第1話「魔法少女☆マジカルバンピー、キラッと参上!」
ある街のことである。
週末の朗らかなお昼過ぎ、家族連れやデート中とおぼしき初々しいカップルが通りを行き交う中で、
とある一角では、たまたまそこに居合わせた幾人かの一般人が、
見るからにおどろおどろしい怪人に行く手を遮られ、危機的な状況の最中にあった。
しかも、その一般人たちは、それぞれに差があるものの、バッグにマタニティマークをつけており、それぞれが妊娠中であることを示していた。
怪人は、それを狙って彼女たちを追い詰めているようにも思える。
「シャーッシャッシャッシャッシャッ!!もう逃げられんぞ!!
お前らはここで、我々のしもべになるのだぁ!!その腹の子供ごとなぁ!!」
「きゃあぁぁーっ!!」
「た、助けてぇーっ!!」
「あか・・・赤ちゃんだけは・・・だ・・・誰かぁーっ!!」
彼女たちの叫びも空しく、このまま怪人の手に堕ちてしまうのか・・・
いや、そんなことはない。
助けを呼ぶ声に導かれ、後光とともに『そいつ』は颯爽と現れた!
『そこまでだ、リスファクター!!』
「ぬぅっ!!この声はぁ・・・!!」
そこに悪がある限り!
正義のために『私』は戦う!
みんなの笑顔と世界の平和のために・・・
「魔法少女☆マジカルバンピー、キラッと参上!!」
「マジカルバンピー!」
「助けに来てくれたんだ!」
「早く・・・早くなんとかしてぇー!」
このごろ街で脅威となり始めていた『リスファクター』と名乗る悪の組織を倒すため、
時を同じくして現れたのが、この『マジカルバンピー』を名乗る魔法少女だった。
次から次に現れる怪人を、その魔法の力でバッサバッサと片付けていく。
まるで毎週日曜日の午前8時30分にありそうな光景ではあったが、
そのおかげで街の治安が保たれているのも、また紛れもない事実。
マジカルバンピーはすでに、街の中での知名度と信頼度を一定数得た、『我らのヒロイン』となっていた。
着ている衣装もニチアサのような感じの、白と青を基調としたパステルカラーで、装飾がそれなりにあり、
ニチアサのそれよりは『少しばかり』露出が多いようにも思えるが、機能性があるのは間違いなさそうに見える。
しかし、それらと明らかに違うところが一つだけあった。
「シャッシャッシャッ・・・『その腹』でなーにができるというんだ、マジカルバンピー!」
「うるさーい!!それよりも、早くママさんたちを離せぇー!!」
お腹が大きく膨らんでいるのである。
なんなら、腹部が大きく開いたその衣装は、お腹を誇示するためではないのか、と思えるほどだ。
今まさに自分たちを助けてくれようとしている正義のヒロインが、
自分たちと同じような身体付きをしていることには、彼女たちもまた冷静になるしかなかった。
「確かにそうなんだよねぇ・・・」
「あの身体でよく動けるわよねぇ・・・」
「私たちももう、あの格好に慣れちゃってるからアレだけどね・・・」
「ママさんたちもうるさいよ・・・なんでこの状況で冷静になれるの・・・」
怪人に詰められているはずの彼女たちの言葉は、しっかりとマジカルバンピーにも聞こえていた。
確かにこの格好はどうなんだ?というのは、マジカルバンピーだって思っている。
しかし、それは『マジカルバンピーであるためには必要なこと』だから仕方ないのだ。
「わー!!うそうそ!!」
「ごめんね、マジカルバンピー!!」
「でも身体には気を付けてねー!!」
「ふぅ・・・ホント、これだけはどうしようもないんだよなぁ・・・」
自分のお腹に目線を向けつつ、マジカルバンピーは少し気落ちしたが、
すぐに取り直して、怪人のほうを向き直して心の中で呟いた。
『うん・・・大丈夫、今日は『この大きさ』ってことは、そこまでの相手ではない・・・はず・・・』
その心の声が聞こえていたのか、マジカルバンピーの傍らに漂う物体が、
如何にもそういう作品のバディキャラらしい、少し甲高い声でマジカルバンピーに声をかけた。
「油断は禁物だよ、マジカルバンピー!」
「分かってるってブンベ、どんなときでもそうでしょ・・・って、さぁ!そろそろ行かせてもらうよ!」
「シャッシャッシャッシャッ・・・イくことになるのはどっちかなぁ、マジカルバンピー!!」
「あの・・・この子の前でそういうこと言うのやめてもらえないかな、リスファクターさん・・・
まだ、ちょっと・・・そういうの分かってほしくないお年頃なので・・・」
「あぁ・・・すまん・・・いや、その腹でどうなんだ?ってのは、我々もあるんだが・・・」
怪人と、ブンベと呼ばれたバディがそんなことを言い合っているのを、
マジカルバンピーはどことなくやるせない目で見ていたが、
なんにせよ目の前にいるのは倒さなければならない敵だ。
「こいつら、ほんま・・・特にブンベ・・・」と思いながら、マジカルバンピーは改めて啖呵を切った。
「おしゃべりはここまでだ!覚悟しろ、リスファクター!」
「それはこっちのセリフだ!お前も我々のしもべにしてやるー!」
そして、ようやくに2人は拳を合わせ始めた。
振りかざした魔法のステッキからとどめの一撃が放たれる。
それを真っ正面に喰らった怪人は、断末魔の叫びを残して倒れた。
「ぬぅぅぅ・・・ぐわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「オペレーション、完了!
さぁ、もう大丈夫ですよ、ママさんたち!」
「ありがとー!マジカルバンピー!」
「ホントにいつもありがとー!」
「ホント、身体には気を付けてねー!」
「ママさんたちもね、さて・・・ううっ!」
無事に助け出した妊婦たちが去ると、マジカルバンピーはその場にうずくまった。
その顔は明らかに苦痛に歪むものだったが、実際にマジカルバンピーは下腹部に走る鈍く、それでいて確かな痛みに襲われていた。
その様子を見たブンベがマジカルバンピーに声をかける。
「ユイトくん、大丈夫?」
「いいからっ、早く・・・部屋出せよ、ブンベぇぇぇ!!」
「あぁ、ごめんごめん・・・マジカルデリバリー!!」
ブンベがそう叫ぶと、周り一体に空間が広がった。
4畳半ほどの広さのその空間はフローリング仕立てでラグが敷かれており、
その上にはヨギボーのような大きいクッションが置かれていた。
この空間はブンベたち、「ミディアイ」と呼ばれる種族が、そのバディである魔法少女のために発動できる一種の固有結界であり、
今このひととき、この空間は周りの他の存在たちには見えていない。
マジカルバンピーは一目散に、そのクッションにお腹を預けて横になった。
「はあああぁぁぁぁぁ・・・ふうぅぅぅぅぅ・・・ふーっ、ふーっ・・・うううううううっっっ!!」
「ユイトくん、落ち着いて、ちゃんと呼吸して!」
「あああぁぁぁぁぁ・・・誰のせいでこうなってると思ってんだよぉぉぉぉぉっ!!」
マジカルバンピーの大きく膨らんだお腹の中身は、リスファクターを倒すためにチャージされた「マナ」と呼ばれるマテリアルである。
マジカルバンピーとして変身したときに、まるで妊娠しているかのようなお腹になるのが仕方ないことなのは、そのためだ。
そして、今こうしてマジカルバンピーが苦しんでいるのは、変身を解除するために避けては通れないプロセスなのだ。
「ふぅぅぅぅ・・・うぅぅぅあぁぁぁあああああ・・・ふぅーっ、ふぅっ、うぅぅぅぅー・・・」
「いいよー、ユイトくん、今日もきれいに開いてきてるよー」
「ホンッッットお前ぇ・・・他人事だと思ってさぁぁぁあああああああっ!!」
一際の痛みがマジカルバンピーの身体を襲う。
その痛みはまた、刻一刻と、マナが産み出されるときが近付いているのを示していた。
お腹の中で何かが弾ける感覚がし、股間から液体が勢いよく噴出される。
「ふっ・・・んん・・・ああっ!!」
「うん、破水したね、ここからだよ、ユイトくん!」
「はっ・・・あっ・・・ふぅぅぅぁぁぁあああああああっ!!」
破水に続けて、マナが少しずつマジカルバンピーの子宮口を押し拡げて出てくる。
その苦痛は着実にマジカルバンピーの体力を奪っていくが、これを外に出しきらないことには、変身を解除することができない。
「ふぅぅぅぅ・・・マジでさぁ・・・これさえなかったらさぁ・・・うううううううっっっ!!」
「だから油断は禁物だよ、って、いつも言ってるじゃん・・・あ、ほら!マナが出てきたよ!」
「ふぅぅぅぅううううううううああああああああああぁぁぁぁぁっ!!いっっっ・・・たぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!!」
上半身とお腹をクッションに預けて四つん這いの姿勢を取っているマジカルバンピーは、
ブンベの指示に合わせて、しっかりと息んでいく。
ブンベが言う通り、マジカルバンピーの『あそこ』からは、マナが今にも産み落とされそうになっていた。
「ふっ・・・ふぅぅううう・・・んんっ・・・んんんんんんんーーーーーっっっ!!」
「あと少しだよ!最後の一息・・・踏ん張って、ユイトくん!」
「ふんんんんんんんんんんんぅぅぅぅぅっっっ!!!!!」
ずっ・・・ずるっ・・・びちゃんっ!
「やったね、ユイトくん!ちゃんと出てきたよ!」
「はっ・・・はあっ・・・あっ・・・はああぁぁぁぁぁ・・・クッソ・・・ホント、これさえなかったら・・・」
「いつもごめんねー、でも、おかげで世界は助けられてるんだよ、ホントに
このあとの処置はいつも通りやっておくからね!」
「はぁ・・・はっ・・・あああ・・・」
マジカルバンピーの胎内から産み出されたマナは、人の形をしていない。
この不定形の物質であるマナは、ブンベが呪文を唱えると、光り輝くと共に、一瞬でその姿を消した。
そして、それを見届けたマジカルバンピーの姿も変わっていた。
マナを『出産』することで変身が解除されたわけだが、そこにいたのはあからさまな『少年』。
あどけなさの残るその表情と見るからに活発そうな髪型、先ほどまでの大きなお腹と相応のバストを湛えた姿とは似ても似つかないその体格は、
見た目からして、『彼』が紛れもない『中学生男子』であることを、容易に想像させるものだった。
「・・・ブンベさぁ」
「ん?どうしたの、ユイトくん?」
「なんでボクがマジカルバンピーにならないといけなかったの?他にもいたんじゃないの?」
「いつも言ってるでしょ、ユイトくん以上の適材はいない、って」
「んー・・・いつも言ってるけど、答えになってないんだよなぁ・・・」
少年の名前は、龍ノ井夢結人。
14歳で中学2年生の、れっきとした『男子』である。
『世界を守る正義のヒーロー』になれたことは、年相応に嬉しくないわけではないのだが、
それが魔法『少女』であり、おまけにあからさまな妊婦にしか見えないことには、
やはり内心、どこか納得できないものはあった。
自分は間違いなく男である。
それなのに、変身すると女の子になる上に、お腹の大きい妊婦さんみたいな姿になって、得体の知れない敵と戦い、
その変身を解くためには、大きくなっているお腹の中身を『外に産み出さないと』いけない。
自分は男なのに、『赤ちゃんを産んでいる』のだ。
そのことがマジカルバンピー=ユイトには、未だにどうしても納得できない。
「んー・・・まぁ、世界を守れてるならいいんだけどさぁ・・・
でも、やっぱ・・・ボクが『赤ちゃん』産んでるのって、なんかおかしくない?」
実際にユイトが産んでいるのはマナであって、胎児ではない。
だが、変身中だけとはいえ、自分のお腹の中で過ごしていた存在ではあるので、
ユイトはマナのことを、便宜的に『ボクの赤ちゃん』であると考えていた。
なんなら、通常の道理であれば経験するはずのない産みの苦しみすら、しっかりと感じているわけで。
「だから大丈夫だって、ユイトくん
マナが産まれてきたら、ちゃんと男の子に戻れてるし、どこも変わったところはないでしょ?
ユイトくんがマナのことを『赤ちゃん』だと思ってくれるのは、僕も嬉しいけどね」
「むー・・・」
ブンベがユイトにそう言ったことも、もっともなのである。
実際に変身解除後=『産後』のユイトは、変身前、なんなら初めてマジカルバンピーになったときより前と、
なんら変わったところはなく、体型や精神の有り様などにも影響は出ていないのだ。
そもそも、何故ブンベは、ユイトをマジカルバンピーとして選んだのか、である。
ブンベ曰く、「ユイトこそが適材適任であり、ユイト以外にマジカルバンピーとなれる人間はいなかった」らしく、
マジカルバンピーとなるに当たって、変身中は妊婦のような姿になることは、
実はブンベもちゃんとユイトに説明していた。
しかし、それよりも「世界を守る正義のヒーロー」になれることに、ユイトはテンションが上がってしまい、
ブンベのその説明は、そこまでちゃんと頭に入っていなかったのだ。
実はその時点でなら、ユイトにはまだ、この話を断る余地があったにも関わらず、である。
この辺りがやはり、ユイトの『年相応のオトコノコ』らしい部分なのだ。
結果として、ユイトはマジカルバンピーとして、その大きく実ったお腹を晒しながら活動することになってしまったのだが、
実際のところ、恥ずかしさは確かにあるのだが、リスファクターを倒すことに意識を集中できるため、そこまででもなかった。
魔法少女としての力と、ブンベによるサポートのおかげで、『その身体でも』しっかりと動けることも、
ユイトが「まぁ、仕方ないか・・・」と思えてしまっている要因になっていた。
変身解除時の『分娩行為』にしても、それはあくまで「変身を解除するために必要な行為」であって、
ブンベが結界を張ることで、その様子はブンベ以外の何者にも見られていないのだから、
そのこともユイトには、もはや割り切れるものとなっていた。この辺りは如何にも『現代っ子』である。
「はぁ・・・まぁ、マジカルバンピーになることを選んだのはボクなんだし、今さら言ってもしょうがないか・・・
それでリスファクターを倒して、世界を守れてるんならね・・・」
「ユイトくんのそういうところ、僕は好きだよ」
「ホントにさぁ・・・ブンベさぁ・・・ま、気休めのつもりでも、そう言ってくれるのはボクも嬉しいけどね
んー・・・そろそろ帰ろっか、父さんも帰ってくるだろうし」
「そうだね!」
こうして、ユイトはブンベを伴って家への帰路に就いた。
しかしユイトは、自分がマジカルバンピーであることを誰にも明かしてはいない。
もっとも、変身中は見た目の姿が性別からまるっきり変わっているので、明かす必要もないわけだが、
それでも、自分がマジカルバンピーであることは、ある意味において悟られてはいけない部分がある。
「いい、ブンベ?分かってるよね?」
「うん、分かってるよユイトくん、『いつも通り、おとなしく』でしょ?」
「分かってるならもう黙ってて」
ブンベは端から見れば、ふわふわした犬のぬいぐるみである。
ブンベの種族であるミディアイはみんなそんなような姿なのだが、そのおかげで黙ってさえいれば、
他の人間にはちょっと大きめのぬいぐるみにしか見えないし、思われない。
制服に身を包んで、通学用のリュックサックを背負い、身体の前に『ぬいぐるみ』を抱えた今のユイトの姿は、
周りから見ればただの、かわいいモノ好きの男子中学生にしか見えないわけだ。
しかし実際のところ、彼は先ほど『出産』を終えたばかりの、『正義の魔法少女』であり、
彼が抱えている『ぬいぐるみ』は、彼のバディ---ガーディアンというわけだ。
「ただいまー・・・アレ?この靴・・・ごめんブンベ、ちょっとここにいて(ボソッ」
ユイトは玄関に綺麗に揃えて置かれた靴を見ると、
いったんブンベをトイレに隠し、それからリビングへと向かった。
「おかえり、ユイト」
「あぁ、父さん、もう帰ってきてたんだ、ボクが先だと思ってた」
「うん、今日はリスファクターが出ちゃったからね、対応が終わった時点で上がりになったんだよ」
ユイトが帰宅すると、すでにリビングでは、スーツを着崩した男性がくつろいでいた。
彼は龍ノ井晴矢、ユイトの父親である。
ここまでユイトを男手一つで育ててきたシングルファーザーで、普段は公務員として働いていた。
役場では災害対策課に勤めており、今日のようにリスファクターが現れたときには、
一般市民の避難対応や避難所の設営等に従事・尽力している。
「・・・そうだ!!ユイト、大丈夫だった!?リスファクターから避難できた!?」
「あっ・・・あ、うん・・・大丈夫、だったよ・・・
ほら!学校にもシェルターはあるから!」
ユイトは一瞬ドキッとした。
まさか、そのリスファクターと戦っていたのが自分だったなんて、口が裂けても言えない。
セイヤの前では、ユイトは彼の大事な一人息子であり、ただの中学生でしかないのだ。
「あ、そうか・・・うん、ユイトが無事で、俺もよかった・・・
ユイトまでいなくなったら、俺、どうしたら・・・」
「もう・・・父さんも大袈裟だよ・・・じゃあ、ボク、部屋に行くからね?」
「あぁ、うん、ご飯が用意できたら、また呼ぶよ」
ユイトはトイレに寄ってから自分の部屋に入ると、すぐにドアの鍵を閉め、
ベッドの上にリュックサックを無造作に投げると、回収したブンベを机の上に置いて、声をかけた。
「・・・うん、もういいよブンベ」
「ホント、セイヤさん、優しい人だよね
あんな人がお父さんだから、ユイトくんも優しい心の子になってるんだよ」
「そう言われると、なんか恥ずかしくなってくる・・・でも、そうかぁ・・・考えたことなかったなぁ・・・」
ユイトの視線が、わずかに上を向く。
何かの物思いをするかのようなその仕草に、ブンベも反応した。
「ユイトくん、どうかしたの?」
「ん・・・いや、さっき父さんに言われたこと、『ユイトまでいなくなったら』って話
リスファクターが現れるようになってから、そんなこと考えたことなかったな、って
いや・・・リスファクターがいなくても、多分考えることなんてなかったかもね」
セイヤにとって、ユイトは大事な一人息子であるが、
ユイトにとっても、セイヤは大事な唯一の肉親である。
ユイトには母親がいない。
自分の命と引き換えに新たな命を残していった、と、ユイトはセイヤから聞いている。
その新たな命こそがユイトのことだ。
『愛する妻の忘れ形見』であるユイトを彼女の分まで愛する、と、セイヤは心に決めて、
ここまでユイトを大事に育ててきたのだった。
そのことは、ユイトも常日頃から心身に沁みている。
「ホント・・・ユイトくんはそれだけセイヤさんに愛されてる、ってことだよ
だとしても安心してよ、僕もユイトくんを危険な目には遭わせないから」
「ボクがマジカルバンピーになってリスファクターと戦ってるのは、危険な目じゃないの?」
「う・・・ま、まぁ・・・それは、ほら・・・」
「ふふっ、ごめんねブンベ、ちょっといじわるしちゃった
ブンベがサポートしてくれるから、ボクも大怪我とかしてないのは、ちゃんと分かってるから」
そんな軽口を叩きながら、先ほどベッドに投げ捨てたリュックサックを改めて拾い上げ、
その中身を整理したり、翌日の授業に必要な準備を進めていると、セイヤの呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら夕食の準備が整ったようだ。
「呼ばれたね、じゃ、ブンベ、行ってくるね」
「うん、今日もおつかれさま、ユイトくん」
如何にも刺々しい針葉樹が、鬱蒼と生い茂る漆黒の森。
暗黒の雰囲気を湛える、中世ヨーロッパのような城がそこにはあった。
その大広間、玉座に鎮座する者は、グラスに満たされたワインを一息に飲み干すと、
空になったそれを、そのまま勢いよく床に叩き付ける。
ガラスの割れる音が広間の中に響き渡り、次いで怨嗟の唸り声が轟いた。
「おのれミディアイ・・・おのれ、マジカルバンピー・・・っ!!」
その者の名はサイフォルース。
姿形は人間と遜色ないが、一般的な人間よりは少しばかり背が高く、
若々しく見えるが、その肌は人間とは思えない、禍々しい青白さを誇っていた。
「お・・・落ち着いてください、総帥閣下・・・!」
「これが落ち着いていられるか!!
何故だ!?何故再びマジカルバンピーも現れるのだ!?
奴さえいなければ、我々が世界を手に入れられたはずのものを・・・っ!!」
そう、この城こそはリスファクターの本拠地。
サイフォルースは総帥として、リスファクターを統帥し、世界征服を企む一味の責任者である。
かつてサイフォルースは、リスファクターを率いて世界征服を目論んだことがある。
人間界まであと一歩のところまで手を伸ばせたのだが、そのときもマジカルバンピーによって阻止された過去がある。
いくつかの腹心を失い、雌伏の時を過ごしていたサイフォルースは、いよいよ機は熟したとして、
改めて世界征服に動き出したのだが、まさかマジカルバンピーもまた復活するとは思っていなかった。
「ミディアイどもめ・・・もう奴らにマジカルバンピーを見つけ出す力はないと思っていたが・・・」
「あのときに総帥閣下がミディアイどもを滅ぼしたはずだったのでは?」
「そのつもりだったが、どうやら詰めが甘かったようだ
・・・だから我は、今度は人間界から手をつけることにしたのだ!!
先に人間界を陥としてしまえば、ミディアイどももマジカルバンピーを見つけることはできないはずだったからな!!」
サイフォルースの目の付け所は確かに悪くなかった。
前回のとき、サイフォルースは自身にとっての敵対勢力であるミディアイを滅ぼしにかかり、
その手を伸ばす形で人間界への侵略も進めたのだが、ミディアイが人間界からマジカルバンピーを見出だしたことで失敗に終わった。
だから今回は、まず人間界から手をつけて、ミディアイがマジカルバンピーを見出だせないようにしようとしたのだが、
思った以上に動きが早く、またしてもマジカルバンピーの誕生を阻止することができなかったわけだ。
「しかし・・・我も貴様らには失望しておるのだ・・・
たかが人間ごときに、何故貴様らは後れを取っておるのだ!!
貴様らにできないというのなら、この我が自ら出ていってもいいのだぞ!!」
「お・・・お戯れを、総帥閣下・・・」
「サイフォルース様、落ち着きなさいませ、私めがいるではないですか」
サイフォルースが気焔を挙げていると、また別の者が大広間に現れた。
スラッとした体型で、左目にモノクルをかけ、サイフォルースのような肌色こそしているが、
その全身から溢れるオーラは、如何にも歴戦の大幹部らしい雰囲気に満ちていた。
「おお・・・クラムディオ・・・そうか、貴様がおったな」
サイフォルースがクラムディオと呼んだその者は、前回の侵略時からサイフォルースに付き従う、
今のリスファクターの中では一番の大幹部であり、前回からの唯一の生き残りである。
それだけに、サイフォルースもクラムディオには、並々ならぬ信頼を寄せていた。
サイフォルースは気を取り直して、クラムディオに問い掛ける。
「貴様がそう言うからには、何か妙案があるのだろう?」
「ええ、もちろんですとも、サイフォルース様
貴方様は、玉座にお座りになられたままでよろしいのです
このクラムディオめが流々の細工にて、サイフォルース様には仕上げを御覧いただきましょう」
クラムディオは悪意に満ちた妖しい微笑みを浮かべて、サイフォルースに答えた。
サイフォルースもまた、クラムディオのその顔を見て、無言で応とした。