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第四話 呪いの正体

 あの夜以来、彼とは会っていない。それからもう五年も経ってしまった。私の視界は再びバルコニーから見える景色に戻ってきてしまった。


(あぁ、バトラー……あなたはどこにいるの?)


 あなたの事を思うだけで胸が痛くなってしまう。見えない縄で縛り付けられたかのように苦しい。もし魔法が使えるのなら最後の別れに戻って無理やりにでも引き止めればよかった。そしたらこんな思いをしなくて済むのに。


――じゃあ、そこから飛び降りれば?


 その声を聞いた瞬間、私の背筋が凍った。またあの声が話しかけてきた。私はすぐに離れようとしたが、両手がピッタリと手摺を掴んでいて引っ張っても離れられなかった。


――ほらほら、早く楽になっちゃいなよ。舞踏会に行っても彼は帰ってこないんだから。


(あぁ、止めて)


 耳を塞ごうとしたが相変わらず手は離れられなかったので、首を振って追い払おうとしたが無駄だった。


――このままずっと暗い人生を歩むつもり? 会いたい人にも会えない人生なんて生きているだけで無駄だと思わない?


 声の言葉に妙に納得してしまった。確かにその通りだ。あと何年待てば彼は帰ってくるのだろう。もしかしたら嘘吐いて帰国してしまっただけなのかもしれない。


 そう考えると、再会できる確率はゼロに等しかった。私の心が揺らいだ。


――ほら、今は誰も見ていないよ。さぁ、さぁ、楽になろう。


 私は自然と前屈みになっていった。頭の後ろから押されているような心地だった。このまま行けば私は真っ逆さま。硬い床に叩きつけられるだろう。


――落ちろ。落ちろ。落ちろ。落ちろ……。


 声に(はや)し立てられるとますます吸い込まれていきそうになった。もし手を離したらバランスを崩して落ちるだろう。もし死んだら楽になれるのだろうか。


「姉さん!」


 しかし、声はマリナーヌの叫びによって消え去っていった。私は背後から強い力に引っ張られて尻餅をついた。


「馬鹿!」


 私の頬にマリナーヌの手が(はた)かれる。ジワッと痛みが広がった。


「姉さん、正気? 飛び降りようとするなんて。二度とあんな真似はしないで」


 マリナーヌの両眼から涙が流れているのを見た私は自分が声に従った事を酷く後悔した。


 不思議な事にバトラーと同じくマリナーヌが話をしていると、声がパタリと聞こえなくなっていた。


「ごめんなさい。パーティーに行きましょう」


 私は妹の頭を撫でながらそう言うと、マリナーヌは目元を拭って「うん。行こっか」と手を取って立ち上がった。



 今年の仮面舞踏会も退屈だった。お目当ての相手はいないのはもちろんだけど、今回の催し物は出来が悪かった。

 

 料理の味もイマイチで、演奏もミスが連発していた。壁に付いていた装飾が落ちたりして嫌な気持ちが溜まっていた。


――死んじゃえ

――女王失格

――生きる価値なし


 その度に声に攻撃されてしまった。もう耐えられなくなってしまった私は会場を出て、噴水広場の方へ向かおうとした。


 が、庭園へと向かっている途中で不自然に開いた扉を見つけた。なぜか妙に中が気になって覗いてみると、誰かと目が合った。咄嗟に隠れたが近づいてくる気配がなかったので、もう一度覗いて見るとまた目が合った。


 いや、よく見てみると骸骨だった。何かのインテリアなのだろうか。それにしても人の骨を置く悪趣味な部屋が我が国にあったのだろうか。


 私の好奇心は止められず、つい開けてしまった。中に入ると骸骨の他に動物の頭部やナイフ、薄汚れた人形などが飾られていたり、実に不気味な内装だった。


 私の足は勝手に本棚の方に視線を移した。一番上から下までビッシリと埋められている。


「何これ。全部呪術の本だ」


 思わず心の中で言うはずだった言葉を漏らしてしまった。『臓器だけで用意できる悪魔の召喚法』や『人生をぶち壊す方法』など不気味なタイトルが並ぶ中、ある一冊に目が行った。


『呪いの種類』と題された本を手に取り読んでみた。相手をメロメロにさせる魔法から始まり、途中で『悪魔の囁き』という項目を見つけた。


 すでに誰かが読んでいたらしく、赤い印が付けられていた。


「えーと、『悪魔の囁きは呪いたい相手の髪の毛を古い人形の髪に付けてから耳を囁くと相手の頭の中に伝えられます』……え?」


 私はその先が読めなかった。もちろんキチンと書かれていたが脳が読むのを拒否していた。が、どうにか踏ん張って目を通した。呼吸が乱れていくのが分かる。


 文章の最後に誰かがサッとメモをしてあるのを見つけた。


『寝ている間に姉の髪の毛を取る』


 この文章を見た瞬間、私の背筋が凍るのを感じた。『姉』という言葉が吸い付いて離れなかった。


 これは現実なのだろうか。いや、悪夢だ。私は悪い夢を見ているんだ。悪魔の囁きが私に幻を見せているんだ――そう思い込もうとした。


「姉さん?」


 しかし、背後から聞こえてくる妹の声が私の全神経を張り詰めさせた。

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