やっぱり、好きだと思う
彼女が部屋に入ってきた。
僕の言う彼女とはクラスメイトの女の子で、そして僕が恋をした女の子である。
ガラガラと彼女がドアを開けた時、僕の鼓動は早まった。
昼休みが終わり、そろそろ午後の授業が始まる時間帯である。一緒にいた僕の友達は部屋から出ていってしまうが、僕の場合次の授業は何も入っていなかった。単位制であるこの高校ではいらない授業を履修する必要はなく、僕はこの時間を自習の時間として使っていた。そして彼女もこの時間は何も授業を履修してないのだろう。
だから、この部屋には僕と彼女だけとなる。
彼女は僕とはテーブルを挟んで椅子にかけた。
お互い高校三年生であるから自習であっても喋ることがなく、近くで行われている授業のざわつきが聞こえてきてしまう。
それくらいこの部屋は静まっていた。
しかし、僕の心臓の鼓動は相手に伝わってしまうのではないかと思うくらい、打っていた。
どうして彼女がこの部屋に入ってきたのか、わからなかった。 普段なら友達と違う場所で自習をしている。だから、こうして二人になることなんて考えもつかなかった。
内心、嬉しがっていた。
たが、話すことができない。
静まりすぎて、相手からは喋りかけるな、と思われる雰囲気を肌で感じていた。
せっかく二人になれたのに。
クラスでも話すこともそれほどない。彼女と僕には接点が「クラスメイト」以外にはないのだ。ないから、いつも僕は彼女の顔を遠目で眺めているだけだった。
たぶん、二人になれる機会なんてもうない。
そうわかっていても、僕は話しかけられない。
少しむずがゆくて、一つの課題が終わると、僕は一度体を伸ばした。
そこで目があった。
今まで教材にペンを走らせていたから、彼女の方に目を向けることもなかった。チラチラと見たかったのだけれど、彼女に声をかけられない男である僕は彼女の様子を伺うことも出来なかった。
だから顔を上げた時に目があったことに、僕は心臓が胸から飛び出してもおかしくはなかった。それに頬が熱かった。たぶん、僕の頬は真っ赤になってしまっている。
恥ずかしいけれど、彼女から隠せないでいると、
「小田くんって受験生みたいだね」
と声をかけられた。
「え?」と僕は声を漏らしてしまう。
まぁ、高校三年生だから受験生ですけど……、と思ってしまったのだけれど、彼女はこう説明した。
「だって、ずっと必死に問題解いてるんだもん。私なんて、まだまだ受験生っていう気がしないから」
実際は彼女のことで頭がいっぱいで、解いている最中も気になってたりしたのだけれど、逆に彼女が僕のその姿を見てくれていたのだ。
「い、いや、これは次の授業の予習だからさ、やっておかないと……」
「私なんて予習なんてできないよ。いつも復習で精一杯だからね」
結果的には僕から話しかけるよりも良かったのか。
なんとなく話す話題も見つかったから。
「復習はちゃんとやってるんでしょ? だったらそれで十分でしょ。僕なんて家に帰ったらそのまま寝ちゃうんだから」
「私だってそうだよ。最近、みんな受験生みたいになっちゃったから、私も焦ってるんだけど家に帰ったらすごく疲れてて、勉強しようなんて思ってもいつの間にか寝っちゃってるの」
彼女がクスクス笑う。
子猫のような彼女が笑うと、僕は更に顔を真っ赤にしてしまう。
「え、えっと……、みんな塾に行ってるからね。急かされてるんだよ」
「それは小田くんもでしょ?」
「え、あれれ? 塾行ってるの知ってたの?」
「う~ん、なんとなくかな。というか、塾に行っていない人のほうが少ないでしょ。それにね、塾行っていない人で受験生みたいな人はなかなかいないよ」
そう言われると、わからなくもなかった。
なかなか他人から言われない限り、受験生のスイッチが入る人は少ないと思う。僕はたぶん塾に行っていなければ、スイッチが入ることはなかった。
「でも、今の私にはそんなことはどうでもいいんだよね」
「どういうこと?」
まだまだ受験シーズンというわけではないから、彼女にとってはもっと大事なことがあるらしい。
「劇のね……」
「……あ、あぁ……」
彼女はため息をつきながら、机に頭を突っぱねってしまう。
僕はなんとなく忘れていたような風に答えたけど、実際はすぐに思い出せていた。
彼女の言う劇とは、文化祭でクラス単位でやることになっていた劇についてだった。模擬店を出さない代わりに毎年劇をすることが決まっている。体育館で一公演というわけではなく、授業で使われている教室で小さな劇をするのだ。二日間で九回公演。他の高校とは違う文化祭のスタイルであるため、意外と人も集まる。
しかしなぜ、彼女が困っているのかというと、劇の主演に抜擢されてしまったからだ。
「あの選び方はひどかったな……」
「でしょ!」
彼女は不満を爆発させる。
文化祭についてどんな劇をやるのかも決まった。あとは誰が出演するのか、というのを決めれば良いというところまで来ていたのだ。
『長居さんが良いと思いますっ!』
出演者の話になった途端、クラスでその声が響き渡った。クラスの中でも一番声の通る女子の言葉で、クラスメイトはそのまま賛同してしまったのだ。
本人の長居さんの意見など聞かずに。
「私、あがり症なのに……。どうしてなの?」
「い、いや、僕に聞かれても……」
確実な理由として、あなたが可愛いからです、とは言えない。彼女自身自分が可愛いとは思っていないらしく、時々「もっと綺麗な人いるのに……」と嘆いている。だけど僕も、たぶんクラスメイトも長居さんのことが可愛いと思ってるに違いない。
そして、たぶん誰も自分が出演したくなかったのだと思う。部活のほうに顔を出さなきゃいけないという人も多かったけれど、実際たいへんな部活というのは少ないはずだ。それはつまり、選ばれたくないということだろう。
長居さんは部活動に所属してなかったため、すぐに決まってしまったのだ。
「あぁ、なんで私なの……――
――こういう時に彼氏がいればなぁ――」
その言葉を聞いて、僕は目を見開いた。
他のクラスでは、彼氏彼女のいる人はなるべく出演しないよう配慮がされることがあったらしい。だから彼女もそれに期待したのだ。
だけど、なんで僕の前でそんな言葉をつぶやくの?
それじゃあ、まるで僕だったら付き合ってもいいよ、というふうに聞こえてしまう。
彼女は僕の方を見ていない。
窓の向こうに見える空を見つめていた。
先程の言葉は、本当に僕にむけての言葉だったのだろうか。
そうじゃない気がする。
でも、言うなら今だと思ってしまった。
「……あのさ……」
しかし、夢のような時間はここまでらしい。
僕が言葉を発しようとした時、スピーカーからチャイムが響いた。
「何か言った?」
「ううん、何も」
僕は素早く椅子から立ち上がって勉強道具を仕舞う。
やっぱり今じゃない方が良いらしい。
今言ってしまえば、軽い男だと思われるに違いない。
まだ時間は残っているんだ。
そう自分に言い聞かせて、僕は彼女に「劇、頑張ろうね」とだけ言って、部屋を出て行った。
二週間の間、なるべく自分のできる範囲で文化祭の手伝いをした。
塾があるため、それほど長い時間はいられなかったのだけれど、それでも嫌でもヒロインのセリフを必死に覚えている彼女のことを思うと、僕は必ず劇を成功させるために、舞台作りや教室の内装も時間のある限りやった。
結果として、自分たちのクラスは学年内では四位であった。
一位を持っていったクラスは劇団員や演劇部に所属している人間が出演していたため、僕たちは足元も及ばなかったのだけれど、彼女や他の出演者の頑張りもあって、四位を手に入れることが出来たのだ。
でも、やっぱり僕は、彼女の頑張りを特に評価したかった。
あの時不満を漏らした彼女は、役になりきっていた。
表情豊かで、笑顔を見るとこちらが微笑んでしまうし、涙を流すシーンでも、彼女はうまく泣いていた。
役をこなすためにどれほど頑張ったのだろうか。
真剣にやらなければ、ここまで上手い演技をすることはできない。
あの時――あの部屋で――僕は彼女に告白しようとした。
だけど、この時ようやく、告白しなくて良かったんだと思った。
彼女の真剣な姿、頑張った姿を近くで見守ることが出来たのだから。
より一層僕は恋をした。
だから告白した。
「嬉しいよ。私のこと、ちゃんと見てくれてたんだよね」
だけど、僕の恋は実らなかった。
彼女は謝った。
理由は聞かなかった。
聞けなかった。
僕のことを良い人だった、と思ってくれさえすれば、それで十分だった。
後悔はしていない。
言えたことは良かったと思ってる。
でも未練は残る。
付き合えていればなぁ、とどうしても思ってしまう。
付き合うことまでにはならなかった。
でも、やっぱり彼女のことは好きだ。
人として、女性として。
それを言う機会は、文化祭が終わってから一週間経っても訪れていない。
ずっと言えないかもしれない。
いつか、伝えられれば良いと思う。
ほとんど実際の話です。彼女の会話もこんな感じでした。(名前とか偽りです)
どうだったでしょうか?
結論――やっぱり、恋はよくわからないです。
小田(筆者本人)の視点ですから、彼女の考えはわかりません。だから、いつかは理由くらいは聞きたいと思っています。そして今でも普通に好きだということも伝えます。
こいつ馬鹿だな、と思ったらアドバイスお願いします。