一夜だけの惚れ薬のはずが、なぜか夫に愛されたままです
「ヴィオラ、もっとこっちに来てくれ…。俺のそばから離れないで」
あああ、神様、お許しください!
私が、旦那様に惚れ薬を飲ませたばっかりに…!
一夜しか効かないはずなのに、旦那様がなぜか元に戻らなくなってしまいました!
私たちは政略結婚だった。
夫であるザカリー様は、とても良くしてくださるし、他に結婚した友人の話を聞く限り、私は大事にされている方だともわかっていた。
新婚旅行は私の行きたかった外国だったり。
流行りのドレスが気になると話題に出しただけで、すぐに手配してくれたり。
夜会に疲れたところを見せてしまった時には、翌日から保養所に連れていってくれたり。
妻に対して手厚い人だった。
だから、不満なんて抱いちゃいけなかった。
貴族の義務として、跡継ぎを産むのが大事なのも理解している。
でも、その、それに至る行為が、義務的に感じることが、いつも心をざわつかせていた。
そりゃあ、観劇や小説のようなドラマチックな現実が降ってくるとは思っていない。
…それでも、嘘でもいいから「好き」だと言われてみたかったし、ベッドの上で名前だって呼ばれてみたかった。
ほんの少しでいいから、『私自身』を求められたかった。
そんな思いが積もり続けたある日、ご婦人のお茶会である方が嬉しそうにこう言ったのだ。
「魔女の惚れ薬を飲ませたら、一夜だけ情熱的に求められたの」と。
みんな扇子で顔を隠しながらも、きゃあきゃあ色めき立っているのが隠せていなかった。
それは、私も同じだった。
そして魔が差した。
手に入れた惚れ薬を、旦那様にこう言って差し出した。
「最近巷で流行っている栄養剤だそうです。よ、よかったら、どうぞ…!」
旦那様は疑うことなく飲んでくれた。
そして、その日の夜は本当に幸せだった。
「ヴィオラ…、ヴィオラっ」
何度も名前を呼ばれて、まるで愛されているみたいな錯覚を覚えて。
これを一生の思い出にして、明日からも頑張ろうと思っていた。
…のだけれど。
「ヴィオラ、どうして俺から離れようとするんだい?」
翌朝も、ザカリー様は私に抱きついて、なぜか離れようとしなかった。
「えっと、旦那様?」
「昨夜みたいに、名前では呼んでくれないの?」
「ザ、ザカリー様、あの」
「今日も可愛いね、ヴィオラ」
ど、どういうこと!?
惚れ薬の効果は、一夜だけって魔女様も言っていたのに!
なのに、どうしてそんなに愛おしそうに私を見ているんですか?
まだ、効果が切れていないの?
だけど、何日経とうが旦那様の私に対する態度は変わらなかった。
「ヴィオラ、おいで」
今まで最低限のスキンシップしかなかったのに、ことあるごとに抱き締められる。
あまりの変わりように戸惑っているのに、使用人の誰も驚かない。
私の方がおかしい…?
いや、そんな訳ないわ、魔女様にどういうことか聞きに行かなくては…!
あれ以来、私がどこかに行こうとすると離してくれなくなった旦那様が仕事で登城している隙に、魔女のお店に向かった。
「夫に飲ませた惚れ薬がまだ切れないんです…!」
「そんなことあるわけなかろう。あれはせいぜい数時間しか持たんぞ」
「でも、もう1週間も経つのに、様子が変わらないんです!」
私が必死に訴えると、魔女様は睨むように私を見て、低い声で言った。
「じゃあ、あんたが呪いでもかけたんじゃないか?」
世界から音が消える感触がした。
「え…」
「惚れ薬に呪いでも込めたんだろう?」
「私、そんなことっ…!」
「呪いは専門外だ。解呪師でもあたってくれ」
そう言って、面倒そうに追い出された。
私が、旦那様に呪いをかけた…?
一度だけでも愛されてみたいなんて願ってしまったから、よくしてくれていた夫に願望を押し付けたから…。
欲望を、具現化してしまった…?
その日、ザカリー様が帰ってくるまで、部屋に閉じこもっているしかできなかった。
そして、帰るなり様子を見に来てくれた夫に、ギョッとされた。
「どうしたんだい、ヴィオラ。顔色が良くない、具合でも悪いのか?」
「…旦那様」
「そんな呼び方しないでおくれ、寂しいじゃないか」
「…私、お名前を呼ぶ資格もないのです」
「どうして」
「申し訳ございませんでした…!」
私は、床に体を伏せて謝った。
「私はとんでもないことをしでかしました!どの処分でもお受けいたします!」
「待ってくれ、ヴィオラ。とりあえず、体を起こして」
「なりません、私は…私っ」
「なんのことかわからないから、ねえヴィオラ、顔をあげて?」
優しい声が降ってきて、泣きそうになる。
「私、旦那様に呪いをかけてしまいました。それどころか、一晩愛してほしいという疚しい望みのために、…旦那様に惚れ薬まで飲ませてしまいました」
自分のやったことを口に出すと、とんでもないことしたと気付かされていく。
ああ、私、旦那様になんてことを…!
後悔してももう遅いと思った時、意外そうな声がした。
「あれが惚れ薬だということは、最初から知っていたけど、それがどうかしたのかい?」
「え…」
思わず顔を上げると、ザカリー様はきょとんとしていた。
「君が私に惚れ込まれるのを望んでくれているとわかって、嬉しかったのだけれど」
「…え?」
「君の望みなら叶えたかったし、俺も望んでいいんだとわかって、だからあの日から遠慮するのをやめたのだが。あれ、何か間違っていたかい?」
え、っと…?
「…私が呪ってしまったから、ザカリー様は私を愛してくださるようになったのでは?」
「ヴィオラのことは最初から愛しているけど」
「へ…?」
「ただ、俺たちは政略結婚だったし、あまり積極的になって君を困らせてもいけないなと思っていたから」
「…じゃあ、惚れ薬がずっと効いているわけじゃ」
「ああ、あの日は薬の力に頼ったけど、翌日にはきちんと解けていたよ?」
一気に力が抜けて、倒れそうになったところをザカリー様が抱き留めてくれた。
「私、とんでもないことをしてしまったと。旦那様の様子が変わったし、使用人も何も言わないので、私が呪ってしまったのかと…」
「ああ、使用人たちは俺がどうやったらヴィオラともっと仲良くなれるかと試行錯誤していたのを見ていたから、なんとも思わなかったんだろうね」
「試行錯誤…?」
「うーん、ドレスや保養所じゃ、心を射止めませんよと侍女長に言われていたし」
なんだ、じゃあ本当に最初から…。
「でも、今ならわかる。行動だけじゃなく、言葉にしなくちゃ伝わらなかったよね」
「それは、私の方です。すみませんでした…」
「惚れ薬を盛られるぐらい、想われていると思っていいかな?」
「…はい、お慕いしております、ザカリー様」
「俺も君を愛している、ヴィオラ」
薬の効き目が切れたあとでも、本当に欲しいものが貰えて、次からはもっと言葉にも態度にも出すと誓った。
了
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