(私にとっての)チートアイテム、入手
目覚ましより先に目が覚める。
昨晩は微妙に寝られなかった。微妙に、というのはいろいろぐるぐる考えて考えて脳から煙が出そうになった挙句、最終的に「もうどうにでもなーれ」という結論に達し、その瞬間に寝入ってしまったからだ。お陰で寝入った時間そのものは随分と遅くなってしまったけれど、夢も見ずにぐっすり眠れたので気分は爽快。
大体あれやこれやとどうすべきか何をすべきかとか考えはしたけれど、そして失敗が許されないのもわかっているのだけれども、一方で「予測もつけられない未来に対して怯え過ぎたって仕方がない」わけで。
とりあえず目に見える範囲から、できることからこつこつと、だ。
幸いにしてシナリオの大部分は頭に入っている。フラグ管理は結構ややこしいけれど、さすがに何十回とループしていればある程度は取るべき道筋は見えている。
「まずは髪をといて、と」
肩の下まで伸びた髪を櫛で背に流す。色は地毛のまま、艶のあるダークブラウン。過去に染めたり巻いたりといろいろアレンジして見た結果、これが一番普遍的にパラメータを上げないという結論に達した。下手に手を入れると特定の人間が釣れてしまったりするのだ。
逆に制服には程よく手を入れる。スカートはほんの少しだけウェストを巻いて短く。寒さ対策と事故対策に、中にはショートスパッツをはく。あとは普通にシャツとタイ、そしてブレザーを。いわゆる「学校の皆がやっている格好」という風体にしていく。これまた、これが一番「釣れない」格好だったりする。
……まあ要は自然が一番ということなのだろう。多分。
「そして忘れてはいけない、これ」
引き出しから、昨日やっとの思いで買った眼鏡を取り出す。眼鏡屋のレンズ込み15000円コーナーにあった、茶色く四角い、細身のアンダーフレームの、伊達眼鏡。
なぜかこれをつけていると攻略キャラがが寄って来にくくなる。すっぴんでも派手メイクをしても地味メイクをしても、そしてこれ以外のどんな眼鏡をかけても寄って来る男は寄って来るのに、これをつけているとこちらからアプローチしない限り近づいて来ないのだ。これ何て便利アイテム。
しかしこの眼鏡を手に入れるまでが本当に、本当に大変だった。
まずお金の問題。手持ちは3000円弱しかなかった。そしてバイトをしていない以上働いてお金を手に入れることはできない。
となるとお小遣いの前借りあるいは親にねだるということになるのだけど、まず前借りしようとしたら「PC買うからって先月貸したじゃない」。もちろんそんな記憶は無いのだけれども「そういう設定」なのだろう。その時点に戻って自分をぶん殴りたかったけれども無理な話だし、そもそもPCが無いと手持ちの武器が何も無しになってしまうからなおさらどうしようもないわけで。
となると親にねだる以外無いのだけれどこれが大変だった。まあ前借りしておいてさらに「伊達眼鏡買いたいからお金くれ」ってそりゃー自分が親だったら即時却下だわ。
結局なだめてすかして拝み倒して最後は「どうしてもほしいのー!!」のゴリ押しで、毎日のお弁当を家族分も作る条件でお金を出してもらえた。父親が出勤するのはいつも7時前で、だから朝5時起きになってしまうけれど背に腹は変えられない。
低血圧だろうが何だろうがねじ伏せてみせようではありませんか。
さてそんなわけでお金はどうにかなったものの、次の問題はどう眼鏡屋に行くかという点にあった。というのも眼鏡屋は我が家から学校を挟んで反対側にあるため、春休みに部活だ何だで出て来ている攻略キャラたちとの接触遭遇率が跳ね上がるのだ。
しかも途中にはご丁寧に黒岩崇がバイトをしているコンビニがある。そして眼鏡屋の斜め向かいにもコンビニがあって、こちらでは真田明がバイトをしている。
これは何か。新手のアクションゲーか。それともいわゆる避けゲーってやつか。
誰がいつどこで何をしているかを全て把握するまでに随分かかった。どうせなら好感度が上がりにくいキャラを配置しておいてくれればいいものを、上がりやすいキャラばかりと接近遭遇しやすいようになっていたから本当に大変だった。
これが世界の修正力とかいうものなのだろう。
が、しかし。
針穴レベルのギリギリさではあったけれど、どうにか「誰とも遭遇せず眼鏡屋に行き、所定の眼鏡を買って、誰とも遭遇せず帰ってくる」ミッションを完遂することができた。
ところどころコンマ何秒みたいな感じで危うかったところがあったけれど(振り返りかけたら視線を感じて回避した、とか、角の向こうから足音が聞こえたから隠れていたら攻略キャラ様ご登場、とか)多分どうにかなったと思う。帰って来てから急いで好感度チェックしたら、全員5割前後のままほぼ変動が見られなかったし。
一番ラッキーだったのは一目惚れられるとしたらこいつらだ、の如月啓太・黒岩崇、そしてもう1人、最後の攻略対象でありいわゆる「隠しキャラ」でもある、一目惚れ×ヤンデレ副担任こと佐脇一郎のパラメータ変化がほぼ横ばいだったこと。特にこの日まで生えていなかった佐脇一郎の棒グラフが生え、しかしその値が5割程度であることを確認した時は安堵のあまり本気で椅子から崩れ落ちた。
ともかく、だ。
紆余曲折いろいろあったけれども、どうにか新たな防具を手に入れたのだ。これを使わない手は無い。
眼鏡を外したり、話しかけるなどこちらから積極的に接触すると効果は切れるけど、そうで無い限りは好感度パラメータはほぼ変動しなくなる、私にとっての最強チートアイテム。落とさないように、壊さないように、しっかり顔の上に乗せる。
鏡の中には眼鏡をかけた、制服姿の、わりとどこにでもいるようなかわいらしい女子高生が。あとはお弁当を仕上げて、朝ごはんを食べて、いつも出かけていた時間よりも、15分だけ早く出るだけ。そうすればお隣と一緒になることなく、途中で誰かと回避不可能なぶつかり方をすることもなく、学校に着く。
今のところ、大丈夫。多分きっと、上手く行く。
そう思いながら、PCのディスプレイが消えた部屋から出た。