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序章 この日になると憂鬱になる

 我が国マジックリアは今日も平和だ。悪雲一つもない健やかな青空と太陽が女神の如き微笑みの陽射しで国中を照らしている。身も心も穏やかになる春の陽気は国民に笑顔をくれていた。


 だけど、私だけが曇天(どんてん)だった。城の中では今夜開かれる仮面舞踏会の準備で忙しいというのに執事やメイド達は鼻歌を歌いながら楽しんでいた。


 私は彼らの合唱を遠巻きに聞きながらバルコニーの縁に両腕を重ねた。視線の先には争い一つない国民達の日常が垣間見えた。パン屋のおじさんも牛乳配達の少年も、洗濯屋のおばさんも学校に行く少女も、今を楽しんでいた。


 けど、私の顔は曇っていた。さっき顔を洗うために鏡を見た際にまるで身内が亡くなってしまったかのように(かげ)りが出来ていた。無理に笑顔を作ってもゴムみたいに戻ってしまった。


(今日は世界中の王族達が集う大事な日。女王である私がこんな顔をしていたらせっかくのパーティが台無しになってしまう)


 私は自分を奮い立たせようとしたが、その鞭はあまりにも弱くいまいち再起できなかった。


「マルガレーテ!」


 すると、背後から私を呼ぶ声がした。普段は『女王』『女王陛下』『陛下』『マルガレーテ様』『マルガレーテ女王』などと必ず敬意が込められて呼んでいる。が、それを捨てて名前だけ呼べる存在は一人しかいない。


「マリナーヌ」


 振り返ると、妹のマリナーヌが立っていた。私とは違って少女のように快活で天真爛漫な彼女はドレスではなく兵士みたいにズボンを履いていた。


「泥だらけの所を見ると今日もジャックで旅に出たのね」


 ジャックはマリナーヌの愛馬だ。妹はほぼ毎日といって言いほど彼に乗って国中を掛け巡る。今日は服装が汚れているのを見ると、森に行ってきたのだろう。


 マリナーヌは「まぁね。今日もルビーのように赤くて甘いコルダンタスの実を採って来たの」とズボンのポケットからリンゴと同じサイズの木の実を取り出した。


 いや、どこからどう見てもリンゴだった。


「マリナーヌ、それはただのリンゴよ」

「ノンノンノン、これはかつて伝説と呼ばれたコルダンタスの実……一口食べれば百倍ぐらい元気になるよ! ほらっ!」


 マリナーヌは私に差し出してきた。が、今は食欲がなかったので「私にはもったいないわ。あなたの方が食べて。喉乾いているでしょ?」とにこやかに返した。


 が、妹は「ううん、お姉さんが食べて」と私の口元まで近づけた。この時、私は妹の心情を悟った。彼女は普段はあっけらかんとしているが、私の異変には敏感に察知する。姉妹だからかもしれないが、恐らく薄々気づいているのだろう。私がなぜこんなにも心が曇っているのか。


「姉さん……《《また》》思い返してるの?」


 また――やっぱり分かっているのね。


「そうよ。また……彼の事を思い出してるの」


 『彼』と言っただけなのに、私の心は酷く動揺していた。息が止まりそうになった。すると、それを瞬時に察したマリナーヌが私の手を握ってくれた。リンゴが転がりバルコニーの柱と柱の間に落ちてしまった。


「いい加減忘れなよ。もう五年も経ってるんだよ?」


 マリナーヌの眼差しは哀しみと怒りが入り混じっていた。妹のこんな表情は見たくなかった。けど、心はそうさせてくれなかった。


 私の視界が歪んできた。手から禍々しい光が出そうになった。私は必死に呼吸を落ち着かせた。マリナーヌも私のこの症状を熟知しているので離さないように両手を強く握った。


「マルガレーテ、落ち着いて。これから仮面舞踏会はじまるでしょ? 女王であるあなたがそんなんじゃ、せっかく遥々この国まで来た人達を悲しませることになるわ」


 マリナーヌの言葉に私の力は収まった。本当に頼りになる妹だ。もし彼女がいなかったら、王国全体が危機に瀕していただろう。


「どうしても……思い出してしまうの?」

「えぇ、この日になると。普段は国の執務や行事に追われているから忘れられるんだけど……この日だけはどうしても」

「彼と初めて会った日だから?」

「……うん」


 私の頭の中は過去へと遡っていった。五年という月日まで戻るのにそう遅くはなかった。気づけば私の視界も記憶もあの頃に戻っていた。

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