第三話 不壊の聖盾と、魂のスパイスミル
聖アルカディア魔導学園の静寂を破ったのは、地を割るような蹄の音と、重厚な金属の擦れる音だった。 学園の正門を、白銀の鎧に身を包んだ巨漢が、たった一騎で突き進んでくる。
「我が名はジークフリート・フォン・バイエルン! グロム帝国が誇る聖騎士、そして『不壊の盾』なり!」
彼の咆哮は学園の窓を震わせた。ジークフリート。彼は、ルナに破壊され、アイゼングレイズ家に「素材」として買い叩かれていった帝国の同胞たちの無念を晴らすべく、単身この地に乗り込んできたのである。 彼の左腕に備わっているのは、伝説の聖金剛石で作られた巨大な盾。帝国の国家予算の三割をつぎ込み、あらゆる衝撃を吸収して無効化する、まさに帝国の「最後の砦」であった。
その頃、学園のテラスでは。 ルナはカイルが淹れた「重力安定剤入り・深紅のハーブティー」で喉を潤しながら、眼下に広がる白銀の輝きを、うっとりとした表情で見つめていた。
「カイル様……。あの盾、なんて透き通った輝きかしら。あれを砕いて、わたくしの新しいスパイスミルの芯材にしたら、きっと最高級の黒胡椒も、雪のように細かく挽けると思いませんこと?」
「左様にございますね、ルナ様。あの純度であれば、魔力を帯びた硬いスパイスの細胞壁も一瞬で粉砕できるでしょう。……香りの立ち方が、今よりも二段階は跳ね上がります」
「二段階……! それはもう、義務ですわね」
ルナは、愛傘「アイゼン・ガイスト」の柄を握り、音もなく戦場へと舞い降りた。 迎え撃つジークフリートは、その優雅すぎる令嬢の姿に、一瞬だけ騎士としての礼を失いそうになった。
「ルナ・アイゼングレイズ! 貴様のその傘は、数多の兵器を無残な鉄屑に変えてきたと聞く! だが、我が『不壊の盾』は、貴様の軟弱な重力など受け付けんぞ!」
「あら、帝国の方。……わたくしが欲しいのは、貴方の負けではなく、その『素材』としての輝きですの。よろしければ、我が家のクランの『優先回収チケット』と交換していただけませんかしら?」
「黙れ! 騎士の誇りを、紙切れと交換できるかぁぁぁ!!」
ジークフリートが盾を構え、光の奔流となって突撃する。 対するルナは、一歩も引かず、むしろ愛おしそうに鉄傘を大きく開いた。
――ガギィィィィィィィン!!
衝撃波が学園の並木をなぎ倒し、激しい火花が舞い散る。 ジークフリートは目を見開いた。いかなる魔導砲撃をも無効化してきた聖盾が、ルナの傘の一点――その石突き(先端)によって、完全に制止させられていたのだ。
「……っ、ぐ!? なんだ、この重さは……!? 盾が……盾が悲鳴を上げている……!?」
「お母様に教わりましたわ。『価値あるものは、それに見合う重力をかけなさい』と。……今の貴方の盾には、帝国の数年分のインフレ率と同じだけの『重み』が乗っていますのよ」
ルナは傘を「くるり」と回した。 その瞬間、伝説の聖金剛石に細かな亀裂が走り、次の瞬間には「パリンッ」という乾いた音と共に、無数の美しい破片となって中庭に降り注いだ。
「わ、わしの魂が……! 我が国の誇りが……!!」
絶望に打ちひしがれ、膝をつくジークフリート。 そこへ、背後の茂みから、整然とした足取りで一人の男が歩み寄った。アイゼングレイズ男爵、アイゼンである。
彼は砕け散った盾の破片を一つ、手袋をはめた手で恭しく拾い上げた。 「……素晴らしい結晶だ。ジークフリート殿、貴殿の鍛錬が、この石に魂を宿らせていた。……これほどの逸品を、ただの泥に帰すのは、同じ武人として耐え難い」
アイゼンはジークフリートに対し、深々と一礼した。その仕草には、敵への嘲笑など微塵もなく、ただ「優れた武具」への敬意があった。
「私が責任を持って、この欠片たちを救出しよう。……イザベラ(妻)が、この素材に見合うだけの『正当な対価』を、貴殿の国の復興資金として融通することを約束する。……それが、敗者に対する私の礼儀だ」
「……あ、アイゼン殿……」
ジークフリートは、アイゼンの「卑しさのない無骨さ」に圧倒された。 この男は、略奪者ではない。失われた価値を、別の価値へと繋ぎ直す「鋼鉄の守護者」なのだと。
その夜。 アイゼングレイズ家の食卓では、カイルが新調した「聖金剛石製スパイスミル」が初披露されていた。 「……まあ、カイル様! このペッパー、まるで星屑のように細かくて、お肉の脂と完璧に融合しておりますわ!」
「ええ。ジークフリート氏の矜持(素材)が、良い仕事をしています」
ルナは至福の表情でステーキを頬張り、アイゼンは妻・イザベラと並んで、今日の回収記録(と帝国の債務状況)を確認しながら、静かにワインを傾けていた。
「イザベラ。……今回の盾は、確かに逸品だった。……ルナの力も、少しずつ『加減』を覚えてきたな。素材を壊しすぎない、良い一撃だった」
「あら、あなた。あの子を育てたのは、あなたの騎士教育のおかげですわ。……ふふ、これで帝国の主要な魔導鉱山も、我が家の管理下に入りましたわね。来月のルナのデザートは、もっと豪華になりますわよ」
アイゼンは、気高く微笑む妻の手に、自らの大きな手をそっと重ねた。 アイゼングレイズ家。 騎士の礼と、貴婦人の策謀。そして娘の底なしの胃袋。 それらが三位一体となって、今日も世界の資源は、最も「美味なる形」へと再編されていくのであった。
第3話を読んでいただきありがとうございます。
ついにアイゼングレイズ家の「財布の紐」を握るお母様の本領が発揮されました。 執筆中、お母様が微笑むたびに「私の貯金残高もイザベラ様に吸い取られるのでは……?」と恐怖を感じたのは内緒です。
さて、そんな恐ろしいお母様も、カイルの作る「特製プリン」の前では少しだけ顔が綻びます。アイゼングレイズ家を裏から操っているのは、実はお母様ではなくカイルの料理なのかもしれません。




