第一話 初めての舞踏会で
五年前の仮面舞踏会の日、私は酷く緊張していた。女王就任して初めての他国を招いたパーティだったからだ。当時の私は今ほど堂々としていなくて引っ込み思案だった。人を見かける度にマリナーヌの背中に隠れていたので、妹の方がお姉さんに見えただろう。
「姉さん、大丈夫だって。仮面で隠れているんだから」
流石に私の人見知りに耐えかねたのか、大広間の隅っこでマリナーヌは手を握って励ましてくれた。
「これから私は招いた王子様達一人一人に挨拶しに行ってくるね」
「え? で、で、でも、私一人でどうしたらいいの?!」
「お姉さん、落ち着いて。雰囲気だけ女王っぽくしていればいいの。もし声をかけてきたら礼儀正しく挨拶して、もし話しかけてきたら適当に会釈して『次があるので』とか言って行けばいいから」
「む、無理よ……」
「ほらほら、そんな顔しないで! せっかくの綺麗な顔が台無しだよ! ほらっ! ニカーって笑って! 二カー!」
「に、にかー……」
「う、うん。すごいぎこちないけど……まぁ、頑張って! それじゃあ!」
マリナーヌは派手めの仮面を付けると、風を切るように人混みの中に入っていった。私は必死にカーテンで身を隠しながら妹の名前を呼んだが、もう私の声の届かない所まで行ってしまったらしい。
私は改めてパーティー会場を見た。豪華なシャンデリアに照らされた空間。それぞれ個性的な仮面を付けた王族達が今後の貿易の関係を良好的に継続させるために話を盛り上げていた。
バルコニーには楽器隊が演奏していた。クラリネットの軽やかな音色、バイオリンの優雅な歌声、コントラバスの魂を震わせるボイスは中央で踊る男女達の気分を昂ぶらさせるには充分だった。
料理も抜かりなかった。王国の一流シェフ達が作り過ぎと言わんばかりに用意していた。味も絶品らしく小太りの紳士はコミュニケーションそっちのけでだらしなく食べていた。
私は精神を落ち着かせるために音楽隊の演奏を聞く事にした。うん、我が国の音楽隊は超一流。聞いているだけで気分が晴れやかになっていく。
よし、おかげで心が落ち着いてきた。マリナーヌみたいな笑顔はできないけど、女王らしく振る舞わないと。
私は仮面を取り出して付けた。極楽鳥をイメージした赤と緑のグラデーションの仮面にオレンジと黄色の羽根が付いている。普段図書室で本を読みふける私からは想像できないけど、こういう晴れ舞台だから殻を破るつもりで行こう。たぶんできないけど。
よし、やってやろう。私は大きく深呼吸してカーテンから出た。女王らしく毅然とした振る舞いをしないと。
背筋を伸ばして真顔になりながら取り敢えず招待客達の中に入っていった。一歩一歩踏みしめながら進んでいく。
皆、私に視線を向けていた。派手な仮面を付けているからなのか、私に気づいた者が近寄ってきた。仮面を付けてはいるが、紳士的な雰囲気をまとっていた。
「マルガレーテ女王、ごきげんよう」
「どうも」
「女王陛下、よろしければ踊りませんか」
「結構です」
「素敵な仮面ですね」
「ありがとう」
これでいいのだろうか。私のお母様の真似をしてみたけど、いくらなんでも冷た過ぎるだろうか。そのせいで、私が通ろうとすると距離を空けているような気がする。ならば、笑顔でやるしかない。
ちょうどいい時に紳士が話しかけてきた。笑顔を心掛けながら話そうと思ったが、話の切り出し方が分からずにジッと見つめられてしまった。その眼差しが怖かったのか、「失礼しました!」と怯えるように逃げてしまった。
心の中で溜め息をついた。この調子で女王なんてやれるのだろうか。私よりもマリナーヌの方が女王に向いているのではないだろうか。あぁ、王族の長男(または長女)が王位を継ぐなんて法律が憎い。
悶々としながら歩いていると、いつの間にか熱心に食事をしていた小太りの紳士の前に立っていた。予想外の人物がやってきたからか、脂でテカっていた顔が冷や汗が垂れていた。
「あ、あの、じょ、女王陛下……えっと、あの、とても料理が美味しくてつい……」
小太りの紳士は咎められると思って必死に料理を褒めたりして機嫌を取ろうとしていた。
「いいから、どいて」
私はつい心にもない言葉をぶつけてしまい、小太りの紳士を怖がらせてしまった。彼は飛び跳ねるように私に道を通し、オードブルを見せてきた。食欲もないので料理が減っているのを見ただけで何も手を付けずに戻っていった。
もう今すぐにでもここを抜け出したかった。私には早すぎたのだ。人と接することしかあまりないのに。
――じゃあ、殺しちゃえば?
ふと耳元で恐ろしい言葉が囁かれた。