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序 偽りに瞬くシリウスよ

主な登場人物

シンダー・ルシフ

 ラグランジュ学園3学年 天文学部所属。副部長。

 幼いころの事故がきっかけで、宇宙について学ぶようになった。

セラフィム・ノヴァ

 ラグランジュ学園3学年 天文学部所属。部員。

 シンダーの親友。幼少期にロケット事故で父を亡くしている。

オーロラ・カタストロフ

 ラグランジュ学園4学年 天文学部所属。部長。

 シンダーのことを理解している数少ない人間。

シヴァ・アストラ

 ラグランジュ学園2学年 天文学部所属。部員。

 星の力を信じ、星座を愛する青年。


特殊用語

操星族(ソウセイゾク)

 かつての夜空を支配した種族。危険性故滅ぼされたが、現代にもその魔力の残滓は強くこびり付いている。

星術師(ホシジュツシ)

 星のエネルギーを利用することのできる、数少ない種族、またそれに準ずる家系を指す。

星導携帯(ステラ・フォーン)

 現代におけるスマホのようなもの。

【静かなるラグランジュ】

 ふと、僕を呼ぶ声に目を覚ます。霞む視界を擦り、目の前に置かれた望遠鏡を覗く。そこに意味はなく、ただ、それが日常だった。

 辺りを見渡すと、3人が僕と同じように、望遠鏡を覗いている。そのことに安心感を覚え、同時に、この空白の時間に嫌気が差す。特にやるべきこともなく、再び筒を覗く。今宵はヴォルキナ流星群が降る、らしい。1500年に一度の瞬間らしいが、一向にその姿は見えない。――今回も外れか。


 どのくらいの時間、夜空を見つめていただろうか。やがて夜空には、淡い明るさが浸み込んだ。光が差し込み、朝が始まる。

 残念がる部長を慰め、親友と共に教室へと向かう。時間はたっぷりある。暫く、寝ていよう。今日は何の講義があったか。霞み征く記憶を、僕は掴むことができなかった。


 鐘の音に目を覚ます。脳は起ききれず、周りの声が雑音として流れていく。板書に書かれた文字列を、ただ見えたままに書き写す。どうにも、朝は苦手みたいだ。再び鐘の音が鳴った時、手元の手帳には怪文書が生まれていた。


「おはよう。講義、ちゃんと起きてた?」

 親友が問う。セラフィム・ノヴァ。僕たちは”セラ”、と呼んでいる。

「起きてたよ、多分」

 気だるげな返答、だが、それでも、答えが返ってきたことが嬉しいようだ。安堵したように胸をなでおろしていた。――本当に可笑しな奴だ。此奴の考えはいつになっても詠めない。

「次の講義、第一実験室じゃなかったっけ?急がなきゃじゃない?」

 面白そうに言うセラの言葉に時計を見る。まずい。教室を飛び出し、慌てて走る。段々、セラの足音が聞こえなくなる。――努力虚しく、二人揃って説教を喰らうことになった。


 昼休憩になり、外に出る。白く輝く石のタイルには落ち葉の一つもなく、中央には小さな噴水があった。絶えず透明を流す噴水を眺め、今夜の作業を思い出す。

 天文学部はこの学園で唯一、夜間の作業が許されている。2年前、今の部長が新たに立ち上げ、以降、夜空の観察をメインに活動している。時折、星々についての講義があるが――僕はこっちのほうが嬉しい。


「――ですので、明日までに必ず――」

 気づけば、再び僕は教室にいた。

 窓の外を観る。三日月が浮かぶ夕暮れだ。星はまだ出ていない。――一層、自分の行動が分からなくなる。何故、僕は無意識に教室に?

 考えてもしょうがない、とも思い、板書を見る。そこには明後日に控えた文化祭について書かれていた。とはいえ、このクラスの出し物はそこまで大規模なものではない。安心して、天文学部の活動に参加できる。――と、思っていた。


「ほら、こっち手伝って」

 僕はセラの言うままに動かされていた。既に、蠍ノ刻(サソリノコク)を回っている。

 窓の外に煌めく星々を眺め、溜息を一つ。

「シンダー、ちゃんと手元見て」

 セラに言われて再び向けた視線の先には、歪な画用紙があった。

「まったく、刃物を使ってるのに余所見とか…。手、切らなくてよかったね」

 安堵か呆れか、セラは軽く息を吐く。

「次は気を付けるよ」

 言ったそばから、僕は窓の闇を観た。

 ――瞬いていた星々は、いつの間にか消えていた。

「…シンダー?作業、止まってるよ?」

「ああ、ごめん。」

 歪な画用紙を整える。

 ――闇の中、微かに見えた光は、間違いなく紫色に染まっていた。あれは一体、何なのだろうか。


 山羊ノ刻(ヤギノコク)を過ぎた頃。僕たちはようやく、天文学部の部室に辿り着いた。

「遅かったな。ま、俺も今来たところだけど」

 文化祭、怠いよなァ…と嘆いている彼は部長だ。オーロラ・カタストロフ。僕がこの部活に所属する前から、僕のことを気にかけてくれている。

 突如、ドンッ!と、鈍い音が響いた。

「っすみませんっ!遅れましたぁ!」

 走ってきたのだろう。上下する肩に汗を滴らせている彼は、シヴァ・アストラ。僕の後輩にあたる。…やたらと、スピリチュアルに詳しい、一風変わった奴だ。

「よしっ!全員揃ったな。明日は休日だし、今宵は牡羊ノ刻(オヒツジノコク)まで気合い入れてくぞ!」

 部長、体力が持ちません。などと言えるはずもなく、僕たちは尖塔へと向かった。


「シンダー、ここの廊下、暗すぎない?」

 震える声でセラが言う。声とは対象的に、顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「でも、その分さ、星がよく見えるねっ」

 音が反響する廊下で、僕たちは足音を合わせるように歩いていた。


 パルサー尖塔。学園建設当初から存在した場所。数々の都市伝説が囁かれ、次第に近づく者はいなくなった。…らしい。少なくとも、僕たちはそういった経験をしたことがない。

 尖塔自体が古く危険故に、教師側が流した噂だろう、と思っている。

 望遠鏡をセットし、しかし、覗く気にはならなかった。

 弐刻前、僕が見た光――。あれは一体―?思えば、自然にあるようなものではなかった気がする。そう思い込むほどに、見間違いである気もしてくる。

 ――ただひとつ、間違いなく”あれ”はこの世のものではない。


【流れる星に秘めた力】

 魚ノ刻(ウオノコク)を回ったころ。僕たちは特に収穫もなく、予定よりも早かったが帰宅することになった。

「今日はオルディス流星が降るって聞いたんだけどなぁ…」

「そういうこともありますよ、部長」

 部長は流星が見れないとすぐに不機嫌になる。励ますのはいつも副部長()の役目だ。

「シンダー!一緒に帰ろ!」

 …セラは疲れを知らないのかもしれない。夜空に瞬く星々をかき消すような、明るい笑みを浮かべていた。

特に何も入っていない鞄を肩に掛け、僕たちは帰路に就いた。

「あっ、あれってさ、フェリス座じゃない?」

セラの指の先には、夜空を歩む猫のような形が浮かんでいた。

「あの尻尾の部分、私好きなんだよねぇ」

「僕はあの眼の部分が好きかな。二等星の二重星……?」

――何かがおかしい。フェリス座の”猫の眼”、セラフィアとアウレリアは碧と黄金に輝いているはずだ。

「シンダー、何を悩んでるのさ。折角なんだし、ゆっくり見ようよ」

――セラフィア…アウレリア…()()()()()()()()()()()()()()

セラに言おうとも、間違いなく「気のせいだ」と一蹴されるだろう。大方、誰も気に留めないような問題だ。

だが、あの紫紺。そして眼の翠緑…僕には何か、関係があるようにしか思えなかった。

「大丈夫、何でもないよ」

僕にはそういって笑みを浮かべることしかできなかった。


小さな商店街を抜け、ようやく僕たちの住まう住宅地が見えてきた。この”ノスタリア街”はあまりにも広い。もちろん、それなりに施設は多いのだが…僕たちの通う「ラグランジュ学園」は街どころか、国の中でもトップクラスの学校だ。学費…は考えたくもない。僕には親がいない。だから、自分で払うしかない。少なくとも、セラも同じ境遇にいる。

「シンダー?今日一日、ずっと暗いけど大丈夫?」

「…?気のせいじゃないか?」

「うーん…」

しばらく怪しそうに睨んできたが、すぐに「まあいっか!」と笑みを戻した。

「シンダー、明日は祝日だよ!一緒に遊ぼうよ!」

きっと、セラなりに励まそうとしている…のだと思う。

「いいよ。いいけど、午前中は厳しいかな」

「…なんでよぉ」

拗ねた。面倒臭いんだよな、セラが拗ねると。

「…何刻からがいい?」

「そうだなぁ。明日の…朝の射手ノ刻(イテノコク)で!」

――きっと、僕の顔は夜より暗かっただろう。


【微かなる虚栄心】

…結局、家に着いた頃には牡牛ノ刻(オウシノコク)を廻っていた。

「…とりあえず寝るか…」

射手ノ刻(イテノコク)まで、漆刻を切っている。…伍刻程、眠ろうか。


小鳥の囀りで目を覚ます。”デジャヴ”というものを、何故だか僕は感じた。

窓から差し込む陽光は、街の中央を照らしている。時計を見ると、既に蠍ノ刻(サソリノコク)を過ぎていた。…まずい。時間が、ない。

慌てて飛び起き、服を脱ぎ捨て、箪笥(タンス)の角に小指をぶつける。

「っ…痛ぇ…コイツ、動かさないとな…」

そうして僕は、体感、参刻も悶絶していた。…実際には数分程度だが。


射手ノ刻(イテノコク)まで、残り30分。

パスタを一束茹で、胃に流し込んだ。


射手ノ刻(イテノコク)まで、残り25分。

星導携帯(ステラ・フォーン)の電池残量に絶望――。慌てて充電した。


射手ノ刻(イテノコク)まで、残り15分。

ようやく落ち着けた。深呼吸。


射手ノ刻(イテノコク)まで、残り5分。

高まる心拍数を、コーヒーで落ち着ける。


射手ノ刻(イテノコク)まで、残り1分。



――窓から閃光が差し込んだ。次いで、響く銃声。耳を劈く悲鳴、激高している…僕の知らない言語。


街の中央、賑やかを支える商店街は地獄と化していた。

割れ、飛び散った窓。地に散乱した硝子片に、炎が反射し、一層明るさを増して迫ってくる。

電池残量47%の星導携帯(ステラ・フォーン)片手に、僕は地獄へ飛び出した。

視線は一直線に――銃声鳴る方へ。同時に、セラの家の方面へ。

燃え盛る怒声が、弾けた銃声が、その全てが僕を加速させた。

―セラを、失うわけにはいかなかった。


【蠢く流星】

走れど走れど、セラの家から遠ざかっていくような感覚だった。

ようやくその玄関口についたころには、射手ノ刻(イテノコク)などとうに過ぎていた。

一瞬の躊躇いの後、火傷を負った足で、僕は玄関の扉を突き破った。――この際、きっとセラなら許してくれるはずだ。

「セラっ…!!!セラァ!!!!」

煙に纏われた部屋で、僕は叫んだ。 返事はない。

「セラ…!」

2階へ上がる。確か、セラの部屋は右側に…

「―――…!?」

――無い。

何故だ?外から見たときは此処に部屋が…

僕はそこに、()()()()()()()()()を見た。

茫然とする僕の目の前で、()()は悠々と宙に舞った。僕はそこに、嘲笑の気配を感じた。そしてこれはきっと、気のせいではないと思う。

こんな緊急事態の筈なのに、僕の息は不自然なほどに落ち着いていた。心拍数は下がり、身体から温もりがなくなっていくのを感じた。


【消える灯火、消えぬ焔】

轟々たる火炎が外を渦巻く中で、僕が立っている、セラの部屋があったはずの空間の目の前はどうも現実離れしていた。…いや、こんな襲撃状態である方が現実離れしているともいえるか。

ともかく、外で鳴り響く轟音が夢の中に浮かぶ泡のように感じられた。

そして、()()は僕の周りを廻り―――


 ―――セラの形を成した。


「…!?」

思わず口が開く。喉の水分が、急激になくなった気がした。今考えていたことが、全て消え去った。

そして、文字通り目の前が真っ白になった―――。

――そうして、僕は意識を失ったのだった。


===================================


――目を覚ますと、そこには見知らぬ少女がいた。肩までかかった、白銀色の髪は月光を反射したように艶が輝いていた。その瞳は星空が宿ったかのように輝き、しかし、それでいて左眼は宇宙のように黒く闇を孕んでいた。が、そこに悪意や、そういった類の感情は見受けられなかった。

僕は言葉を発せなかった。…どうやら、喉が潰れているようだった。少女曰く、幸いにも軽めの状態だったらしく、適切に処置をすれば、数日で直る…らしい。

少女の名はアリアというらしい。…この付近の都市では珍しいタイプの名前、そんな気がする。

その美しい顔立ちは、何処か哀しげな雰囲気を漂わせていた。

「あっ、お目覚めになられたのですね」

先ほどの哀愁は嘘であったかのような、太陽のような笑みだった。その表情に、セラを思い出す。

あぁ…そうだ。僕は…セラを、探さなければいけない…。

しかし、どうしたものか。()()は、何だったのだろう。セラの部屋が消えたこととの関係は…?

考えるほどに頭痛は増していく。――不調は喉だけじゃないみたいだ。


そうして、僕は数日を少女と共に過ごした。


やがて迎えた退院日、僕は史上最悪の通告を受けた。

――隣町の山奥で、死体が発見された。それは、セラであった。

――胸元には刃物で刺されたとみられる痕が、幾つも…

こんにちは、まっちゃです。

時刻について軽く説明を。

1時=牡羊ノ刻(オヒツジノコク)

2時=牡牛ノ刻(オウシノコク)

3時=双子ノ刻(フタゴノコク)

4時=蟹ノ刻(カニノコク)

5時=獅子ノ刻(シシノコク)

6時=乙女ノ刻(オトメノコク)

7時=天秤ノ刻(テンビンノコク)

8時=蠍ノ刻(サソリノコク)

9時=射手ノ刻(イテノコク)

10時=山羊ノ刻(ヤギノコク)

11時=水瓶ノ刻(ミズガメノコク)

12時=魚ノ刻(ウオノコク)

です。お察しの通り、12星座です。

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