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■6.物語のエンディング(前)

■6.物語のエンディング(前)




「……聞いたって、何を?」


 私の問いに、マリエッタは不思議そうに首をかしげた。

 右の口角が僅かにあがるのは、麻里が嘘をついたり何かを誤魔化そうとしたときの……つまり疾しい事があるときにでる癖だ。

 例えば、締め切り前に新しいゲームや漫画に手を出した時に「原稿? うん、進んでるヨー……」と答える時みたいな。


「何って……大変だったんでしょう? でもソルがいたから心強かったんじゃないかしら」


 少し悩んだ。

 結果的に何もなかったとはいえ、未知のイベントはどう転ぶか分からなくて怖かった。数日たった今でも、思い出すと指先が冷えるような不安に襲われることがある。

 でも、マリエッタとの……いや、麻里との付き合いの長さと深さが背中を押した。

 メジャージャンルの中の(逆だけど)過疎カップリング仲間というのは、本当に心強いものなのだ。互いがいなければ好きでも長く続けていられなかっただろう。……趣味のことだから続けようが続けまいが、命にかかわったりしないから、そこまでの事かとつっこまれると弱いのは認める。


「あのね。それ、私以外の人に言わないほうがいいよ。黒幕ってバレるから」


 ストレートに言う。

 一瞬、視線をおよがせた麻里は、誤魔化すのは諦めたのか小さくため息をついた。


「……分かっちゃった?」


「まあね。王太子が緘口令を敷いてるから」


「あー……そっか。そりゃ分かるね」


 当事者には、緘口令がしかれている。

 ヴォルフ様は、王太子の命令に背いたりしないし、ソルはヴォルフ様が口をつぐむなら本人もそうする。マリウス王子は好きにしろモードで自分から話したりしない。

 残りはベリたん関連だ。本人はたたけば埃の出る人だから他の名目で捕えられていて、誰とも会話出来ないようになっている。

 ベリたんが単独で企画実行出来たとは到底思えない。それだけの発想も行動力もないと王太子もヴォルフ様も分かっている、が全員の見解だ(ベリたん、哀れ……)。

 似たような示唆をしてベリたん二号や三号を生み出されても困るから(王太子の言い方は「めんどくさいから」だったのは気付かないフリをしようと、ソルと目をあわせて頷きあった)罠といえない程度ではあるけれど仕掛けておくか、で出されたのが緘口令だ。

 当事者以外で知っている人、イコール、関係者。大きな企みはなさそうだから、黒幕の可能性はひどく高い。

 麻里なら動機は分からないけれど関係者ではなく黒幕だろう。


「あれ? でも、私が黙ってていいの? そうしたら誰が黒幕か分からないままでしょう?」


「んー……そもそもなんであんなことしたの?」


 私と麻里の間にあるわだかまりって、逆カプってことぐらいしかないような。


「果てしなく説得力ないのは分かってるんだけどね。別に貴女に悪意があってしたわけじゃないのよ。……あ、いや、やっぱあるのかな……」


 どっちだよ。


「私ね。確かめたかったの。ここが現実なのか、それともゲームの世界なのか」


「ゲームの世界を元にした現実、でしょう?」


 怪我をすれば痛い。

 相手にも感情がある。

 ゲームみたいに選択肢は出てこないから「自分」として考えなくてはいけない。

 攻略本通りに進めていけばクリアできるゲームの世界ではない。自分で感じたことを元に考えて、判断していかなくてはいけない。ゲームの知識は役立つけれど、それだけ


「いいえ。ここはやはりゲームの世界よ。現実じゃないわ。二人で夢を共有しているようなものよ。貴女だって気づいているんでしょう?」


 麻里は微笑みを浮かべながら、一口、紅茶を飲んだ。


「両親って記憶にある? ああ、もちろん茨田のお父さんお母さんじゃないわよ。ローズのほう」


 両親と言われて思い浮かんだのは、やはりというか当然というか、どこからどうみても日本人の両親のほうだった。


「そもそも、ゲーム開始時点より前のローズとしての記憶ってある?」


 設定なら覚えている。

 ローズは地方の商店の家にうまれて、両親は健在、上に兄がいる。家を継ぐのは兄だから嫁入り先を探しがてらテイナー家に奉公することになった。

 スチールがあったので、家族の顔立ちは知っている。


 それだけ。


 ただ、それだけだ。


 外見が分かるからといって、では彼らを家族と思えるかというと……微妙だなぁ。私であるときに会話をした記憶がないから。なんというか、アニメの回想シーンを見ているような感じで、自分の感情がついてこないのだ。

 会って話をすれば別かもしれないけれど、今時点では家族の実感がない。


 設定を知っていることと記憶があるのは違う。

 乱暴な言い方だけど、知識としての設定と、感情の伴った記憶。

 つまり。

 ローズの過去は私のものではない。


「じゃあ私って誰? ってなるよの」


 麻里が私より先にこの疑問を持ったのは、マリエッタとローズの違いが大きいだろう。

 ローズは家族と離れて単身王都で働いている。

 それに比べてマリエッタは貴族のお嬢様設定だから家族と一緒に暮らしている。ローズより家族について感じること、考えることはあっただろう。

 元々のゲームでも、マリエッタとローズは性別以外は重なる設定がないようになっていた。そうでないとヒロインが二人いる意味がない、と。ってまぁそれはどうでもよくて。


 私は誰なのか。


 これが麻里から問われたことだ。


 ある日ローズを乗っ取った赤の他人? それとも、いきなりふってわいたローズという名の誰か? あるいはローズを名乗っているだけの腐女子?


「どちらも私は私よ。でもマリエッタと麻里のどちらが私かと言えば、麻里かな」


 じゃあ私は?


「……どちらも私は私だよ」


 そんな結論にいたったのは、長く考えた末だった。


 私はローズという別人格を演じているわけではない。

 多少判断基準にゲームの攻略情報を用いているけれど、ローズなりきりプレイ(?)はしていない。

 だから、他人がどう思おうと、私は私なのだ。


「……そう」


 麻里は肯定も否定もせずに、でも寂しそうに笑った。


「話を本題に戻すわね。ねえ、何も疑問に思わなかった? あんなことがあったのに、今まで通りになること。普通、大事な人が主犯が誰かも目的も分からないのにあんな目にあったら、どんな理屈をつけてでもやめさせるでしょう」


「それは……何もなかったことにするためって」


「ストーリーの強制力って、一瞬たりとも思わなかったって言える? 彼らはストーリーを前に進めることは出来ても、ストーリーを外れることは出来ないのよ。外れる要素があったところで、いずれは元に戻る」


 外れる要素は、麻里の言動か。

 麻里が外れさせたのに、結局は何事もなかったような日常が戻っている。……ゲームのシナリオ通りの日々。


 これこそ、事件の後に私が感じた違和感の正体だった。


 説明に納得は出来る。

 でも、ああやっぱりそこに、シナリオに戻るんだ、というなんとも言えない座りの悪さは消せなかった。


「どうやってベリたんをシナリオから外れさせたの」


 自分の声が遠いなって思った。


「求婚されたから『王族命令でもない限り絶対嫌です』って答えたの」


「おーい」


 ゲームの設定をおさらいしよう。


 王族の筆頭は当然王様と王妃様だ。だけどこの二人とベリたんは当然接点はない。

 次に名前が出てくるのは王太子様。ベリたんとの接点はもちろんない。王太子様はあまり表には出していないけれど無能者は嫌いだからだ。

 次は王弟様。この人は王都にはいないから無理。確かバリバリの脳筋で、国境近くの砦で生き生きと過ごしているんだったか。気軽に会いにいける人ではない。

 王妃様との間にうまれた第一王女は、他国に嫁いでいて、やはり無理。第二王女はたくさんの取り巻きがいるからベリたんが近寄れる隙は一切ない。

 残るはにゃんこ王子だ。幸いと言っていいのか悪いのか、にゃんこ王子は王宮から離れた場所にいるので、会おうと思えば会えなくはない。私やソルが会いにいっているぐらいなのだから。他の人より可能性は高いだろう。


「ついでに『いくらマリウス様の元に通っている女性がいるからといってそんな馬鹿げたことを聞くはずなんてありませんわ。いくらあなたでもそれぐらい分かるでしょう』って駄目押ししといた」


「……むちゃくちゃ確信犯じゃん!」


 誰だよ悪意はないなんて言ったの! むちゃくちゃあるっつーの。


「ソルがついている時期じゃなかったら絶対しないわよ! でも本当に悪かったわ。ごめんなさい」


 深々と頭をさげられた。


 いや、そういうことをしてほしいわけじゃなくてさぁ……。

 何もなかったから気にしなくていい、と言えるほど私の心は広くはない。結局、麻里に言える言葉は何もなかった。


「ストーリーを外れてヴォルフ様がやめさせてくれたら、あるいは護衛を増やすとか、何か変えてくれたらよかったの。でもストーリーから外れなかった」


 うん、そうだね。


「『こうして二人は結ばれました。めでたしめでたし』でゲームは終わるでしょ。でも現実なら、その先もあるのよ。結婚がゴールじゃないのと同じで、ハッピーエンドの続きがあるの」


 そりゃあ、あるでしょうよ。

 やさぐれ気味に紅茶を飲む。


「公式はエンディング後のことを一切ださないわ」


 想像に、というか妄想にお任せします、好きに創作してね、というスタンスだったからね。


「つまり、強制力があるのはエンディングまで。そこから先はどうなるか分からないの。強制力のなくなった状態でも……好きでいてくれるか分からないのよ」


 麻里さんや。それは現実でもそうじゃないか。

 誰もが羨む幸せな結婚をした夫婦が数年で離婚することだってある。


「ゲームの世界でなければよかったのに。そうであれば、あの言葉を信じられた」


「……王太子エンドの目前なのね」


 あの言葉。

 つまり王太子エンドの直前に、妃となることをほのめかされる言葉だろう。これさえ聞ければもうエンディングを迎えたも同然と言われている。


 ここで麻里の性格が問題になる。

 麻里ってば石橋を叩いて渡るどころか、叩いて叩いて叩いて割れてから「やはり渡らなくて良かった」という一面もあるからなぁ。

 だから、


「んで、マリッジブルー的な状態になったと」


 麻里だけに(まだプロポーズされてもいない状況というのはさておき)マリッジブルー? って、寒いわ!


 とは言うものの、麻里の不安が分からないでもない。


 だって、二人とも今はゲームヒロインの容姿……つまり、可愛い見映えだけど、元は夏冬に海辺にいけばたくさんいる、ごく普通のオタク腐女子でしかない。

 千部をこえるような大手でもない。(一応、カップリングのトップではあるけれど、同時に最下位でもある。何しろ一サークルしかいないカップリングだからね……。)

 仕事が超有能でもない。(無能でもないと思いたい。)

 つまり己に自信を持てる要素なんて、どこにもないのだ。


 キラキラしまくりの王太子なんて人の隣に立てるような人間かというと、「いや、それはちょっと……」としり込みしちゃうような、腐女子ということぐらいしか特色のない量産型の女だ。


 今はシナリオの強制力があるから好いてくれていても、強制力がなくなればあっという間に気持ちが離れていってしまうのではないか。

 シナリオに沿った言動ではなく、少なくとも今時点では本人がそう思ってくれての言葉だったらと願う麻里の気持ちは、分かる。確かめ方は大いに問題があるけれど、確かめたくなるだろう。


 ていうか私だって不安だし。

 順調に……いや順調以上に好調に進んでいるヴォルフ様ルートがこの先どうなるのか。……どうにかなるのか。



「そうかもしれない。……ねえ、どうしよう」


 どうしようって言われてもさぁ。

 ……どうしようね。




一月どころか年度内も、ましてや4月ですらなく五月投稿になってしまい、申し訳ありません。

最終話3話+エピローグで完結です。

最終話は毎日14時で予約投稿してありますので、ご安心ください。

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