第七行:凍てつく大地
労働基準法によって定められているのは「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準」だそうです。
暖炉で薪がパチパチとはぜる。はぜながら刻々とその色を白化させていく。
窓の外に見えるは雲ひとつない闇色。ひどく寒々しい、針葉樹の森。
ここで少し待って欲しい。
…………、……。
やっぱりもう待たなくていいや。待ったところでなにひとつ変わらないのは明々白々だ。
理解した。
ここはロシアだ。
昨日エジプトへ行くと言われていたのだが、この際気にしない。どこだろうとなんら変わらない。日本ではないというだけで十分過ぎる。だから──気に、しない。
「いやいや、気にするだろ」
独り呟いた。なんだろう、少し虚しい。
出発するまで、否、ここに到着するまで俺はエジプトへ行くつもりだった。つまりは三時間前まで。
いつもチケットは直前に渡される。しかも特に考えもせずに乗ってしまうのだ。なんかずいぶんと緑だなぁ、エジプトの方って意外と森あるんだな、とか思っていたら、
なぜかロシアに着いた。
どうでもいいけど──何もかもがどうでもいいけど今は寒くて仕方がない。熱源は見ているだけならほのぼのする暖炉だ。
が、暖炉しかないのはなぜだ。
というかなぜ暖炉がある?
「ココア飲む?」
俺をここに連れてきた張本人の登場だ。実はさっきからずっといる。寒くないのだろうか。椅子に座って読書中である。
「飲む。凍え死ぬ」
しばらくして彼女がココアを手に戻ってきた。それを受け取り一口飲む。
火傷した。
「ココアパウダーの賞味期限切れてた」
そういうことは飲む前に言って欲しかった。
いやいや。どうせ飲んだだろうから言わないで欲しかった。
何か言おうかとも思ったが今日は寒くて話す気力が出ない。
暖炉の真ん前に座ってココアをすする。
暖炉からの音に眠気を誘われる。
……。
…………。
………………。
「ん?」
寝ていたらしい。振り返ると彼女が椅子の上で毛布を被って寝ていた。椅子の手摺にはココアが入っていたカップがのっている。
椅子のわきに本が転がっている。
『労働基準法』
一体何がしたくてこんな本を読む?
謎だ。それにこんなに頻繁に海外に出掛けて金がなくならないのも謎だ。俺が引っ張り回されるのも謎だ。
「あー、そうか」
彼女はきっと会社を経営してるんだ。なるほどなるほど。だから労働基本法か。納得だ。
うむ。意味がわからねー。大分脳が停滞している。
また寒くなってきた。
薪を二、三本暖炉に突っ込んだ。
しばらくそれを眺めた。
今更のように時計を見ると二時だった。午前二時。確か丑三時か?
後ろの彼女は眠ったまま。
こうやって見ると、とても絵になる。
暖炉の前。
椅子に座る少女。
毛布を被り眠る。
手元にココア。
近くには本。
まるで──
そう、
まるで、凍え死んでいるようにみえる俺の思考回路は一体なんだろう。
なんとなくそれなりのペースで更新しています子のシリーズ。まあ、細かいところにも大きなところにも突っ込まないでください。
そんな感じで今回は「暖炉」「ココアパウダー」「労働基本法」でした。
次回は「アッサム茶」「十和田湖」「エンドロール」です。
多分滅茶苦茶になります。それでは。