
エンディングの先は、ない。
少なくとも私と麻里にはない。それはローズやマリエッタのものだ。
「すると、君も、君の物語が終わればいなくなるのか」
「おそらくは」
戻る、戻らないというのは推測でしかないけれど。
今のマリエッタから麻里がいなくなったからといって、日本に戻ったことが確認できたわけではない。でもそうであってほしい。違ったら……怖い。
「では物語を終わらせなければ、君はローズの中の人としてずっとここにいるのか。……どうした?」
すごく不思議そうに聞かれたけれど。
私今すごく麻里に会いたい。そして訴えたい。
この展開で、中の人発言は詐欺だと! 思わずずっこけた私は悪くないはずだ。
「ええと……中に人はいませんので……」
ローズは着ぐるみじゃありません。というか、着ぐるみの中の人なんていません。はい。
「それにずっとこのままという訳にもいかないでしょう。物語は、いつか終わるものです」
お友達エンドとか、バットエンドってものもございましてね、なんて話はしない。
ゲームだから決まった結末があるわけじゃないってことまで説明しなくていいだろう。混乱させるだけの余計な情報だ。
「物語のうえでは、王太子様はマリエッタ様を妃にするとしていました。その通りになったから、彼女の物語が終わったと仮定しての独り言です。……では王太子様が妃にすると決めた人物は、今のマリエッタ様ではないのか。であれば、このまま関係を継続していいのか。そう悩むかもしれませんが、私は本質は変わりないと思います。物語のマリエッタ様も、別の世界での彼女も両方知っている私はそう思います。多少彼女がいたときのほうが余分な知識はありましたが。だから改めて今のマリエッタ様と関係を築いてほしいです」
告白したら別人になりました、とかトラウマレベルの出来事だろう。
王太子、大変だな……。
「……それは、俺に対しても言っているのか」
「………………………………はい」
麻里と王太子、私とヴォルフ様の関係ではなく。
マリエッタと王太子、ローズとヴォルフ様の関係を築きなおしてほしい。
「その結果、俺はローズを選ばないかもしれなくても?」
今の私なら選んでくれるってことですか? なーんて期待はもたない。
「私は……今の私はヴォルフ様が大好きです。この世界にくる前からずっと。物語ではなく実在の人物として接して、好きな気持ちも尊敬も、ますます大きくなりました。でも私が好きで、尊敬しているヴォルフ様は、王太子様に忠誠を捧げていらっしゃいます。だから、私もローズも選ばれないでしょう?」
最後だけ、声が震えた。
「…………そうだな。ああ、そうだ。俺はいずれ、立場の釣り合った女性をテイナー家にむかえるだろう。そうして産まれた子供も、我が君と我が君の子息に仕えるよう教育をする。これは、テイナー家にうまれ、継いだ俺の義務だ。我が君に剣を捧げた己の望みでもある。娶った女性との関係がどうなるかはわからないが、テイナー家にむかえた以上、幸せにしたいと思う。できれば良き関係を築きたい」
ヴォルフ様の声は淡々としていた。
貴族はただ贅沢するだけの立場ではない。家を残し、国を支えていく義務がある。ヴォルフガング・テイナーという男性はその義務を放り出して己の気持ちだけを選び取るような人ではない。
そういうところも大好きで、同時に切ない。
……エンディングを迎えて、私がいなくなるのは逆に良かったのかもしれない。
少なくとも私はヴォルフ様がほかの女性に気持ちを向けている姿を見たくない。テイナー家をやめたところで、噂ぐらいは聞こえてくるだろう。
あ、やべ。想像したら泣けてきそう。体育座りのまま、膝に顔をうずめる。
「はい……。幸せになってください」
私が願えるのは、ただそれだけだ。
「同じ言葉を返そう」
あれ? ……声が、近い?
びっくりして顔をあげたら、いつの間に屈んでいたヴォルフ様の顔が目の前にあった。
待って。今の私の顔ひどいから、待って。
「あ、」
俯こうとしたら、頬に手を伸ばして阻止された。
ヴォルフ様はびっくりするほど優しい表情をしていた。
「戻った君も、いずれ誰かと気持ちを育てるだろう」
……いやー、それはどうかなぁ。
こっちと違って現代日本は、おひとり様多いんですよ。なんて言える状況でもなく。
麻里とオタク用老人ホームあったらいいねなんて話すぐらいには、ご縁がありません。合コンより原稿や萌えトークな残念女子ですが何か。
「その誰かは、俺が認めるぐらいいい男にしておけ」
……。
「この相手でいいのか悩んだら、俺に紹介できるかどうかを基準に考えれば、おかしな奴につかまることもないはずだ。そうして、幸せになってくれ」
ある意味私につりあう普通の人をつかまえることすら出来なさそうですが?
あれ? 幸せになれと言われたわりに、人生のハードルをむちゃくちゃあげてませんか!?
「ヴォルフ様……私、そんないい人を捕まえる自信がありません……」
正直に言うと、ヴォルフ様は小さく笑った。
「何を言う。俺の気持ちを向かせたのは君だ」
「だってそれは物語の、」
「そんなもの、俺は知らん」
あっさりと言い放ったヴォルフ様は、壊れ物みたいに丁寧なしぐさで私を立たせた。
……冷静に考えるとこの一連の動作って、腹筋鍛えてないと難しいよね。なんてことをふわふわと考えるぐらいには、落ち着いていなかった。
ああ、終わる。
ひとつの夢のような世界が、終わってしまう。
物語はエンディングをむかえなくてはいけない。夢はいつかさめる。
わかりきったことだけれど、寂しく感じるのは仕方ないだろう。
「正直なところ、君が言うことの全てを理解できたとは言えない。だが、信じよう」
「ありがとうございます」
いきなり知らない人が入り込みましたけど、問題ないですから! いなくなるけど、元の人たち信じてあげてくださいね、なーんて言われてあっさり理解できる人がいたらびっくりだ。頭ごなしに否定されるか、正気を疑われてもおかしくない。だから信じてくれるという言葉がうれしかった。
「一つ頼みがある。君の名前を教えてほしい。ローズではなく、なんと呼べば?」
「……ユキ、です」
茨田由紀。自分の名前なのに懐かしいと感じるのはなんだかおかしい。
「そうか。では、ユキ」
立たせる時に手をとられたままだった。その右手の甲に、ヴォルフ様は口づける。
こういうスチールあったような、と思い出せたのは後から。
「可愛い俺のユキ。愛しているよ。……だから、幸せになりなさい」
本編はこれで完結です。
あとはエピローグだけ。




