攻略、始めます
この世界は乙女ゲーム『ファスト・ラブ~気軽に恋愛してみませんか~』の世界だ。
そして私はモブ、でも無く悪役、でも無く何と吃驚ヒロインの座を与えられた。
ゲームシナリオのように進む世界、起きる恋の鞘当て、どういう状況だったとしても男が寄って来るモテ過ぎる自分――そしてループする世界。どういう出会いをしても、どういう恋愛をしても、最後には必ずエンディングを迎えてそこで一区切り、またゲームの最初に戻る。ループを切って「未来」へ行くにはトゥルー・エンドを迎えるしかない。
そのトゥルー・エンドとは、「攻略対象キャラ全員を、他の『本来攻略キャラが恋に落ちるべきだった相手』とくっつけること」――
「要はヒロインの登場によってこんがらかった赤い糸を繰ってたぐってほどいて元通りに、ってか」
あらゆる男たちから引く手数多のヒロインだと思ってたら世界に突っ込まれた異分子でござい、というのがこのゲームに隠された真実だというのだから、救われないというか何というか。とりあえずシナリオライターあるいはプロデューサーあるいはディレクターの頭の中は大丈夫かといいたい。
とはいえ、ここが今の私にとっての現実である以上シナリオライターも何もいないのだけれども。……むしろもしもいるならば草の根分けても探して強制的に書き直させるところではあるけれど。
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3月24日。
部屋を見回す。
まだ梱包を解いていない荷物がいくつか。
そう、いわゆる学園系乙女ゲームの定石どおり、『ファスト・ラブ』はヒロインが舞台となる街に引っ越して来て、舞台となる高校に入学するところからスタートする。ただ登場人物である「私たち」が感じる不自然さを緩和するためだろう、ループの開始点はその大体半月前……つまり恐らく今日か昨日あたりがループの開始点だろうと思われる。
「危なかったなぁ」
そういえば後で隣近所にご挨拶、と母親がいっていたのを今更思い出した。ということは本当に引っ越してきて間もなく、ならば引っ越し屋以外とまだ接触はしていないだろう。
つまり、対策を立てる間はまだあるという事で。
まだ解かれていなかった梱包の1つを開ける。出てきたのはデスクトップタイプのパソコンと、液晶モニタ。
中には何と吃驚、元のゲームにあったものと同じ、攻略対象全員の自分に対する好感度の推移をリアルタイムで見られるプログラムが入っている。何でこんなものが、とかスマホあるいはせめてタブレットアプリにしといてくれれば、とか思うことはいろいろあるけども、……これはこのベタ甘いように見えて実際は何とも厳しい恋愛模様を生き抜くための、私の唯一の武器。
今まではゲーム中盤くらいにならないと「自分が何か」が自覚できず、その分この武器の活用も遅れていたけど、今回はゲーム開始時どころかほぼループ開始とともに自覚したという時間的アドバンテージがある。
加えて、もし今回上手くトゥルー・エンドにたどり着けずにまたループしてしまったとして、次回も同じように早くに「自分が何か」を自覚できる保障は無い。つまりこれはトゥルー・エンドに到達して未来へと歩を進めるための、最大にして最後のチャンスだ、ということ。
パソコンとモニタを繋ぎ、電源を入れる。さて各人のパラメータは如何ほどか。
「……あれ」
目を擦る。同じ画面。バグでも出たかと思い一度プログラムを閉じた上で再起動。同じ画面。いやおかしいだろと思いつつ今度はパソコンを閉じて再起動。……やっぱり同じ画面。
「おかしいな、何だこれ」
本来ならば縦軸に攻略対象の名前、横軸に100%をMaxとした好感度を取った棒グラフが現れるところ、出たのはただの長方形の枠のど真ん中に破線が縦に一本突き立っただけの、グラフともいえないものだった。
いや、縦軸横軸が何かは記されているから、一応グラフであろうことは、あるいはグラフになるものであろうことはかろうじて解る。問題は各々の好感度がどれくらいかを示す棒が無いまま50%にあたる部分から上へ垂直に破線が伸びていることと、そして何よりも。
「誰だ、これ。こんな人たちいたっけ……?」
見たことの無い名前が、それも攻略対象の数を軽く凌駕するほどの数の名前が、ずらりと縦軸に並んでいる事だった。